内部被曝によって深刻な健康障害をもたらす「劣化」ウラン兵器

 

岐阜環境医学研究所

松井英介

 

20073ベルギー議会は、「ウラン兵器禁止法」を可決した。地雷やクラスター爆弾に続いて、同じく「無差別殺傷兵器」であるウラン兵器禁止の先駆けとなった。

この「ウラン兵器禁止法」は、アメリカや日本などが通常兵器だと主張してきた「劣化」ウラン兵器(DU)の、ベルギー領土内における製造、使用、貯蔵、売買、入手、供給、移送を、「予防原則」に基づき禁止するもので、きわめて重要な歴史的意義をもっている。

これに先立ち、原子力発電に大きく依存するベルギーは、運転中の原子力発電所を段階的に閉鎖し、さらに新規の建設も禁止しようという「脱原子力法案」が今年一月議会で成立させていることにも注目しなければならない。

振り返って、わが日本はどうか。

58「ウラン兵器禁止を求める国際連合(ICBUW)」は、外務省や防衛省などの担当者にDUの全面禁止を申し入れるとともに、被害者支援や実態調査を求めた。これに対し、政府担当者は、DUの安全性について「国際機関から確定的な危険性が示されていない」とする従来の政府見解を繰り返し、福島瑞穂議員の「国連人権小委員会でDUを非難する決議が出ていることをどう受け止めるか」との問いにも、「担当課が来ていないので答えられない」(外務省)などあいまいな答えに終始。事前に質問状を提出していた、沖縄の在日米軍基地に貯蔵されているDUの実態解明や、イラク・サマワに派遣された自衛隊員の健康調査に対しても、明確な回答はなかった。

DUについて政府担当者と市民団体が直接交渉したのはこれが初めてだが、DUによって、イラク、アフガニスタン、旧ユーゴスラビアなどで自然環境生態系の攪乱と深刻な健康障害がもたらされており、DUの禁止は緊急の課題だ。

 

なお、ICBUWの日本・ベルギー・ドイツなどの代表は、昨年9月8日ー10日ヘルシンキで開かれた核戦争防止国際医師会議(IPPNW)国際大会で、イラクの医師らとともに、DU禁止向けて、IPPNWの姿勢を明確にさせるべく、活発な活動を展開した。また、国際大会終了後もフィンランド政府や議会に対して積極的なロビー活動を行った。

さらに、今年514-16日、ICBUW EU議員有志と共同して、ブリュッセルのEU議会内で豊田直巳写真展『ウラン兵器の人的被害』(The Human Cost of Uranium Weapons)

を開催。この写真展と平行して国際フォーラム『ウラン兵器禁止に向けて』を企画した。このフォーラムには、EU議会議員、活動家、ジャーナリストなど数十名が参加した。

ここでは、写真展オープニングでの、アンゲリカ・ベール(Angelika Beer)EU議会議員(緑の党、ドイツ)の挨拶の一部を紹介する。

(前略)劣化ウランを兵器に用いることは大きな脅威です。それは、環境を広範に汚染し、兵士や市民も含む人々に深刻な被害を及ぼします。劣化ウラン(U238)の半減期は45億年にも及ぶため、武力紛争の終了後も長期にわたって、何世代もの間、自然や人間に脅威を与え続けるのです。(中略)

欧州連合(EU)のレベルで、最も力を入れて取組むべき課題が三つあると思います。

第一に、EUを「非ウラン兵器地帯」(uranium weapon free zone)にするための取組みです。この問題は、各国の政権に委ねられるわけですが、「非ウラン兵器地帯」政策をEUとして掲げることにより、加盟国に圧力をかけることができると思います。

第二に、世界での役割を担うことのできるEUが、ウラン兵器禁止の国際条約の採択に向けた流れを推進すべきです。ウラン兵器は、国際法の様々な原則に照らして違法なものではありますが、しかし明確な禁止によってのみ、確かな結果が得られるのだと思います。

第三に、EUは、軍隊派遣について、次のような確固たる原則を定めるべきです。EUの軍隊はウラン兵器やウランを含む装甲板などを決して使用しないこと。また、同盟国が、そのような装備を使用するような作戦には、EUの兵士を任務につかせることはしない、ということです。 (後略)(振津かつみ訳)

詳細はICBUWweb site: http://www.nodu-hiroshima.org/ を参照されたい。

 

アメリカ軍と英国軍は1991年の第1次湾岸戦争でイラクに大量のDU(320トン)を使ったのを皮切りに、旧ユーゴスラビア、アフガニスタン、そして第2次湾岸戦争で再びイラクに、DU(2,000トン以上)を使いつづけてきた。DU=ウラン-238は、原爆や原子力発電に使うウラン-235を濃縮する過程で大量に産み出される「核のゴミ」である。DUは放射性物質である同時に、重金属に特有の化学毒性をもっている。

 DUによる攻撃を受けたイラクや旧ユーゴスラビアでは、白血病をはじめ悪性腫瘍が多発し、先天障害をもった子どもが多く生まれている1)。また、これらの地域から帰還したアメリカ兵や従軍看護婦がさまざまなからだの不調を訴え、彼らから先天障害の子どもたちが生まれている。アフガニスタンでは、アメリカ・カナダの良心的な医学者の献身的な調査・研究によって、甚大な被害の一端が明らかになってきた。

アメリカ政府と日本政府はDUを通常兵器と称し、それによって攻撃を受けた地域での発がんや先天障害多発とDUの関連を否定するために、DUの放射線は紙一枚通さないから安全だなどという妄言を繰り返している。しかしその主張は、DUの微粒子が体の中に入り込み、微粒子周囲の細胞を被曝させる内部被曝の事実をまったく無視したものだ。

 

内部被曝に関する基本的認識は、DU問題に立ち向かう私たちの姿勢を左右するきわめて重要なポイントだ。内部被曝に関しては、本誌5月号(2007 No.936,P.61-65)の拙稿2)とその論文に引用した参考文献を参照いただきたい。

DUは戦車の装甲を打ち抜いたとき、摂氏4,000-5,000℃の高熱で燃焼(酸化)し、μmミクロンメーターmm1/1,000)以下、nm(ナノメーター:μm1/1,000)の微粒子になって空気中を浮遊(エアロゾル)、風に乗って数千km離れたところまで拡散する。このような汚染環境でとくに強い影響を受けるのは子どもたちだ。

肺や小腸などから取り込まれたDUは、血液やリンパ液にのって骨髄や生殖腺にまで到達し、不溶性の粒子は長期間体内に残留する(ウラン-238の半減期は約45億年)。nmのオーダーのDU微粒子は胎盤を通過し、胎児の細胞内にまで入りこむ。さらに戦場のイラク兵やアメリカ兵などの子どもが、先天障害や白血病など悪性腫瘍を背負った事実は、兵下たちが体内に取り込んだDUによる精子の障害を想定させる。

 

もうひとつ重要なポイントは、予防原則(precautionary principle)。科学的、基礎医学的あるいは疫学的データが不充分であっても、健康への脅威と緊急に対応しなければならない場合に、拠り所として位置づけられているのが予防原則だ3)

イラクの人びと、とくに子どもたちが背負った白血病・悪性リンパ腫など悪性腫瘍や先天障害に関して、DUとの因果関係が証明されていないから、それら健康障害の原因をDUに求めることはできないとする学者がある。この手の学者は、水俣病やイタイイタイ病のときにもいたが、彼らは問題の解決を無限の彼方に追いやる役割を果たしている。サダム・フセインが使った毒ガスによるものだとする論もある。仮に目の前にいる患者・被害者が化学物質とDUの両方に曝露した可能性があるのであれば、病気の原因をあれかこれかと考えるのではなく、両者の複合汚染かもしれない、相乗効果があるかもしれないと考え、対応するのが私たち医療者のとるべき立場ではないのか。

 

さらに私たちには、自らの考え方を自らに問わなければならない課題がある。

DUの原料はどこから来たのか?という問題だ。ところで今、各国はDUをどれくらい保有しているか。米国:480,000、ロシア:460,000、フランス:190,000、英国:30,000、ドイツ:16,000、日本:10,000、中国2,000、韓国:200出典: WISE Uranium Project from Wikipedia, the free encyclopedia)。単位はトン、2002年時のデータだ。アメリカ政府と軍は原爆開発当初の1940年代、すでにウラン濃縮過程で生成される大量のDUを兵器として使う構想を持っていた。

天然ウランの中に占める各ウラン核種、ウラン-238, 235, 234の比率は、それぞれ、99.28%, 0.72%, 0.0054%。ウラン-235の比率を100%近くまで濃縮したのが広島型原爆、4%ほどまで濃縮したのが原子力発電用の燃料だ。いずれにしても、濃縮の過程で大量の“燃えない”ウラン-238=DUが産業廃棄物として出てくる。ここで想起されるのは、アメリカが溜め込んでいるDU480,000トンの中に含まれる、日本のゴミだ。すなわち、日本の電力会社がアメリカに委託した原発燃料用ウラン濃縮工程で生成されたDUだ。

日本の原子力発電は、1955年アメリカから日本政府への濃縮ウラン受け入れ打診に始まる。その前年19543月1日、ビキニ水爆実験による被曝をきっかけに、日本全土に燃えひろがった原水爆禁止の声をうち消すために、考え出されたスローガンが「原子力の平和利用」4)、5)。立て役者は、読売新聞社主・正力松太郎とその懐刀・柴田秀利。二人は日本テレビを創設し、大々的な「毒は、毒をもって制す」キャンペーンに乗り出していく5)、6)

そして今も、日本列島では55基の「平和利用」原発が稼働することによって、無差別殺戮兵器・DUの原料を産みだしつづけている。他方日本の原発は、何十万人もの下請け労働者をふくむ従業員に放射線被曝を強いており7)、周辺住民への影響も無視できない。原発が日々排出する大量の放射性廃棄物処理の見通しは立っていない8)。高レベルの「ガラス固化」や低レベルの「スソ切り」など放射性廃棄物の杜撰な処理を許してはならない。

低レベル放射性物質による内部被曝に警鐘をならしたヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)発足のきっかけは、「スソ切り」だった9)。同委員会の積極的な働きかけによって、EU議会で導入されようとしていた「クリアランス=スソ切り(一定以下の低レベル放射性廃棄物を一般産業廃棄物としてあつかう)」は阻止された。内部被曝に関する基本的な考え方はもとより、そこにいたる彼らの経験から学ぶべきものは小さくない。

深刻な日本の現実と、どう向き合えばよいのか? そのことが、今私たちに問われている。

 

 [参考文献]

1)Al-Azzawi SN.: Depleted Uranium Radioactive Contamination in Iraq: An Overview(2004), Google1-20

2)松井英介:放射性物質による内部被曝は科学的に評価されなければなない、月刊保団連5, No.9362007, 61-6

3)大竹千代子、東賢一:人と環境の保護のための基本理念・予防原則(2005, 合同出版, 15-20

4)豊崎博光:マーシャル諸島 核の世紀1914-2004, (2005), 340-350

5)大石又七:ビキニ事件の真実 いのちの岐路で(2003), みすず書房, 82-91

6)有馬哲夫:日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」(2006), 新潮社, 269-271

7)樋口健二:原発神話の闇・原発被曝労働者 高校生も原発内でアルバイト、季刊軍縮地球市民, No.82007, 30-33

8)西尾漠:放射性廃棄物(2002, 原子力資料情報室

9)Busby C. et al.: 2003 Recommendations of the ECRR ?The Health Effects of Ionising Radiation Exposure at Low Doses for Radiation Protection Purposes, Green Audit (2003)

 

略歴:まつい えいすけ

1938年生まれ。元岐阜大学医学部(放射線医学)。日本呼吸器学会専門医。日本肺癌学会及び日本呼吸器内視鏡学会特別会員。関連著書:『国際法違反の新型核兵器「劣化ウラン弾」の人体への影響』(アフガニスタン国際戦犯民衆法廷 公聴会記録第7集、P.25-40.2003年、耕文社.松井英介:新型核兵器「劣化ウラン弾」は、私たちの健康にどのような影響を与えるか、「劣化ウラン弾」って、なに?(2004)、劣化ウラン廃絶キャンペーン・東京、たんぽぽ舎.松井英介:放射性物質による内部被曝は科学的に評価されなければなない、月刊保団連5, No.9362007)など

概要

     20073ベルギー議会は、「ウラン兵器禁止法」を可決。地雷やクラスター爆弾に続いて、「無差別殺傷兵器」であるウラン兵器禁止の先駆けとなった

     日本の電力各社が原発燃料用としてアメリカに委託してきたウラン濃縮、その過程で生成されたウラン-238「無差別殺傷兵器」の原材料となっている

     内部被曝によって、とくに子どもたちに、深刻な健康障害をもたらすDUの禁止は、緊急の課題だ