《ふりかけ通信》

1986年10月それは、始まった。






認知って、知ってますか?

 妊娠したとたんに男に逃げられた女が、どうしても子どもの認知だけはして欲しいと男に迫る場面を、テレビドラマなどで見たことはありませんか。そう、あれのことです。いままで、そんな場面ばかり見せられてきたので、あたかも子どもの“認知制度”って女のためにあるような錯覚を起こしてきました、ほんとうにそうでしょうか。

なぜ認知が必要なのか

 それは戸籍にそのことが記載されるからです。戸籍の父母欄には、四種類の記載方法があります。両親が結婚しているかどうか、父が子を認知しているかどうかで、記載を差別しています。認知がない子の父親欄は空欄です。認知届を出す出さないは、男の一存だけでできます。認知だけはと迫る女もいれば、一緒に暮らしたり、子どものめんどうはみれないけれど、認知だけはしたいという男に対して、そんな奴に認知はさせないという女もいます。ところが、認知は男の腹ひとつ。知らん顔もできれば、強引に届を出すこともできます。出せば受け付けられて、戸籍に記載されてしまいます。認知制度は女のためだなんてとんでもいない。男の子孫拡大意識を満足させ、男中心の血統を樹立するためでしかありません。かつて、権力を持つ男たちは、世継ぎを作るためと称して、何人もの女に子どもを産ませ、彼女らを支配してきました。ぞっとするような血統意識、そこから発せられる言葉は「半分はオレのものだ、オレの子どもだ」

そもそも、「戸籍」ってなに?

 男と女の結びつきは、法的制度や届出とは関係ないはずなのに、結婚は届け出ることによって成立します。それによって戸籍が作られ、子どもができれば夫婦の戸籍に入れられ、夫婦・子どもがセットになって、家族関係が示されるのです。しかも、戦前からの男中心の《家》意識は、多くの人びとに根強くあり、結婚したら妻は夫の戸籍に入籍され夫の姓に変わるのがあたりまえのように思われています。私自身、同棲者の姓で呼ばれたことが何度あるか分かりません。そのたびに嫌な思いをしてきました。恋愛中の若い女性が、相手の姓に自分の名をそっと書いてみたりするのも、そんな意識が作用しているのでしょう。《家》意識と戸籍は、性差別の上に成り立っていて、その頂点に天皇がいるのです。

やっぱり戸籍はおかしい。

 私自身、結婚制度に疑問を持ちつつ、最初の「結婚」は婚姻届を出しました。子どもが生まれてから、いろいろ考えた結果、婚姻届と出生届を一緒に出したとはいえ……。そのときは、まだ、戸籍というものの見えない鎖の重さに気づいていなかったのです。自分たちさえ平等に民主的に暮らせばいいのだと。ところが日がたつにつれ、いろんなことが起こります。もし、私が急死したら夫の○○家の墓に入れられてしまうのかなあ、それはいやだなあ、とか、夫の妹の結婚式に際して、私はもちろん出席しませんが、親族紹介として、なんの断りもなく印刷物に載せられたりして、これはたいへんなことをしてしまったと思ったのです。その後、その夫と離婚しましたが、そのときも、婚姻届によって自分たちの意識が、目に見えない何かに囚われているのだと、思い知らされました。他のことがらでは、なんとなく世の中に流されることを拒否してきたはずなのに、戸籍はとんだ落し穴だったわけです。

 結婚制度も認知制度も決して女のためにあるわけではなく、それどころか男が女を支配するためのものです。主婦という座につけることで、経済力を奪い、《子はかすがい》などといってその夫の妻であることを強制してきました。どんなに人格を傷つけられてもこれまで多くの女性たちが、少々のことは我慢しなさいと言われてました。そして、味方のいないまま忍耐強く一生を終えていったのです。それを女の美徳としながら。

私は私、誰のものでもありません。

 このような考え方から、二度目の「結婚」については、婚姻届は出さない、子どもの認知届も出さないということを話し合い、そのようにしました。出生届はこのような欄を認めないという立場で、《嫡出・非嫡出》欄を黒く塗り潰して出しました。ところがその男の、表向きはニューファミリーの理想的な夫、本質は戦前の家父長制となにも変わらないという恐ろしい人格を批判し、これ以上、生活を共にできないことを申し入れると、ますますその本質をあらわにしたのです。
暴力や暴言は以前にも増し、とくに酒に酔っての言動は許しがたいものです。さらに一か月前程には、とうとう泣き叫ぶ子どもを暴力的に奪い取り、北海道へ一週間も連れ去りました。そして、現地から脅迫電話をよこしておきながら、今ではそのことを旅行だと言い張っています。それらすべてにもまして、もっとも許せないのは、私のまったく知らないうちに、子どもの認知届を出してしまったことです。産んだ女が納得できない制度によって、無断で認知届を出すなんて、女を子産み道具としか考えていない証拠です。私はその男の子どもを産むために存在したわけではありません。

どんな言い訳も通用しないよ。

 私が37年間生きてきたなかで獲得した価値観と、それに基づく闘いを犯す権利は誰にもないはずです。自分が産んだ子どもの父親欄が空欄であるということは、性差別や戸籍制度や、ひいては天皇制につながる《家》意識、男女関係や恋愛観、結婚観、親子関係などについての、現時点での思想的な意思表示だったのです。その男はそれを踏み躙ったのです。多くの男がそうであるように、一方的に私の生き方を支配しようと、いや結果として、戸籍上は支配してしまったのです。私はそのことを絶対に許さない!

その男――あなたがやったことだよ。

生きることの重さや人間関係の厳しさを、あなたはなにも分かっていない。戸籍の差別を容認し、あなたが勝手に認知した子を差別してしまった。嫡出・非嫡出欄を黒塗りにした出生届を出したことの責任を放棄したのだ。男の特権と法にすがって、勝手に認知しようとも、私は自分が産んだ子の父親があなただなどと認めない。

1986年10月

《ふりかけ通信》創刊号

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