Subject: [wsfj 2887] 先輩の医師による現地報告です
From: "IROHIRA Tetsuro" <DZR06160@nifty.ne.jp>
Date: Mon, 1 Nov 2004 21:27:38 +0900
Seq: 2887
先輩の医師による現地報告です いろひら拝 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 中越地震の支援に行ってきました。10月29日深夜に東京をたって、明け方に現地入りし、小千谷市、川西町で行動して、31日に帰京しました。19人の職員が参加し、主に被災者の健康相談活動を行いました。小千谷市総合体育館前で約50名、川西町新村新田公民館で約30名、その他車中生活者・避難所10数名とお話ししました。 不眠、不安、動揺感が続く、血圧上昇、便秘、発疹・痒み、薬がなくなる、母乳が出ない、車上生活が続いている、入院先の病院の建物が危険で退院した、 忙しくて医者に行く暇が取れないなど、訴えや 健康・医療上の問題がありました。 「なにかしなくては」と無我夢中で支援に参加したといってよいのですが、思いだけでは足りない点も多く、考え込みながらの二日間でした。 ☆ 被災の状況から ・道路・ライフラインの被害など 中越に入る際は、関越道を小出で一旦出て、支援車両のみが料金所から再度入ることを許されている。走行は可能だが路面の凹凸が目立ち、オフロード状態であった。一般道の被害も数多く、このため生活に支障を来している。泊めていただいた川西町新町新田集落にも、道路が崩れた箇所があった。水道管の破裂をきっかけに崖上の道路が崩落したとのこと。 現地では、警察(神奈川県警!)が「他も回られますよね。最新版です」といって、道路復旧状態の地図を配布してくれた。毎日状況は変わっているとのこと。 ライフラインは復旧しつつあるが、山間部なので山崩れの恐れがあり、悪化しているところもある。川西町では上流にある川西ダムに損傷が出ていることを心配していた。災害が拡大し、より深刻化する可能性もあるようだ。 ・「自分の家で寝るのが怖い」 被災者はみな「恐ろしくて家の中には寝られない」と声を揃える。余震が続いていることの影響のようである。40年前の新潟地震を経験している人は、「あのとき揺れたのは一回きり。今回のほうがよほど恐ろしい」と皆言う。 支援者が気づかないような地震でも、その度にいまだに外へ飛び出す、という人もいた。この地震の恐怖感は、経験していない者にはわからないようだ。 「車中生活」の問題は、阪神淡路と異なる特徴ではないか。 小千谷では、10月30日時点で、まだ車中生活している人が少なくない。 川西町新町新田では76世帯270人のほぼ全員が、幾晩かは自家用車に寝た。「危険だから、家で寝てはいけない」という通達(どこからかは不明)も あったようだ。「エコノミークラス症候群」の報 道がある前後から、この集落では、タバコ栽培用のビニルハウスをテント代わりに、簡易避難所を自力でつくって移ったという。ただ、ハウスは冷えがつらい。お年寄りの中には、「家で死んでもいい」と自室で寝起きしている人も出始めている。逆に、若い者が仕事や片付けに追われ、小学校に預けっぱなしにされている高齢者もいた。 ・「エコノミークラス症候群」の衝撃 小千谷市でも川西町でも、この病気で死者が出ていることはよく知られている。車中生活では、日が暮れてから夜が明けるまで真っ暗で、長時間臥床することになる。簡易トイレまで遠くて暗いので、水分を控える。車中での睡眠は「寝返りも打てない」「足腰が痛くなる」「一睡もできない」と、体力を消耗する。肺塞栓ばかりでなく、尿路感染や便秘も併発する可能性が高い。「エコノミークラス症候群」ではなく「中越地震症候群」と呼ぶ方がいいかもしれない。 トイレに通いづらいのは、避難所やテント、ビニルハウスでも同じである。 忙しくて医療機関まで出かけるヒマがない。 小千谷でも川西でも、働ける人たちは昼間忙しい様子だった。 「道路が開通したら、職場に出てくるように」指示された病院職員が、自宅や地域でもやることが多くて困り果てていた。 国保川西診療所は、土日の診療や済生会病院の支援を受けた巡回診療を行っていたが、意外に利用者が少ないとのこと。小千谷市総合体育館の日赤チームは「(医療支援は)間に合っている」と思っているようだったが、不安を抱えながら行動している人たちには、夜間の健康相談や急病診療のニーズがある。 ・高齢者を避難所に預けて 前述の通り、昼間の避難所には高齢者が毛布にくるまっていた。川西ではデイサービスは再開されていたが、未利用者が避難所の床で何日も過ごしている。 避難所の寝具やトイレは、高齢者が利用することへの配慮は乏しい。車中泊をなくすために、自衛隊やボランティアグループがテントの設営を進めているが、簡易でも起き上がりしやすいベッドや洋式の仮設トイレも必要である。 ・被災者のパワーと不安 支援者を気遣い、「わざわざ東京から来てくれたという気持ちがありがたい」「お疲れでしょう」と、お礼や励ましの言葉をくれる方が多い。特に川西町では、もてなしを受けて申し訳けなかった。気が張っているためもあろうが、人々のパワーを感じる。 川西では、「家の中をみせてくれませんか?」とお願いすると、「是非見ていってください」と皆が言う。他の者に危機の様子を伝え、共感を得ることが心に癒しになるのか、あるいは同種の仲間に危険を伝える行動なのかと思われる。 一方で「台風に地震、この分ではこの冬は大雪だろう」と、計り知れない不安を抱えている様子もある。 ☆ 何をなすべきか ・支援に入る前の準備 マイクロバスは、支援隊が交流・意思統一するには便利だったが、反面、道路の状況が良くない地域に入るには不適切であった。 支援者が被災者に迷惑や心配をかけてはいけない。そのために、自らの体調を管理し、生活するために必要な物資は、現地に持ち込むことが原則だとわかった。現地の協力者・事務局が活動地と宿営地を定めること、支援者はテントと寝具、自分たちの食料を持参すること。支援者の看板、身分や職業を示すゼッケンなどを用意すること。特に今回、夜間に東京から移動し車中の仮眠をとる方針だったが、それでは昼間の活動に差し支える。 現地で配布する薬品、衛生材料について、行政や医師会では配布は市販薬を原則としている。相談活動の記録用紙、医療行為を行ったときにかかりつけ医療機関に届ける情報提供用紙なども必要である。 ・保健・生活支援こそ 支援物資については、続々と到着している様子である。緊急医療体制も、日赤や済生会などの医療機関がそれなりに入っており、搬送体制も確保可能であろう。 しかし、当面の生活支援と生活再建について、具体的な状況の把握が不足している可能性がある。その点で、気軽な健康相談という形で話を聞き、簡単な診療行為を組み合わせる今回のような活動にも、意味があろう。 今後、健康面では、不安障害、慢性疾患の増悪、廃用症候群、寒さによる気道感染などの増加が問題となりつつある。二週間後には雪の季節だ。とくにインフルエンザについては、避難所での蔓延が予想される。 色平哲郎医師のサイト(避難所生活での健康管理のコツ http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Iro/a70EmergentAdvice.htm)にあるように、マスク利用の徹底と早期のワクチン接種をどう進めるか、組織的な対応が要求される。マスク とうがい薬を大量に持参 し、配布するというのもいい方法だと思う。 支援物資でも、テント、防寒具や簡易ベッド、使いやすい簡易トイレなど、不足しているものが多い。都市部での避難所の保健状態を改善すると同時に、山村部で自宅近傍に仮設住宅を確保する必要がある。 自宅への復帰を進めるために、自宅の片付けなどの緊急家事援助、家屋の補修、テントの設営などの生活支援活動をすぐに実行する必要がある。 ・団体間の協力について こうした際に、国保診療所や開業医で、支援を必要としているところに、全国組織こそ、医師・看護師を派遣することは可能ではないか。 支援物資についての情報なども、交換することに意味があるように思う。 ・支援隊の組織構成について 看護介護職の力をもっと前面に出して、行動の計画や指揮を進めるほうがよいのではないか。医師はどうしても診療面での協力に関心が向きがちだが、現地のニーズは必ずしもそこにはない。 生活上のニーズから保健上の課題を見通し、組織的な活動・提言にむけていく仕事では、看護介護職のほうが医師よりふさわしい可能性がある。 例えば支援隊の責任者に看護師を任命するのも一方である。ナイチンゲールの教えはいまも有効である。 もちろん医師の参加は、被災者に安心感を与える上ではとくに有効であるから、積極的に参加を募るべきことは間違いがない。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜