Subject: [wsfj 1389] ホイットニー文書 昭和天皇の日本国民に対する見解
From: "A.K." <aves@c-able.ne.jp>
Date: Sat, 27 Mar 2004 18:44:42 +0900
Seq: 1389

「昭和の日」の制定問題に関連し
て、昭和天皇の人物と、敗戦後象
徴天皇制を理解する上で欠かすこ
とのできない、ホイットニー・
ノートについて今一度確認してお
きたいと思い、メール致します。
なお、文責は全て私、槌田に帰す
ものです。


【1】
ここに言及するホイットニー・
ノートとは、
昭和天皇が占領軍司令部(SCA
P)に対し表明した見解の要約が
全編にわたり記された、「極秘」
扱いの、英文三頁以上にわたるメ
モランダムのことを指している。

この公文書は、1946年4月から6月
の間に、東京駐在の国務省員に
よって作成されたと見なされ、
マッカーサー元帥の腹心であった
コートニー・ホイットニー将軍の
私物として保管された後、1970年
代前半にヴァージニア州ノー
フォークのマッカーサー記念館に
寄贈され、1978年に機密解除され
ている。

以下がこの文書における天皇の見
解部分の全訳である。


二、三週間前に占領が長く続くべ
きであるとの希望を述べた根拠を
説明したい。

日本人の心には未だ封建制の残滓
が多く残っており、それを眼こそ
ぎにするには長い時間がかかるだ
ろうと感じている。

日本人は全体として、自己の民主
化に必要な教育に欠けており、さ
らに真の宗教心にも欠けており、
そのため一方の極端から他方の極
端へと揺れやすい。

日本人の封建的特徴の一つは、進
んで人に従おうとする性格にあ
り、日本人はアメリカ人のように
自分で考える訓練を受けていな
い。
徳川政権は、民は指導者に従うべ
きであり、そのため忠誠心以外は
いかなる道理も与えられてはなら
ない、という論理のうえに築かれ
ていた。
かくして、平均的な日本人は、自
分で考えることにおいて昔からの
障害に直面している。

かなり闇雲に従うという本能に
よって、現在、日本人はアメリカ
的な考えを受け容れようと熱心に
努力しているが、例えば労働者の
状況を見れば、彼らは自分本位に
権利ばかりに注意を集中し、本分
と義務について考えていない。

この理由は、ある程度、長年の日
本人の思考と態度における氏族性
に求められる。
日本人が藩に分割されていた時代
は、完全には終っていない。
平均的日本人は、自分の親戚はそ
の利益を追求すべき友人とみな
し、他の人間はその利益を考慮す
るに値しない敵と考えている。

日本人の間には宗教心が欠如して
いる。
私は神道を宗教とは考えていな
い。それは儀式に過ぎず、合衆国
では甚だ過大評価されてきたと考
えている。

しかし、たいていの神道信者は超
保守的で、
彼らと、神道と超国家主義を同一
視していた復員兵とその他の者
は、しっかりと結びつく傾向を
持っているので、依然として危険
な面がある。

政府は、信教の自由に関する命令
を厳守する立場にあり、
現在彼らを取り締まる手段を持っ
ていないために、こうした状況は
危険だ。
神道を奉じる分子とその同調者は
反米的なので警戒を要すると考え
ている。

以上のようなことから、私は今は
日本人のもつ美点を述べている場
合ではなく、むしろその欠点を考
える時だと感じている。

私は、マッカーサー元帥と元帥の
行っていることにたいへん大きな
感銘を受けている。
また、対日理事会におけるアメリ
カの態度にとても感謝し、それが
安定効果を持つと感じている。

しかし、私は今、この国の労働状
況をかなり憂慮している。
日本の労働者は、物事を真似する
事において、義務を等閑にして自
分の権利を利己的に追求しやす
く、米国のストライキから有害な
影響を受けるので、米国の炭坑ス
トが速やかに解決するよう希望し
ている。

自分の治世に与えられた名前 ―
昭和、啓発された平和― も今と
なっては皮肉なように思えるが、
自分はその名称を保持することを
望み、真に「煌く平和」の治世と
なるのを確実にするまでは、生き
長らえたいと切に願っている。

私は鈴木(貫太郎)提督の被った損
失に心を痛めている。
鈴木は、降伏準備のための内閣を
率いるよう私が命じたのであり、
海軍の恩給ばかりでなく、それは
理解できるにしても、文官として
の恩給までも失った。
彼は侍従長を長く勤め、そして降
伏準備の任務をよくこなした。
彼の提督という階級と戦時の首相
という地位が追放に該当するのは
当然としても、彼は、皇室に仕え
ていた地位の恩給の受け取りも現
在停止されている。
私は、鈴木提督個人のためだけで
なく、このような価値剥奪が日本
人に理解されず、占領軍の利益に
も日本自身の利益にもならない反
米感情をつくり出すという理由か
ら、不安を募らせている。


以上がホイットニー・ノートにお
ける昭和天皇が占領軍司令部に伝
えた見解の全体である。


【2】
上記の通り、昭和天皇裕仁がSC
APに対して占領を長引かせるよ
うにとの要請をしたことの根拠
を、自身の見解として 後日説明
したのがホイットニー文書の内容
である。

内容が余りに占領軍寄りなため
に、一見してGHQの対日占領指
針のようだが、事実、この文書に
触れた米国の対日研究者の多く
が、一様に驚きを表明する。あま
りの機会主義、自己省察の欠如に
不快感を表す米国人研究者も少な
くない。
裕仁の倫理性を別にすれば、内容
自体はかなり洞察力を感じさせる
実相を衝いたものだとも判断でき
るが、むしろ米国人の方が、日本
国民が不当に歪められて表現され
ていると感じることが多いよう
だ。

ここには天皇の日本国民全般に対
する強い不信感が表明されてい
る。
国家神道を儀式に過ぎないと断じ
た上で、その超国家主義的性格の
危険性までを言及する。(確認す
れば、これはマッカーシー反動に
よる軍国主義勢力の公職復帰以前
に述べられたものであり、この時
点は戦中戦後を通しての天皇制利
権のまさに例外的な空白期に当た
り、右派勢力からも天皇の退位を
もとめる声が一般的であった。)

その上で、労働者の権利要求を自
分本位、利己的で義務を疎かにす
るものと断じ、米国の炭坑ストの
影響まで憂慮してみせる。

問題は事の当否ではない。
そもそも日本人の闇雲に従う性質
の上に君臨してきたのは誰であっ
たのか。
敗戦一年後の国民経済の状況は、
まさに闇市で糊口をしのぐのが精
一杯で、国民は住居も衣服もろく
になく、街路には戦災孤児と飢え
が満ち溢れている時勢であった。
甚大な犠牲を強いた直後に、労働
者が義務と本分を考えていないと
断じる。
その上で、元侍従長の年金につい
て心痛する。
それが国民の反米感情にまで繋が
るとの名分を示しながら。
身内以外は敵だと考えていると日
本人の体質について触れるが、そ
れがそのまま自身の鏡であること
に気付くことはなかった。

寺崎英成によって記録されたマッ
カーサーと裕仁との第三回会談
(1946年10月15日)の公式要録の完
全版とも整合する内容ということ
もあり、意外性はないのだが、そ
れは専門家や研究者の常識であっ
て、必ずしも一般国民の認識とは
一致しないようだ。

いずれにしても、責任を等閑にし
た形振り構わぬ保身主義が、戦後
象徴天皇制の出発点であったこと
は疑い得ない。

なおホイットニー文書は合衆国の
公文書で、既に全文が公開されて
おり、90年代以降米人研究者の論
考も多く、近年注目を集めてきた
日米史関係資料のひとつである。



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