Subject: [reg-easttimor 46] 東ティモール:恐怖は続く
From: Makoto TERANAKA <teramako@jca.apc.org>
Date: Fri, 01 Oct 1999 01:34:07 +0900
Seq: 46

アムネスティ・インターナショナル報告書
(1999年9月24日)

アムネスティ日本支部 <webmaster@amnesty.or.jp>
<"http://www.amnesty.or.jp/>

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   東ティモール:恐怖は続く
   (The Terror Continues)
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   AI Index: ASA 21/163/99 


今週、多国籍軍が東ティモールに到着したが、域外に移住させられた数万人にの
ぼる東ティモール人たちは日夜、危険にさらされている。

現在、東ティモールの国内強制移住者(IDP)たちの安全を守る平和維持活動や、
彼らへの人道的援助の道筋が付きつつあるが、まず、国際組織と人道団体がおよ
そ20万人と言われる避難民や強制移住者と接触できるようにすることが前提であ
る。彼らは西ティモールと、ジャカルタ、ジョグ・ジャカルタ、スラバヤ、マラ
ン、フローレス、バリなどのインドネシア各地に離散している。難民たちは悲惨
な生活に加えて、今も処罰されることなく活動を続けているインドネシア国軍
(TNI)と民兵グループの嫌がらせや脅迫、襲撃にさらされている。

この2週間、東ティモールで起こった惨劇の証人はほとんどいない。ジャーナリ
スト、人権活動家、国連職員たちは、身の危険を感じて東ティモールからの退去
を余儀なくされた。この報告は、大規模な人権侵害と強制移住・脱出事件を再構
成し、西ティモールなどインドネシア国内にいる東ティモール人がどのような危
険に直面しているかを解明すべく、目撃者の話や難民へのインタビューを交えて、
現時点までにアムネスティが入手した情報を載せている。情報の収集と確認が困
難な状況にあり、この報告が全体像の一部を表しているにすぎないことをお断り
しておく。また、東ティモール人を援助し保護するために、インドネシア政府と
国際社会の責任について述べるとともに、いくつかの提言をしている。

西ティモールへの脱出と強制移住

数万人の東ティモール人が西ティモールで不安定な状況のままで暮らしている。
それは、独立支持者も統合支持者のどちらであっても変わりない。彼らは家族や
友人とともに庇護を求めて、警察や軍の施設にある仮設キャンプに住んでおり、
果ては露天で生活している人々もいる。地元の援助団体は、深刻な衛生問題や食
糧・水の不足、なきに等しい医療体制を指摘している。人道的援助は官僚主義の
壁に阻まれるとともに、統合派民兵の活動に妨害されている。UNHCR(国連難民
高等弁務官事務所)と国際的な人道団体も、これまでキャンプへの入所をほとん
ど禁じられており、その職員たちは嫌がらせや襲撃を受けてきた。9月22日、国
連難民高等弁務官は、「UNHCRの安全を確保し、支援を求める全ての人々との接
触を許可する」という保証をハビビ大統領と政府高官から受け取ったと公表した。
しかし、UNHCR は、首都ジャカルタでの約束が、実際に現地の西ティモールでど
う受け取られるかわからないと警戒の色を示している。

統合派民兵たちの同時多発的な脅迫や嫌がらせを受けたのち、多くの人々が警察
や軍の積極的な助けを借りて、東ティモールをあとにした。住民投票に至る過程
において、アムネスティは独立支持者たちに対する嫌がらせや襲撃を報告してき
たが、圧倒的多数がインドネシアの自治案を拒絶したことが判明した直後から、
人権侵害のレベルはさらに激しいものとなった。UNAMET(国連東ティモール支援
団)自身が、安全保障理事会への報告で、大規模な強制移住と移送を目的として
充分に準備され統制の行き届いた作戦計画の存在が透けて見えると述べている。
この推定は、この時期にインドネシア政府が東ティモール人を西ティモールや他
の地域へ移民や再定住する新計画を公表したことからも根拠づけられる。

アムネスティが証言を得た人々のほとんどは、ディリとその周辺から避難してき
た。中立の監視者がほとんど入り込めないため、他の地域で何が起こっているの
かほとんど知ることができない。しかし、よく似ているであろう事情を示唆する
報告は枚挙にいとまがない。

ディリでは、投票結果が出たあと、民兵グループによる脅迫や恣意行動が一層、
激しくなった。人々は安全な場所を求めて自分の家を出て、教会や外国の使節に
逃げ込んだ。民兵たちは教会施設にまで侵入し避難民たちに、安全がほしければ
POLDA(地区警察本部)へ行けと脅した。ディリの孤児院のスタッフは、民兵に
銃撃され、55人の孤児といっしょに施設から脱出した。彼は、「銃弾が子供たち
をかすめていったところで、私たちは本当に恐怖を覚えました。」

この時期、警察は治安を守る義務を放棄して、襲撃に荷担すらしていた。数千人
がPOLDAに保護を求めたが、警察はその施設への民兵たちの出入りを許していた。
警察当局は、彼らに、もしとどまるならば安全は保障できないと告げ、彼らの不
安を煽った。選択の余地もなく、多くの人々が軍のトラックや船、チャーターし
た飛行機などで東ティモールを出ることに決めた。また、自らの意志に反して強
制的に移動させられた人々もいる。

アイレウからの報告は、投票結果が公表される前から、住民たちを移動させる計
画が練られていたことを物語っている。8月31日に、Brimob(警察機動隊)の警
官がアイレウ県リキドーエ地区の4つの村に入ってくると、空に向けて発砲した。
そのあと民兵たちがやって来て、村人に出て来るよう命令して、家々を焼き払っ
た。そのあと人々を集め、独立案に投票するのかどうか白状させようとした。そ
して、東ティモールに留まるならば「死」が待っていると脅した。アイレウの町
でも、TNI兵士が住民に家から出てくるよう命令し、氏名を記帳して、どちらに
投票するつもりなのか言えと言ったという報告が届いている。住民たちはそのあ
と、手持ちの品を持ってアイレウの警察本部に出頭するよう命令された。ある証
人によれば、多くの人が、西ティモールのアタンブアかクパンに連れていくと言
われ、もし逆らうなら独立に投票するつもりがあると見なして殺すと脅されたと
いう。大勢の住民が、9月3日にアイレウからトラックで出発した。

 東ティモールとインドネシアから逃げ出そうとする人々は、州境や空港や港な
どに検問を張って独立支持者狩りをしている民兵やTNI兵士に検閲されるという。
こういう検問が、東・西ティモールとバリ島で実施されている。西ティモールで
は、民兵たちが独立支持者の名前が載っているリストを使っているという未確認
情報も入っている。見つけられた独立派の人々の中には拘禁された人もいる。

ある独立派の活動家は、アムネスティに、彼と家族がどのようにして命からがら
逃げ出すことができたかを語ってくれた。
「ディリからアタンブラまでの間に7カ所の検問があった。そこにはBMP(ベシ・
メラ・プティ)の民兵が配置されていた。他の民兵グループはもっぱら略奪に専
念しているが、BMPは、国軍部隊が住民を包囲するために東部へ移動している代
わりにこの任務を任されているようだ。私たちは民兵部隊の偵察兵のふりをして
検問を免れてきた。」

本当は、民兵グループ、アイタラク隊長のサインの入った通行証( surat jalan)
を持っていないと、西ティモールで活動している民兵の検問所を通過することは
できないらしい。

移動させられたあとも、恐怖が止むことはない。アムネスティは、民兵とTNI兵
士が難民キャンプを捜索して学生、知識人、活動家を狩り出しているという、信
頼するに足る情報を得ている。

その勢力も定かでない民兵たちは、今もなお西ティモールで処罰されることなく
横暴を続けている。民兵グループは、難民を少なからず支配しようとしており、
独立支持者を見つけだすために、定期的にキャンプの施設やホテルなどを巡回し
ている。かろうじてインドネシアから脱出したCNRT(東ティモール民族抵抗評議
会)のメンバーは、クパンのキャンプにいる家族から、TNIが彼がいないか聞い
て回っていたという知らせを受け取ったと語った。クパンとアタンブラでも、民
兵が家捜しをしていたという。

民兵たちのほとんどがアイタラクに属しており、アタンブアの境界地帯や、クパ
ン、ケファメナヌに集結している。彼らは東ティモールで盗んだ車で公然と周辺
を巡回している。その中には、ディリのUNAMET本部から盗まれた車もあるという。
(警察が押収したという説もある)

9月16日、民兵グループを伴った5名のTNI兵士がクパンの宗教施設に踏み込ん
できて、東ティモール人全員と東ティモールで活動していた非東ティモール人の
宗教従事者たちを差し出すよう要求した。彼らは一旦、引き下がったが、再び脅
迫しにやって来た。クパンのホテルでは、民兵たちが宿泊者をチェックしていた
と、ある目撃者が語っている。

西ティモールへ逃げ出したある女性は、ディリからクパンまでの道中、追跡を受
け、かろうじて逃げおおせたと語った。彼女はディリから出航する船に乗船しよ
うとした時、民兵に制止されたが、自分が東ティモール人ではないと説得した。
民兵たちが彼女を探していたため、彼女は渡航中も船の中で隠れていなければな
らなかった。西ティモールのアタププに到着した時、乗客全員が警官と民兵に監
視されているのに気づいたが、アタププの住民のふりをして何とか民兵の検問を
抜けることができた。クパンに着いたあとも、民兵が彼女の名前を手掛かりに探
しに来たので、それまで住んでいた家を立ち去らなければならなかった。西ティ
モールへ逃げたある男性は、アタンブアに着いた途端、喉元にナイフを突きつけ
られるという民兵の歓迎を受けたと話してくれた。

報告のあった誘拐と殺害事件

アムネスティは、東西ティモールで民兵が独立支持者と見なした人々を誘拐し、
殺害しているという報告を数多く受け取っている。中立の監視者が立ち入ること
ができないため、報告のほとんどが調査・確認することができない。

しかし、9月11日にドボン・ソロ号という名の船上で35人の東ティモール人が殺
害されたという信頼すべき報告がある。その日、この船はディリからクパンに向
かうところであった。殺害された人々の身元は知れないが、全員が若い男性だっ
たと言われている。目撃者によると、彼らの遺体は海に投げ捨てられたという。

9月13日には、クパンからバリへ向かう船上で、男性1人が殺害され、もう1人
が手ひどく殴打された。彼らは、コンチゲン・ロロサエ(特別警察東ティモール
分遣隊)のTシャツを着た武装警官にキャビンから連れ出された。のちに、ある
アイタラクのメンバーが、犠牲者の妻に向かって「おまえの夫は自分が殺してや
った」と吹聴した。

 アムネスティは、他にも船上で起こった東ティモール人の非合法殺人に関する
報告を受け取っているが、それを確認するにはほど遠い状況にある。しかし、こ
ういう情報がインドネシア国内の難民たちの不安を募らせ、脱出しようとする人
々の意志を挫くことになる。

また、アタンブアのキャンプで起こった非合法殺人事件や、民兵がキャンプから
人々を誘拐したり、国軍兵士が拘禁したりしているという信頼すべき情報もある。
ある難民は、ケファメナヌで捕まったいとこのことを詳しく語ってくれた。

「次の日、私たち家族はケファメナヌから追放されました。出発しようとした時、
アタンブア部隊の軍属が私のいとこ、レオニオ・ギテレスを家族から引き離しま
した。なぜ彼が選ばれたのかわかりませんが、多分彼が屈強の青年だったせいか、
それとも彼の背後に何かあると疑ったのかも知れません。彼はケファメナヌの
Kodim(軍管区司令部)に拘禁されました。私は彼が殺されたのではないかと心
配でなりません。」

拘禁されて以来、レオニオ・ギテレスの行方は判明せず、アムネスティは彼のた
めに緊急行動アピールを出した。

9月9日または10日に死亡したCNRTマナツト支部長マーカス・ラファエクの事件
に関してはお互いに矛盾する情報が流れている。ある情報によれば、彼はディリ
で逮捕され、アタンブアに連行されてそこで民兵に殺害されたという。しかし、
もう1つの情報は、民兵が起こした発砲事件に紛れて警官が彼を殺害したと示唆
している。

危険にさらされる人権活動家と人道的援助者

避難したり、なおも危険に会いながら居残っている人権活動家や人道的援助者た
ちも数多くいる。地元のある人道組織の活動家は、民兵を装ってアタンブラまで
出かけた。クパンに到着した彼は、民兵たちが彼の組織のメンバーを捜索してい
ると知らされた。

UNHCRスタッフなど、何人かの国際的人道団体のメンバーが、強制移住者に面会
しようとして襲われている。9月11日に、3人のICRC(国際赤十字)の東ティモ
ール人スタッフがアタンブアで誘拐され、2人はいまだに行方不明である。アム
ネスティは彼らのためにUAアピールを出した。クパンの難民のために食糧の供
給を手伝っていた学生も、9月17日にオエサパで民兵の脅迫を受けたという報告
があった。アタンブア病院で働く医者たちは民兵たちに脅迫され、病院から退去
した。残っている1人の医者は、「撃鉄を起こした銃を持った奴が始終立ってい
るところで、満足に働けると思うかね?」と語った。

クパンのジャーナリストたちも、嫌がらせを受けている。難民の写真を撮るつも
りでキャンプに入ろうとしたインドネシア人ジャーナリストは、民兵に制止され、
斧で脅された。彼のフィルムは没収された。あるイタリア人ジャーナリストは、
9月16日の夜にクパンでアイタラクの兵士に殴られたと訴えた。

危険にさらされているインドネシア各地の東ティモール人

ジャカルタ、ジョグ・ジャカルタ、フローレス、バリなどインドネシアの他の地
域にいる東ティモールたちも、深刻な脅迫や嫌がらせを被っている。独立支持者
たちは、民兵と治安部隊の魔手から逃れるため、隠れ家から隠れ家への地下生活
を余儀なくされている。民兵と治安当局者は島じゅうの通行要所を監視し、彼ら
の標的を判別するリストを使って往来者の身元をチェックしている。ジャカルタ
では、民兵たちが独立支持者と思われる人々を捜している。ジョグ・ジャカルタ
では、東ティモール人学生がいやが早稲や脅迫を受けている。外人嫌いの風潮か
ら、東ティモール人はたやすく区別され襲われる可能性が強い。

東ティモール軍管区司令部のあるバリでは、当局はホテルのオーナーや村落に対
して、新たに到着した東ティモール人の報告を命令しており、TNIは東ティモー
ル人が滞在していないかしばしば巡察している。軍と警察は、保護を求める東テ
ィモール人にも、強制移住者を逮捕・追放する作戦を開始すると言って、脅しを
かけている。9月17日には、TNI兵士が東ティモール人たちがいるすぐそばの駐
屯所で射撃を始めたという報告があった。

難民の保護

東ティモールの人々の安全を確保し、基本的要求を満たすために、国際社会は、
どうすれば西ティモールやインドネシアの各地に強制移住させられた人々を救い
保護できるのか、ただちにこの問題に着手しなければならない。

非自治地域という特殊な法的地位を考慮すると、アムネスティは現在の州境は実
質的に国境と見なされるべきであり、これを越境した人々は難民として国際的な
保護を受ける権利を有すると考える。

インドネシア政府は、1951年の国連難民条約に署名していないが、難民を援助し
保護を与え、危険のある状況に強制送還しないという国際法上の義務を負ってい
る。従ってアムネスティは、インドネシア政府に次のような提言をする。

1 国連多国籍軍やUNAMETと協力して、民兵組織を武装解除し禁止するなど、人
々が東ティモールへ帰還できる安全な状況を作り出すよう努力すること。

2 9月22日の国連難民高等弁務官に与えた保証の通り、UNHCRや人道組織に安
全で自由な通行を許可すること。

3 難民キャンプが人道的かつ文化的なものになるよう配慮すること。

4 国連本部の援助活動のために東ティモールからの安全な交通路を確保して、
インドネシア国内での人道的援助を妨害しないこと。

5 UNHCRに利便を図って、国外へ脱出したがっている人々に許可を与えること。

6 移民政策によるこれ以上の強制移住を中止して、東ティモール人の自由な帰
郷を認めること。


インドネシア政府とUNHCRは、次に掲げる支援と保護活動をすべきである。

1 一家和合の原則を尊重し、家族の離散を防ぎ、離別した家族が再会できるよ
う努力すること。

2 難民に、彼らが持つ権利を説明する努力を怠らないこと。

3 難民たちの地位を保証し、帰還する権利を行使できるよう、彼ら全員に身分
証明書を発行すること。

インドネシア当局が東ティモールの大規模な人権侵害に荷担していることや、今
もなお人権侵害が続いていることから、インドネシア政府が上記の義務を果たす
などと信じるわけにはいかない。ゆえに国際社会は、次のような義務と責任を負
っている。

1 UNHCRや人道団体の自由を最優先として、上記に掲げた勧告をインドネシア
政府が履行するよう、最大限の圧力をかけること。

2 UNHCRの活動と人道的活動のために、できる限りの経済的支援をすること。

3 自国に難民申請してきた東ティモール人に法的保護と基本財を提供できるよ
う、適切な体制を整えること。

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