Subject: [reg-easttimor 168] 東ティモールから  No.16
From: Koshida Kiyokazu <koshida@jca.apc.org>
Date: Sun, 8 Apr 2001 08:47:10 +0900 (JST)
Seq: 168

東ティモールから No.16


3月26日(月)
 朝6時のデンパサール行きの便で、ジャカルタを出発。早朝なので、席には余裕
があり,6割ほどしかうまっていない。幸いなことに隣が空席だったので、体は
楽。2時間ほどでデンパサール(バリ島)に着く。時計を1時間進める。着いたのが
国内線の到着ロビーなので、荷物を待って国際線のロビーに行こうとするが,待っても荷物が出てこない。係員に
聞くと、ディリ行きの乗客の荷物はそのまま乗せてあるというので、少し心配に
なる。でも、もう一度乗るのも同じ飛行機なのでまあ間違いはないだろう
 デンパサールから約2時間でディリに到着。到着ロビー(というのかな)の配置が
変わり、入管の机が3つに増えていた。荷物も無事に着いていたので、すぐに外
へ出る。ディリ空港でも、最近は「タクシー」という声がやたらとかかるようにな
っている。ディリ市内のタクシー料金は一万ルピアが平均になっているが、空港
から市内まで、五万ルピアとか10万ルピアとか言われている。運転手によって
はドル払いを要求することもあるらしい。誰も迎えに来ていないのかな、とキョ
ロキョロしているとロザさん(PARCの運転手)に肩をたたかれ,そのまま、リキサ県のNGOミーティングに行く。
 このミーティングは、前回の議事録の確認にやたらと時間をかけるのを思い出
し,まず昼食をとることにした。予想通り、遅れていってちょうどよかった。着
いた辺りから議論がスタートしたところ。今日の議題は、学校トイレの建設につ
いて、住民登録への協力、このミーティングの見直し、の三つ。学校トイレにつ
いてはOXFAMが中心になって担当することになっているが、もう一度、情報を共有
しようという事になる。住民登録については協力要請。選挙教育もスタートする
が、何しろUNTAETはスタッフ不足なので、住民登録についてのパンフレット配付
などについてNGOにも協力してほしいということ。しかし、これは全くおかしな話
で、選挙についてはUNTAETが責任をもつことになっている(というより、そのプ
ロセスをいかにスムースに行うかがUNTAETの存在意義ではないか!)にもかかわら
ず、 NGOに仕事を割り振っていいのだろうか。増員したはずの国連ボランティア
は,何をしているのだろうか,と思う。そして何より、UNTAETの地方事務所には
人が足りないということが問題なのだろう。ディリでブラブラしている(ように見
える)UNTAET職員は、みんなパンフレット配りをしなさい。
 夕方、ディリに戻る。PARC事務所には、国際ボランティアセンター・山形の山
西さんと土曜日に着いた古沢希代子さんがいる。

3月27日(火)
 朝、スタッフとミーティング。2月に強い台風が東ティモールを襲い、高地の
バザール・テテにある小学校の屋根が吹き飛んだ。その修理工事や、屋根が飛ばな
いように補強用のワイヤを配ったりするのが主な仕事だったようだ。
 その後、UNTAETへ行き、関税免除の手続きをする。1月に仮登録をしていたのだが、3月
中に本登録をするようにという連絡が来ていたので、あらためて申請書と会計報
告、規約、年次報告などを提出する。この税金関係の部署には東ティモール人し
かいなかったので、出した書類をそのまま受け取ってくれた。僕はテトゥン語を
ほとんど話せないのだが、ここの職員も英語での会話は無理な様子だった。にも
かかわらず、提出する書類は英語だ。このやり方は、いかにも無理がある。お互
いに何がなんだかわからないまま、向こうは出された書類をファイルにしまい,
こちらは「後から文句つけるなよ!」と思いながら、愛想笑いをして立ち去るし
かない。
 その後、UNICEFに行く。小学校担当のニコラスと打ち合わせ。1月には、中学
校の屋根修復工事をNGOに頼むことはできなくなったという話だったが,今回は中
学校も頼みたいということ。資材が来週とどくので、それをまって早速とりかか
って欲しいという話になる。どうしてこういうことになるのかよく分からないが、
おそらく東ティモール暫定政府(ETTA)の発足にともない、東ティモール人に仕事
を任せようという力が働いたのだろう。それが何故ひっくり返ったのかもよくわ
からない。先に行ったUNTAET税金部もそうだが、東ティモール人の預かり知らぬ
ところで全てが決められているのではないか。
 午後は、事務所にこもって書類づくり。夕方から、トメさんとディリ事務所の
今後について話をする。

3月28日(水)
 午前中、UNICEFに行く。屋根の補強工事をした学校にその費用を支払うことに
なっていて、そのお金を取りに行く。ようするにUNICEFは、人が足りなくて自分
たちだけではできないので、それをNGOに肩代わりさせているのだ。これではまる
で下請けだ(というより,もろに下請けだ)と思いながら、お金を受け取りリキサ
県へ向かう。
 午後は東ティモール暫定政府(ETTA)とNGOのミーティング。この会合を主催する
のは、先週日本に来ていたエミリア・ピレスが長官になっている東ティモール全
国計画・開発庁(NPDA)。NPDAは暫定政府からNGOとの交渉窓口になるよう要請さ
れ,この会合を開くことになったらしい。今日が2回目である。参加者は50人
くらい。東ティモール人と外国人の割合は半々くらいか。
 議題は、東ティモールの優先援助リスト(Unfunded Priorities List)と内閣
の役割、国民評議会の役割について。一番重要なのは、優先援助リストの問題だ。
これは東ティモール人自身(といっても具体的には暫定政府)が、いま何が必要
かというリストを作り、それを援助機関・国に提示するというもの。2000年
11月に「閣議」決定され、その後リストづくりが進んでいた。そして明日(3月
29日)の援助国会議で、ドナーに対してリストが示されることになっている。優
先順位はA,B,Cの三段階あって、Aランクには「公務員のトレーニング」「人材育
成」「憲法制定議会への援助」などが並んでいる。ちなみにBランクには教育や保
健衛生など社会発展分野、Cランクには環境保全プロジェクトなどが多い。
 エミリアさんは、この優先リストにそって今後の国づくりが進んでいくのだか
ら、NGOも、「自分たちのプロジェクトは、優先リストのここに相当する」とドナー
に主張すれば、資金を得られる、と言うのだが、実際には難しいだろう。実際、
この会合のすぐ後に会った日本政府連絡事務所の松浦さんは「理念としてはわか
るが、実際には、ドナーが作った計画を優先リストに載せていくことになるので
はないか」と語っていた。これも正直すぎるほど正直な言い方で「要請主義」は
どこへ言ったのか、と思う。
 それ以外の議題は、議題というより、UNTAETが進めていることの説明で、暫定
内閣の構成や、国民評議会(NC)について。一つだけ面白かったのは、NCの議論は
英語とポルトガル語とインドネシア語の三つが使われているということ。当然に
も「なぜテトゥン語を使わないのか」という質問が出たが、「通訳が煩雑になる
から」という答えだった。
 終わってからわかったのは、この会合は東ティモールNGOの「キャパシティ・ビ
ルディング」の一環なのだなということ。もちろん、私たち外国人にとってもい
ろんなことを知る機会になっているのだが、それよりも東ティモール人にきちん
と情報を提供し、現在の仕組みを説明する場にしようと考えているのではないか。
 会合が終わって外に出ると、人がゾロゾロ会談を降りてくる。一緒にいたトメ
さんが「あれは統合派のリーダーたちだ」と教えてくれる。インドネシアから戻っ
てきて、UNTAETと話し合いをしているらしい。
 その後、政府連絡事務所で松浦さんと話をして帰ろうと思ったら、土砂降り。
10分ほど待ってようやくタクシーが停まる。雨降りだからと2万ルピア要求さ
れる。

3月29日(木)
 朝からリキサ県レボレマ小学校へ行く。チバルを過ぎて、エルメラ県へ向かう
山道を登り始め
たところで、大型トラックがわだちにはまり立ち往生している。昨夜の雨で地盤
が緩み、小さな土砂崩れがあったらしく、その土砂が道のぬかるみをひどくした
ようだ。タイヤ半分くらいがうまっている。みんなで押したり、石を下に入れた
りして30分ほど格闘してようやくトラックは抜け出せた。その後、UNTAETの車
が一台通ったが、次の車がまたぬかるみにはまった。運転手のロザさんと相談し
て、ひき返すことにする。
 その後、バザール・テテへ。ここも山の上なので、涼しくて気持ちがいい。途中
ラジオから「No Woman, No Cry」が流れると、何とロザさんが反応するではない
か。「この曲を知っているのか」と聞くと、「知らない」と言う。東ティモールの
若者は、よくボブ・マーリーの顔のついたTシャツを着ているので、ロザさんもファ
ンかと思ったのだが。でも「No Woman, No Cry」は聞く人を惹き付ける曲なのだ
ということを再確認。
 帰りにリキサのUNTAETに寄り、フィリピン人のジミーと再会を祝す。
 午後、SHAREの川口さんと蜂須賀さんがエルメラ県から戻って来る。日本から持っ
て来た朝日新聞(SHAREのことが載っている)を読んで、川口さんが怒る。川口さ
んの怒りは別としても、この記事はカンボジアと東ティモールだけを対比して、
「東ティモールではカンボジアで活動した世代が頑張っている。その後の日本の
若者は内向きになっている。もっと顔の見える国際貢献を」という内容なので、
ナショナリズム(国家主義)を考え直すという特集テーマからしても、多いに不
満が残る。ナショナリズムの台頭と国際貢献論が、同時進行中なのが日本の現状
ではないか。
 夜、久しぶりに外食。SHAREの二人、東ティモール・デスクの高橋さんと徳さん、
古沢さん、山西さん(IVY)、JICAの鈴木さん、ちょうど日本から来ていた青木さ
んという大人数。鈴木さん推薦のタイ料理屋。

3月30日(金)
 今日の新聞には、シャナナが国民評議会(NC)の議長を辞任したことが大きく報
じられている。たしかにNCでの議論はわかりにくく、先日もヤヤサン・ハクのア
ニセト君が提案した憲法起草委員会の設置が、否決されてしまった。一説にはシャ
ナナは、この法案の否決に見られるような政党間の駆け引きに嫌気がさしたとも
伝えられている。政党の動き、とくにフレテリンはかなり激しいシャナナ批判を
行っているようなので、それへのけん制もあるのかもしれない。
 また、フレテリン自体も分裂の危機にあり(CPD-RDTLとフレテリン中央委員会
・ BP7)、互いに非難合戦を繰り広げている。もっともCPD-RDTLは前から、統合派
の強い影響化にあり、インドネシアからの支援を受けているのではないかという
噂があったので、フレテリン中央委員会だけでなく、シャナナなどからも批判さ
れていたようだ。
 こうして8月の選挙を前に、政党の動きはかなり激しくなっていくようだ。

3月31日(土)
 午前中は会計の整理などをする。昨夜からPARC事務所に泊っている青木さんと、
教育の現状などについて話をする。
 午後、ずーっと雨が降り続けるので、外へ出る機会を失う。夕方になって小降
りになってきたので、青木さんと買い物に行く。シンガポール人の経営するスー
パー・マーケットには日本食の食材(みりんや味噌、日本酒など)も豊富にある。
ついでに「ハロー・ミスター(オーストラリア人経営のスーパー)にも行く。こ
こも改装され、品物も増えている。インドネシア・ルピアで支払うと、オースト
ラリア・ドルでおつりが返ってくる。

4月1日(日)
 昼からマナトゥトゥへ行く。IVYの山西さんはディリ市内から出るのが初めてと
いうこと。「海がきれいですね」と改まって言われると、やはり、これを生かし
た観光の可能性を考えたほうがいいのではないか、と思う。そう言えば、エミリ
ア・ピレスさんが東京に来た時に、「ファリンテルンの足跡をたどるツアー」はど
うかという話をしたら、「いいかもしれない、シャナナも喜ぶ」と言っていた。
あまりハードな旅ではなく、幹線道路からちょっと入った所で野宿しながら、ファ
リンテルンの話を聞くというのは魅力的ではないだろうか。

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