「私とNPO、そして今回のプログラムに臨むにあたって」

草島進一

がはじめて市民活動に本格的に参画しはじめたのは、大学を卒業して2年後、編集プロダクションから、日本リサイクル運動市民の会、環ネットワーク株式会社の「くらしの木」編集部にはいってからです。学生のころから、エコロジーについて関心があり、当時の明治大学では一人でエコロジー研究会をやっていた私は、職業として、好きな環境についての事をやれればと思い、そうした雑誌出版の世界から、様々な環境の問題にふれていければいいと考えました。そうして入った会で、私は、給料をもらい、そうした出版の仕事についたのです。フリーマーケットの情報、リサイクルショップの取材、エコロジーグッズ、有機野菜の情報、他、様々な環境保護に取り組む方の取材をさせていただきました。また、編集部にはいって2年後には、同会の有機野菜の宅配の事業部のセンター立ち上げに参画し、同センターの運輸部のシステムづくりなどを担当する仕事をしていました。

また、これと並行して行ってきた活動に、長良川の河口ぜきの反対運動があります。「Outdoor」の編集プロダクションで編集アシスタントをしていた時にこの運動には加わり、東京のデモ行進や、長良川のカヌーデモに参加しました。長良川に会ってはじめて私は、本来の川の姿のすばらしさを感じ、日本の国の矛盾を感じました。その会は、長良川河口ぜき反対運動の東京支部として機能しはじめ、毎年の「長良川DAY」や様々なシンポジウムを企画する一人として活動してきました。93年ぐらいからは、毎週エコロジーセンターでミーティングを行い、議論を展開してきました。

95年1月に、阪神大震災の際、私は会の派遣団として神戸にはいり、その後、会社を休職し、神戸に残りました。そして当時オゾン層の保護のキャンペーンなどを展開し、神戸で救援活動をはじめたリスポンス協会 山田氏と「神戸元気村」を結成、そして3カ月後、市民の会をやめ、リスポンス協会、神戸元気村を職業として救援活動を続けようと活動を3年間続けました。「ボランタリーな活動を職業としてやっていけないか」それは私にとって賭でした。会社のレールをはずれ、どこから収入があるのかもわからない事には不安がありました。しかし、当時、神戸にたくさんあった問題に対処していきたいと思ったことと、まずなにより、その問題を解決するプロジェクトの構築や、それに伴って生まれる人との「心と心の結びつき」によって、自分がまさに「生かされている」気持ちがしたのです。「コミットメント」「ブレイクスルー」、そこには、太い「今」という時間がありました。経済を追いかけるよりも、こうした時を自分のまんなかにおいて人生を生きることができないかと思ったのです。

「神戸元気村」では、「0になった神戸で被災者の方と一緒に神戸をつくっていこう」と、炊き出しをはじめ、70個ぐらいのプロジェクトを行ってきました。被災地でのコンサートの企画、仮設にすむ独居老人とボランティアを結ぶ緊急通報システム「ベルボックス」、3Kgのお米を被災独居老人宅3000世帯に毎月配る「3ライス神戸」、などを立ちあげるとともに、収益事業として環境教育を兼ねたカヌートレック「四万十塾」を立ちあげましした。これらは、現在も続いていますが、その企画からシステムづくりまで、中心的に参画してきました。

また、1997年1月に起こった日本海重油災害流出事故では震災の教訓を胸に、インターネットWEB、「Save the Coast!」を立ち上げ、インターネットでコーディネートを行いました。そのWEBは、1ケ月で10万人ものアクセスがあり、「日本のインターネット史に時代を画した(インターネットはグローバルブレイン 立花隆著)」と評価を受けました。また、1月終わりから4月末まで現地の福井県、石川県に滞在し、国の機関、海上災害防止センターやサーベイヤーの方、そして、アップルコンピュータをはじめ、様々な企業、財団とのパートナーシップを築きつつコーディネートを行いました。(これらについての詳細は、「日本海からのおくりもの」(三国町藤井医師による自費出版 に記しました)

 その後、古里である山形県鶴岡市で、ダム問題により、水道水の水源を豊富な地下水からダム水に切り替える工事が進んでいることを耳にし、震災3年を機会に、古里で水環境の保護活動ができないかと思い、98年2月の終わりに帰郷。そして書店主、学生らと、WaterWatchNetwork(ウォーターワッチネットワーク)を立ち上げ、Interntional action day against dams and for rivers, life にちなんで、3/14に初ミーティング「出羽の水をみつめてみよう」を開き(参加者30名)切り替わろうとしている地下水について考察しました。また、4/19には、Earthdayの企画としてビーチクリ-ンアップを開催しました。(参加者50名)現在、その集計に追われています。

今後は、カヌーを使っての河川観察など、アウティングを通じて環境教育活動や、シンポジウムなどを通じて意識を変えていく活動を予定しています。

私がこの会で目標としていることは、開発から、有数の水質を誇る地下水を守ることであり、河川、海洋環境を改善することです。最近話題にのぼっている環境ホルモンや、ダイオキシンについてもターゲットに掲げたいと考えています。それと同時に「この町の人の意識を進化させる」事です。一人でも多くの人が、ボランタリーなかたちで私たちの活動に参加し、身のまわりの環境問題に関心をもつ、そして、矛盾に気づいていく。まずはそんなきっかけづくりをしていきたいと思っています。

高さ130Mと、東北で最大規模の月山ダムが現在、建設中であり、同時にロビー活動も急がれます。しかしまず、市民10万人の意識を水環境の問題に向けさせることが、先決と考えています。また、地下水や、ダム問題について、できる限りグローバルな視点での提案が必要だと考えています。

また、それと平行して、神戸で得られた人とのネットワークで音楽家を鶴岡に呼んだりするなどの「芸術村」のような活動や、地域を活性化するNPOを総合的に考えていく研究会を同時並行的に計画しています。

さて私は、今まで「長良川DAY」や、震災のシンポジウムなどを通じて、何人かの米国のNPOの方々とお会いできました。IRN(International Rivers Network)のフィリップ・ウィリアムス博士や、NWF(National Wildlife Federation)のリチャードフォレスト氏、RSVPのマーシャルイス女史、Independent Sectorのバージニアホジキンソン女史らです。グラスルーツからはじめて、今や国を動かす存在としてのNPOを職業として、しっかりと活動されている皆さんとお会いできたとき、私はすごくカルチャーショックをうけ、と同時にたくさんの勇気をいただきました。また、問題の解決にむかって、NPOはどう動き、企業や国、地域の人々はいかに参画し、それを実現させているのか。本当の民主主義とは何かということをかいま見せていただいたような気がします。また、神戸元気村で活動中に、米国FEMAのベンジャミン・フランク氏が視察に訪れました。その際、「とにかくNGOのすばやく、革新的な動きはすばらしいんだ、災害があると、まずはNGO支援、と政府はすぐに考えるようになっている」とおっしゃられていたこともすごく心に残っています。

これらの方々との出会いや、「大失業時代」、などの書物。また、インターネットを通じて様々なアメリカのNPOやNGOの動きを知る度にアメリカのNPOの空気を吸ってきたい気持ちが沸いてきました。一体、彼らは、どんな意識で、どんな生活をしながら、このNPOを運営しているのか。今まで参画してきたNPO組織での運営でつまずきや壁を解決する方法、現状をブレイクスルーする様々なアイデアが、そこにたくさんあるのではないかと思い始めたのです。アメリカのNPOのやり方がすべて日本に通用するかどうかはわかりませんが、たくさんのお手本があるような気がしたのです。実際、インターネットでのロビー活動などは、アメリカのNPOの手法をまねる形で、実際やってみました。そしてWEB上でのやりとりだけでなく、もっと太いネットワークで彼らとつながるためには、実際会って、仕事をともにするのが一番と考えはじめました。

そこで IRNに電子メールでエクスチェンジのプログラムはないかと問い合わせをしました。そこで貴団体のプログラムがあることを知りました。IRNの職員の方も、このプログラムを薦めてくださいました。

私は、このプログラムに参画して、次のことを学んできたいと思っています。

●NPOを構成しているメンバーの意識、職業感、哲学。

●NPOを運営する際のアイデア、ミーティング方法。

●運営資金の調達方法

●周辺市民のアドボカシーの方法

●ロビー活動の方法、議会、官僚などの考え方、アプローチの仕方

●マス・メディアの利用方法。

●インターネットの活用方法

またWater Watch Networkですぐに活かしたいこととして、

●ダム問題について、私どもの月山ダムと地下水の情報を共有することで、解決策を導きだしたい。(IRNとのネットワークを密にしたい)

●水環境を考える上で、環境ホルモンや、ダイオキシンへのアメリカNPOの取り組み

●地下水についての市民活動での取り組みについて

●環境教育のアプローチとしての活動の取り組みについて

 などです。

私はこれから、震災をきっかけに生まれた日本の若い世代のボランタリーな動きを、なんとか文化や、米国のような経済セクターに高めたいと考えています。

今までの活動の中で、ボランタリーな活動は、やはり人間の根っこの力を沸き立たせてくれる働きがあるような気がしてなりません。参加した学生たちや被災者の皆さんが、様々な問題にきづき、それに立ち向かい、どんどん元気に活動しはじめる場面をたくさん目にしてきました。

また 私は、カヌーで川をくだるときなど、自然とのつながりを感じ、元気をいただ

きます。本来の人間のいのちや元気をはぐくむ自然環境を次の世代に残すことは、今

生きる私たちにとって最大の義務だと思います。

自然が豊富な地方都市で環境問題に取り組み、自然環境を財産として動いていくことは、日本の大都市にとっての「いやしのスペース」をつくることになり、また自然へのアプローチの軸も見いだすことになり、元気なまちづくりにつながるのではないかと思っています。またそうした一歩一歩こそ、この国を真に心豊かな国へ変えていけるのではないかと考えています。

私は、環境問題や、環境教育、まちづくりをテーマとしたNPOを職業として活動していきたいと考えています。私は、今、33歳です。回りはなかなか理解してくれませんが、人生の一番の働きざかりの30代を、日本のNPOセクターづくりに力を注ぎたいと思っています。今回のプログラムで予想される様々なアメリカNPOとの出会い、またネットワークは、精神的にも実質的にもきっとその糧となると信じております。

なにとぞ、よろしくお願いいたします。

「出羽の国から水を考える」

ウォーターワッチ・ネットワーク

代表  草島進一


スターン考現学へ