週間金曜日 200012月15号

特集
住民無視のハコモノ事業

「住民投票でおいしい水を守りたい」



出羽三山の豊かな地下水に恵まれた庄内地方南部地域で
月山ダムから受水する広域水道事業が強行されようとしている。
おいしい水が飲みたいと、計画見直しを求める住民運動が進められている。

庄内南部広域水道事業は、建設省直轄の多目的「月山ダム」を水源とし、鶴岡市を中止とする一市六町一村の自治体の水源を賄おうというものである。1980年9月に鶴岡市議会が全会一致で可決し、81年から着工されている。工期が10年伸びて、780億円だったダムの建設費用は、1780億円、水道事業費は、230億円から475億円に膨れ上がっている。ダムの提体はほぼ完成し、2000年10月2日に、試験湛水がはじまった。導水管、浄水施設も9割ほど完成しており、来年秋には給水開始が予定されている。その庄内の中心都市、鶴岡市で住民投票運動を進めるのはなぜなのか。

無理な広域水道は、街の文化を破壊する。

地下水100%の鶴岡の水はおいしい。鶴岡市民の誇りでもある。月山、朝日連邦から流れる赤川の扇状地にひろがる市内全域を古くから豊富な地下水が潤し、市内大山地区には、この良質な地下水を使って、酒造りを営む4軒の蔵元がある。鶴岡名物の手打ちうどん「麦切り」も、この水こそが生む食文化だ。市民が飲料水としている水源とほぼ同様の水源から、新潟の業者ブルボンが汲み上げてペットボトルに詰め、「天然名水・出羽三山の水」と銘打って全国で販売されている。1リットル100円を払ってでも飲む勝ちのある文字通りの銘水なのである。鶴岡市では、33年に地下水利用の上水道施設を創設して以来、今まで60年にわたり、市民にこの水を供給してきた。それをダムの水に替えてしまっていいのだろうか。
 

 というのは、庄内南部広域水道の事業主体である県や鶴岡市の広域水道移行の根拠が今、なくなっているのだ。80年のダム移行決定当時の鶴岡市の水需要予測8万2602トンは途中で約1万トン下方修正去れ7万3601トンになったものの、現状の1日最大使用量4万9500トン(99年度実績。2000年度実績は4万8千300トン)からは2万トンも過量である。しかもここ4年間の使用量は減少傾向にある。そして今、国全体が人口減少に向かっている。さらに節水型社会に突入し、節水型機器や雨水利用が奨励されている。

  
 このようにみてくると、70年代後半には右肩あがりだった水需要は、これからは減ることはあっても増えることはない。したがって、現在使用している地下水がよほど減らないかぎり、水は十分ということになる。市はここ数年、国に提出するダム推進の要望書に夏の一時の給水調整を「慢性的な水不足」として記載している。また一カ所の観測井の減少を全域の水源水井が下がっているように広報した。これに対し、研究者は地下水量より井戸管理の手抜きの問題だと異議を唱えている。一方で、地下水は工業用水や消雪用水として無制限に使われている。
 

 それに鶴岡市の地下水源は、78年から2年間、当時の東海大学柴崎達雄教授らによって綿密な調査がなされ、赤川扇状地の水田で地下水を涵養している鶴岡の水源は非常に豊富だと結論づけられている。5万2700トンの取水は赤川扇状地の一部のみの試算でも25万トンの持続性補給量があるので十分に可能---とある。
2000年9月24日、私たちが企画したフォーラムの中で、柴崎教授は「現地踏査によると、涵養源に大きな変化が見られないので、当時のデータは通用する」と発言している。ところが富塚陽一市長は、議会で「責任のもてる情報ではない」とし、根拠も示さずに「もし今の地下水を使い続けると、料金は今の3倍になるようだ」と、ダム水の受水は見直さないことを強調した。

 過大な計画を見直すこともなく、不必要な水の買い取り計画を進めるのは、市民に不利益をもたらすことでしかない。もし受水が開始されると、いずれ地下水利用の完全放棄が待っている。
 

 また、市民の支払う水道料金は、広域水道事業の「責任水量制」と呼ばれる契約によって、段階的に料金を上昇せざるをえないしくみとなっている。将来の人口減少や節水意識の向上なども考慮すれば一段と料金が高騰し、生涯その負担がつきまとうことはあきらかだ。


城下町体質の中で、困難を極めた運動

「ダム工事は止められなくても、水だけはなんとかしたい」
私は、広域水道事業を進める行政に疑問をもち、市議会でも水道問題を徹底追及してきたが、一向に議会はうごかない。そこで、フォーラムで運動してきた主婦や元大学教授らとともに200年6月1日、「鶴岡水道住民投票の会」を設立して住民投票条例の制定に向けた運動をスタートした。政党色も組織もない徒手空挙の署名活動である。1ヶ月間ほぼ毎日、街頭宣伝、スーパーマーケット店頭での街頭署名、戸別訪問を繰り返した。署名簿は吉野川の第十堰住民投票の会の書式を参考にした。期間中、住民投票立法フォーラムのメンバーもかけつけ、「公共事業は、民意を反映しているか、常に問われるのは当然のこと」と応援してくれ、署名集めに大いに拍車がかかった。一方、この運動が始まった当初から富塚陽一市長は、「排除しよう、無責任な政治的行動」と自民党系の政策ビラに投稿し、全面否定する姿勢を明らかにした。

 署名期間中に自民党系議員団は、住民投票署名の妨害ともいえるビラを3種類全戸配布した。それには「もし広域水道の中止や凍結をすると、かえって水道料が高くなる。目で確認できない地下水に頼ることは大変不安」などとし「それでもあなたは署名をしますか」とあった。立派な街宣カーも繰り出し「ダムの水はおいしい」「無責任な署名はやめよう」と叫んで回っていた。

 私たちは署名期間中の10月16日、規定に沿って受任者(署名を集める人)の名簿を提出した。すると翌日、情報公開条例に基づいて名簿公開の請求があり、なんとその3時間後には受任者名簿が公開されていた。そんな状況の中、署名は法定数の1600筆を越えるまでに2週間もかかり、一時は焦りも生じた。しかし、終盤にさしかかるとスタッフの数も増え「がんばって」と声がかかったり、差し入れがあったりと徐々にもりあがっていった。連日、朝から夜12時までスーパー店頭に立ち続け、署名活動をしたスタッフもいた。こうして11月にはいると続々と署名簿が戻ってきた。事務所にはひっきりなしに署名簿を抱えた人が訪れた。
結局、署名は最後の3日間で1万筆を越えた。東北の人はなかなか自分の意思を表に出さない。そんんた鶴岡 の市民が、ようやくはっきりとものを言い始めたことをみんなで実感した。こうして、住民投票をやろうという署名に市民の17.8%、14139名もの方が自分の名を記したのである。
頑固な保守の風土にも、風穴があきはじめているのだ。
 

 広域水道事業は、ムダな巨大ダムを正当化する公共事業そのものだ。結局、ダム建設や浄水施設の莫大な負担を水道料金で市民にかぶせることになるのだが、広域水道事業が災いして、すでに山形県は全国で最も水道料金の高い県になっている。市民は高くてまずいダムの水をわざわざ求めているわけではない。一体、誰のための、何のための事業なのか。市、県の行政のメンツのために見直しができないとしたら、本末転倒ではないだろうか。水道事業は受益者負担が原則だから、利用者の声が反映されるのが当然である。したがって、政策決定には寄り強い市民合意があるべきだ。 
まずはこうした事業は一旦凍結して民意を確かめ、負担金の処理方法も含めて徹底的に議論すべきである。この運動の中で、「広域水道110番」を開設した。同様の悩みを抱える地域をネットワークし、解決策を導く議論をしていきたい。