1998年5月8日毎日新聞夕刊

「ナヌムの家」に生きる元従軍慰安婦たち

「憂楽帳」とその「訂正」をめぐって

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5月8日夕刊

 映画「ナヌムの家」と「ナヌムの家II」を見た。「ナヌム」は韓国語で「分かち合い」を意味する。二つの映画は、ビョン・ヨンジユ監督が、その「ナヌムの家」で共同生活する韓国の元従軍慰安婦たちの日々を追ったドキュメンタリーである。
 本紙2月4日夕刊のコラム「憂楽帳」に「ナヌムの家」と題した文章が載った。「ナヌムの家II」の試写会場で客席の男性二人が元従軍慰安婦を侮辱するヤジを飛ばして騒然となったが、その場にいた元従軍慰安婦が身の上話を始めると、彼らは退席したという内容だった。身の上話の内容は次のように書かれていた。「日本軍に連行される前からつらい暮らしだったこと。父親は酒乱で、よそに女性がいて母親を顧みなかったこと。たまに帰宅すると子供たちに暴力をふるったこと……」
 筆者は、この「事件」を《元従軍慰安婦の過酷な人生を突きつけられ、ヤジった観客も退席せざるをえなかった》という誤った枠組みでとらえ、映画の優れた点を端的に示すものと考えた。だが、「ナヌムの家II」の試写会場ではこうした「事件」はなかった。一昨年「ナヌムの家」の試写会場で観客がヤジって一時会場が騒然となったことがあった。筆者はこれを「ナヌムの家II」の試写会場での出来事と誤って、先の文章を書いた。翌5日夕刊にはこうした経緯にふれた「訂正」が載った。
 市民グループから、この「訂正」が「新たな虚偽を含んでいる」との提起を受けた。「訂正」には「元従軍慰安婦の女性が身の上を語ったとあるのは、映画の中のことでした」との一節があった。二つの映画には元従軍慰安婦たちが「過去」を語る場面はあるが、「憂楽帳」に書かれた内容はない。市民グループの提起は《「憂楽帳」の誤りが「訂正」によって逆に事実として定着してしまうではないか》ということだった。
 「ナヌムの家」と「ナヌムの家II」はかなり肌合いが違う。前作はやはり元従軍慰安婦たちの「過去」を通して日本国家を告発する側面が強い。とりわけ中国・武漢に取り残された元慰安婦3人を取材した部分にその色彩が濃い。一方、ソウル郊外の田園地帯に移った「ナヌムの家」での元従軍慰安婦たちの生活を追った「ナヌムの家II」には彼女たちの「現在」が前面に出ている。
 いや「過去」と「現在」を、こんなふうに分割するのは誤りかもしれない。だれもが「過去」と「現在」が分かちがたい、かけがえのない一個の生を送っているのだから。「ナヌムの家」「ナヌムの家II」は、つまりはそうした生を送る元従軍慰安婦たちを描いたものである。
 「ナヌムの家」の忘年会の場面で酒に酔って楽しく歌い踊っていたカン・ドッキョンさんは「ナヌムの家II」では肺ガンで死ぬ。「ナヌムの家II」は彼女の死に至る物語でもある。二つの映画を通じて私たちが接するのは《元従軍慰安婦》ではない。たとえば、かけがえのない生を送り、この世を去ったカン・ドッキョンさんその人なのである。彼女はあるときは自らの過去を嘆き、あるときは、楽しく歌い、踊った。そして、この世を去った。
 「従軍慰安婦問題」という、いわば大文字で書かれるテーマがある。「ナヌムの家」「ナヌムの家II」は、それがそれぞれのかけがえのない生を送りつつ、老境を迎えている人々の問題であることを教えてくれる。「憂楽帳」とその「訂正」は、そうしたこの映画の「手ざわり」を奪い、《かわいそうな人々を描いた映画》に封じ込めてしまうものだった。

【奥 武則】

*映画「ナヌムの家」「ナヌムの家II」の上映スケジュールなどの問い合わせは配給元のパンドラ(03・3555・3987)へ。