豊島から直島へ 第1部

文責:田岡直博



T.豊かな島・素朴な島

1.はじめに

(豊島と直島の地図)

  豊 島 直 島
所在地 香川県郡町 香川県香川郡直島町
面積1) 14.49q 7.8q
周囲 19.8q  
世帯数 611世帯 1543世帯
人口 1471人 4079人

『SHIMADAS』/しましまネット(日本離島センター、1998年)

 今月から3回にわたって、瀬戸内海に浮かぶ2つの小さな島の物語について話そうと思う。かなり長い連載になるけれど、最後までお付き合いいただきたい。  話の主役となるの島の名は、「豊かな島」、豊島(てしま)。小豆島の西3.7kmの海上にあるわずか面積14.49kmの小さな島である。そして、もうひとつの主役は、直島(なおしま)。豊島の西隣にあって、こちらの方が、豊島よりもさらにひとまわり小さい。ただ、面積とは逆に、人口は直島の方が約3倍と多い。

2.プロフィール

 まずは、この2つの島についてよく知ってもらうために、少し長くなるけれど、「SHIMADAS」(日本離島センター)から紹介文を引用することにしよう。

豊島(てしま)

 瀬戸内海の東部、小豆島の西3.7kmの海上にある、海岸沿いと丘陵地で6集落からなる島。特産のやわらかい豊島石を使った石材加工業が盛んで、また農・水産物の供給地としても重要な地位を占めている。わが国福祉界の草分け的存在である賀川豊彦氏が力を入れた福祉施設として乳児院、特別養護老人ホーム、精神薄弱者更生施設があるので、「福祉の島」と呼ばれている。2)古来から稲作が盛んで豊かなことから豊島と名づけられた。

直島(なおしま)

 高松市の北13km、岡山県玉野市の南3kmの海上にあり、保元の乱に敗れ、讃岐配流の途中に立ち寄った崇徳上皇が住民の素朴さを賞し、直島と定めたと伝えられている島。島の北部には、東洋一の金精錬量を誇る三菱マテリアル直島製錬所と関連企業、中央部には幼・保一元化や幼・小・中一貫教育と建築美を誇る文教地区、南部には現代美術と出会えるホテルのベネッセハウスや直島国際キャンプ場などがあり、自然と産業と文化の調和がすばらしい。

   ところが近年になって、豊島の紹介文に、新たに次の一文が付け加わえられることになった。

「近年、産業廃棄物の不法投棄に島は揺れたものの、これをバネに新しい島づくりが動き出している」

 ここでいう「島を揺らした産業廃棄物の不法投棄」こそが、この話の主題である。1990年に起こった「豊島事件」は、過去に例を見ない大規模な産業廃棄物の不法投棄問題として、全国的・世界的に、「豊島(Teshima)」の名を知らしめることになった。3) しばらくは豊島の話が中心になる。直島のことは、頭の隅にでも置いておいて欲しい。

U.豊かな島からゴミの島へ

1.事件発生

 事件は1990年11月16日、兵庫県警が「豊島総合観光開発」株式会社を産業廃棄物処理法違反容疑で摘発したことで、明るみに出た。はじめて豊島の名が新聞の一面に登場した事件当日の夕刊から、記事の一部を引用してみよう。4)

「瀬戸内海国立公園にある香川県小豆郡土庄町の豊島(てしま)で、地元の産業廃棄物処理業者が近畿各地から船で集めた大量の廃油やプラスチックごみを山林に不法投棄していたとして、兵庫県警生活経済課と姫路など6署は16日、同島内の産業廃棄物処理業「豊島総合観光開発」=松浦きよ子社長(59)=の事務所と同社にごみ処理を委託していた兵庫や岡山、滋賀県下の製紙工場、化学工場、車解体業者の事務所など17カ所を廃棄物処理法違反の疑いで捜索した。甲子園球場の4倍の広さの処分地5)に数十万トンの産業廃棄物が埋め立てられたり焼却処分され、一部は付近の海に流出。ごみの中にはカドミウムなどの有害物質も含まれていた。

 調べによると、同社は「ハマチのえさになるミミズを養殖する」として兵庫、香川両県知事から養殖に必要な汚泥や木くずの収集、処分の許可を受けた。ところが、9月20日から今月10日までに、兵庫、滋賀、岡山県内の化学工場や製紙工場、車解体業者から許可の対象外の廃油や廃酸、プラスチックごみなどの産業廃棄物約640トンを集め、同町豊島家浦水ケ浦の山林で焼却したり、埋め立てた疑い。

 同社の産業廃棄物処分地は、豊島の西端の岬にあり、東西約500メートル、南北約300メートルの約18万平方メートル。現場には廃油などを入れて運んだらしいドラム缶が1万本以上ある。兵庫県警は2、3年前から合計数10万トンのごみを不法処分したとみて調べている。採取した土壌からカドミウム、鉛の有害物質が見つかった。ごみは姫路港から同社の専用船(460トン)を使ったり、フェリーで運び込んでいた、という。」

 この記事を読んでいただくだけで、おおよそ事件の概要は分かっていただけると思う。より正確な不法投棄の実態は、この話の後半で詳しく述べることにしよう。  ここでの話のポイントは「兵庫県警」である。ひとつは、豊島に運び込まれていた産業廃棄物の多くは京阪神地方で排出されていたということ。もうひとつは、業者を摘発したのは、香川県警ではなくて、兵庫県警であったということである。  ここで後者について、素朴な疑問がわく。どうして、業者を摘発したのは香川県警ではなく、兵庫県警だったのだろうか。香川県警は、産業廃棄物の不法投棄の事実を知らなかったのだろうか。その事情を伺い知ることのできる興味深い記事をいくつか引用する。6)

「兵庫県警は姫路港で、大量の産業廃棄物を積んで、豊島へ運搬する船を見つけ捜査を開始。不法投棄を突き止め、有害物質や海の汚染を確認し、放置できないと強制捜査に踏み切った」(11月16日朝日新聞)

「香川県環境保健部では、シュレッダーダスト(車の破砕ゴミ)や油泥は金属回収のための原料とみており、強制捜査に当惑している」(11月17日四国新聞)

「しかし、基準を超えた有毒物質を検出。このことから県では『金属くず商としての有価物』との見解を180度変更し、不法投棄と断定」(12月21日四国新聞)

 つまり、香川県(環境保健部)は、業者による産業廃棄物の不法投棄の事実を知っていたにもかかわらず、(@ミミズ養殖とA金属回収理論によって)、それを黙認していたのである。詳しく第2部で述べるが、香川県は78年にこの業者に産業廃棄物処理事業の申請を許可した後、操業中に、実に118回にも及ぶ立ち入り調査を実施しながら、ただの一度も行政処分を行わなかったのである。
 この香川県の対応が、豊島事件を発生させた原因の1つであることはもはや疑いようがない。兵庫県警という県外からのメスが入ることによって、はじめて豊島事件が明るみに出たのである。
 別の見方をすれば、75年の業者による許可申請の直後に始まり実に10数年に渡った豊島住民による反対運動がようやく日の目を見たのだということもできるだろう(もちろん、住民運動はこれで終わりではなく、むしろ始まりとすら言い得るのだが)。
 今日まで、香川県は産業廃棄物の不法投棄に対する責任を認めておらず、謝罪を拒否している。(2000年6月6日、香川県は住民に対して謝罪し、最終合意に至った。)

2.不法投棄の実態

(豊島の上空写真)

第1部では最後に、産業廃棄物の不法投棄の実態を明らかにしておくことにしよう。業者を摘発した当時の新聞で紹介されていた数字とは少し違っているが、これは後年行われた公調委(公害等調停委員会)の委託調査により明らかにされたものである。7)

(1) 概要

 78年の申請許可から90年の摘発まで約13年間にわたる操業によって不法投棄された産業廃棄物は、面積22ヘクタール(220,000平方メートル)、容積50〜60万トン8)にものぼり、現在も野ざらしの状態で放置されている。  産業廃棄物の中からは、鉛、カドミウム、PCB、ヒ素など9種類の有害物質や、1gあたり最高39ngという非常に高濃度のダイオキシンが検出された。

 ここでは、ダイオキシンとシュレッダーダストについて特に詳しく触れる。聞き慣れない用語・数値が飛び出す専門的な話になってしまうが、できるだけ性格かつ詳細に、不法投棄の実態を伝えようと試みればこうならざるをえない。  このような専門用語は筆者自身も理解していないので、安心して(?)読み飛ばして欲しい。

(2) ダイオキシン

【ダイオキシン検出結果】(全て毒性等価換算、TEQ)
廃棄物 概査0.06〜39ng/g 精査0.04〜2.1ng/g
底質 0.0019と0.0020ng/g
生物(カキ) 0.0022と0.0053ng/g
浸出水 0.28〜2.8ng/g
地下水 0.021〜0.040ng/g
地表水 0.18ng/g


 10地点22試料で分析を行った結果、全地点からダイオキシンが検出された。特に産業廃棄物中のダイオキシン濃度は、最高39ng/g(TEQ)という非常に高濃度な値を示した。これは、日本で問題になっている一般廃棄物の清掃工場(焼却炉)のEP灰(電気集塵機に補修される飛灰)と同じレベルかそれ以上の値である。また、ドイツでは汚染土壌の修復が義務づけられている基準値0.1ng/gを、1試料を除き全て超えている。

(3) シュレッダーダスト

【溶出試験】
0.03〜0.45 0.002〜6.7
カドミウム <0.004〜0.007 <0.001〜0.029
砒素 0.9〜3.0 <0.001〜0.052
総水銀 1.0〜2.1 M0.0005〜0.0045

【含有量試験】
1300〜4800 4.1〜14000
カドミウム 3.9〜23 <0.05〜87
砒素 1.3〜23 0.7〜100
総水銀 0.27〜2.4 <0.01〜4.3

 30地点48試料について溶出試験が実施された。その結果、鉛、PCB、ベンゼン、ダイオキシンなどの有害物質が高濃度に廃棄物層に含有されていることが分かった。
 まず、鉛は基準値0.3mg/gという基準を超えたものが21地点33試料あった。廃棄量に換算すると約40万立方メートルになる。産業廃棄物処理法を遵守すれば、有害廃棄物として遮断型に入れなければならない。ところが日本国内にある遮断型最終処分場は37カ所で、残余埋め立て容積は約3万立方メートルしかしかないから、これでは13分の1しか入れることができない。
 その他にも、PCB、ベンゼン、トリクロロエチレンなど有機塩素系化合物が有害廃棄物の判定基準を超えて検出されている。3地点4試料と基準を超えた地点数の少ないPCBにしても、その処理のためには特別管理産業廃棄物としてコンクリート固化して、保管しなければならないが、今回基準を超えた廃棄物は最も層の厚い部分にあるため約7万立方メートルにものぼる。

【産業廃棄物の予備知識】

なお、ここで予備知識として日本にある産業廃棄物処理場について触れておこう。こちらの知識はさほどマニアックではないので、知っておいて損はない(得することもないと思うが)。9)

産業廃棄物

 まず、廃棄物は大きく一般廃棄物と産業廃棄物に分けられる。そして、産業廃棄物とされるのは政令上、次の19品目に限定される。  燃えがら、汚泥、廃油、廃酸、胚アルカリ、廃プラスティック、紙くず、木くず、繊維くず、動植物精残渣、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず、鉱さい、建設廃材、動物の糞尿、動物の屍体、ばいじん、以上の廃棄物を処理するために処理したもの(コンクリート固形化物)。この他、11種類の有害物質が指定されている。

業廃棄物処理場

 そしてこれらの産業廃棄物を最終処分する処理場には3つの種類がある。安定型、管理型、遮断型が、それである。この順に、処理場の構造上の安全性は高くなり、当然、中に入れられる産業廃棄物の危険性は高くなる。処分許可品目と、構造については次のページの表に示すことにしよう。  1989年の調査では、安定型1232箇所、管理型990箇所、遮断型35箇所となっている。

分類 処分許可品目 構造と外部浸出対策
安定型 ゴムくず、金属くず、ガラス、陶磁器くず、廃プラスティック建設廃材の、いわゆる安定5品目 下水汚染対策、浸出水対策は不要、素掘りの穴に埋めて覆土する。
管理型 汚泥、鉱さい、燃えがら、このうち規制対策物が含まれ有害物質の溶出試験をしなければならないもの。ばいじん、これらの固形物で溶出試験の結果、判定基準を超えなかったもの。タールピッチ(溶出試験をしなくてよいもの)。紙くず、木くず、繊維くず(PCBが塗布されていないもの)、動植物の残渣、動物の糞尿、動物の死体、他安定5品目 地下水汚染を防止するために穴の底、側面、全面に1.5mmくらいのゴムシートを敷き詰め、浸出水や雨水は処理施設で処理した後に放流するように義務づけられている。
遮断型 燃えがら、汚泥、鉱さい、ばいじん中、含まれる有害物質が溶出試験の結果判定基準を超えたもの 水をさえぎり、地下水への汚染を防ぐ構造を持っている処分場。底と側面を厚さ10cm以上のコンクリートで囲い、屋根をつける。

※図は省略した。
(「産業廃棄物」)



V.「豊島から直島へ」連載にあたって

 これで、第1部は終わりである。「豊島から直島へ」は全3部構成であり、ユニトピア今月号から3ヶ月にわたって連載が予定されている。  第1部では、豊島事件の概要と、不法投棄の実態について触れた。
 第2部では、豊島事件が起こるまでの経緯と、事件発生後、公調委に調停申請するまでの期間、住民、県、業者らの対応を、時系列に添って明らかにしてみたい。
 第3部では、公調委での、豊島問題の解決策を巡っての住民側と県のやりとりを通じて、中間合意を挟んで、直島問題の登場までを扱う。そして、最後に、豊島問題の構造、問題点を整理した上で、筆者の思うところを述べたいと思う。
 賢明なユニトピア読者は、ぜひ批判・感想をお寄せいただきたい。

【脚注】

    1) 比較のために京都市の区を狭い順に挙げると、下京区6.82q2、中京区7.38q2、東山区7.46q2、上京区7.11q2、南区15.78q2となる。なお左京区は最も広く246.88q2

    2) 豊島が「福祉の島」となった経緯は「豊島からの報告」(石井亨)に詳しい。「豊島は、加賀豊彦氏ゆかりの地でもあり、戦後の混乱期には当時社会問題と化した遺棄児たちの命の糧を求めて『ミルクの島』と呼ばれていた豊島に(戦前のサナトリウム施設を利用して)乳児院が開設された。(中略)島は、高度成長の陰で急速な過疎化をたどり、独居老人の自殺という悲劇を決起に、乳児院の保母さんたちの自発的な奉仕活動として、独居老人の収容介護が行われ、後に離島としては全国的にも珍しい特別養護老人ホームの開設へとつながる。」

    3) GREENPEACEは世界の12汚染地の1つに豊島を選んだ(POPs Hotspots)。

    4) 1990年11月16日、朝日新聞大阪夕刊1頁

    5) 東京夕刊22頁でもやはり「甲子園球場の4倍」という表現であった。

    6) 以下の記述は、「『豊島のゴミ問題』ってナンナァ!」(横町通信)に負う。

    7) 以下の記述は、「ゴミあふれて山河なし」(中地重晴)における、公調委の委託調査の報告を要約したものである。

    8) 日本国内で不法投棄として警察に摘発された事件の産業廃棄物の総量は年間およそ150万トンから200万トン程度であることを考えれば、豊島の産業廃棄物の量がどれだけ膨大なものであったかが分かろう。

    9) 「産業廃棄物」(高杉晋吾)40頁



【主要参考文献】

T.書籍

高杉晋吾『産業廃棄物』(岩波新書182、1991年)
北村喜宣『産業廃棄物への法政策対応』(第一法規、1998年)

U.ホームページ

1.団体・個人

廃棄物対策豊島住民会議 http://www.teshima.ne.jp/
豊島からの報告(石井亨)http://www.asahi-net.or.jp/~TQ9R-SRI/
豊島(市民活動情報センター)http://www1.meshnet.or.jp/~sic/teshima/
豊島は私たちの問題ネットワ−ク http://www4.justnet.ne.jp/~vet.kawada/
TESHIMA.com http://www.teshima.com/
 「闘う住民のためのごみ紛争処理事典」 http://www.teshima.com/teshimaiwaki1.htm
 「豊島問題ってナンナァ」横町通信 http://www.teshima.com/teshima1yokocyou.htm
 「ゴミあふれて山河なし」中地重晴 http://www.teshima.com/teshimanakachiindex.htm
四国新聞TOPICS豊島産廃問題http://www.shikoku-np.co.jp/html/topics/4.htm
GREENPEACE.ORG http://www.greenpeace.org/
 POPs Hotspots http://www.greenpeace.org/~toxics/reports/hotspot.html


2.公的機関

公害等調整委員会 http://www.kouchoi.go.jp/
 豊島産業廃棄物水質汚濁被害等調停申請事件 http://www.kouchoi.go.jp/jiken/teshima.html
香川県 http://www.pref.kagawa.jp/
 香川県議会 http://www.pref.kagawa.jp/gikai/
 県政だより平成12年1月号 http://www.pref.kagawa.jp/kohosi/0001/index.htm
豊島問題の早期解決に向けて http://www.pref.kagawa.jp/kohosi/0001/aracult.htm
 生活環境部環境局廃棄物対策課 http://www.pref.kagawa.jp/haitai/
  直島町の皆様へ配布するパンフレット http://www.pref.kagawa.jp/haitai/pamphlet.htm
環境庁http://www.eic.or.jp/eanet/
 平成10年版環境白書 http://www.eic.or.jp/eanet/hakusyo/1998/
  廃棄物処理をめぐる今日の問題状況 http://www.eic.or.jp/eanet/hakusyo/1998/p1010110.htm


3.地域情報

しましまネット http://www.nijinet.or.jp/
直島町役場 http://www.kimai-net.gr.jp/naoshima/


V.パンフレット

燃えるゴミ問題(京大ユニセフクラブ99年11月祭パンフレット)

 

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