京大ユニセフクラブ2002年度11月祭研究発表
「水家族」

3 灌漑と水利権の自由化

第5章 水の将来(文責:佐藤)



 人口増加により食糧の需要が増え続けるため、これからも世界の農地は拡大していくでしょう。現在の傾向が続くと、2025年までに世界の灌漑面積は30%増加すると言われています。それに従って灌漑に使われる水の量も今より約1.3倍に増えます。世界の作物の40%を生産する灌漑農地ですが、この灌漑がこれから水が不足するかどうかの重要な鍵を握ります。そこで水の分配を効率よく行うために水を売買の対象にしようという動きが世界で広まっています。


3−1 水利権の売買

 世界では水利権が売買されるようになってきました。水利権というのは川や地下からの水を使うことができる権利ですが、この権利は従来売買取引の対象とはなっていませんでした。現在でも日本では水利権の売買は禁止されています。ところが、1992年にアメリカで初めて農家が都市に水利権を売却することが法的に認められました。それまでは農民は何らかの用途に水を使わないと水利権を失ってしまうことになっていたのですが、権利が自由に売買できるようになれば、余った水は売ることで現金収入になるので、水が浪費されることがなくなるのではないかと考えられたわけです。


 こうして農地から都市へと水を売ることが可能になりました。コロラド川南部3州では州の間で川の水の売買ができるようになるなど、広範囲で水の使用権が売買されるようにもなりました。また、水の取引のための制度的な管理組織、水銀行が作られました。水銀行は水の余っている人から水利権を借り、水が不足している人にこの権利を貸すのです。これによって水利権の賃貸や売買が活発化し、年間の水使用権の30%が取引を通じて移動する地域も現れました。農民にとっては、水の使用権を貸したり借りたりできることによって、気候や作物の状況に合わせて柔軟に農業ができるようになりました。


 しかし、水利権の売買は多くの問題をはらんでいます。大規模な事業体が水利権を手に入れ、地域の水を大量に取水しその地域の水を枯渇させることも起こっています。インドでは私たちのよく知っている清涼飲料水メーカーの工場が地下水を大量に汲み上げたために、農民が使う周辺の井戸からは水が出にくくなり、水質は著しく悪化しました。水利権の売買は干ばつ時の水不足を解消することもありますが、逆に膨大な水を利用できる大規模業者が水利権を銀行に預けて権利の価格の高騰を待ったために、農民は何の手だても打てないということが起こりました。また、都市に大量に水を吸収されることで川の水が干上がってしまうのではないかとも心配されています。


 発展途上国でも水利権の取引を進める国が出てきました。しかし途上国では多くの場合、農民は明確な水の所有権を持っていません。そのため水利権という概念をよく理解していない農民が外から入ってきた業者に不当に安いお金で権利を買われてしまう危険があります。また、水の価格が不当につり上げられ、井戸を持たない貧しい農民がその水を買わされたり、大規模な井戸の所有者が水を汲み上げすぎて小規模農民の井戸を枯らしてしまうということが起きかねません。


 このように水利権の売買には多くの問題があります。そのため水利権の売買はより慎重に考えられるべきです。
 

3−2 誰が灌漑を管理するか

 現在、利用者による灌漑システムの全費用負担を目指す動きが出てきています。灌漑の運営に注がれている莫大な補助金により、灌漑の利用料が本来必要な経費より著しく低く抑えられているため、この安さが水を効率よく使おうと言う農民の動機を喪失させているという理由からです。そこで灌漑の運営を民間に移し、灌漑システムの財政を独立させるということがフィリピンやメキシコなどで進められています。


 しかしこれは農民の金銭的負担が増えるため、貧しい農民が灌漑システムを利用できなくなったり、借金が増大するという問題を引き起こします。また灌漑用水の使用量をどのように計るかという問題もあります。これまで地域の伝統に従って共同で水を管理してきたところでは、共有財産である水を有料化することで地域社会を壊してしまう恐れもあるのです。


 そのため灌漑の運営は、市場原理に任せるのではなく、地域共同体システムを活用するべきです。これまでの灌漑整備はしばしばトップダウン式に行われ、地域の実情に合ったものができていないため、システムの管理や運営の仕方が決まっていないことが少なくありませんでした。そのため設備が十分に利用されなかったり、水の分配が不公平になっているという問題も起きています。こうした弊害をなくすためにも、灌漑を農民の共有財産として、利用者自身がルールを作り、利用する代わりに責任も持つという仕組みを作るのが望ましいでしょう。


3−3 持続的な小規模灌漑設備

 現在、世界では灌漑用水の汲み上げすぎによる地下水面の低下が大きな問題になっています。世界の灌漑用地の20%が水を過剰に含んだために、土壌に塩類が蓄積するといったことが起きています。これからますます水需要が伸びていく中で、灌漑はいかに少ない水で多くの作物を生産できるかが問われています。求められるのは水の取水量を最小限にし、それを限りなく高い割合で作物に吸収させるような灌漑です。そこで今注目されているのが点滴灌漑です。これは穴のあけたチューブに水を流し作物の根に直接水を届けるもので、これが普及すればかなりの水を節約できるでしょう。またこれは、排水量が減ることで水の汚染の防止にもつながります。


 灌漑が問題になっている現代ですが、それでも今なお世界の8割の農地では雨水のみを頼りにして農業が行われています。貧しい人々の多くは灌漑など利用できず、不安定な生活を送っているのです。そんな状況を打開するものとして足踏みポンプがあります。値段が安く修理が簡単なこのポンプは貧しい人も買うことができ、これで地下水をくみ上げて灌漑することで収量を大幅に増加させることができます。そのため、足踏みポンプがあれば食料不足で困ることはなくなります。バングラデシュでは実際にこのポンプが急速に普及し、貧しい農村の生活改善に役立っています




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