京大ユニセフクラブ2002年度11月祭研究発表
「水家族」

1 諫早干拓事業とは

第4章 諫早干拓事業(文責:多田)



1−1 諫早湾干拓事業の歴史

 諫早湾干拓事業は、1952年の「長崎大干拓」構想からはじまりました。最初の目的は、戦後の食糧不足解消のための米の増産でした。これは諫早湾口に10キロメートルの潮受け堤防をつくり、1.2万ヘクタールの干拓地と湖を作るという、現在の約3倍もの巨大事業でした。しかし、70年に米の生産過剰問題から農政が転換すると、「水と土地づくり」をうたう多目的干拓、つまり都市や産業の用地・用水の確保に目的がかえられました。これが長崎南部地域総合開発事業(南総)です。南総計画は、諫早湾の大部分1万ヘクタールを閉め切り、7300ヘクタールの土地と2800ヘクタールの淡水湖を造成、農業用水以外に都市用水・工業用水を確保するとしました。


 南総計画はその後、漁業交渉の不調により一時休止しましたが、75年に再開されました。しかし、この計画は漁民などの同意を得られず、82年には打ち切られました。ところが、あくまで事業に執着する農水省と長崎県は、「防災」を持ち出し、「防災面を重視した諫早湾干拓事業」として復活させました。その際、57年の諫早水害に加えて、82年7月、299人の犠牲者を出した長崎大水害が理由付けに利用されました。諫早湾干拓事業は現行規模に縮小され、87年12月、「国営諫早湾干拓事業」として、公式に計画決定されました。その後、99年には、農業環境の変化と事業費の増加を背景として変更計画が出され、2002年、「有明海異変」に対応して第2次変更計画がたてられました。


 このように、諫早湾干拓事業は目的を変えながらも、大規模複式干拓という事業の本質だけは不変のままでした。
諫早湾周辺図(九州農政局のホームページより)

1−2 失われた宝の海

 諫早湾は、有明海の西部にある約1万ヘクタールにおよぶ最大の内湾です。有明海の干潟は2.1万ヘクタールで日本の干潟の40%にあたりますが、なかでも諫早干潟はその14%を占め、日本最大規模のものです。諫早干潟の価値は、規模の大きさだけではありません。宝の海とよばれる有明海は全国屈指の漁業生産力を誇ってきました。とりわけ、最奥部の諫早干潟は、漁民からは生物を生みだす「有明海の子宮」とよばれ、特別重要な位置をしめてきました。


諫早干潟の豊かな生態系と生産性を支えるのは底生生物ですが、その多様性と生息密度は有明海の中でも群を抜き300種をこえていました。うち25種は希少種、7種は危急種でした。この豊かな底生生物に支えられて、ムツゴロウなど干潟ならではの魚介類も豊富です。このうちエツとシロチチブは固有種であり、「生きた化石」といわれるオオシャミセンガイも生息していました。また最奥部には、絶滅危急種の塩性植物シチメンソウの800万本を越す日本最大の群落がありました。

こうした豊かな海生生物がエサとなり、諫早湾は渡り鳥の絶好の中継地、採餌地として230種をこえる鳥類が観測されていました。うちレッドデータブック(絶滅の危機のある野生生物のデータ集)掲載の絶滅危惧種が1種、危急種が9種、希少種が15種でした。ことに危惧種のズグロカモメは、全世界の約3000羽のうち10%以上が諫早湾で越冬していました。さらに春秋に飛来するシギ・チドリ類、冬季のカモ類などの渡り鳥の種類、個体数とも日本最大規模で、有明海の他の干潟と比べても格段に多かったのです。諫早湾の生物の多様性と生産性の高さは、干潟の豊かな生態系と良好な環境のおかげであったでしょう。

干潟は地域社会に生産と生活の場を提供し、固有の歴史や文化、教育、余暇の場を与え、独自の精神的風土を培ってきました。


1−3 諫早干拓事業の目的
九州農政局は防災機能の強化と優良農地の造成を二大目的としています。
 防災効果について
諫早湾干拓事業の防災効果は@潮受け堤防で高潮を防ぎA調整池により本明川の洪水を受け入れB周辺低地の常時排水不良を改善することを三本柱としています。では、実際にどの程度、効果が期待できるのか、検討してみましょう。

@高潮対策に対しては効果が期待できますが、より費用が安く環境に負荷を与えない代替方法があります。例えば潮受け堤防以外の海岸堤防のなどのかさ上げによっても十分可能です。

A本明川の洪水対策については、防災効果はほとんどありません。この計画による洪水防止効果は河口から2キロメートルまでしかなく、かつて諫早大水害で大きな被害を受けた諫早市街地には及びません。

B低地の常時排水不良の改善について、調整池は平時にはマイナス1メートルに保たれる計画なので雨量が少ない内は自然排水が可能です。しかし雨量が一定の限度を越すと、冠水時間が長引き、かえって低地の冠水被害を増幅して、逆効果になります。調整池にゆとりがなく、かつ排水門が狭すぎるので十分な排水効果が得られないからです。また、排水不良に対しては、排水路と排水樋門の整備、排水ポンプの増強によって対応は可能です。

優良農地の造成について 
長崎県は地形的に優良農地に乏しいので、干拓農地を造成し農業の発展を図ることが目的でした。しかし、現在、一方で農地があまりながら他方で農業が衰退し続けています。諫早湾周辺の110町では85年から95年のわずか10年間で中核農家が半減しています。しかも、残った農家の約六割は規模拡大を希望せず、農地需要は急減しています。巨大な犠牲と負担を払ってまで干拓農地を造成する社会的必然性は存在しません。さらに、干拓農地は、比較的平坦で広いことを除けば、農業用水・排水・塩害などの点では劣等農地といっても過言ではありません。


 熊本日日新聞は九州農政局に次のような取材をし、九州農政局は次のように書面回答しました。(九州農政局のホームページより抜粋)
1 諫早湾干拓の目的が問われています。今の干拓は防災と農地確保、どちらに比重があると思いますか。干拓事業が必要だとする根拠も具体的にお聞かせ下さい。
(答)
 本事業は、地元の要望に沿って、優良農地の造成と防災機能の強化を目的に着実に事業を実施してきたところであり、これらは、ともに重要な目的と考えています。
 長崎県は平坦な農地が乏しく、地域農業の維持発展のためには優良農地の確保が大きな課題となっています。また、諫早湾周辺地域は極めて低平で、有明海特有の干満差の大きな潮汐や背後地より高く堆積したガタ土の影響によって排水に支障がでることから、これまでも数十年おきに干拓を実施してきているが、昔から高潮・洪水の被害を受け、日常の排水にも大きな障害となっていました。
 このため、本事業によって諫早湾の一部を潮受堤防で閉め切り、その内部に淡水化された調整池を設け、かんがい用水が確保された優良農地を造成するとともに、調整池の水位をマイナス1mに管理することにより高潮、洪水、常時排水不良等に対する防災機能を強化するものです。 

2 防災は国土交通省の管轄であり、農水省が進める諫早湾干拓の目的に挙げるのには無理があるように思います。また、広大な農地が完成しても、農地余りのいま、新たな農地取得費用を払って入植者が入るという見込みはあるのでしょうか。

(答)
 土地改良事業は、土地改良法に基づき、農業の生産性の向上、農業の総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的に、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を実施するものであり、農用地の保全を図る防災事業も土地改良事業に含まれます。
 本事業は、潮受堤防及び調整池の設置により、かんがい用水が確保された優良農地の造成と、背後低平地における高潮、洪水、常時排水不良等に対する防災機能の強化による農用地の保全を目的として実施しているものであり、土地改良法の目的に即したものです。
 また、平成9年度から3カ年に亘って実施した諫早湾周辺地域の農家及び九州各県の農業生産法人に対する意向調査結果によれば、営農意欲の高い畑作、畜産農家等から、干拓地の農地面積を上回る農地利用の要望があった他、関係行政機関へも直接、干拓農地利用の希望が寄せられているとともに、干拓地における栽培試験では既耕地と遜色のない実績を得ていることから、十分に営農の見込みがあると考えています。


 
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