京大ユニセフクラブ2000年度11月祭研究発表
「私たちのお金がこわす途上国の暮らし」

日本のODAの歴史・理念


現在、日本のODA規模は世界一です。ここではその歴史や理念を見ていきます。

戦後賠償から始まっていた
日本が援助をし始めたのは1950年代からです。しかしそれは戦後賠償の一環として、東南アジア諸国に対するものが中心で、まだODAの要素は乏しかったようです。

高度成長期の拡大
また50年代〜60年代は日本はまだ経済がそれほど発展していなかったため主に商業目的のためにODAを行っていました。高度成長期に日本のODAは拡大しますが、タイド率が高くODAは日本の企業の輸出振興に役立っていたという一面をもっていました。

世界一のODA供与国へ
高度経済成長を経て日本は80年代頃から世界でも有数の経済大国となりました。ODAの規模もその頃から急激に大きくなり、89年にはアメリカを抜き世界一の実績となりました。途上国における日本のODAの割合も相当に大きくなり、日本にとってODAは国際貢献の重要な柱となっていきました。

日本のODAの理念とは…
それでは世界一の実績を誇る日本のODAを支える理念とは一体どういったものなのでしょうか。日本のODAには理念がないという批判がなされていましたが、92年にODA大綱が閣議決定され、次の4つの理念が明らかにされました。 

1.人道的考慮
2.相互依存性の認識 
3.環境の保全 
4.自助努力の重視 

甘やかさないで「自助努力」
この中で日本のODAを特徴づける最も重要な理念としてあげられるのは「自助努力の重視」です。
日本には他国からのお金をうまく利用し自らも経済発展のために努力し、実際それに成功してきた歴史があります。日本は戦後、アメリカからの大量の資金援助を受けたり、世界銀行から融資を受けていました。(実は新幹線や東名高速道路・黒部第四ダムなども、世銀融資を利用)そういった自らの経験を援助に反映させたのが「自助努力の支援」です。
これは国が発展していくにはその国の努力が最も重要だと考え、援助する日本は甘やかすのではなくて、努力を続けさせるように手を差し伸べる、そういう理念なのです。この「自助努力」の理念は借款が多いという特徴に反映されています。貸し付けは元本と利子の返済が必要なので、そのために途上国は努力しないといけません。
しかしもともと返す能力がなかったり、借款で行われたプロジェクトが軌道に乗らず利益を生まないために、借金だけが残ってしまうなど、一つ間違えると途上国に多大な負担を生じさせる可能性があることも事実です。 

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