東 大 職 連 の 控 訴 審 準 備 書 面 (2)


 平成12年(ネ)第6021号 損害賠償等請求控訴事件

 控訴人   N   氏
 被控訴人 郡司篤晃

準 備 書 面 (2)

2001年5月8日


東京高等裁判所第8民事部 御中

                                

                控訴人訴訟代理人 弁 護 士   新  美      隆
                同                    虎  頭   昭  夫
                同                    保  田   行  雄

                同                    藤  田   正  人


第1 「殺人政策」について

 1 被控訴人の主張の根本的な誤り

  被控訴人の主張の根幹は、現に使用されている医薬品の使用を禁止すべきなのはその医薬品の効果をはるかに上回る危険性があることが判明した場合であって、本件においては使用禁止などの強権を発動するだけの根拠がなかった、ということである。

  しかし、この主張は薬害エイズ問題の本質をねじ曲げ、基本的な枠組みを誤らせるものである。

 2 不良医薬品の禁止

  薬事法56条は、販売、製造、輸入などが禁止される不良医薬品の一つとして「病原微生物により汚染され、又は汚染されているおそれがある医薬品」をあげている(同条6号)。

  1983年当時、輸入非加熱製剤は、「病原微生物(エイズウイルス)により汚染され、又は汚染されているおそれがある医薬品」に該当したのであって、そもそも販売、製造などが禁止されるべき不良医薬品であった。

  薬害エイズ問題は、厚生省について言えば、メリット・デメリットを比較検討する副作用問題ではなく、不良医薬品の禁止という簡単明瞭な問題である。

 3 緊急命令

  (1) 緊急命令の趣旨

   薬事法69条の2は、「厚生大臣は、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具による保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するため必要があると認めるときは、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具の製造業者、輸入販売業者若しくは販売業者又は薬局開設者に対して、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具の販売又は授与を一時停止することその他保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するための応急の措置を採るべきことを命ずることができる。」と規定している。

   先に述べた56条も、この69条の2も、サリドマイド、スモンなど相次いだ薬害事件の反省をふまえて、厚生省主導で進められた1979年の薬事法改正により新設された条文である。厚生省薬務局はこの緊急命令の趣旨を以下のように解説している(乙161号証430〜432頁)。

   「これは、医薬品等に関する情報や知見の集積によりかって承認を得て製造されていた医薬品がある時点で安全性に問題があることが相当の根拠をもって判明したような場合には、その時点で直ちに、学問的評価が最終的に確定するまでの間、販売の一時停止等のいわば現状凍結を図ることが危害の発生又は拡大を防止するうえで必要不可欠であるとの認識に立つものである。」、「この規定により、当面の販売又は授与の停止等の処分を行い、最終的に学問的評価が確定すれば、その段階で、危害発生のおそれがなければ販売停止等の措置が解除され、逆に有害であると確定されれば、引き続き、承認の取消し、廃棄、回収等の最終的な処分が行われることとなる(法第70条、第74条の2)。」

   すなわち、医薬品の安全性に問題が指摘される場合、当初は「相当の根拠」はあるが「科学的に立証された」とまでは言えないというケースがほとんどである。この時、学問的評価が最終的に確定するまで手をこまねいていたのでは危害の発生・拡大を防止できないので、とりあえず販売の一時停止等の措置をとることが「必要不可欠」であり、危害の発生・拡大を防止するためには、最終的には危害発生のおそれがなかったことが判明したとしてもやむを得ないというのが、69条の2の趣旨である。

   厚生省薬務局はさらに、「いったん厚生大臣の承認許可を受けて製造販売されていた医薬品等について、その後の新たな知見に基づき、本条の規定による販売停止等の措置やその後に承認の取消し、回収等の措置が講じられた場合に当該製造業者等の被る経済的損失については、憲法第29条との関係が問題となるが、医薬品等に対する規制は、医学薬学等の学問的基礎に立脚して行われているものであって、学問の進歩に伴い従来の知見が修正されることは当然に予測されるものであり、しかも、これを放置した場合には重大な保健衛生上の支障を生ずることになるのであるから、このような制約はいわば医薬品等の商品自体に本来内在する社会的な制約であって、このような制約によって生ずべき経済的損失については、医薬品等を取り扱う企業において社会生活上当然に受忍すべきものであり、憲法第29条第3項による補償を必要としないと考えられる。」としている(乙161号証432頁)。

  (2) 緊急命令の運用

   1997年3月28日、厚生省は薬事法69条の2に基づき、ヒト乾燥硬膜を輸入販売していた2社に対し、@両社のヒト乾燥硬膜の出荷停止及び回収をすること A納入医療機関に対し直ちに使用停止すべき旨の連絡をすること、の緊急命令を発した。これは、ヒト乾燥硬膜によるクロイツフェルト・ヤコブ病発症症例が国際的に50例以上報告されていることから、前日、世界保健機関(WHO)が今後使用しないようにと勧告したことをふまえたものとされている(乙162号証)。

   ヒト乾燥硬膜は、薬事法に基づき輸入承認を得た医療用具であり、主として脳外科手術の際に切除した硬膜を補充するために使用されてきた。輸入されたヒト乾燥硬膜からクロイツフェルト・ヤコブ病の病原微生物が検出されたわけではないが、病原微生物に汚染されているおそれがあるので緊急命令が発せられた。

 4 本件における緊急命令の必要性

  (1) 輸入非加熱製剤はエイズウイルスに汚染されていた。

   (ア) 原判決が「(被控訴人は)昭和58(1983)年ころにはエイズの原因が血漿または血液製剤を介して伝播されるウイルスであるとの疑いを強めていた」と認定しているように、米国の血友病患者が非加熱製剤を通じてエイズに感染したこと、すなわち、当時米国で販売されていた非加熱製剤の少なくとも一部がエイズウイルスに汚染されていたことは、疑いの余地がない。

   (イ) 被控訴人も認めているように、1983年当時日本で使われていた非加熱製剤の大部分は、米国で販売されていた非加熱製剤と同じ原料血漿から作られ、原料血漿あるいは製品の形で輸入されていた(乙14の4・2頁)。従って、輸入非加熱製剤の少なくとも一部は間違いなくエイズウイルスに汚染されていた。

   (ウ) 1970年代後半から80年代初期にかけて、米国の同性愛者は社会に受け入れてもらうため頻回に自発的な献血に応じていた。同性愛者だけでなく、服役者や他の施設在住者など、感染リスクの高い人々も血漿や血液の供血者になっていた。米国では、これらのグループに属する人々が売血者の大半であった。従って、売血者にも、献血者にも、エイズの高リスク群の人々が多数含まれていた(乙163号証117頁)。

   (エ) 非加熱製剤はクリオ製剤と違って数千人〜1万人の血漿を混合して作られる。数千人以上の供血者の中に1人でもエイズウイルス感染者がいれば、その時作られた非加熱製剤全体がエイズウイルスに汚染される。

   (オ) 不明だったのは、輸入非加熱製剤のエイズウイルス汚染率であった。エイズの潜伏期間が長いことが明らかになっており(乙149号証、甲18号証5頁)、エイズ発病者の他に、エイズウイルスに感染したがまだ発病していない患者がいる可能性があり(乙158号証翻訳3頁)、血友病患者のエイズ発病率から輸入非加熱製剤のエイズウイルス汚染率を推定することはできなかった。

   (カ) 1984年5月までエイズウイルスが同定されておらず、抗体検査もできなかったので、どの輸入非加熱製剤がエイズウイルスに汚染されているか検査することもできなかった。すなわち、すべての輸入非加熱製剤に、エイズウイルス汚染のおそれがあった。

   (キ) エイズを発病した米国の血友病患者は、1982年7月に3名が報告され、1982年末に7人、83年6月に16人、83年9月に26人、84年6月には49人に達していた(乙163号証75〜79頁、乙164号証)。

  (2) 緊急命令の必要性

   (ア) 1982年12月には非加熱製剤によるエイズ感染が確定的となり、米国CDCは血友病患者は重大なエイズ・リスクにさらされていると報告した(控訴人準備書面(1)、乙163号証79頁、乙164号証)。エイズに罹患した血友病患者は7名に達しており、輸入非加熱製剤がエイズウイルスに汚染されているおそれは明らかだった。

    被控訴人は1983年当時、日本にエイズ「認定患者」がいなかったことを根拠に輸入非加熱製剤放置を正当化しているが、日本の血友病患者は米国の血友病患者と同じ非加熱製剤を使っていたのであり、日本と米国を区別するべき何の根拠もなかったのである。被控訴人は、村上省三氏からの資料を受け取った段階で、直ちに緊急命令を発すべきであった。

   (イ) 1982年12月、CDCは、血友病治療センターの全国調査の結果、全血友病患者の30%以上が免疫検査で異常値を示したことを報告した(乙163号証79頁、乙164号証)。83年1月には、非加熱製剤を投与されていた血友病患者の57%(乙153号証翻訳2頁)、あるいは11名中の少なくとも6名(乙154号証翻訳6頁)の免疫が異常を来していることが報告された。

    これらの免疫異常がエイズ(後天性免疫不全症候群)によるものであるなら、輸入非加熱製剤は、血友病患者の約半数をエイズに罹患させるほどエイズウイルスに汚染されているのであり、当然、緊急命令が発せられなければならない。

   (ウ) 1996年に公開された「薬務局ファイル(4)」には、83年5月4日付のトラベノール社の緊急回収の通知が綴じ込まれていた(乙165号証)。この通知によると、トラベノール社は83年3月24日の供血者スクリーニング指示のはるか前からハイリスク供血者を除外するためのスクリーニングを実施してきたが、最近、血漿提供者の1人がエイズの可能性があることが判明した。問題の供血者はスクリーニングで数回にわたって否定していたが、ハイリスクグループの一員で、供血の際は健康だったが後にエイズの症状を呈した。

   この回収通知によって、輸入非加熱製剤のエイズウイルス汚染のおそれが決定的になった。供血者をスクリーニングしてもエイズ感染者を除外できず、エイズ感染者の血漿から作られた、エイズウイルスに汚染されていると思われる非加熱製剤が実際に出荷されたことが確認されたのである。 回収の対象外の輸入非加熱製剤もエイズウイルスに汚染されているおそれがあり、遅くともこの回収通知を受け取った段階で、被控訴人は輸入非加熱製剤使用停止の緊急命令を出すべきであった。それが被控訴人の職務であった。

    (エ) さらに続いた汚染製剤の回収

     エイズウイルスに汚染されたおそれの大きいトラベノール社の非加熱製剤が、83年8月にも回収された(乙138号証)。この時は日本への輸入はなかったというが、83年11月に回収通知が出されたカッター社の非加熱製剤のうち2ロットは日本に輸入されていた(乙131号証169頁〜186頁)。輸入非加熱製剤のエイズウイルス汚染のおそれはますます大きくなった。

     被控訴人が健康増進栄養課長に転任する1カ月前の84年6月には、米国の血友病患者49人がエイズに罹患していた(乙163号証76頁)。それでも被控訴人は輸入非加熱製剤の使用停止の緊急命令を出さなかった。

 5 「殺人政策」と表現したことの意味

  1983年5月のトラベノールの汚染製剤回収について、被控訴人は以下のように述べている(乙14号証の4・9頁 傍点は引用者)。

  「上司にも報告しなかった理由は以下のとおりです。当時世界中が知りたいと思っていたのはつぎのようなことであります。エイズの原因は何なのか?もしビールスだったらどんなビールスなのか?感染力はどの程度なのか?潜伏期間はどの程度なのか?発症率はどの程度なのか?

  回収したという事実はこれらに関した何の情報も与えません。一部の報道機関によって、厚生省は故意にこの情報を隠したような報道が行われていますが、そのような事実はありません。意味がないと判断したからです。」

  「輸入非加熱製剤がエイズウイルスに汚染されているおそれがある」という情報は、生物製剤課長にとっては、緊急命令を発すべき重大な情報である。しかし被控訴人は、生物製剤課長の座にありながら、「意味がない」と判断した。 これは、一体なぜなのか?

  被控訴人は「(NHKの)番組は、スクリーニング済み以前の製剤を廃棄しなかったことについて、あたかもそれで感染が広がったように主張しているが、当時、その疾病の本体も分からず、検査もできない状況でどのような有効な方策があっただろうか。(中略)分かっていただきたいのは、不確かな根拠で、国が巨額の私有財産に対して廃棄命令など出せるはずはないということであり、」と書いている(乙108号証101〜102頁)。

  薬事法の規定によれば、「学問的評価」が確定していなくとも、病原微生物に汚染されているおそれのある不良医薬品の販売等を禁止するのは、被控訴人の職務であった。しかし被控訴人は、「疾病の本体も分からず、検査もできない状況」では製薬企業の「巨額の私有財産」(=エイズウイルスに汚染されているおそれのある輸入非加熱製剤)に対して「廃棄命令など出せるはずはない」と考え、緊急命令を出さなかったのである。

  被控訴人は、自らの職務を放棄して、薬害の反省をふまえた改正薬事法を踏みにじり、血友病患者の命よりも血液製剤メーカーの利益を優先させたのである。血友病患者が感染しても「血友病患者の日常生活の管理を強化することにより他者への感染の危険は極めて少ない」と考え、「他者」にエイズが広がらなければそれでいいと考えたのである。

  だからこそ、またもや薬害が繰り返され、約1800人の血友病患者がエイズウイルスに感染し、すでに400人以上が死亡しているのである。被控訴人は「(輸入非加熱製剤によるエイズ発病者が)何人か出るかもしれないというふうに思って」(乙136号証121問答)いながら、エイズウイルスに汚染されているおそれのある製剤を放置したのである。自らの職務を放棄して血友病患者の命よりも血液製剤メーカーの利益を優先させた被控訴人の対応を、控訴人は「殺人政策」と表現したのである。

 6 安全な血液の確保も被控訴人の職務

  (1) 血液行政も生物製剤課の所管

   安全な血液の供給は厚生省生物製剤課の職務であり、生物製剤課は「採血及び供血あっせん業取締法」を所管していた。

  (2) 薬害エイズを生み出した血液行政

   (ア) 売血による肝炎問題から生まれた「献血推進」閣議決定

   戦後日本の血液供給は血液銀行等による買血が中心で、頻回採血による健康破壊が顕著となり、1956年、採血及び供血あっせん業取締法が施行された。

   しかし1960年代に入ると輸血用血液の99.5%は売血で、頻回採血による売血常習者の貧血、輸血による血清肝炎感染などが目立ち、「黄色い血」追放の運動が展開された。1964年、ライシャワー米国大使が輸血により血清肝炎に罹患し、8月21日、献血推進の閣議決定(保存血液を献血で確立、献血普及・組織化、日赤等による献血受入れ体制の整備)がなされた。しかし売血が禁止されたわけではなく、輸血用の血液がすべて献血で賄われるようになったのは、10年後の1974年であった。

  (イ) 買血による血漿分画製剤生産を後押し

  輸血用血液から閉め出されたミドリ十字などの血液業者は、買血から、アルブミン、免疫グロブリン、血液凝固因子などを抽出して血漿分画製剤として販売し始めた。

  こうした動きを受けて1973年、厚生省は厚生大臣の私的諮問機関として血液問題研究会を設置し、血液行政のあり方を諮問した。血液問題研究会は1975年、輸血用に限らず医療に必要な血液はすべて献血によって確保することなどを意見具申した。同年、WHOも「無償献血を基本とする国営の血液事業を推進すること」、「血液事業の運営を管理するための効果的な法律を制定すること」を勧告した(乙166号証249頁)。

  ところが厚生省は、今度は薬務局長の私的諮問機関を作ってお茶を濁す一方、1976年には血漿の輸入を許可した。ミドリ十字などは主に米国で安価な売血を大量に調達し、国民皆保険制度を背景にアルブミン製剤、血液凝固因子製剤など血漿分画製剤を大量に売り込んだ。血漿分画製剤の輸入依存度は約90%となった。厚生省生物製剤課の血液行政が、輸入非加熱製剤による薬害エイズを生み出したのである(以上の経過については乙166号証「血液事業の現状と展望」19頁〜28頁、乙144号証2135〜2140頁を参照されたい)。

  (3) 代替製剤確保は生物製剤課の職務

   1975年のWHO勧告は前文で買血による伝染病の危険性を指摘している(乙166号証249頁)。買血には、血清肝炎に限らず感染症の危険性があることは血液行政のイロハである。

   1983年当時のように輸入非加熱第[因子製剤がエイズウイルスに汚染されているおそれが出てきた場合、代替製剤を確保するのが血液行政を所管する厚生省、生物製剤課の責務であった。

   実際、1983年当時、生物製剤課は後述のように日赤の血液によるクリオ製剤、非加熱製剤供給の試算を行っている。

 7 代替製剤確保策について

 (1) 血友病および類縁疾患

  先天性の血液凝固障害患者の大部分は血友病A、Bおよびフォン・ウィルブランド病である(乙167号証)。このうち、輸入非加熱製剤の使用禁止により代替製剤が必要となるのは、血友病Aの患者だけであった。

  (2) フォン・ウィルブランド病の治療

  フォン・ウィルブランド病はフォン・ウィルブランド因子に障害がある病気である。フォン・ウィルブランド因子は第[因子と複合体を形成しており、クリオ製剤で補充できる(乙168号証210頁)。

  1986年に第[因子を濃縮した非加熱製剤でもフォン・ウィルブランド病に有効なものがあることが報告されたが、1983年当時はクリオ製剤で治療されており、輸入非加熱製剤の使用を禁止しても、フォン・ウィルブランド病の治療には特に影響はなかった。

  (3) 血友病Bの治療

   血友病Bの非加熱製剤は、準備書面(1)で詳述したように、国内血で供給可能であり、輸入非加熱製剤の使用を禁止しても対応が可能だった。

  (4) 血友病Aの代替製剤

  血友病Aの非加熱製剤は1983年当時、すべて輸入製剤であったが、国内血漿による非加熱製剤あるいはクリオ製剤の生産などにより、代替製剤を確保することが可能であった。

   (ア) クリオ製剤の治療効果

    輸血時代から比べるとクリオ製剤の登場は大きな福音であり、血友病Aの治療はクリオ製剤で基本的に可能になった(乙168号証161頁、乙169号証12〜15問答、25〜38問答、48問答 なお、乙170号証89〜91問答にあるように乙169号証の仁科証人は血液凝固因子活性が「ほとんど0パーセント」の重症血友病患者である。)。関節内出血はもちろん、血友病患者の死亡原因のトップだった頭蓋内出血さえもクリオ製剤で治療可能になり、大手術もできるようになった(乙145〜147号証、乙168号証187〜196頁、乙169号証20〜24問答)。自己注射(家庭療法)は元来、新鮮凍結血漿の自宅投与から始まったものであり、非加熱製剤でなくてもクリオ製剤でも可能である(乙168号証196〜197頁、乙169号証16〜19問答)。

    しかし、クリオ製剤はフィブリノーゲンを大量に含んでおり、クリオ製剤の大量頻回使用には副作用の可能性がある(乙168号証188頁、195〜196頁)。

   (イ) 非加熱製剤の利点と問題点

    非加熱製剤はクリオ製剤をさらに精製したもので、フィブリノーゲンをほとんど含んでいない。

    他方、非加熱製剤は精製の過程で第[因子活性の大部分が失われ、収率が低いのが欠点である。生物製剤課は、非加熱製剤の収率をクリオ製剤の35%として計算している(乙171号証)。

    (ウ) 代替製剤の供給可能性

    @ 公開された薬務局ファイル(4)に綴じられていた「日赤■■課長より(■は公表時に塗りつぶし)」と書かれた1983年6月7日付のメモ(乙172号証)によれば、日赤のクリオは1本が100単位で、献血二本より作られるので、1982(昭和57)年の第8因子国内消費量(含むクリオ)92,146,150単位を作るのに必要な新鮮凍結血漿は1,842,923本であり、新鮮凍結血漿は4,163,063本なので、新鮮凍結血漿の「約44%を転用すれば(82年使用量に相当するクリオ製剤の)国内供給可」である。

     A 同じく「薬務局ファイル(4)」に綴じ込まれていた「乾燥濃縮抗血友病人グロブリンに転用すべき新鮮凍結血漿の量」と題し「取り扱い注意」と書かれたメモ(乙171号証)によれば、

      a 病院へのアンケート調査結果によると、新鮮凍結血漿の多くは栄養補給など新鮮凍結血漿を必要としない目的に使われており、少なくとも20%(83.4万本)は凝固因子用に回せる。

      b 83.4万本の余剰新鮮凍結血漿から、クリオなら4200万単位作れる。

      c クリオから非加熱製剤を作る場合の収率は約35%(化血研の場合)なので、非加熱製剤なら4200万単位の35%=1470万単位作れる。

      d 新鮮凍結血漿83万本をそのまま販売すると、約33億円の収入となる。

      他方、83万本から化血研で非加熱製剤を作ると約13億円の収入。非加熱製剤を作った後の新鮮凍結血漿からアルブミンを作ると約20億円の収入で、合計約33億円の収入。すなわち、83万本を新鮮凍結血漿として売っても非加熱製剤を作っても「収支トントンへ」「化血に対する製造実費分が赤字となる」。

      ちなみに、化血研は非加熱第[因子製剤を製造していたメーカーである。

    B 上述の生物製剤課の資料によると新鮮凍結血漿の約20%、約83.4万本からクリオ製剤4200万単位が生産でき、これは1982年の第[因子製剤使用量約9200万単位の約46%にあたる。

     他方、非加熱製剤が登場する以前の第[因子製剤使用量は約1400万単位で、4200万単位はその3倍に達している。

     従って、新鮮凍結血漿の約20%の余剰分を第[因子製剤用に転用するだけでは82年の使用量の約半分しか供給できないが、これはあくまでも輸入非加熱製剤が致死的なエイズウイルスに汚染されているおそれがあることからその使用が一時停止されている期間中の当面の対策であり、かつ、非加熱製剤の登場以降、出血する前から予防投与を繰り返したことなどにより使用量が約6倍に急増したことなどを考え合わせれば、予防投与を控え目にすることによって4200万単位でも止血管理は十分可能であろうと考えられる。

      なお、出血症状等によっては、クリオ製剤では不十分な場合もあり得るので、国内血による非加熱製剤もある程度必要である。非加熱製剤は収率が悪いので、クリオ製剤の一部を非加熱製剤に精製すると第[因子製剤の総単位数は減少するが、重症の出血等にも対処できる。

    C 1983年度厚生省血液研究事業の一環として、「エイズ研究班」と同時に「血液製剤の適正な需給体系の在り方に関する研究」班の研究が行われている。その報告書で兵庫医科大学輸血部の原宏氏と谷脇清助氏は以下のように報告している(乙173号証173〜174頁)。

「新鮮凍結血漿は、慢性的な不足状態である。しかし、近年、欧米ではAIDSが問題となっており、将来第[因子製剤を日本で確保するため新鮮凍結血漿の有効利用として、新鮮凍結血漿からAHG(すなわちクリオ 乙173号証表3参照)を除いた製品(脱AHG血漿、すなわち脱クリオ血漿)を作った場合、脱AHG血漿は使用可能かどうか意識調査を行った。

 1)新鮮凍結血漿投与の目的、昭和57年度、報告通り、低蛋白、栄養補給に多く使用され、凝固因子の補充には、50%前後が用いられている。 (中略)  凍結血漿については、ほぼ50%の例では脱AHG血漿の使用が可能との返事が得られており、積極的に凍結血漿の有効利用をすすめるべきであろう。」


    これは新鮮凍結血漿の50%から第[因子を抽出しても残りの血漿を有効利用できるということであり、新鮮凍結血漿の20%を原料とする上記Bの計算の2.5倍の第[因子製剤(クリオ製剤なら1億500万単位、非加熱製剤なら3675万単位)を確保できるということである。重症出血などに備えて、非加熱製剤の登場前の使用量1400万単位の半分を非加熱製剤で確保するとしても、クリオ製剤は8500万単位となり、非加熱製剤700万単位と合わせてちょうど9200万単位となり、1982年の消費量を供給できる。

   被控訴人は、自らが所管する研究班がエイズの危険性を心配し代替製剤の確保を訴えたこの報告を、なぜ血友病患者のために生かさなかったのだろうか。


第2 「ワイロ」の真実性・相当性について

  控訴理由第3における控訴人の主張に対する、被控訴人答弁書第3における反論は、「東大教官倫理綱領」の全くの無理解の上に立ち、要するに「ワイロ」は刑法上の「賄賂」であり、「倫理綱領」違反を意味するものではないとするものである。

  しかし、このような控訴人の反論は、何ら反論たり得ていないと言わざるを得ない。

  (1)  被控訴人の実質的な反論は1項(2)からであるが、ここでは、まず、被控訴人は「営業活動の便宜を図り」「300万円以上に上る」金員を収受した事実を否認し、控訴人が証拠に基づかない誤った主張をしているかのように印象づけようとしている。

   しかしながら、被控訴人がユナム社から300万円以上の金員を収受したことは、原審における原告本人尋問において、「その(336万5000円)程度だったことは間違いないと思います」と自ら認めている事実である。また、被控訴人は、同じく原審原告本人尋問において、94、5年当時、米国の一営利企業であるユナム社は日本に進出し、新たに設立したユナム・ジャパン傷害保険株式会社は日本において新商品を開発・販売しようとしていたこと、そのために米国ユナム社の医長らが原告から講義、医師採用についての助言、松村明仁・労働基準局安全衛生部長(当時)の紹介等の便宜を受けたことも認めているのであり、取りも直さず被控訴人自身が一私企業の営業活動の便宜を図ったことを認めているのである。

  (2)  次に、被控訴人は、同項(2)後半から(3)にかけて「東大教官倫理綱領」について縷々主張するが、その主張は要するに、「倫理綱領」は賄賂のみを禁止しているのではなく、他の性質の金員の収受をも禁止しており、控訴人は後者の金員を収受したものに過ぎず、かかる金員の収受は学内においても「ワイロ」の収受とは解釈されていないというものである。

  原審における原告本人尋問において、被控訴人は、「倫理綱領は読んだと思います」旨の供述を繰り返したうえで以下のように述べている(原審での原告本人調書96〜100頁)。

(問)それで、あなたがユナム社から受け取った300万円について、お聞きしたいんですけど、あなたが受け取ったお金は、この「職務に関する行為の対価としての不正の利益」ではないんですか。
   (答)不正ではないと、私は思っております。
(問)不正ではないというのは、どうしてですか。
   (答)(前略)そういうことで、私はそんな不正なことをやったという記憶は、実はあまりないのであります。ただ、定期的にお金が振り込まれるということ、これは兼業に当たるんだと言われると、それはうっかりしました、ごめんなさいということなんですよね。
(問)そうすると、要するにあなたのおっしゃるのは、あなたは疾病保険の導入という非常にいい事をやったので、これは不正な利益ではないと、そういう趣旨ですか。
   (答)そうですね。私は不正をしたような記憶は、さらさらないというのが正直なところであります。
(問)(「倫理綱領」の)この下を読んでいただけますか。「(a) それが正当な職務であっても収賄罪が成立する」というふうに書いてありますね。
   (答)これの全体の文脈を見てみないと、よく分からないのでありますが。
(問)では、見てください。どうぞ。
(中略)
(問)要するに、あなたはユナム社から受け取った300万円について・・・
   (答)これはあれですか。正当な職務の行為、正当な支払いであっても受け取ると、収賄になるということですか。
(問)「倫理綱領」に、そういうふうに書かれていますよね。
   (答)ちょっと、それはよく理解できないので、この場で、私は即答することを避けさせていただきたいと思います。

   以上のやりとりから、被告人が「倫理綱領」を全く理解していなかったことが明らかとなった。その上で、上記主張をみると、被控訴人は未だにこれを理解していないものといわざるを得ない。

   控訴人は、原審から繰り返し、「倫理綱領」は東大医学部助教授の収賄事件の発生を契機として、学内において二度と収賄事件を発生させないために作られたものであること、従って、「倫理綱領」全体が賄賂にかかわる事項であり、東大学内においてもそのように理解されていることを説明してきた。

   再度確認すると、「倫理綱領」は、その前文にも明記されているように、「医学部における不祥事(東京大学医学部胸部外科学講座進藤助教授の収賄事件)を契機として、平成4年12月22日、評議会の下に設置され」た「教官の倫理確立に関する特別委員会」によって、「この種の事件が再び本学で発生することを防止するために」策定されたものであり、収賄事件の再発を防止するため、「T 教官倫理の基本理念」において教官倫理の必要性を位置づけ、刑法上の賄賂の規定に基づきながら、たとえ刑法上の賄賂に該当するか否か議論の余地があるとしても「いかなる疑惑も招かぬよう」、「U 点検すべき事項」を具体的に列挙している。これは「教官個人が、原稿料・印税・書籍等の編集費・講演料・講習会講師料・鑑定料など、通例の報酬を受け取る場合」、これら「教官の専門性に基づくサービスの提供」は、教官の職務そのものではないが、当然、教官の職務と密接に関連するものであり、その対価は賄賂となり得ることを前提に、「その額が、職務との関連で、社会の疑惑を招くものではないか。『顧問料』のような形の継続的なものがあるとすれば、(賄賂だけでなく)兼業制限との関係でも問題となる。また、大学の教官の地位に対する信用に安易に寄りかかって常識を越えた報酬を受け取っていないか。」と規定しているものである。それが故に、学内においては、「倫理綱領」に違反する金員は、一般的概念としての「ワイロ」に該当すると理解されているのである。  このような観点から、東大職連は、被控訴人が「倫理綱領」に違反して収受した金員を「ワイロ」と表現したに過ぎない。従って、東大職連が「ワイロ」という表現を用いたことが、何ら指弾されるべきものではないことは明らかである。

  被控訴人は、同項(4)において、賄賂の一般的解釈について云々する。そこで、控訴人は、従来の主張を維持しつつ、次の主張を補充的に追加する。

  (1)  被控訴人は、米国ユナム社、ユナム・ジャパン傷害保険株式会社が日本における保険の新商品を開発・販売するにあたって、自己の職務中に、東大内の自己の研究室において、同社の社員に対し、自己の東大教授としての地位・知識・経験等を利用して、専門研究・教育分野についての講義、医師採用についての助言、松村明仁・労働基準局安全衛生部長(当時)の紹介等、同社のために有利便宜な取り計らいを行ったことに対する謝礼の趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、1994年4月から1995年4月までの間、十数回に渡り、同社らからのコンサルタント料を仮装して、合計336万5000円の支払いを受け、もって、公務員たる自己の職務に関し賄賂を収受した。

  かかる被控訴人の行為は、まさに刑法上の収賄に該当すると評価することもできる違法な行為である。従って、被控訴人が収受した上記金員について、東大職連が「ワイロ」であると指摘したことは、真実であり、または、仮に真実であることの立証がないとしても、真実であると信じるに足りる相当な理由がある。

  (2) 被控訴人の上記行為についての刑法上の収賄罪の成否に関しては、被控訴人の東大医学部教授の職務行為としてみるとき、職務時間内に、自己の職場で行った行為ではあるが、特定の企業からの要請により、保険の新商品の開発・販売に関する学外での企業の経済的活動に結び付いた講義ないし助言などを行ったときは、教育公務員として本来の職務行為の域を越えた行為に及んでいるのではないかという点が問題となりうる。

   しかし、刑法197条1項にいう「その職務に関し」とは、当該公務員の職務執行行為ばかりでなく、これと密接な関係のある行為に関する場合をも含むと解されるところ(最高裁判所昭和25年2月28日第三小法廷判決、刑事判例集4巻2号268頁参照)、被控訴人の上記行為は東大教授としての研究・教育内容や前職である厚生省官僚としての地位・知識・経験等と密接不可分であるうえ、被控訴人の講義・紹介・助言とユナム社側から支払われた謝礼との間に、いわゆる対価関係のあることは明らかであるから、職務との密接性について職務の公正さの保持という標準に照らし検討すれば、東大医学部教授としての職務の執行に密接な関係を有する行為であることは十分肯認できる。

   大学教授の研究活動・提供された専門知識に対する報酬と収賄罪の成否については、名古屋大学医学部教授の新薬開発に関する収賄事件の判決の次の説示が、本件においても基本的に妥当するものと解される。

 「大学教授の研究活動は、真理の探究を目的としており、その性質上、研究者個人の能力、資質によるところが少なくなく、したがって、研究活動の対価との趣旨で利益が供与された場合にも、研究者としての私的な労力や、能力、資質、名声、権威という個人的属性に対する敬意、評価の表れとしての趣旨を含んでいることも否定できないところである。そうすると、教育公務員である研究者が、特定の事項について研究活動を行い、その専門家であるがゆえにその専門知識を民間人(企業)に提供し、謝礼として金員の供与を受けたような場合については、職務の公正さの保持という標準に照らし、その額が教育公務員のいわば余分に費やした労力などに対する礼として社会通念上相当と認められる範囲の報酬にとどまるようなときなどには、そのような職務外のアルバイトをしたこと自体が公務員の兼業禁止違反に該当したり服務上の倫理違反の問題となることはあっても、一応理由のある職務外の私的活動に対する報酬として賄賂性が否定されると考えられる。

 そして、その場合、社会通念上相当と認められる範囲の報酬か否かの判断は、極めて困難な問題である。しかし、教育公務員も公務員である以上、公務の公正さに対する国民の信頼を害することが許されないことはいうまでもなく、このような賄賂罪の本質に照らして考えると、当該公務員の地位、職務の内容、専門性の有無、程度、研究活動の内容、方法、職務との関連性の程度、提供された専門知識の内容、その提供の目的及び方法、相手方の地位、対価としての報酬の額、時期及び供与の方法等諸般の事情を総合考慮して、研究活動あるいは提供された専門知識に対する報酬として社会通念に照らして合理性、相当性を有しているか否かによって判断すべきものと解される。」
(名古屋地裁1999年3月31日判決・判時1676号155頁)

    これを本件についてみれば、被控訴人の収受した金額は合計336万5000円と、当時の自己の給与月額の約4.4〜4.8倍にも相当するものであること、他方、これを得るために被控訴人が費やした時間は必ずしも明確でないが、最初の100万円が2時間を目処とした3回の講義の対価として支払われていることからすれば、十数時間程度と考えられること、便宜供与自体を自己の職務時間内に職場で講義等を行っており、金員供与の方法もコンサルティング報酬名目を仮装するなど、その方法自体も不当であることなどの事情に照らせば、本件報酬の供与が社会通念に照らして合理的で相当なものであるなどとは到底いうことができない。したがって、本件各金員の供与は、社会的相当性の範囲を逸脱した賄賂であることは明らかである。

以上


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