東京高等裁判所第8民事部 御中
控訴人訴訟代理人 弁 護 士 新 美 隆
同
虎 頭 昭 夫
同
保 田 行 雄
同
藤 田 正 人
第1 「殺人政策」の真実性について
1 はじめに
繰り返されてきた公害、薬害事件の反省を踏まえて1979年、薬事法が改正され、厚生省の薬害防止の責任は一層明確になっていた。輸入非加熱製剤の危険性は1982年末には明らかであり、その使用を禁止すべきであった。被控訴人は危険性を知りながら対策をとらず、逆に輸入非加熱製剤を新たに認可し、薬害エイズ被害者を生み出した。被控訴人は、血友病患者がエイズに感染しても構わないと判断していたのであり、原判決の言う意味においても「殺人政策」は真実である。以下、詳述する。
2 薬務行政の基本は安全性重視
これまでかずかずの公害事件、薬害事件が繰り返され、厚生省は国民の健康を守ることができなかった。公害、薬害を防止するためには、安全性を重視し、危険性が指摘された場合には、科学的に立証されたとは言えない段階でも、安全性が保証されていないのだから、国民の健康を守るため、企業が損害を蒙ることになろうとも必要な措置を講じなければならない。安全性重視の必要性は水俣病裁判、サリドマイド訴訟、スモン訴訟などで繰り返し指摘されてきたところである。
例えば、キノホルム剤による薬害スモン訴訟の福岡地裁判決は、今日の商品経済社会では製薬企業は眼前の利潤追求に走るあまり安全性確保に関する配慮を十分に果たさないことがあるのではないかと懸念されるとし、利潤追求の観点を全面的に捨象し国民の生命・健康の保全に至高の存在意義を認めている国の薬務行政こそ、現代の護民官的役割として、医薬品安全性確保に十全を期さなければならないとした。また安全性に疑惑がもたれた場合には、「(安全性の保証を意味する)公定書に収載してはならないし、許可をしてもならない。収載、許可後に右のような情報が出てきたら、直ちに調査研究に着手し、新たにそれを積極的に否定しきれる資料を入手、獲得しない以上、消費者側(医師を含む。)に警告を発し、場合によっては製薬企業に製品の回収を命じ、製造・販売の一時中止を命じる等の行政措置を講じ、それでも不十分なときは、当該医薬品の公定書からの削除或いは許可の撤回をすること等により、消費者たる国民個々人の生命・身体に対する危害を未然に防止する措置を速やかにとり、医薬品の安全性確保のために考えうる限りの方法をとらなければならない」と指摘した。これらの判示はおおむね他の八つの判決と同じである(乙132号証341〜345頁)。
「9戦全敗」の判決を受けて、国、製薬会社はようやく1979年、薬害スモンの責任を認めて被害者と和解した。被告国は、「九つの判決を厳しゅくに受けとめ、・・・スモン問題についての責任を認め、空前のスモン禍が発生するに至ったこと、その対応について迅速を欠いたことに遺憾の意を表明」し、「安全かつ有効な医薬品を国民に供給するという重大な責務をあらためて深く認識し、今後薬害を防止するために、新医薬品の承認の際の安全確認、医薬品の副作用情報の収集、医薬品の宣伝広告の監視、副作用のおそれのある医薬品の許可の取消しなど、薬害を防止するために必要な手段をさらに徹底して講ずるなど行政上最善の努力を重ねることを確約する。」と約束し(乙129号証233〜241頁)、当時の厚生大臣が謝罪した。
また、サリドマイド、スモン薬害の反省に立って薬事法が改正され、医薬品の安全性確保義務が明示されるとともに、医薬品による被害のおそれがある場合には販売の一時停止等を命ずる緊急命令の制度を新設した。
膨大な被害者の犠牲の上に、ようやく、厚生省が医薬品の安全性を絶えずチェックし、利潤追求に走りがちな製薬企業の暴走を押さえて、薬害防止に全力をあげることとなったのである。
3 輸入非加熱製剤の危険性も対策も明らかだった。
(1) 非加熱製剤によるエイズ感染の危険性
(ア) エイズの症例が初めて報告されたのは1981年6月であった。米国・ロサンゼルスの男性同性愛者5名がカリニ肺炎という珍しい病気にかかり、うち2名はすでに死亡、残りの3名も危篤状態だった。翌7月には男性同性愛者10名のカリニ肺炎と、カポジ肉腫2名の症例が報告された。カリニ肺炎もカポジ肉腫も、免疫系が破壊されたときに引き起こされる奇病だった(乙126号証48頁、乙133号証1〜2頁)。
これらの症例を報告した米国・防疫管理センター(CDC)はさっそく特別調査団を結成し、調査に乗り出した。その結果82年7月、後天性の免疫不全によってカポジ肉腫やカリニ肺炎などの日和見感染が引き起こされることが明らかになり、この未知の病気はエイズ(後天性免疫不全症候群)と名付けられた。
(イ) CDC特別調査団の調査によって、82年末までに以下の事実が判明し、MMWR(「疾病週報」)などを通じて随時、全世界に向けて明らかにされていた(乙133号証2〜14頁、乙130号証)。
@ 新しい感染症で、1978年以前に同じような症例がない(乙156号証)。
A 死亡率が非常に高く、41%がすでに死亡している。1年以上前に診断された症例では、死亡率は60%を超えている(乙151号証)。
B 患者数が半年で倍増している(乙151号証)。
C エイズを発症する前に体重の減少や全身倦怠感などの前駆症状を訴える患者が多い(乙148号証)。
D すでにカポジ肉腫を発症していたエイズ患者と性的に接触した3人が、それぞれ9か月、13か月及び22か月後にカポジ肉腫を発症した(乙149号証)。エイズの伝染性因子が予想され、感染から発病までに9〜22か月もの潜伏期間があると考えられる。
E 男性同性愛者、静脈注射で麻薬を打っていた異性愛者の男女がエイズを発症したほか、こうした経験のない血友病患者3名がカリニ肺炎を発症した(乙150号証)。同MMWRはこの3例が男性同性愛者、麻薬常習者らに見られる免疫不全と極めて類似していることを指摘し、「重篤な免疫不全の原因は不明であるが、3例の血友病患者で発症したことは、血液製剤を通じて伝播する因子の可能性を示唆する」と記している。血液製剤(非加熱製剤)の製造に当たっては「きわめて厳格な消毒の手続きがとられ、(細菌を除菌する)限外濾過などもきびしく行われており」「おそらくウイルス」(乙144号証2149頁)による感染と考えられた。
F 生後20か月の乳児が輸血を受けた14か月後に血小板減少症を呈し、エイズと極めて強く疑われる症状を示した。この乳児は日和見感染症に罹患しており、かつ、細胞性免疫が低下していた。19人の供血者のうちの1人は、供血時点では健康だったが、8か月後にエイズを発症した。(乙152号証、乙157号証)。 この事実から、たった1回の輸血でも感染する可能性があること、エイズには長期の潜伏期間があり、感染しているにもかかわらず無症候で相当長い期間発症しない患者がおり、エイズの兆候が表れる前の健康な人の血液からも感染する可能性があることが明らかとなった。
(ウ) こうした調査によって1982年末には、米国製の非加熱製剤の危険性が明らかになっていた。
@ 非加熱製剤はクリオ製剤と違って数千人から2万人の血液を混合して作られており、供血者の中にエイズの病原体を持っている人が1人でもいれば、その血液を混合して作った1ロットの非加熱製剤すべてがエイズ感染源となる。
A 米国ではエイズ患者が「半年で倍増」の勢いで爆発的に増加している最中であった。しかも潜伏期間が長いので、エイズに感染しているが発病していない、見かけ上健康な人が大勢いたが、感染者か否か調べる方法がなかった。
B 非加熱製剤にエイズの病原体が混入していないかどうか調べる方法もなかった。従って、エイズ患者の多い米国で採血された血液から作られる非加熱製剤には安全だという証明がなく、しかも一旦エイズに感染すれば死亡率は非常に高いので、直ちに米国製の非加熱製剤の使用を禁止すべき状況だった。
(2) 血友病患者のエイズ感染の広がり
83年初めには、血友病患者にエイズが広がっていることが次々に明らかになってきた。 @ 1983年初め、血友病患者でエイズを発病した人が11人いたが、全米で1万5千人〜2万人と言われる血友病患者のうち4000人強を調査した結果、37人の血友病患者が「エイズ様症状」(AIDS-like illness)を呈していた(乙158号証)。
A ドリッツ医師の報告
140人のエイズ患者にアンケート調査した結果、以下の事実が明らかになった。140人のうち10ないし11人が、ここ数年の間に供血している。非加熱第[因子の各プールはおよそ100人の血友病患者のもとに行く。従って、確実にエイズであるかあるいはエイズの可能性のある血友病患者が10人いれば、同じロットの非加熱第[因子製剤を受け取った血友病患者が約990人いる(乙158号証)。
B 83年1月、クリオ製剤を使っていた血友病患者は細胞性免疫に異常がないが、非加熱製剤を使っていた患者の半数以上が細胞性免疫の異常を示していることが明らかになった(乙153号証)。他の研究グループも同様の結果を報告している(乙154号証)。
これらの事実は、非加熱製剤に混入したウイルスにより細胞性免疫が破壊されエイズを発症する可能性があること、非加熱製剤使用者のエイズ感染率は細胞性免疫の異常に見られるようにかなり高率である可能性があることを示していた。
この衝撃の報告が掲載された米国の医学雑誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」にはジェーン・デスフォージスのエディトリアル(論説)が掲載され、「血友病患者がエイズの危険にさらされている事実が明らかになりつつある。クリオプリシピテートを使用することがこの危険を最も小さくするのであれば、現行の家庭注射プログラムを見直す必要がある。」「不幸なことに、データは(非加熱)濃縮製剤で治療を受けたグループの方がエイズにかかりやすいということと矛盾しない。血友病治療にあたる医師に今、この危険を警告する必要がある。現在の治療による合併症を予防することは、血友病それ自身による合併症を予防することに優先しなければならないのかも知れない」と述べている(乙155号証)。
4 非加熱製剤対策は被控訴人の職務であり、しかも被控訴人は危険性を認識していた。
(1) 被控訴人は非加熱製剤の「安全性」を「保証」していた。
薬事法は医薬品等の「品質、有効性及び安全性の確保」(第1条)を目的とし、厚生大臣は、非加熱製剤の製法、性状、品質、貯法等に関し基準を設け(第42条)、検定を行い(第43条)、その安全性を保証している。厚生大臣は、非加熱製剤が「病原微生物により汚染され、又は汚染されているおそれがある」場合には、その販売等を禁止すべき職責を負っていた(第56条)。 「原告は、生物製剤課長として厚生省における血液関連問題を扱う実務上の責任者であった」(原判決49頁)のであり、1983年当時、非加熱製剤の安全性を保証しその販売を認めていたのは被控訴人であり、「病原微生物により汚染されているおそれのある」非加熱製剤の販売を禁止するのは、被控訴人の職責であった。
(2) 被控訴人は血友病患者のエイズ感染を予想していた。
(ア) 被控訴人は「昭和57年12月17日ごろ、村上省三から、米国で数百人のエイズ患者が出ているとの報告及び資料の送付を受けた。」(原判決44頁)。被控訴人は厚生省プロジェクトチームの質問に対し、「(1982年暮れか83年のきわめて早い時期の)当時血友病の濃縮製剤は原料、あるいは製品の形でアメリカから輸入されていたものですから、アメリカの血友病患者がリスクにさらされれば日本の血友病患者も同程度のリスクにさらされることになると私は考えました。」(乙14の4の2頁)と述べている。被控訴人の危険性認識は極めてまっとうなものであった。 被控訴人はその後も村上省三からエイズに関する資料を継続的に受け取っており、MMWRはCDCからとっていて(乙134号証)、原審法廷で「あれはMMWRでしたか、CDCからのニュースレポート、あるいは医学界の論文、こういうものはすべて目を通しておりましたので、学会等の意見等に関しましては、把握していたつもりであります」と証言している(原告本人調書29頁)。
(イ) 1996年2月に公開された「郡司ファイル」に、1983年6月13日の「エイズ研究班」発足後に作成された「AIDSの現状と対策について」と題する厚生省薬務局の資料が綴じられていた(乙137号証)。
この資料によれば、生物製剤課は1983年6月当時、「(エイズの)病因は、未だ解明されていないが、何らかのウイルスが原因であるとの説が有力である。」「感染経路としては、血液や精液等を介することが疑われている。」「現在まで病因、治療方法とも見出されておらず、死亡率は極めて高い。診断後2年以内に70%以上が死亡している。」「(エイズ患者の)0.8% 血友病患者」と認識していたことが示されており、被控訴人も同様の認識を抱いていたはずである。
(ウ) 被控訴人は1991年5月31日、東京HIV訴訟の法廷で「(1983年当時)多くの研究者はウイルス説を前提に研究をしていた、それ以外の原因を仮説として研究をしていた人はいないと思います。」と証言している(乙135号証第197問答)。被控訴人もエイズの病原体はウイルスと考えていたわけである。
(エ) 被控訴人は、1983年8月、CDCのエイズ専門家・スピラ博士が帝京大症例をエイズと判定したことを知っていた。供血者がエイズに感染していたことが判明しあわてて非加熱製剤を回収する事件が1983年に少なくとも3回起こっていたことも知っていた(乙22号証、乙131号証165〜186頁、乙138号証)。しかも、3回とも、回収された非加熱製剤のロットは複数であり、エイズに感染していた供血者は売血常習者と思われた。被控訴人は1983年7月22日、「ハイリスク者から供血されたものでない旨の証明書添付を指示」した(乙22号証)が、「検査もできない、同性愛者の反対で性的嗜好も聞けないという、単に現在の症状の有無を確認するだけの問診で」「あまり意味があるとは思えなかった」(乙108号証102頁)と述べているように、スクリーニングが無意味なことも知っていた。
(オ) 被控訴人は1993年9月6日東京HIV訴訟において、「証人は、ATLの場合に3000人ないしは数千人に1人というふうにおっしゃっていましたが、あるいは第1回証言ではアメリカのケースから1000人に1人というようなこともおっしゃっていますし、そういうことからしても、(エイズ被害者が)出ないのではなくて、証人の言葉で言えば4人とかそんなオーダーの数は出る可能性が高いと考えていたと理解してよろしいんですか。」と問われて「何人か出るかもしれないというふうに思っていたことは事実だろうと思います。」と証言している(乙136号証第121問答)。
(カ) 1996年3月14日に放映されたNHKテレビの「ETV特集 薬害エイズ第1回 血液製剤に何が起こっていたのか」で被控訴人は、「今にして思えばですね、私が想定した最悪のシナリオを歩んだなった気がしますね。」「(最悪のシナリオとは)血液製剤を介して日本に、要するに血液製剤を介して感染が可能、可能だったっていうことですね。そしてそれが日本にも入ってきてしまった、ていうことですよ。」と述べ、薬害エイズ被害者が出ることを想定していたことを認めている(乙143号証)。
5 輸入非加熱製剤を禁止すべきだった。
1983年6月2日、トラベノールは「原血漿供血者の1人が、供血時のスクリーニングでは検出されなかったが、供血後AIDS(後天性免疫不全症候群)を示唆する症状を呈したため」非加熱製剤の2ロットを回収した(乙22号証)。回収されたロットはエイズの病原体で汚染されていると考えられたからである。
このときの汚染製剤は回収されたが、他の非加熱製剤がエイズの病原体に汚染されているおそれはなかったであろうか。 被控訴人はトラベノールの回収事件後の7月22日、「(スクリーニング済みの)証明書添付のある製剤のみを輸入するように通知を出したが、あまり意味があるとは思えなかった。」、なぜなら「それ(スクリーニング)とて検査もできない、同性愛者の反対で性的嗜好も聞けないという、単に現在の症状の有無を確認するだけの問診であった。潜伏期間が長いとすれば、現在の症状をチェックしてもほとんど意味がない。」からである(乙108号証)。潜伏期間中は症状を示さないが血液中にエイズの病原体が含まれており、潜伏期間が長いと、供血者がエイズを発病しないうちにその供血者の血液から作られた非加熱製剤が使われてしまうのだ。被控訴人はすでに6月13日の「エイズ研究班」第1回会合で、潜伏期間が4年のケースを聞いていた(甲18号証)。
すなわち、被控訴人は少なくとも1983年6月13日の段階で、すべての輸入非加熱製剤がエイズの病原体に汚染されている「おそれ」があることを認識していたのである。
薬事法第56条は、「病原微生物により汚染され、又は汚染されているおそれがある医薬品」の販売、製造、輸入等を禁止しており、遅くともこの時点で輸入非加熱製剤を禁止するのが、被控訴人の職務だったのである。
6 輸入非加熱製剤の使用禁止は可能だった。
薬事法の規定からすれば、たとえ輸入非加熱製剤が血友病患者にとって必要なものであったとしても、「病原微生物により汚染され、又は汚染されているおそれがある」生物製剤の販売、製造、輸入等を禁止するのが被控訴人の職務であった。しかも以下に述べるように、輸入非加熱(濃縮)製剤は不可欠のものではなかった。
(1) 濃縮製剤は不可欠ではない。
血友病といっても、出血時にすぐ止血しないと死んでしまうというものではない。大部分の出血は関節内出血、皮下・筋肉内出血であり、閉じた空間の出血なので、血液凝固因子を補充しなくとも自然に止血する。
濃縮製剤を使わなくとも、クリオ製剤により、出血時にすぐ止血でき、大きな手術もできる(乙126号証55〜57頁、190〜192頁、乙145〜147号証)。
(2) 血液凝固因子製剤の供給は可能だった。
ア 第[因子製剤
@ 予防投与による大量投与
クリオ製剤の製造量は、1975年から78年までは年間約1100万〜1400万単位であった。非加熱濃縮製剤の承認後の79年以降、第[因子製剤の製造量は急増し、82年〜88年には約9000万〜1億3000万単位に及んでいる(乙139、140号証)。出血時にクリオ製剤を使用していたのが、出血しないうちに非加熱製剤を予防投与するようになったため、約8倍にも大量消費されるようになったのである。この間に血友病患者が急増したわけではないので、75年から78年のレベルのクリオ製剤が供給されれば十分と考えられる。
A 1983年当時クリオ製剤を製造していた日本赤十字社の徳永氏は、「エイズ研究班」報告書に、「AIDSが血液製剤の輸注によって感染し得る可能性は、血液事業の関係者にとっては黙視し得ない問題である。」「ことに製造工程中に加熱処理が含まれない濃縮[因子製剤に全面的に依存する血友病患者に対するAIDS対策が十分に考えられねばならない。」「現在のように製造工程中に[因子活性の80%をロスする濃縮製剤に依存する体制が改められ、クリオプリシピテートの使用が多くなれば、[因子製剤に関する限りは、輸入血漿に頼ることなく年間800万単位に近い国内献血による血液事業の枠内で十分処理し得る。」と書いている(乙141号証)。
イ 第\因子製剤
第\因子濃縮製剤の製造量合計は1978年から80年までは1000万単位、81年、82年が1600万単位であったが、トラベノールのプロプレックスが認可された83年に2746万単位へ急増した。従って、1600万単位あれば十分と思われるが、83年には国内血だけで1569万単位製造されており、輸入非加熱製剤を禁止しても治療に支障はなかった(乙140号証)。
ウ フォン・ウィルブランド病治療薬
1982年当時には、すでに濃縮製剤よりもクリオの方がはるかにフォン・ウイルブランド病に有効であることが明らかだった(乙133号証34頁)。
7 薬害エイズ「殺人政策」
(1) 患者の命より注射の便利さを選んだ被控訴人
被控訴人は部分的クリオ転換を考えたが、小委員会で「治療の進歩」と言われて誤りを認めた。被控訴人は、少なくとも「何人かの」血友病患者がエイズに感染して死ぬことを予想しながら、患者の命よりも注射の便利さを優先させた、と言っているわけだ。こんな馬鹿げた話をなぜ堂々と言えるのか、神経を疑う。注射の便利さよりも命が大事に決まっているのだが、被控訴人にとっては血友病患者の命など、問題ではないのだ。
(2) トラベノールの汚染製剤回収について被控訴人は「分かっていただきたいのは、不確かな根拠で、国が巨額の私有財産に対して廃棄命令など出せるはずはないということであり、」と書いている(乙108号証102頁)。
被控訴人は、エイズ病原体に汚染されているおそれのある輸入非加熱製剤を、守るべき「巨額の私有財産」と認識し、かくして薬害エイズ被害が拡大されたのである。ちなみに1983年9月末の非加熱製剤の在庫は、合計約45億円であった(乙142号証)。
(3) 被控訴人は1996年7月23日、衆議院厚生委員会で、「アメリカにおいて10人台の血友病患者さんにエイズが出た段階で、これを全面的にクリオに切りかえるという政策は考えにくかったのではないかと思います。」と証言した(乙66号証4頁)。 「不確かな根拠」では「巨額の私有財産」に「廃棄命令」は出せないと言い、10人のエイズ感染という確かな根拠が出てくると、10人では足りないと言う。被控訴人には、医薬品の危険性に目を光らせ、危険性の指摘があれば科学的に立証されていなくとも、対策をとって薬害を防止しようとする姿勢がまったく見られない。あるのは、10人死んだくらいでは45億円もの在庫をフイにするわけにはいかないという、製薬メーカーの論理である。
(4) 以上述べてきたように、被控訴人は、輸入非加熱製剤にエイズ病原体が混入しているおそれがあり、何人か死亡するかもしれないと認識していた。それでも被控訴人は輸入非加熱製剤の使用を継続し続けた。被控訴人は、死亡者が出ることを防ぐよりも、45億円に上る「巨額の私有財産」を守ることを選んだのである。
原判決の言う意味においても、被控訴人の「殺人政策」は真実である。
以上
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