東 大 職 連 の 準 備 書 面 (7)

原文は縦書きです。そのため一部表記が変わっています。


 平成10年(ワ)第18983号損害賠償請求事件

準   備   書   面  (七)



                             原  告   郡  司   篤  晃
                             被  告   N  氏   氏  名
    1999年11月22日

                            被告訴訟代理人
                             弁 護 士  新  美      隆
                             同       虎  頭   昭  夫
                             同       藤  田   正  人
                             同       保  田   行  雄

 東京地方裁判所
   民事第36部合議係  御  中


 一 はじめに

 原告のワイロ収受に関しては、原告が自らの不正な職務の対価としてユナム社から不正な金員を受領した事実自体については原・被告間に争いはない。そして、被告はこれが刑法上の「賄賂」に該当するか否かはともかく、東京大学の倫理綱領上受領を禁止されている金員、即ち「ワイロ」に該当する旨を主張してきたが、原告は右金員受領についての処分を受けた理由が兼業禁止違反であったことなどを理由として、この金員が刑法上の「賄賂」に該当しない旨主張し、議論が全くかみ合わないまま現在に至っている。

 そこで、被告は、右原告の金員受領の違法性をさらに明確にすべく、従来の主張を補充することとする。


 
二 事実経過

 原告のユナム社からの金員受領に関する事実経過は次のとおりである。

 1 原告は、1993年末から1994年3月頃までの間、東京大学内にある原告の研究室において、ユナム社(米国本社)の従業員たる医長に対し、毎回2時間を目処として、3回程度にわたり、@日本の医療システム、社会保障・社会保険制度などについての講義を行い、また、ユナム社(米国本社)の上席副社長に対し何度か説明を行うなどの便宜を図り、1994年4月頃、これらの対価として、金100万円を受領した。

 2 その後、原告は、1994年7月から1995年4月までの10ヶ月間、ユナム社から不定期に相談を受け、A保険業務の判る医師を採用するに当たって、候補者の経歴、日本の労働疾病の傾向等からみて適当な人材であるか否かの情報を提供し、Bユナム社上田副社長が労働災害を担保する新商品(病気・怪我による長期の所得補償保険)について説明しその開発のため労働省からの情報収集について相談した際、原告の後任として生物製剤課長を務めた松村明仁労働基準局安全衛生部長(当時)を紹介するなどの便宜を図り、これらの対価として、毎月20万円ずつ合計200万円を受領した。

 ユナム社上田副社長は、その後、右松村と接触し、労働省の労働衛生に関する実務レベルの職員(課長・係長クラス)の紹介を受けた。

  東京大学は、1996年9月17日、評議会に原告のユナム社からの右金員受領を調査する委員会を設けた。そして、同年12月20日、小杉隆文部大臣は、原告を国家公務員法(兼業制限)違反による戒告処分に付し、東京大学は黒川高秀前医学部長及び矢崎義雄医学部長の監督責任を問い、厳重注意処分とした。


 
三 「ワイロ」の意義

 1 「賄賂」の一般的意義
  「賄賂」とは、広辞苑によれば、
 @ 不正な贈り物。まいない。まい。袖の下。
 A 〔法〕職務に関して授受する違法な報酬の汎称。
 とされている。
 右広辞苑の記載からしても、一般人が使用する場合の「賄賂」、つまり社会通念上の「賄賂」とは、まさに広辞苑に記載されている@の意味であり、Aとして記載されている法律用語としての賄賂(刑法上の賄賂)の意味に限定されるものではないことは明らかである。

 ところで、被告準備書面(二)で述べたとおり、東京大学は「倫理綱領」(乙67)を設けており、教官が「専門性に基づくサービスの提供に関連して」金員を受領することについては、刑法上の賄賂に該当するものを禁止するのみならず、より厳しい制限を付している。このようなことから、東京大学内においては、右「倫理綱領」に違反する金員は、不正な金員、即ち「ワイロ」であると認識されている。以下、この点について改めて詳述する。

 2 東京大学における「ワイロ」の意義

 (一) 大学における「学問の自由」の意義
 そもそも学問は既成の権威や概念を疑うことから出発するものであり、真実・真理を探究するという学問上の要請に従って自由に推進されるべきものとされてきた。この「学問の自由」の尊重は教育の基本とされ(教育基本法第2条)、教育における「学問の自由」を保障するため、教員の身分は教育公務員特例法により特に保護されている。

 小中高校の教育内容の基準を定める「学習指導要領」は、当初は「試案」とされ、教科課程の生かしかたについて教師が自主的に研究するための「手びき」であり、「その通りの実行を求めているわけではない」とされていた。しかし1958年に「学習指導要領」が告示されて以来、「学習指導要領」は拘束力を持つとされ、小中高校の授業内容は文部大臣が定める「学習指導要領」によって事細かに規定されている。しかし、初等・中等教育とはいえ「学習指導要領」による教育内容の細かい規制は、教育の本来の目的である子供たち一人一人の豊かな創造力の育成と自由な応用力の発展という観点から見るとき、その阻害要因として機能することが次第に明らかとなってきた。いわゆる「国際的な」教育比較をするとき、それはさらに明確となってくる。国の定める価値観の一方的なお仕着せは、多様な価値観に満ちた国際的なコミュニケーションを構築することが求められている現在、どうしても矛盾に満ちたものとなって、教育現場を混乱に陥れてきたと言える。小中学校で盛んにいわれている学校・学級崩壊は、ここに基本的な問題があるというべきである。

 他方、「真理探究の場」とされる大学においては、「学問の自由」は大学存立の基本とされ、小中高校と違って授業内容が文部省に決められることはなく、教官の意思に任されている。それだけに、大学教官は小中高の教員にもまして「学問の自由」の実現に留意しなければならない。過去の業績や権威を無批判に引き継ぎ次代へ引き渡していくのではなく、過去の事柄を対象化し分析を行い問題点を考察しさらに新たな展開を行っていくという優れて「科学的な」行為、つまり批判的な思考が全面的に要請されているといわねばならない。このことから「学問的な活動・営為の自由」は、個々の研究教育従事者に対して当然ながら厳しい鍛錬と自己規律を要請する。これ抜きに「真理探究の場」としての「学問の自由」は大学に存立出来ないことは明確である。いうまでもなく「学問の自由」は法律の条文によって保障されるものではなく、教官が「学問の自由」を隠れ蓑に好き勝手なことをやっていれば「学問の自由」は自壊していく。

 特に、現代の科学は人間生活や産業に決定的に重要な影響力を持つに至り、社会的公的なものとなっている。これに伴って大学の教官には厳しい職業倫理が求められている。

 第一に、教官といえども「自分がやりたいから」と言って「学問の自由」の名の下に、勝手気ままに軍事研究をやったり、公害・薬害・環境破壊などを助長する研究をすることなどは許されない。学問が社会的公的性格を持つ以上、教官は「学問の自由」を保障するためにも、自らの学問の社会的意味を日々問い返すことが求められている。

 第二に、現在の科学研究は多額の費用と設備を必要としており、教官が学問上の要請のみに従って自分の意志で研究テーマを自由に選択することが困難な状況となっている。

 国立大学の教官に対する経常的な研究費として「校費」が支給されている。校費は教授、助教授、講師、助手のそれぞれに対し一人当たりの積算額が決められており、研究テーマの如何を問わない。その意味では研究費の面から「学問の自由」は一定保障されている。しかしながら、実際に各講座に配分される校費は東大の実験系講座の場合、年間300〜400万円程度で、現実には校費だけでは足りない。各講座の研究費の多くは科学研究費(文部省の補助金)、企業からの委任経理金などによって賄われている。科学研究費は教官等が申請した研究テーマを、文部省の外郭団体である学術審議会が審査し、認められた場合にのみ支給される。委任経理金は研究テーマを指定することはできないが、出すかどうかは企業の判断である。

 従って文部省や企業が重視する研究には多額の研究費が支出され、教官はそうした研究テーマに流れやすい。これは1960年代末に全国学園闘争のなかで「産学協同」として厳しく批判され、戦後巨大化した国内企業と大学の癒着が一旦切り離されることとなった。

 しかし、膨大な資本の蓄積をバブルで取り崩し、金融機関を中心に新たな国際競争に突入してきた現在、企業と大学の関係はまた次の時代に入ってきたといわねばならない。この間いわゆる情報化社会といわれる変化の中で企業の組織も多様化し、大学でも、内部での変化や名称変更だけのものから、大学院大学化、大学間の連携・連合など組織のあり方を含めて変化するものなど、多様な変動が続いている。この変動はさらに進行し、意図すると否とに関わらず、多種多様な高等教育機関の相貌を揃えていくだろう。国際的な大学の競争がこの基本要因であるが、企業においても研究組織での「効率化」が生産組織におけるそれと全く異なったものになってしまうという指摘もあるくらいで、既成の価値の疑問や批判にその存立基盤を持つ大学では、一層混乱と混迷が続いていくことになる。表面的に見る限り、最近では「産学協同」に変わって「産学連携」の名の下に、企業の役に立つ研究に研究費が流れる構造がますます強められ、国立大学の独立行政法人化によって一層拍車がかけられようとしている。

 (二) 東京大学における「倫理綱領」の意義

 こうした中で「学問の自由」を守るためには、教官は多様な価値観の存在をしっかりと確認し、これらと批判的で緊張ある関係を確立し、国際的な多様性の中での教育研究を遂行することが求められる。金銭によって企業との闇の関係を保持せんとするがごときは論外と言うべきである。これは教官にとって当然の職業倫理であり、従来、東大においては特に明文化されることはなかった。

 ところが、東大において、1992年11月、医学部付属病院胸部外科の進藤助教授が心臓ペースメーカーの機種選定に絡んで賄賂を収受し、懲役2年6月・執行猶予5年・追徴金783万円の有罪判決を受けるという事件が発生した。東大医学部教官の収賄事件は史上初のことであり、衝撃を受けた東大当局は同年12月、評議会に「教官の倫理確立に関する特別委員会」を設置し、翌1993年3月31日付で進藤助教授を懲戒免職処分に付すとともに、病院長ら管理者に対する処分も行った。同時に、東大当局は、収賄事件が「再び本学で発生することを防止するため」の方策として、有馬東大総長(当時)が「(収賄事件は)特に教育者という最も厳しく倫理を守るべき職に身を置くものとして、絶対に起こしてはいけないこと」であるとする談話を発表するとともに、「特別委員会報告書(倫理綱領)」を明文化し、東大教官に周知徹底させることとした。

 この「倫理綱領」は東大の教官が守るべき最低限の倫理であり、これに違反した場合には、東大教官たり得ず、自発的に辞職すべきものである。実際、1977年ごろ、論文剽窃・盗用事件が発覚した東大社会科学研究所の教授は、教官の職業倫理に反する行為を行ったとして依願退職している。

 ところで、右「倫理綱領」においては、単に刑法上の収賄禁止を確認するに止まらず、「U.点検すべき事項」内の「(3) 教官の専門性に基づくサービスの提供に関連して」という項において、「大学人が自らの研鑽によって身につけた専門的知見と能力を様々な形で社会に提供することは、社会に対する大学の貢献の一環である。だが、その際も無用の疑惑を生ぜしめないよう、自戒を怠ってはならない。」として、「教官個人が、原稿料・印税・書籍等の編集費・講演料・講習会講師費・鑑定料・技術指導料等、通例の報酬を受け取る場合であっても、その額が、職務との関連で、社会の疑惑を招くものではないか。『顧問料』のような形での継続的なものがあるとすれば、兼業制限との関係でも問題となる。また、大学の教官の地位に対する信用に安易に寄りかかって常識を越えた報酬を受け取っていないか。」と、教官個人の@職務との関連で社会の疑惑を招く金員の受領、A継続的な金員の受領、B常識を越えた報酬の受領を禁止している。この倫理綱領によって、東京大学内においては、教官の職務との関連を有する金員の受領については、刑法上の公務員の収賄罪以上の厳しい制限が設けられており、右「倫理綱領」で受領を禁止されている右@〜Bのような性質の金員は「ワイロ」に該るものと認識されているのである。


 
四 倫理綱領違反

  前記のとおり、原告はユナム本社医長への講義、医師選定のアドバイス等により300万円を受領した。

 原告が行った右講義の内容である「日本の医療システム、社会保障・社会保険制度」は、原告の専門とする教育研究内容そのものであり、原告の「職務」と密接に「関連」するものである。また、医師選定のアドバイスも、保険制度・労働災害の分野に関するものであり、やはり原告の「職務」と「密接」に関連する。

 次に、原告が受領した300万円という金額は、東京大学の実験系講座に対する経常的研究費(「校費」)の年間配分額に相当し、学内一般職員の年収の半分近くにも及ぶ高額である。しかも、原告がそのために費やした実「労働」時間は「講義」に約6時間、医師選定のアドバイスと松村氏の紹介にわずか数時間程度に過ぎない。

 従って、原告がユナム社から受領した300万円は、まさに「教官個人」が「講演料・技術指導料等の報酬」として「職務との関係で、社会の疑惑を招く」額の「報酬」、「大学の教官の地位に対する信用に安易に寄りかかって常識を越えた報酬」を受け取ったものであり、明らかに「東大教官倫理綱領」に違反するワイロである。

 さらに、300万円のうち200万円は、1994年7月から翌年4月まで10か月間にわたって「継続的」に毎月20万円受け取っていたものであり、これは「兼業制限との関係でも問題となる」ワイロである。

  そこで、東大職連は、前記事実経過を調査した後、原告の前記金員受領が東大「倫理綱領」に違反するものと考え、広く学内全体で議論すべく、原告の前記金員受領を「ワイロ」と表現した本件立看板を掲出した。そして、本件訴訟においても、原告の前記金員収受について、被告はこれが東大「倫理綱領」に違反するものであることを主張してきた。

  しかるに、原告は未だ右主張に対する認否反論をすらなしていない。かかる原告の訴訟態度自体をみても、被告の右主張が争いようのない事実であることは明らかである。


 五 兼業制限違反

 1 兼業禁止・制限の意義

 国家公務員法第103条は、国家公務員が営利企業の役員等の職を兼ね、又は自ら営利企業を営むことを禁止している。また、同法第104条は報酬を得て他の職を兼ねるには許可が必要である旨規定している。その趣旨は、国家公務員は「全体の奉仕者」(同第96条)であって特定企業の利益を図ってはならないこと、および「職務専念義務」(同第101条)違反のおそれにあるとされている。

 同法104条による兼業許可の基準につき、文部省は「職員の兼業の承認及び許可の手続き等について」(1983年3月4日付 文人審第65号通知)を規定しているが、営利企業の事業に関与する場合の許可の基準は次のとおりである。

 U 法第104条の兼業は、次の各号の一に該当するものは原則として許可することができないこと。

 (一) 営利企業の事業に関与する場合
  ただし、次の場合に該当するときは、許可することができる。
 (イ) 公的な要素が強く、兼業内容が営利企業付設の診療所等の非常勤医師など営利企業の営業に直接関与するものでない場合
 (ロ) 機関が管理する国有特許(出願中のものを含む)の実施のための契約に基づく実施企業に対する技術指導である場合
 (ハ) 営利企業付設の教育施設、研修所及び研修会等又は文化講座等の非常勤講師で従業員教育又は社会教育の一環と考えられる場合
 (ニ) 営利企業付設の研究施設等の非常勤研究員で、文部省が別途通知するところに基づき、学術研究推進上有益と認められる場合
 (ホ) 公共性が強く法令(条例を含む)で学術経験者から意見聴取を行うことが義務づけられている場合

 2 原告の行った違法な兼業

 前記のとおり、原告はユナム社に対し、@日本の医療制度、社会保障・社会保険制度などについてのユナム本社医長への講義、A医師選定のアドバイス、B松村氏の紹介を行い、その対価として300万円を受領した。

 原告がユナム社の事業に関与した@〜Bは、いずれも前記の許可基準に該当するものではない。従って、原告が準備書面(二)で述べているように「たまたまその支払いが継続的給付のような形をとったため戒告処分を受けた」ものではなく、無届けだから懲戒処分されたものでもない。原告の行った兼業の内容自体が、許可されるべくもない違法な兼業であったのである。

 1996年12月20日、原告への懲戒戒告処分の発令に際し吉川総長は「本学医学部郡司篤晃教授(原告)が民間の保険会社において違法な兼業を行っていたことは、国家公務員としての服務規律に著しく違背するものであって、まことに遺憾である。本学に対する社会の信頼を損なうような事態が発生したことについて、総長として深くお詫びしたい」との談話(乙68)を発表している。これは、原告が「違法な兼業」を行っていたからこそ懲戒処分を受けたことの証左である。

 3 兼業禁止違反行為の倫理綱領違反性

 ところで、前記のとおり、東大「倫理綱領」自体においても、かかる兼業行為を禁止していることは言うまでもない。

 従って、原告の右兼業禁止違反行為は、「倫理綱領」にも違反するものであり、かかる点からも原告の受領した金員は「ワイロ」と評価されることを免れない。

以 上


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