本件立看板@〜Iの記載内容は、原告に対して薬害エイズ死者に謝罪し責任を取ることを求めるもの、薬害エイズ隠しに抗議するもの、医学部教授会を批判するものの三つに大別できること、いずれも意見ないし論評の表明であること、最高裁判例が不法行為としての違法性の基準としてあげているもののうち、公務員の地位における行動であること、公共の利害に関する事実であること、目的が専ら公益を図るものであること、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱していないこと、については準備書面(一)で指摘したとおりである。
立看板の中で原告が問われている責任とは、厚生省生物製剤謀長として在任中に、日本に薬害エイズ被害の発生ないし拡大に危機感を抱き、エイズ研究班を発足させたものの、汚染製剤の輸入禁止、加熱製剤の早期認可、加熱製剤への切替、血友病患者や医療関係者への情報提供などの適切、有効な措置をとることができずに対策が遅れたために、汚染製剤によるエイズ被害の拡大という悲惨な結果をもたらしたことについての責任であることは言うまでもない。
このことは、「所見」も指摘しているところであり、真実であり、仮に、そうでないとしても真実と信じるに足りる相当な理由があったことは、これまで述べてきたとおりである。
従って、原告は薬害エイズ被害者に対して謝罪すべきであるというのは当然の要求であり、被告が非難される謂れはない。
2、「殺人政策」について
「殺人政策」という言葉は、一見するとどぎつい表現かもしれない。しかし、その意味するところは、原告が現実に殺人事件を引き起こしたとか、殺人鬼であるとかというものではなく、薬害エイズ被害に対する厚生省の対応が後手後手になり、その結果として被害が拡大して多くの死者を出すことになったこと、その意味では血友病患者を見殺しにしたと評価されてもやむを得ないことを表現しようとしていることは明らかである。
立看板の見出しは、その性格上、訴えようとする内容を極めて凝縮した形で表現するのが通常であり、見出しが名誉を毀損するかどうかについて、見出しのみを取りあげて判断するのは誤りである。立看板の見出しは、本文の内容や、それが掲出された社会的状況の中で総合的に判断されなければならない。
本件立看板の見出しは「殺人政策」という表現を用いているが、薬害エイズ問題が新聞やテレビで大きく取り上げられ、厚生省の対応の遅れが再三にわたって指摘されていた本件立看板掲出当時の社会的状況を考えると、本件立看板を見た一般人が、原告が現実に殺人事件を引き起こした人物であるなどと受け取ることはあり得ない。一般人は、「殺人政策」(ゴチックは被告代理人)という言葉を、厚生省の対応(=政策)の遅れを表現したものと受け取るのは明らかである。
ところで、厚生省の対応の遅れは「所見」等が指摘しているように真実であり、仮にそうでないとしても真実と信じる相当の理由があったことは、これまで指摘してきたとおりである。
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