東 大 職 連 の 準 備 書 面 (5)
原文は縦書きです。そのため一部表記が変わっています。
平成一〇年(ワ)第一八九八三号損害賠償請求事件
準 備 書 面 (五)
原 告 郡 司 篤 晃
被 告 N 氏 氏 名
一九九九年六月一二日
被告訴訟代理人
弁 護 士 新 美 隆
同 虎 頭 昭 夫
同 藤 田 正 人
同 保 田 行 雄
東京地方裁判所
民事第三六部合議係 御 中
記
一、はじめに
原告は、準備書面(四)で、立看板のどの部分が所見のどの部分と同一であるかを具体的に特定すべきであると主張する。
しかし、被告は、所見などの信頼に足る資料に依拠して立看板を作成したと主張しているのであり、同一であるとの主張をしたことはない。名誉毀損が成立するかどうかの判断にあたっては、摘示された事実が、その依拠した資料と同一であるかが必ずしも問題となるのではない。摘示された事実が真実であるか、そうでないとしても当該資料に依拠したことに相当の理由があったのかがまず問題となり、次に、摘示された事実が依拠した資料から逸脱していないかどうかが問題となる。
本件立看板の作成にあたって、主として依拠したものは「所見」「調査報告書」などであり、これらが信頼に値するものであったことは、準備書面(一)の三4Cで指摘したとおりである。
二、本件ビラの記載内容
本件ビラは、一五の文章から構成されており、事実を述べた部分と、意見ないし論評の表明の部分がある。事実を述べた文章が主としてどの資料に依拠したかは、すでに準備書面(一)の一七〜二三頁で主張したところであるが、念のため再度主張する。
右一五の文章には便宜上@〜Nの番号が付けてある。このうち、原告が問題としている文章はゴチックのものである。各文章の後に(資料)として依拠した主な資料を記載した(「所見」は東京地裁の所見(乙九)、「回答」は原告の厚生省に対する回答用紙(乙一四の四)である。)。事実を述べた部分と資料を対比すれば、事実を述べた部分が資料から逸脱していないことは明らかである(なお、資料の記載のないものは、論評ないし意見の表明であるもの、もしくは、原告とは関係のないものである。)。
@ 今回の「戒告」処分は、郡司氏の薬害エイズ責任にはまったく触れていない。医学部、東大がらみで郡司氏の薬害エイズ責任を隠蔽し、郡司氏に教授を続けさせている自分たちの責任も逃れようとしているのだ。
(資料)
乙六八の総長談話「民間の保険会社において、違法な兼業を行っていたことは・・・」
乙七四〜七六の新聞記事
A 郡司氏は、自ら繰り返し語っているように、厚生省生物製剤課長として82年の暮れか83年の極めて早い時期に非加熱血液製剤によるエイズ感染の危険性を十分承知していた。
(資料)
所見「一九八二年七月頃以降、米国において、他に基礎疾患がなく、麻薬常用等の既往もない血友病A患者に後にエイズと呼ばれる臨床症状を示す症例が発生していることが公衆衛生局、国立防疫センター等の米国政府機関の調査によって明らかになり、その報告症例数が次第に増加するとともに、その原因が血液または血液製剤を介して伝播されるウイルスである可能性がかなり高いと判断され、しかも、報告された症例数自体は比較的少ないものの、潜伏期間が長いこととの関係で、多数の潜在的患者がいるものと推測される一方、エイズが致死率の異常に高い疾病であることが明らかになっており、一九八三年初頭以降、ハイリスクドナーの排除等エイズから血友病患者を守るための方策に関する勧告が米国政府機関から相次いで出されるに至っていたのである。そして、厚生省の当時の主管課である生物製剤課の課長は、一九八三年初め頃からエイズと血友病に関する情報の収集に務めており、米国における右のような事情を知っていたと認められる。」(五頁)
回答「血液を介する感染症ではないかということは、エイズが問題となったかなり早い時期から疑われていたことであります。だから、生物製剤課がエイズの実態把握に関する研究班を発足させたのであります。当時血友病の濃縮製剤は原料、あるいは製品の形でアメリカから輸入されていたものですから、アメリカの血友病患者がリスクにさらされれば目本の血友病患者も同程度のリスクにさらされることになると私は考えました。」(二頁)
なお、本件訴状で、原告は「早い時期から危機感を持ち、行政的な対応を図ろうとしてエイズ研究班を組織するなどした」と主張している(三頁)。
B しかし、氏は、終始一貫して、非加熱製剤の使用を推進した。
(資料)
所見「厚生大臣は、・・・・国内の血友病患者のエイズ感染を防止するため、例えば、・・・米国由来の原料血漿による非加熱製剤の販売の一時停止などの措置をとることが期待されたというべきである。しかし、当時の厚生省当局は、・・・前記のような有効な方策を講ずることがなかったのであり」(六、七頁)
厚生大臣発言「八三年、HIVに汚染された危険な非加熱製剤を輸入し続けることにした生物製剤課長の郡司さん、そして薬務局長だった持永さんには責任があるでしょう。・・・・東大の教授になっている郡司さんは処分の対象になり得ると思った。」(乙一六)(乙一七〜二〇参照)
C 83年当時、アメリカでは供血者のチェックが行われていたが、それでもエイズ感染者から採血され、血液製剤が作られていた。
D これは83年6月、トラベノール社のエイズ汚染製剤の輸入で明らかであった。
(資料)
所見「一九八二年七月頃以降、米国において、他に基礎疾患がなく、麻薬常用等の既往もない血友病A患者に後にエイズと呼ばれる臨床症状を示す症例が発生していることが公衆衛生局、国立防疫センター等の米国政府機関の調査によって明らかになり、その報告症例数が次第に増加するとともに、その原因が血液または血液製剤を介して伝播されるウイルスである可能性がかなり高いと判断され、しかも、報告された症例数自体は比較的少ないものの、潜伏期間が長いこととの関係で、多数の潜在的患者がいるものと推測される一方、エイズが致死率の異常に高い疾病であることが明らかになっており、一九八三年初頭以降、ハイリスクドナーの排除等エイズから血友病患者を守るための方策に関する勧告が米国政府機関から相次いで出されるに至っていたのである。」(五頁)「同年六、七月には、エイズの疑いがある供血者から採取された血漿を原料とする製剤につき被告バクスターによって自主的回収の措置が採られた事実が同会社からの報告によって判明しており」(五、六頁)
回答「アメリカ政府がハイリスク者からは採血しないように通知をだしていたこともあり」(八頁)「回収の事実は私も事後に聞かされました。」(八頁)
トラベノール社の報告書(乙二二)
E しかし、郡司氏は、エイズ汚染製剤が輸入された事実をあえて公表せず、輸入禁止措置もとらなかった。
(資料)
所見「厚生大臣は、・・・国内の血友病患者のエイズ感染を防止するため、例えば、右のような危険があることについて関係機関や血友病患者等への十分な情報提供、・・・代替血液製剤確保のための緊急措置、・・・米国由来の原料血漿による非加熱製剤の販売の一時停止などの措置をとることが期待されたというべきである。しかし、当時の厚生省当局は、・・・前記のような有効な方策を講ずることがなかったのであり」(六〜七頁)
回答「(エイズ汚染製剤が輸入された事実は)意味がないと判断しましたので、研究班にも報告はしていないと思いますし、公表もしませんでした。」(九頁)
乙二五「米国よりの非加熱処理の製品の一律輸入禁止は行わない。」
F 83年6月にすでにアメリカでトラベノール社の加熱製剤が認可されていたが、郡司氏は日本での使用を認可せず、臨床試験が必要だとした。
(資料)
所見「厚生大臣は、・・・国内の血友病患者のエイズ感染を防止するため、例えば、・・・国内の献血血液による高度濃縮製剤もしくはクリオ製剤の自給又は加熱製剤の輸入・製造承認の促進などの代替血液製剤確保のための緊急措置、・・・などの措置をとることが期待されたというべきである。しかし、当時の厚生省当局は、・・・前記のような有効な方策を講ずることがなかったのであり」(六〜七頁)
回答「私は加熱製剤については当初はあまり積極的ではありませんでしたが、その時はすでに加熱製剤の治験も始まっていましたので、加熱製剤についても特段の取り組みも必要とはされていませんでした。」(五頁)
「治験の必要性については後日係から伝えたと思います。」(一○頁)
「当時具体的に加熱製剤として製造承認されていたのはトラベノール社の製剤でしたが」(一一頁)
(注)準備書面(一)一八頁で「83年6月」と表示したが、原文は「83年3月」であり、「83年6月」は誤記であったので訂正する。
G 郡司氏は血液製剤の危険性を熟知し、死に至る病・エイズの感染を防ぐ方法があったにもかかわらず、当の血友病患者には危険性を一切知らせず囲い込んで、1800人以上もの血友病患者を死に至らしめる道をあえて選択し執行した。
(資料)
所見「我が国における血友病患者の濃縮製剤によるHIV感染者は約一八○○名とも二○○○名ともいわれており、確認された最初のエイズ発症例が出てから十余年を経て、発症者の数は年を追って増え、一九九四年一二月末現在で確認された発症者が四八五名、そのうちの死亡者は三一六名に達したとされている。」(四頁)、
「緊急命令の制度等も新設されたのであるから、医薬品の安全性の確保は、厚生大臣が行うべき薬務行政において最大の考慮を払うべき事柄の一つとなったものと解することができる。したがって、厚生大臣は、医薬品の安全性の確保について与えられた権限を最大限に行使して、病原微生物により汚染され、もしくは汚染されているおそれのある医薬品が製造、販売されることがないよう措置したり、医薬品の副作用や不良医薬品から国民の生命、健康を守るべき責務があるというべきである。」(五頁)、
「同年六、七月には、エイズの疑いがある供血者から採取された血漿を原料とする製剤につき被告バクスターによって自主的回収の措置が採られた事実が同会社からの報告によって判明しており、同課長は、右の頃には、エイズの原因が血漿又は、血液製剤を介して伝播されるウイルスであるとの疑いを強めていたし、厚生省に設置されたエイズの実態把握に関する研究班でも、エイズはウイルス感染症である可能性が高いことを前提として議論が行われており、同年七月一八日の右研究班の第二回会合では、同課長から、エイズ対策として、加熱血液製剤を国内における臨床試験等の手続を省略して緊急輸入してもよい旨の提案がなされた形跡がある。さらに、同年八月末頃には、右研究班における検討ではエイズと断定できないとされていた帝京大の症例がCDCのスピラ博士によってエイズと断定され、国内においても既にエイズに罹患した血友病患者が出ていたことが判明したのである。当時、厳密な科学的見地からはエイズの病因が確定しておらず、エイズウイルスも未だ同定されていない段階ではあったけれども、米国政府機関等の調査研究の結果とこれに基づく諸々の知見に照らすと、こと血友病患者のエイズに関する限り、血液又は血液製剤を介して伝播されるウイルスによるものとみるのが科学者の常識的見解になりつつあったというべきである。」(五〜六頁)、
「厚生大臣は、・・・・例えば、右のような危険があることについて関係機関や血友病患者等への十分な情報提供、国内の献血血液による高度濃縮製剤もしくはクリオ製剤の自給又は加熱製剤の輸入・製造承認の促進などの代替血液製剤確保のための緊急措置、前記緊急命令の権限を行使しての米国由来の原料血漿による非加熱製剤の販売の一時停止などの措置をとることが期待されていたというべきである。しかし、当時の厚生省は、・・・・の措置をとったけれども、血液製剤を介して伝播されるウイルスにより国内の血友病患者がエイズに罹患する危険性やエイズの重篤性についての認識が十分でなく、前記のような有効な方策を講ずることがなかったのであり、かかる対策の遅れが我が国における血友病患者のエイズ感染という悲惨な被害拡大につながったことは否定しがたいところというべきである。」(六〜七頁)
回答「その当時、ジヤーナリズム、学術雑誌などには、多くのエイズ関係の記事があり、厚生省が情報を提供する必要はほとんどなかったと思います。」「医療従事者はエイズに関してはかなり早く知る機会があったはずですから、専門家でない厚生省が改めてそれらの情報を評価整理して医療従事者に伝えることの必要性はありえませんでした。」「また、患者さんに対しては受け持ちの医師が必要に応じて情報を提供するのが基本であって、厚生省が直接すべての患者に情報を伝えるチャンネルは考えられなかったと思います。」(五〜六頁)
H 83年5月25日付の生物製剤課文書は「現時点ではわが国における血液製剤の輸入禁止措置は行わない」とし、その「理由」の一つとして「血友病患者の日常の管理を強化することにより他者への感染の危険は極めて少ないと考えられる」と記している。
(資料)乙二一の「仏国の輸血用血液の輸入禁止措置と我が国の対応」
I 血友病患者は日本全体で約5000人であり、郡司氏にとっては「マイナー」な存在だった。
J 郡司氏は血友病患者のエイズ感染を予想し見殺しにし、例え血友病患者全員を感染させたとしても、「日常の管理を強化」すれば、すなわち“隔離政策”を取れば、「他者への感染の危険」はないと判断したのだ。
(注)「日常の管理を強化」は乙二一に出てくる文言である。
K これは「多数者の安全」「社会防衛」のために「少数者」・社会的「弱者」を隔離しようとするものであり、刑法改「正」により導入しようとして果たせない「保安処分」にほかならない。
L かつて医学部精神科の台(うてな)教授が「精神病者」の脳の一部を切除するロボトミー手術を行い、告発されたとき、医学部教授会はこれを人体実験と認め、社会的「弱者」を「社会一般多数」あるいは「人類」の名のもとに犠牲にするものとして反省を表明した。
M しかし血友病患者に対する見殺し・「保安処分」政策を選択し執行した郡司氏を、医学部教授会はかばい続けている。
N その医学部・病院で生命に関わる重大事件が次々と露見している。
三、本件立看板の見出しについて
本件立看板の見出しが、意見ないし論評の表明であること、その内容は真実であり、少なくとも真実であると信じるにつき相当の理由があったことは、準備書面(一)及び、本準備書面(五)で述べたことから明らかである。
四、原告の準備書面(四)について
1、原告は、所見は、和解を勧めるための説得手段として示されたものであり、行政の抽象的な責任を述べただけで具体的な法的責任は述べておらず、証拠に基づく事実認定ではなく、まして個人的な責任については一切言及していない旨主張する。
しかし、所見は、一九八九年の提訴以来、証人尋問なども行ってきた東京地方裁判所民事第一五部が、同種訴訟の係属する大阪地方裁判所第一八民事部と協議の上取りまとめたもので、しかも、訴訟当事者に示しただけでなく、社会的に公表したものであり、その持つ意味は極めて大きいものであった。
所見の「被告製薬会社が第一次的な救済責任を負うべきであるが、被告国もまた、被告製薬会社と共に、原告らが被った前記のような甚大な感染被害を早急に救済すベき義務を果たすべきである。」(七頁)、「被告らには原告のHIV感染について重大な責任があると言わざるを得ず、それによって原告らが被った物心両面にわたる甚大な被害について深甚な反省の意が表されて然るべきであると考えられる」(七頁)は、行政の抽象的な責任を述べただけの単なる説得手段ではなく、まさに被告国及び被告製薬会社の法的責任を明らかにしたものと理解すべきである。所見を単なる説得手段とする原告の無責任な態度にこそ問題がある。原告は、被告国や被告製薬会社がなぜ和解に応じたのか、厚生大臣がなぜ被害者らに謝罪したのか、についてどのように考えているのであろうか。
なお、所見は個人的責任に言及していないが、本件原告は薬害エイズ訴訟の被告とはなっておらず、かつ、早期かつ全面的解決という目的に必要な限度において示した(三頁参照)という所見の性格から、個人的責任を言及していないにすぎない。所見が個人的責任に言及しなかったからといって、原告に責任がなかったことにはならない。菅元厚生大臣が原告の処分を指示していたことを想起すべきである(乙一七〜二〇参照)。
2、所見は、薬害エイズ訴訟の和解成立を導いた歴史的文書である。原告が所見をどのように捉えていたかは、実はどうでもいい問題である。本件審理で重要なことは、一般人が所見をどう捉えたかということである。
薬害エイズ問題が大きな社会的問題となり、被害が拡大した原因はどこにあったのか、誰の責任なのか等が大きな関心事となっているさなかに、薬害エイズ訴訟を審理していた裁判所が所見を公表したのである。厚生省の対策の遅れがエイズ感染の悲惨な被害拡大につながったとする所見を読んだ一般人は、やはりそうであったかと思うのが通常であり、東大職連も同様であった。単なる説得手段にすぎないと思う者がいるとは到底考えられない。
原告は、一般人ならば通常所見は単なる説得手段にすぎないと考えるという理由を明らかにすべきである。
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