東 大 職 連 の 準 備 書 面 (4)
原文は縦書きです。そのため一部表記が変わっています。
平成一〇年(ワ)第一八九八三号損害賠償請求事件
準 備 書 面 (四)
原 告 郡 司 篤 晃
被 告 N 氏 氏 名
一九九八年一二月七日
被告訴訟代理人
弁 護 士 新 美 隆
同 虎 頭 昭 夫
同 藤 田 正 人
同 保 田 行 雄
東京地方裁判所
民事第三六部合議係 御 中
記
第一、薬害エイズ問題について
一、はじめに
被告は、準備書面(一)で、薬害エイズ問題についての立看板の記載について、東京地裁所見(乙九、以下「所見」という)や原告作成の回答用紙(乙一四の四)などを引用の上、真実であり、仮に真実でない部分があるとしても、真実であると信じるにつき相当の理由があった旨主張した。
しかるところ、原告は、一九九九年二月八日付準備書面(二)で、いくつかの点を指摘して真実ではない旨主張しているが、真実であると信じるにつき相当の理由があった旨の主張については、何ら触れていない。
本件訴訟は、名誉毀損による損害賠償請求であるが、仮に立看板の記載の一部に真実でない部分があったとしても、真実と信じるにつき相当の理由があった場合には不法行為は成立しないことは言うまでもない。被告としては、本件訴訟において、原告の主張するような些細な点について真実であったのか否かの学問的ないし専門的論争は、いたずらに訴訟を長引かせるものであり不必要と考えている。原告は、真実と信じるにつき相当の理由があった旨の被告の主張に対する認否反論を速やかに行うべきである。
東大職連が本件立看板を作成するにあたって依拠した最も重要なものは所見であることは、これまで述べたとおりである。だからこそ、被告は、答弁書で、所見の内容が真実であるのか否かの釈明を求めたが、原告は未だに釈明をしていない。原告は、速やかに釈明を行うべきであるし、真実でないというのであれば、その理由を明らかにして、被告が所見に依拠したことについての責任を具体的に主張すべきである。
裁判所としても、右の点を念頭に置いて訴訟進行を図るべきである。
二、個別的反論
1、本件審理において重要なことは、本件立看板が何を訴えようとしたか、それが原告の名誉を毀損するか、である。
本件立看板が何を訴えようとしたかは、まさに一般人の常識で判断されるべきである。しかるに、原告準備書面(二)は枝葉末節をあげつらっており、被告としては、原告が意図的に問題の本質をずらそうとしているのではないかと考えざるを得ないが、以下、反論する。
2、危機感について
原告は、早い時期から危機感を持っていたのは事実であるが、「エイズの危険性」という言葉がその後に分かった具体的危険性の内容まで含むとすれば否認する旨主張している。
しかし、その後に分かった具体的危険性の内容まで原告が知っていたということはそもそもあり得ないのであって、立看板の趣旨がそのようなものでないことは明らかで、原告の反論は的外れである。
所見は、
@ 一九八二年七月以降、米国において、他に基礎疾患がなく麻薬常用等の既往もない血友病A患者に後にエイズと呼ばれる臨床症状を示す症例が発生していることが米国政府機関の調査によって明らかになったこと
A その報告症例数が次第に増加したこと
B 原因が血液または血液製剤を介して伝播されるウイルスである可能性がかなり高いと判断されたこと
C 報告された症例数自体は比較的少ないものの、潜伏期間が長いこととの関係で、多数の潜在的患者がいるものと推測されたこと
D エイズが致死率の異常に高い疾病であることが明らかになっていたこと
E 一九八三年初頭以降、ハイリスクドナーの排除等エイズから血友病患者を守るための方策に関する勧告が米国政府機関から相次いで出されるに至ったこと
を指摘した上で、原告は、一九八三年初めころからエイズと血友病に関する情報の収集に努めており、米国における右のような事情(@〜E・・・被告代理人)を知っていたものと認められる旨述べている(乙九の五頁)。
東大職連は、所見の右部分に依拠して、「原告が非加熱製剤によるエイズ感染の危険性を十分承知していた」旨立看板に記載したのである。
3、エイズ感染者からの採血について
原告は、「エイズ感染者から採血された」という事実はないとして否認しており、「エイズ患者」と「HIVに感染した者」とは学問的に言えば違うのであり、立看板の記載は不正確であるということを言いたいようである。
しかし、所見は「一九八三年六、七月ころには、エイズの疑いがある供血者から採取された血漿を原料とする製剤についてバクスターによって自主的回収の措置が採られた」旨指摘しているのであって、「エイズ患者」と「HIVに感染した者」が学問的に違うかどうかは、本件審理では全く関係ない問題である。
4、トラベノール社のエイズ汚染製剤輸入事件について
原告は、トラベノール社事件から一般的にエイズ患者から採血され製剤が作られていたなどという事実が導き出されるはずがない旨主張する(なお、立看板は、防御システムが設けられていなかったとか、全く機能していなかったという一般論は述べておらず、この点に関する原告の指摘は全くの的外れである。)。
どのような防御システムを設けていても誤って排除すべきものが混入されることがあり得ることは、被告としても否定しない。しかし、報告症例数が次第に増加していたという事実は、偶発的な混入ではないと考えられたからこそ、ハイリスクドナーの排除等の勧告が相次いで出されたのである。原告も、単なる偶発的なものではないという認識を抱いたからこそ、エイズ研究班を組織したのではないのか。トラベノール社事件はまさに氷山の一角だったのであり、原告はそのことを認識していたはずである。仮に認識していなかったとすれば、重大な過失であったというべきである。
原告は、第一回エイズ研究班でトラベノール社のエイズ汚染製剤輸入事件を公表した旨主張する。しかし、原告は、厚生省に対する回答(乙一四の四・九頁)で「研究班にも報告していないと思いますし、公表もしませんでした。」と述べていたことを忘れたのであろうか。それとも、原告は、厚生省に対して虚偽の回答をしたのか。虚偽の回答をしたとすれば、その理由を明らかにすべきである。
原告は、「汚染製剤は直ちに回収されたので、輸入禁止措置を執る必要はなかった」旨主張する。しかし、トラベノール社事件は氷山の一角と考えるべきであり、今後も同様の事件が発生することを予測して対策を執るべきであったことは言うまでもない。ちなみに、所見も「米国由来の原料血漿による非加熱製剤の販売の一時停止などの措置をとることが期待されたというべきである」と指摘している(乙九の六頁)。
5、輸入製剤の承認等について
原告が輸入製剤の承認権限を有していなかったことは原告指摘のとおりである。しかし、立看板が、原告が承認権限を有していることを前提として、「日本での使用を認可せず、臨床試験が必要だとした」と言っているのではないことは明らかである。我が国の官僚システムでは、決裁権者が大臣であっても、実務は所管課が行っており、通常、所管課が動かないのに何らかの政策が施行されるということはない。輸入製剤の承認についても、所管の生物製剤課がその方向で動かない限り、厚生大臣の承認は全く期待できないシステムになっていた。だからこそ、立看板は「日本での使用を認可せず」と記載したのである。ちなみに、所見は「国内の献血血液による高度濃縮製剤もしくはクリオ製剤の自給または加熱製剤の輸入・製造承認の促進などの代替血液製剤確保のための緊急措置・・・をとることが期待されていたというべきである。」と指摘している(乙九の六頁)。
また、原告は、「非加熱製剤の使用中止・加熱製剤への切り替えは現実的な選択肢として論議された事実自体がない」旨主張する。しかし、所見が「加熱製剤の輸入・製造承認の促進などの代替血液製剤確保のための緊急措置」が期待されていたと述べていることは前述したとおりである。
一九九八年一一月一二日、厚生省は「エイズ研究班第一回会合」の録音テープ及び録音テープの内容をワープロで打ち込んだ三七頁の文書を公開した(乙九九)。右文書によると、原告は「ただですね、ただ、もしその一八日(第二回会合が七月一八日に予定されていた・・・被告代理人)以前に西ドイツあるいはイギリスあたりが輸入をストップするというような事態、これはまずないと思いますけれども、もしそういうことになると、日本もある程度の決断をして、かなりドラスティックなことをやらざるを得ないかもしれませんので、そのときにはまた先生方に個別にご相談するかとも思いますけれど、そういうこともあり得る、と。」「それで、緊急事態に一体どういう選択肢があるのかですね、うちで一生懸命検討をして、法的なその、なんと言いますか、超法規的な措置をとるとしたら、どの辺が一番取りやすいか、やっておりますので、そういう側面があるということを。」と発言している(乙一〇〇の三六頁)。原告の右発言は、非加熱製剤の使用中止・加熱製剤への切り替えを念頭に置いたものであることは明らかである。
6、血友病患者に危険性を知らせなかったことについて
原告は、「知らせるべき事実があったこと」及び「原告が知らせるべき立場にあったこと」をいずれも否認し、被告に対して、何をどのように伝えろという趣旨か明らかにせよと主張している。かかる主張は、まさに居直りであり、責任回避である。原告がかかる態度をとり続けていたからこそ、本件立看板は、原告の責任を明らかにするよう求めたのである。
所見は「右のような危険(血液製剤を介して伝播されるウイルスにより国内の血友病患者がエイズに罹患する危険、一旦エイズに罹患した場合致死率が極めて高いこと・・・被告代理人)があることについて関係機関や血友病患者等へ十分な情報提供・・・の措置をとることが期待されていたというべきである。」と指摘している(乙九の六頁)。
この所見の中に原告の右質問に対する回答は示されており、いまさら被告が答えなければならない問題とは思えない。原告は、所見を読んだことがないのか。それとも所見が誤っているというのか。所見が誤っているというのであれば、本件立看板を非難する前に、所見を批判すべきである。
第二、ユナム社からのワイロ問題について
一、原告は、「本件立看板の名誉毀損として最も基本的な問題は『原告がユナム社から賄賂を受け取っていた事実』があるか否かである」とした上で「『賄賂』という概念は『職務の執行に関連して不正に金品などを受領すること』である」と主張する。
二、原告の右主張は、原告が被告準備書面(二)を全く理解していないか、あるいは、敢えて本件の争点を混乱させる意図に出たものと言わざるを得ない。
即ち、原告は、第一回口頭弁論において、「原告がユナム社から賄賂を収受したとの事実」を摘示されたことにより、名誉が毀損されたものである旨陳述した(第一回口頭弁論調書)。これに対し、被告は、準備書面(二)において、本件立看板は「原告が(賄賂ではなく)ワイロを受領した」という事実を摘示したものであり、この「ワイロ」がいかなる意味内容を有するのかについて、同準備書面六〜八頁で詳述した。ところが、原告は、被告の右主張を前提とせず、全く議論の噛み合わない反論をしているのである。
三、よって、被告は、原告に対し、無意味な反論をなさず、直ちに被告準備書面(二)に対する認否反論を行うことを求める。
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