東 大 職 連 準 備 書 面(2)

原本は縦書きです。そのため一部表記が変わっています。

平成一〇年(ワ)第一八九八三号 損害賠償請求事件

準   備   書   面   (二)



                             原  告   郡  司   篤  晃
                             被  告   N  氏   氏  名
    一九九八年一二月七日
                             被告訴訟代理人

                             弁 護 士  新  美      隆
                             同       虎  頭   昭  夫
                             同       藤  田   正  人
                             同       保  田   行  雄

東京地方裁判所
 民事第三六部合議係 御 中

一 はじめに

  ユナム社からのワイロ受領に関する立看板の記載内容、及び、立看板に貼付されたビラの記載内容は、東大職連としての意見ないし論評の表明、及び、事実摘示であり、被告個人が責任を問われるべきものではない。仮に、被告にも責任があるとしても、いずれも違法性ないし故意・過失がなく不法行為は成立しない。

二 ユナム社からのワイロ受領についての立看板の記載内容


  立看板@〜Iのうち、ユナム社からのワイロ受領に関する記載内容は以下のとおりである。

  A 東大評議会、郡司調査委を設置
  郡司氏、米社からワイロ受け取り発覚
  B 郡司「殺人政策・ワイロ」教授に続き「臓器売買」講師
    腐り果てた医学部教授会の惨状
  D 郡司氏ユナム社からワイロ受け取り発覚
    東大評議会、調査委員会設置
  E 郡司「殺人政策・ワイロ」教授に続き「臓器売買」講師
    腐り果てた医学部教授会の惨状
  F 郡司氏が米ユナム社よりワイロ
    大学当局「調査委」設置
  H 郡司氏米社からワイロ受け取り発覚
    東大当局、調査委設置
  I 郡司篤晃医学部教授の薬害エイズ・ワイロ隠しに抗議する

  右立看板の記載内容は、以下の三つに大別できる。
 (イ)郡司氏が米国ユナム社からワイロを受け取っていたことが東大当局に発覚したため、東大当局(評議会)が調査委員会を設置した(立看板A,D,F,H)
 (ロ)郡司篤晃医学部教授のワイロ隠しに抗議する(立看板I)
 (ハ)腐り果てた医学部教授会の惨状(立看板B,E)

  (イ)の立看板は、東大当局(評議会)の決定の報告である。
   (ロ)の立看板は、「抗議する」という言葉が端的に示しているように、意見ないし論評の表明であることは明らかである。
   (ハ)の立看板の主題は、原告ではなく医学部教授会であり、医学部教授会が腐り果てているという批判ないし論評の表明であることは明らかである。
 即ち、原告のワイロ受領に関する立看板のうち、(イ)については事実を摘示しての名誉毀損の成否が、(ロ)(ハ)については意見ないし論評による名誉毀損の成否が、それぞれ問題となる。そこで、以下、別個に論ずることとする。

  (イ)の立看板について
  事実を摘示しての名誉毀損については、判例上、「その行為が公共の利益に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には、違法性がなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される」ものとされている。

 (1) 公共の利益に関する事実か?
  (イ)の立看板は、原告が米国ユナム社からワイロを受け取っていたことが東大当局に発覚した事実、及び、東大当局(評議会)が右ワイロ受領事件に関する調査委員会を設置した事実が摘示されている。
  かかる大学当局に関する情報が東京大学内部において公共の利益に関する事実に該ることは当然であるばかりか、これが国立大学である東京大学の運営に関する事実である以上、社会一般に対しても公共の利益に関する事実であることは明らかである。
  なお、ここでいう「ワイロ」について付言すると、東京大学においては、以下の経緯から、所属する教官の職務に関連する金員の受領は一般公務員以上に厳しく制限されている。
  即ち、東京大学医学部では、原告が東大に出向してきて七年後の一九九二年一一月、付属病院胸部外科の進藤助教授が心臓ペースメーカーの機種選定に絡んで賄賂を収受し、懲役二年六月・執行猶予五年・追徴金七八三万円の有罪判決を受けた。東大医学部教官の収賄事件は史上初のことであり、衝撃を受けた東大当局は、同年一二月、評議会に「教官の倫理確立に関する特別委員会」を設置し、翌一九九三年三月三一日付で進藤助教授を懲戒免職処分に付すとともに、病院長ら管理者に対する処分も行った。  同時に、有馬東大総長(当時)は「(収賄事件は)特に教育者という最も厳しく倫理を守るべき職に身を置くものとして、絶対に起こしてはいけないこと」であるとする談話と「特別委員会報告書(倫理綱領)」(乙六七)を発表し、収賄事件が「再び本学で発生することを防止するため」の方策を打ち出した。
  右「倫理綱領」は、単に刑法上の収賄禁止を確認するに止まらず、「II.点検すべき事項」内の「(3)教官の専門性に基づくサービスの提供に関連して」という項において、「大学人が自らの研鑽によって身につけた専門的知見と能力を様々な形で社会に提供することは、社会に対する大学の貢献の一環である。だが、その際も無用の疑惑を生ぜしめないよう、自戒を怠ってはならない。」として、「教官個人が、・・・講演料・講習会講師費・鑑定料・技術指導料等、通例の報酬を受け取る場合であっても、その額が、職務との関連で、社会の疑惑を招くものではないか。『顧問料』のような形での継続的なものがあるとすれば、兼業制限との関係でも問題となる。また、大学の教官の地位に対する信用に安易に寄りかかって常識を越えた報酬を受け取っていないか。」と、教官個人の@職務との関連で社会の疑惑を招く金員の受領、A継続的な金員の受領、B常識を越えた報酬の受領を禁止している。この倫理綱領によって、東京大学内では、教官の職務との関連を有する金員の受領については、刑法上の公務員の収賄罪以上の厳しい制限が設けられており、右「倫理綱領」で受領を禁止されている右@〜Bのような性質の金員は「ワイロ」に該るものと認識されているのである。
  従って、東大に所属する教官が「ワイロ」を受領したという事実のみをとっても、これが公共の利害に関する事実に該当することは明白である。

 (2) 目的が専ら公益を図るものか?
  被告と原告との共通点は、本件立看板が掲出された時点でいずれも東大教職員であったというだけのことであり、それ以外は何もない。被告には、原告に対する個人的な怨恨などは何もないし、ましてや、原告を攻撃することにより何らかの利益があるという関係も全くない。原告を揶揄したり誹謗中傷したりする記載も全くない。
 (イ)の立看板の目的は、大学当局の決定を第一次的には学内に、第二次的には学外に、広く知らせることにあるのであり、これが公益目的であることは明らかである。

 (3) 摘示した事実の重要部分は真実か?
  原告が米国ユナム社からワイロを受け取っていたことが東大当局に発覚した事実、及び、東大当局(評議会)が右ワイロ受領事件に関する調査委員会を設置した事実が真実である(乙七〇〜七三参照)。

 (4)よって、(イ)の立看板の記載は何ら不法行為を構成するものではない。

  (ロ)(ハ)の立看板について
  意見ないし論評による名誉毀損の成否については、被告準備書面(一)の第二項で記載した要件が充たされる場合には不法行為が成立しないとするのが最高裁判例である。

 (1) 公共の利害に関する事実か?
  (ロ)(ハ)の立看板が前提としている事実は、原告がユナム社からワイロを受領した事実、原告がこれを隠蔽しようとした事実である。
  右ワイロ受領の事実は、原告が東大医学部教授在任中の行動に関するものであり、公務員の地位における行動であって、公務員がワイロを受領した事実が公共の利害に関する事実に該当することは言うまでもない。さらに、前述したとおり、東京大学においては、倫理綱領によって、所属する教官の職務に関連する金員の受領は一般公務員以上に厳しく制限されている。従って、かかる倫理綱領に違反するワイロの受領は、学内においては、より一層強く公共の利害に関するものである。
  また、原告は、右ワイロ受領の事実について、公開の場での発言を一切拒否し、一九九六年七月、衆議院厚生委員会の証人喚問の際も証言を拒否しているのであり、ワイロ受領を隠蔽しようとしたかかる行為も原告が東大医学部在任中の行動・公務員の地位における行動であるから、公共の利害に関する事実であることは明らかである。

 (2) 目的が専ら公益を図るものか?
  前記4(2)前段において述べたとおりであって、被告に私益を図る目的があろう筈もない。
  (ロ)(ハ)の立看板の目的は、第一に、原告のワイロ受け取りの真相を明らかにして、原告に謝罪させ責任を取らせることであり、第二に、かかる原告が真理探究の場である大学で教授として研究活動を行い、学生に教えることの是非を学内の問うことであり、公益目的であったことは明らかである。

 (3) 前提としている事実が主要な点において真実であるか?
  原告がユナム社からワイロを受領した事実、原告が公開の場での右ワイロ受領についての発言を(国会での証人喚問の場をも含めて)拒否している事実は真実であることは言うまでもない。
  東大職連は、ワイロ受領に関して、ユナム社に直接問い合わせを行い、一九九六年一〇月一八日、ユナム社から回答を得た(乙六九)。右回答には、1)原告に合計三〇〇万円支払ったこと、2)税務署に提出した支払調書では「コンサルティング報酬」となっていること、3)日本の医療システム・社会保障・社会保険制度などについて講義を受けたこと、4)保険業務の分かる医者の採用にあたって、候補者の経歴、日本の労働疾病の傾向等から見て適当な人材かどうかアドバイスを受けたこと、5)労災担保商品に関連して労働省からも情報収集の必要があることを話したところ、原告が松村明仁(原告の後任の生物製剤課長、当時は労働省労働安全局安全衛生部長)を紹介されたこと、などが記載されていた。
 (4) よって、(ロ)(ハ)の立看板の記載は、何ら不法行為を構成するものではない。

三 ユナム社からのワイロ受領についてのビラの記載内容


  原告が問題としているユナム社からのワイロ受け取りに関するビラは、立看板B,E,Gに貼付されたビラである。
 立看板Bのビラと立看板Eのビラは、いずれも一九九六年一二月二四日付であって、同一のものと見受けられる。そこで、以下、同一であることを前提に反論する。
 立看板Gのビラは、甲第八号証@ないしCの写真からは、その記載内容が判然としないから(@,Aの写真は文字が小さいため読みとれず、B,Cの写真はビラの一部分だけであり、かつ、やはり文字が不鮮明である。)、追って、原告の主張立証等によって記載内容が明確になった後に反論する。

  立看板B,Eのビラは、大見出しは「郡司氏、懲戒処分・戒告」となっているが、その小見出しが「郡司氏の一連のワイロ体質」「郡司氏をかばい立てした医学部教授会」「『郡司調査委員会』は調査結果を公表せよ!」「薬害エイズ責任を明らかにせよ」と構成されており、「郡司調査委員会」の調査・東大評議会の郡司氏に対する処分決定を前提とした上での東大当局ないし医学部教授会に対する意見の表明である。

 即ち、ビラが主として訴えているのは、@ 東大医学部にワイロを常態化させるような体質があること、A医学部教授会の構造的ワイロ体質自体を調査する必要があること、B東大評議会は「調査委員会」の調査内容・処分提案を公開すべきであること、C東大当局は厚生省と原告の薬害エイズ責任についての合同調査を行うべきであることの四点であり、全体として見れば、これらが意見の表明であることは明らかであり、しかも、その対象となっているのは東大当局・評議会・医学部教授会であって、原告ではない。
 従って、そもそも右ビラには原告の名誉を毀損する部分はないと言うべきである。

  しかるところ、原告は右ビラの中で原告の名誉を毀損する部分がある旨主張するので、念のため、以下反論する。

 原告が問題としているのは、「12月20日、ユナム・ジャパン傷害保険社からワイロを受け取っていた郡司氏に『戒告』処分が・・・発令された」という記載、及び、「郡司氏の一連のワイロ体質」という見出しに続く本文の一部である。本文全体は、厚生省から出向して東大医学部教授という立場にある原告が、職務に関連して金員を受領したことは問題であるとの意見を前提とした上で、さらに、東大当局、東大医学部などに対し意見を表明していることは明らかである。
 以下、本文全体を記載の上反論する(原告が訴状で問題としているのはゴチックのA,Eである)。

@  12月20日、ユナム・ジャパン傷害保険社からワイロを受け取っていた郡司氏に「戒告」処分が・・・発令された。
A 郡司氏は厚生省から東大へと、氏なりに一貫した姿勢をとっている。企業利益に奉仕し最優先させる金まみれのワイロ体質は、東大にきて急に身につけたものではあるまい。
B 氏はユナム社の相談を受けるや、後任生物製剤課長を務め「起訴」された松村氏(当時労働基準局安全衛生部長)を、自分から言い出して即座に「紹介」した。
C これは「官僚」と「企業」を結ぶ金脈に度し難いほど鋭い感覚を持った岡光次官を筆頭とする厚生省官僚の群に、郡司氏が密接につながり絡み合っていることを示している。
D 日本市場参入を目指し、労災担保の保険に新商品の開発をかけたユナム社にとって、労災を担当する労働省官僚の紹介は、まさに時宜を得た「便宜供与」であった。
E 郡司氏は東大医学部教官としての「立場」をしっかりと利用し、ユナム社の労災保険に重要な位置を占める「医者」の紹介にも心を砕いている。企業の利益と立場に対する配慮と読みの深さは驚くばかりである。
F しかし、この氏の「体質」をさらに開花させる土壌が、東大医学部にあることを見過ごすわけにはいかない。

  意見ないし論評の表明による名誉毀損の成否に関する前記最高裁判決の判断基準のうち、「公共の利害に関する事実か」「目的が専ら公益を図るものか」「人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したか」の三点については、先に立看板の記載内容について主張したとおりである。
 残る基準は「前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったか」であるので、以下詳述する。

 5 ビラの内容は主要な点において真実か?

  右ビラの内容のうち、前提としている事実に関する部分は、@,Bの「原告は、ユナム社から相談を受けると、即座に同社に松村氏を紹介した」部分、Eの「原告がユナム社に労災保険に重要な位置を占める医者を紹介した」部分の三つであり、その他の部分は意見ないし論評である。
 @は、東大当局の決定であって、真実である。東大は、一九九六年一二月二〇日、原告が民間保険会社で違法な兼業を行っていたことは、国家公務員の服務規律に著しく違背するもので、まことに遺憾であり、原告の処分を行った旨の総長談話(乙六八)を発表し、このことは新聞でも報道された(乙七四〜七六)。
 B及びEの前記各部分については、前述したとおり、東大職連は、ユナム社に直接問い合わせを行い、一九九六年一〇月一八日、ユナム社から回答を得ている。従って、これが真実であることも明らかである。

 6 以上のとおりであるから、立看板B及び立看板Eに貼付されたビラの記載内容は、いずれも最高裁判例の判断基準に照らし、何ら原告に対する不法行為を構成するものではない。


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