急増する肺がん

東京医科大学教授 加藤治文氏

2001年7月3日 日本経済新聞 夕刊


 日本人の死亡原因の一位はがん。中でも肺がんは急増しており、1998
年に胃がんを抜いて死亡数がトップになった。どういったことに気を付ければ肺がんを克服できるのだろうか。先進的な治療に取り組んでいる加藤治文東京医科大学教授に聞いた。

――肺がん死亡者は年間約5万3千人。私も身内を肺がんで亡くしました。当時医師から「回復は難しい」と言われましたが、現状の治療レベルはどうなのですか。

 「日本では肺がん患者の約17%の人が治ります。世界の中でも高い方で、米国は13―14%、欧州では10%前後です。理由としては、職場での定期健康診断など肺がんを発見する機会が多いことや手術法がしっかりしていることがあげられます」

 「がんの進行度を表す指標としてはTNM分類があります。腫瘍(しゅよう)の大きさやリンパ節への転移の有無などを組み合わせ、進行初期のJ期から症状の進んだIV期まであります」

 「肺がんの場合、東京医大ではJa期で85.4%の治癒率(治療後5年間生存している割合)ですが、Jb期で69%、Ua期で58%と次第に低くなります。症状の進んだVb期では15%、W期は12%でしかありません。現状ではVbやW期の肺がんは治癒が非常に困難と言わざるをえません」

 「細胞の形でみると、肺がんは非小細胞がんと小細胞がんとに大別されます。非小細胞肺がんは早期なら手術で治癒する可能性が高い。一方、小細胞肺がんは全体の15%ほどですが進行が速く、発見したときには転移していることが多い。いわばたちの悪い肺がんで、外科治療が適用されるのはT期まで。U期以降は抗がん薬を使う化学療法や放射線療法を用います」

喫煙率低下も対策

――治癒率がまだまだ低いというのは、発見が難しいということでしょうか。

 「東京医大に来る患者さんの約60%がV、W期です。進行するまで放っておいたのは、自覚症状がないからです。肺がんは初期の段階では気がつかず、空せきが続くとか背中が痛い、息がつまるといったことがあって病院を訪ねると、かなり病状が進んでいたということになります」

 「こうしたことを防ぐには、年1回は検診を受けることです。X線撮影やCT(コンピューター断層撮影)で発見できる率は高い。肺がんの危険年齢である50―60歳代は忙しい人が多く受診率も悪いのですが、自分の誕生日前後に健診に行くと決めておけば忘れないでしょう。喀痰(かくたん)検査による発見率も高いので定期的に行うことがよい。たばこは肺がんの主要な原因ですから、喫煙率を下げることも社会的な対策として意義があります」

広がるレーザー治療

――東京医大はレーザー光照射治療の草分けです。

 「レーザーによる治療は、がん細胞に集まるヘマトポルフィリン誘導体という薬を体内に入れ、これがある波長の光を吸収するという性質を利用してがん細胞を殺す方法です。欧米で利用が広がっており、日本でも20数施設が使っているでしょう。内視鏡が入れられる気管支などが対象になり、東京医大での治癒率は92%です」

 「ただ、早期でないと適用が難しい。だからこそ肺がんを早く見つけることが大切です。また、肺の末しょう(肺胞)のがんもレーザー光で治療できるよう、胸の皮膚から細い針を刺し先端から光を出して治療する方法も臨床試験中です。実用化するとレーザー治療の応用も広がります」

 「米国などでは進行がんにも試みられています。レーザー光照射だけでは進行がんは治療できませんが、がん病巣を小さくするほか、がんによりふさがっていた気管支を広げ呼吸を楽にできます。これにより患者のQOL(生活の質)がぐんと上がるでしょう」

(聞き手は編集委員 中村雅美)

 がん治療で重要なのは患者のQOLを上げることだ。手術では大きく胸を切り開かなくてすむ胸腔(きょうくう)鏡下手術が普及している。肺は人が生きるうえで欠かせない臓器だから、できるだけたくさん残したい。

 再発防止のため、病巣以外の肺も切除しているが、これも病巣部の近辺だけを切除する方法に切り替わっていくだろう。

 肉体的負担が少ないレーザー光による治療も、先端マイクロ技術によって適用範囲も広がりそうだ。


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