乙175号証の5
1999年11月10日
衆議院 厚生委員会
委員長 江ロ一雄 殿
HIV訴訟を支える会
1996年7月の国会における「薬害エイズ」審議
郡司篤晃証人の「偽証告発」についての要請
1.偽証の疑いを示す事実
薬害エイズ事件の被告会社の1つであるトラベノール社(現・バクスター社)は、1983年6月2日付けで非加熱製剤プロプレックスを「供血者の一人がエイズの兆候を呈したので」自主回収した旨、厚生省生物製剤課郡司篤晃課長宛に文書で報告していた。この事実は、1994年2月6日に放送されたNHKテレビ「埋もれたエイズ報告」によってはじめて明らかにされた。
回収の事実について、郡司元課長は、1983年6月に設置された厚生省エイズ研究班に対し「報告しなかった」旨、1996年7月23日の国会において証言した。すなわち、衆議院の薬害エイズ事件証人喚問において、和田委員長、衛藤・山本・横光・荒井・岩佐・土肥各委員の質問に対し、「トラベノールの回収報告はかなり後になって知らされたということがまずひとつでございます」「期間までは覚えがないが、7月末以降に聞かされた可能性があります」「(研究班に)お知らせしなかったことは悪かったかもしれません」などと証言した。
ところが、1998年6月17日に東京地裁で行われた松村明仁被告の刑事裁判の公判において、郡司氏はこのトラベノールの回収報告に関する事実関係を訂正する証言をしたのである。すなわち、「かなり後になって知らされた」のではなく、「トラベノール社の文書の日付である6月2日以前に部下の平林課長補佐から口頭で聞いた」のが事実であることを明らかにした。そして、回収の報告があったことを研究班に報告していた事実も認める証言を行った。この訂正は、検察が厚生省の捜索で押収した第1回研究班の録音テープを郡司氏が「検察にお邪魔して聞かせていただいた」結果、「全く忘れていた」事実関係がわかったためであるとしている。
そして、1999年7月4日にNHKテレビで放送された「薬害エイズ16年目の真実」では、その録音テープの一部が放送され、郡司氏が「トラベノールがワンロット回収しています」と発言している事実が国民の前に明らかにされた。
すなわち、郡司氏は、トラベノール社の回収の事実を、実際は文書報告の前に部下から口頭で聞かされ、エイズ研究班にも報告していたにもかかわらず、国会における証言においては「かなり後になって知らされた」「研究班には報告していない」と証言していたのである。これは、「議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律」(昭和22年法律第225号)が禁ずる偽証に相当する疑いが強い。
2.偽証の疑いが強いとする根拠
私たちの指摘に対して、郡司氏はおそらく、「偽証したのではなく、13年も前のことで、松村公判時に述べたとおり、全く忘れていた」と弁明するであろう。しかし、この弁明は以下の事実に照らせば、全く通用しないものである。
第一に、国会での証人喚問時において記憶があいまいであれば、トラベノールの回収報告を知った時期についても断言できないはずである。ところが郡司氏は、前記のように「かなり後になって知らされた」と断言している。さらに、郡司氏は、証人喚問以前の1996年2月21日以前に行われた厚生省の薬害エイズ問題調査プロジェクトの調査に対する回答(2月21日付)でも「回収の事実は私も事後に聞かされました。上司にも報告はしていません。」と明確に文書回答している。そして、証人喚問においては、「後になった理由は、係から私のところに報告されたのが遅れたということでございます。どのくらい遅れたかということについては、かなり遅れたなという印象が残っているだけで……」(山本委員に対する回答)とまで答えているのである。「全く忘れていた」のなら、「かなり遅れたなという印象」など残っているはずがないではないか。
第二に、郡司氏が記憶をよみがえらせたという録音テープが存在する事実である。そもそも、このテープは誰が録音したのか? 松村公判では、郡司氏は検察のこの質問に対して「名前はわかりませんが、恐らく(生物製剤)課の担当の者だと思います。」と答えている。この回答のように、研究班の召集者である生物製剤課が録音を行ったと考えるのは、通常の常識とも符合する。そうであるならば、課の当時の責任者である郡司氏は、自ら課の者に録音を命じたか、少なくとも課の者が録音していたことを知っていたことになる(「担当の者」という言葉がそれを示している)。そのテープが、私物の保管は許されない厚生省の建物に保管されていたのである。
ということは、1993年以降、1.東京HIV訴訟民事訴訟証人尋問(1993年5月)、2.厚生省薬害エイズ調査プロジェクトの調査(1996年2〜3月)、3.国会での参考人招致(1996年4〜5月)、そして4.国会での証人喚問(1996年7月)と、第1回エイズ研究班での参加者の発言が問題になるたびに、郡司氏は、自らの発言を録音テープによって確認することができたはずである。彼は、そうしたことも行わず、記憶だけに頼って、「研究班には報告していない」と言い、かつ書き続けたのであろうか? 仮に記憶がなくなっていたとしたら、事実を答えようとする姿勢があるならば、録音テープを聞いて確認するのが普通ではないだろうか?
上記2.の厚生省薬害エイズ調査プロジェクトの調査(「議事録類やメモがあれば提供して下さい」)に対して、郡司氏は「(研究班会議では)議事録やメモをとった記憶はありませんし、私は関係資料は持っておりません。」と文書回答している。録音テープの存在は、この回答が偽りであることを疑わしめるものであり、そうだとしたら、この文書回答の場合は法的な責任は問われないにしても、政治的・道義的な責任が問われなければならない。
3.偽証の動機・理由について
郡司氏が証言の冒頭で「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、何事もつけ加えないことを誓います」と宣誓し、偽証を行ったら刑罰に問われることがあることを百も承知の上で敢えて偽証を行ったとすれば、その動機・理由は何か? それは、他社の製剤も含め非加熱製剤の輸入停止、加熱製剤の緊急輸入などの適切な対策をとることを怠ったことの責任追及の矛先が上司に及ぶのを恐れたためと考えざるを得ない。
すなわち、国会において、もしエイズ研究班に「トラベノールの回収の事実を報告していた」と証言すれば、それは「上司と相談した結果報告した」ことを意味(あるいは、少なくとも、示唆)し、国会における責任追及の矛先は当時の薬務局長や、場合によっては厚生大臣にまで及ぶ可能性があったのである。従って、それを避けるためには、何としても「研究班に報告しなかった」「回収の事実は後になって知った」ことにしなければならなかったと考えて不思議ではない。そのように考えざるを得ない郡司氏の発言が、以下のようにこれまでテレビで放送されている。
第一に、1994年2月のNHK「埋もれたエイズ報告」では、郡司氏は、「この(トラベノールの回収の)事例についてどういうふうに話し合ったかはちょっと記憶していません。しかし私が個人的に判断するということはありませんね」と述べている。「個人的に判断するということはない」ということは、役所であれば、当然、上司に報告し相談したという発言と解せられ、NHKもそのように理解して、当時の上司である持永薬務局長(現・自民党参議院議員)にインタビューを行っている。その際、持永氏は「それは郡司氏の所管のこと。自分に聞かれても何とも申し上げかねる」旨の発言をしていた。
ところが、郡司氏は、1996年3月19日放送の日本テレビ「きょうの出来事」において、桜井よしこ氏による東大医学部での取材に対し、「(判断したのは)おそらく僕だけですよ」と答え、NHKのインタビューとは矛盾する発言をした。そこで、櫻井氏が追及したのに対し、「あ、それは・・・うちに係があって、そこで判断したという意味じゃないのかな」と苦しい答をしている。しかし、厚生省調査中間報告では、この件に関し当時の生物製剤課の他の職員は、回答した7人全員が「記憶にない」「聞いたことがない」と答えているのである。
1994年(放送)の時点で「個人的に判断するということはない」と明言していたのに、1996年(放送)の時点になると「(判断したのは)おそらく僕だけですよ」すなわち自分個人で判断したと、明らかに矛盾する発言を郡司氏が行ったのは何故なのであろうか?それは、1994年以後、薬害エイズ事件が大きな政治・社会問題となり、厚生省の責任が問われる中で、トラベノールの回収報告という重大な事実を「上司に相談した」ことを認めると、責任追及の矛先がその「上司」に及ぶことになるので、まさにそのことを恐れて、「個人的に判断した」ことにしたと考えざるを得ない。
4.国会がなすべきこと
以上のような事実関係が明らかになった以上、国会は事実関係を確認する調査を行った上で、郡司氏の証言が偽証に相当するか否かを検討し、偽証であるとの緒論が得られた場合は、偽証罪で告発すべきである。
以上
資料1.NHK「埋もれたエイズ報告」
1994年2月6日放送
| (トラベノールの回収の事実を公表しなかったのは何故かとの問いに対し) | |
| 郡司 |
(咳払いをして、一読後) (公表しなかったのは)そうですね、特別積極的な意味はなかったかも知れませんね。病原体が薬の中に混じって病気がうつるということは、その当時わかりませんでしたからね。 (アナウンサーのナレーション後) この事例についてどういうふうに話し合ったかはちょっと記憶していません。しかし、私が個人的に判断するということはありませんね。 (当時郡司氏が判断を仰ぐ立場にあったのは、薬務局長の持永氏で、持永氏はその後衆議院議員になっていたとの紹介があり、持永氏のインタビューにうつる) |
| 持永 | そりゃー私に聞かれてもねえ、それはだって直接の研究班の所管は、、そりゃ生物製剤課長なんですから。そりゃ私に聞かれても、何とも申しあげかねますね。 |
資料2.日本テレビ「きょうの出来事」
郡司元課長に対する櫻井よしこ氏のインタビューより
1996年3月19日放送
櫻井 私自身の判断だけでやったものではないだろうとおっしゃっているのですね?
郡司 (顔をしかめて)おそらく僕だけですよ。
櫻井 あ、そうですか。
郡司 僕も自分で聞いた記憶がありますから。こんなことがあったんですよという報告だった。
櫻井 郡司さんお一人がお決めになった?。ははあ・・・。
郡司 こういうことを委員会に知らせても、あまり情報を生かすことにならないと判断しました。
櫻井 ではこの前のインタビュー(註:NHK「埋もれたエイズ報告」)で私一人の判断ではないはずだと郡司さんがお答えになっているのは?
郡司 あ、それは・・・うちに係があって、そこで判断したという意味じゃないのかな。
櫻井 御自分の課の中だけで・・・?
郡司 ええ。
櫻井 ははあ・・・・。
資料3.衆議院厚生委員会証人喚問(偽証罪付き)
1996年7月23日
和田委員長
・・・第2に、旧日本トラベノール社の非加熱製剤の自主回収の事案をエイズ研究班に報告しなかったことです。あなたは、その理由を、この自主回収の事実は当時におけるエイズの医学的解明に何の意味もなかったからとしていますが、参議院において芦沢参考人は、この事実はエイズの原因を究明する上で有意義な情報であったと述べておられます。常識的に考えれば、当時、エイズの医学的解明が進んでいなかったからこそ、あらゆる情報を研究班に提出することが必要であったと思われますが、いかがですか?。
郡司証人
・・・第二に、トラベノールの回収報告でありますが、これは厚生省からの問い合わせに対しても私がお答えしておりますが、これはかなり後になって私は知らされたということが、まずひとつでございます。
それから意味がないと申し上げたことは、若干説明をさせていただきたいと思います。当時、私たちは、エイズの本態が何であるか、もしウイルス感染症であれば、その感染力はどの位のものか、あるいはまた潜伏期間がどの位なのか、そういった情報を一生懸命論文やその他の中から読み取ろうとしていたわけであります。しかし、一社が製品を回収したという情報は、これらの情報に何の貢献もしなかったわけであります。・・・
衛藤委員
それから、トラベノール社の自主回収措置について、証人は、先ほどもお話ございましたが、原因や感染力や発症率等の知見に何ら影響を与えない情報であるという判断をして公表しなかったという具合に言っておられます。
しかし一方で、芦沢参考人は、疫学的には有用な情報であるという具合に言っております。トラベノール社の山本参考人も、エイズ研究班はポリティカルである、報告されればどうなったかわからないという具合に発言をされております。トラベノール社が回収したのは、エイズウイルスが混入していることがはっきりわかったから回収したのではありません。混入の可能性が否定できない、混入していないということを立証できないから回収したと言っているわけでございます。これがやはりトラベノールの今回の回収に当たっての基本的な考え方であったと思うのですね。
そうであるならばこれは明らかに、研究班の全員に対して、こうこうこういう理由で回収になりましたよということを知らせるだけの値打ちのある情報だと思いますが、それを判断しなかったという、公表しなかったということについて、私はどうしてもこれは理解いきません。これは何ゆえにこうしなかったのですか。証人は、ひょっとすると、パニック等を恐れて、この回収措置を公表しなかったのではないですか?。
郡司証人
先ほどの答弁を私は繰り返さざるを得ないわけです。
つまり、この回収されたという情報が、当時私たちがどうしても知りたいと思っていたそのことに何の情報も付け加えなかった。これは事実であり、また、多くのこの問題を科学的に考えようとしていた人たちにとっては、それは同じ意味ではないかと私は思っております。事実、その後のエイズの問題に大きな転換を迎えるのは、ウイルスの同定であり、かつ検査方法の開発ということではなかったかというふうに私は思っております。
しかし、それを知りたかったのだと言われれば、お知らせしなかったことは悪かったかもしれません。しかし、そのことによって、じゃどういう政策があり得たのかということについても、私はちょっと今思い当たらないわけでございます。
そういう訳で、先ほどの答弁を繰り返して申し訳ございませんけれども、私自身はそのように考えていたということでございます。
衛藤委員
その認識は、やはり私は、この薬事法の改正を読むと、科学的にはっきりわかる前にそういう危険性がある場合は緊急措置が取れるというぐあいにしているのです。だからこそ、トラベノールは自主的にこういう緊急措置を取ったのです。そのことは、エイズの感染を防ぐという意味から、極めて大きな情報になるはずです。私はやはりここに郡司証人の認識における問題があったのではないかという具合に思わざるを得ません。
山本委員
先ほどからお聞きしていますと、トラベノール社の回収報告ですけれども、後になって知ったというふうにいつもおっしゃっているのですけれども、後とはいつなのか、何故後になって知ることになったのか、そこを教えて下さい。
郡司証人
後になった理由は、係から私のところに報告されたのが遅れたということでございます。どの位遅れたかということについては、かなり遅れたなという印象が残っているだけで、具体的にどのくらいという期間までは、実は覚えていないのであります。
記録を見ますと、トラベノール社の回収の報告が6月2日に出ているようですね。それから、7月の末に、厚生省から証明書つきの血液のみを輸入するようにという通知を出しております。文書による厚生省に対する回答の中で、私は、この回収があったという報告を受けた時に、「あの証明書添付を通知しておいて良かったな」というふうに思ったというふうに答えているわけであります。ですから、それが一つの可能性であります。つまり、7月末以降に聞かされた可能性があります。
しかし、良く考えてみますと、この回収報告は、基本的には、私の記憶に残っているのは、良かったなという印象が基本であります。従って、この良かったなという記憶は、通知を出していて良かったのか、それとも市場に出なかったので良かったと感じたのか、具体的な資料を見るとわからなくなりました。その2つの可能性があります。それを確認する方法は、今はないのであります。
資料4.松村公判・郡司証言
1998年6月17日検察
| 検察 | ・・・昭和58年(1983年)5月か6月頃、証人はトラベノール社が非加熱濃縮製剤を自主回収したという報告を受けたことがありましたか?。 |
| 郡司 | あったと思います。 |
| 検察 | どんなふうに、あるいは誰から報告を受けたのですか?。 |
| 郡司 | これは直接ではなくて、係の平林補佐からそういう事実があったということをちょっと時間がたってから聞かされたという記憶をしております。 |
| 検察 | 時間がたってからとは何から時間がたってからということですか?。 |
| 郡司 | 厚生省に報告が来てからだと思われます。 |
| 検察 | その際、平林補佐の話はどのような内容だったのですか?。 |
| 郡司 | 平林君から聞いた話は、トラベノール社が日本に輸入したロットに血液を提供したものの中から、後になってエイズ様の症状を呈した者がいる。従って、それを回収しているということだったと思います。私の記憶では幸い、そのロットは市中に出ておりませんで、輸入業著だったと思いますが、そこの社内にどどまっておりました。そういう事件だったと思います。 |
| (中略) | |
| 検察 | 甲558号資料14のトラベノールの自主回収報告書を示します。 この自主回収報告書は日本トラベノール社から生物製剤課長であった証人宛に提出されていますが、日付は昭和58年の6月2日となっておりますが、証人はこの報告書によってトラべノール社の自主回収の事実を初めて知ったのですか?。 |
| 郡司 | いいえ、この書類によって知ったのではなくて、私は平林君から口頭で聞いたと思いますので、この書類の前に聞いていると思います。 |
| 検察 | この書類の日付よりも前に聞いていると思うということですか?。 |
| 郡司 | はい。 |
| (中略) | |
| 検察 | 証人は、トラベノールの自主回収の事実を第1回エイズ研究班会議で報告しましたか?。 |
| 郡司 | それなんですが・・・結論は報告していたようであります。それを知りましたのは、今回地検の方で第1回の委員会のテープ録音を聞かされまして、その中で私が報告をしていることを確認いたしました。 |
| (同続き) | |
| 検察 | その録音テープは誰が録音したものだったのでしょうか?。 |
| 郡司 | 名前はわかりませんが、おそらく課の担当の者だと思います。 |
| 検察 | 誰といういうのは(?)生物製剤課の担当ですか?。 |
| 郡司 | たぶんそうだと思いますが、よくわかりません。 |
| 検察 | 証人がそのテープを初めて聞いたのはいつでしたか?。 |
| 郡司 | 検察にお邪魔していた時に初めて聞かせていただきました。 |
| 検察 | それは捜査段階という意味では平成8年、2年ほど前になるのですが、今回という意味は、今年5月、6月ということになるのですが、どちらですか?。 |
| 郡司 | つい最近です。 |
| 検察 | 先ほどのトラベノール社の自主回収の件をエイズ研究班に報告していたことについては、証人は忘れてしまっていたけれども、今回テープを聞いて報告していたことがわかったということですね?。 |
| 郡司 | はい、そうです。全く忘れておりました。 |
| (同続き) | |
| 検察 | 厚生省から押収した証拠物の中には、第2回以降のエイズ研究班会議の状況を録音したテープは見当たらないのですが、当時その会議の状況を録音していたかどうか、証人は記憶がありますか? |
| 郡司 | 記憶がありません。 |
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