郡司氏本人調書
期  日    2000年7月17日午後1時30分
氏  名    郡司篤晃
年  齢    63歳
原告代理人(弘中)
甲第16号証を示す
これは陳述書で、最初の所に捺印がありますが、ご存じですね。
  はい。
これは中身を見ていただいたうえで、捺印をしていただいたものですか。
  そうです。
ここに書いてあることは、弁護士のほうで聞いたお話をまとめて確認していただいて、判を押してもらったということですね。
  はい。
乙第14号証の1及び同号証の4を示す
乙第14号証の4は、回答用紙となっていまして、乙第14考証の1に対する回答という体裁になってますが、ご存じですか。
 はい。これは私が書いたものです。
この中身にあることも、この作成時点で、郡司さんとして認識されておったことを、そのままおまとめになったというふうに伺ってよろしいですか。
 はい。そのとおりです。
この乙第14号証の1の内容を見ますと、たとえば、後で詳しく聞きますが、トラベノール社の自主回収報告というふうな問題につきましては、客観的な事実とも違った回答になっているようですが、当時の記憶としては、ここに書いてあるとおりということだったわけですか。
 はい、そうです。
乙第66号証を示す
これは、平成8年7月23日の衆議院の厚生委員会の議事録のようですが、そこでご証言になったことがあるわけですか。
 はい。
そのときも、その時点で記憶しているとおり、お述べになったというふうに伺ってよろしいんでしょうか。
 はい。そのとおりです。
乙第108号証を示す
これは「正論」という雑誌に、平成11年11月号として載せてある記事のようですが、これは郡司さんがお書きになった記事なんでしょうか。
はい、そうです。
これも、この時点でのご認識、ご意見をそのまま書いたというふうに伺ってよろしいんでしょうか。
 はい、そのとおりです。
そうしますと、甲第16号証の陳述書では、簡単にしか触れられてない点もありますけれども、今お示しました、乙第14号証の4とか66とか108号とか、こういったものを総合して、この問題についての郡司さんの認識、あるいは、行動とか、あるいは振り返っての意見というふうに伺ってよろしいわけでしようか。
 はい。そう思います。
乙第108号証を示す
それでは、あと、細かい具体的な点について、いくつか伺っていきますが、先ほどお示しした乙第108号証の「正論」の96頁の記事ですが、医療はなんとか患者を助けたいと思うので、完全でなくても、過去の技術より改善されていれば、それを使わざるをえないというふうなことがありますが、これは、現在でも、そういうふうに思っていらっしゃることなんでしょうか。
 はい。今でもそう思っております。
その趣旨を少し述べていただけますか。
 そこにも書いてありますように、医療は苦しんでいる人のために、何かをしてあげたいというふうに発想するわけであります。したがって、不完全でも、その患者のためになればと思ってやるわけであります。したがって、それが改善された場合には、そちらを使わざるをえないということになります。たとえば、血友病の治療はいい例だと思いますが、最初に血液全体を入れるという治療が行われましたけれども、それよりも血漿だけ入れたほうがいいということになり、血漿だと、血漿よりも、クリオプレシピテートという濃縮されたものを入れたほうがいいということで、クリオだと。更にそれを濃縮したほうがはるかにいいということで、濃縮製剤ということになってきたわけでありますが、それは大変有効ではありましたけれども、多くの献血者の、あるいは売血者の血液をプールしますので、その中に、一人でも感染者がいれば、感染力が強い場合には、その製剤を通して感染が起こるということもありえたわけであります。事実、B型肝炎は濃縮製剤を使った場合には、必発だという状況になったわけであります。したがって、そこに書きましたように、、医療は完全ではない技術でありながら、それを使わざるをえないということは、私は今でもそう思っております。
甲第19号証を示す
これは、平成8年8月31日の「日本醫事新報」に載っている西岡恭治さんほかの「輸入血液製剤によるHIV感染に関する一考察」という論文ですが、この論文をご覧になったことありますか。
 今回のいろんな裁判の経過のなかで、初めて読ませていただきました。
ここでは、西田さんのほうで、医療行為というのは、比較衡量ということが非常に重要なんだと。それを無視しては評価はできないということが書いてあるんですが、その事と、先ほど郡司さんがおっしゃった医療は完全な技術じゃないと言ったあたりとは、どういう関係になるんでしょうか。
 言葉は違いますけれども、ほとんど同じ事を言っていると思います。つまり、メリットとデメリット、これを比較して判断をするというのが、残念ながら医学の現状であります。
話は違いますが、具体的な話に移りますが、エイズ研究班の設置目的、あるいは、そこでの議論の経過、あるいは、その結果ということについて、そのポイントばとんなものだったというふうに認識されておりますか。
 まず、研究班の設置の目的でありますが、第1には、エイズという、そういう病気の危険の評価であります。第2番目は、その危険を認識したうえで、日本の血友病の治療を変えるぺきかどうかという点であります。細かいことはいろいろありましたが、まず、第1に危険の評価に関してでありますが、日本には、まだその当時安部先生のところの症例が1例、これがもしかしたらエイズかも知れないという判定でありましたが、まだ、それ以外には日本には、患者さんはいなさそうだと、そういう判断でありました。それから、治療の変更につきましては、現状におきましては、治療の方法の変更はないということでありました。
裁判長
今のは、いつの時点をとらえて言われているのですか。
 これは研究班の最後まで。
という趣旨ですか。
 はい。全体であります。それからT細胞の4対8、これの比率も調べておりますが、何人かで下がっている人がいましたけれども、その意味づけについては、必ずしも意味づけができなかったという、そういう研究班のおおまかな結果だったと思います。
原告代理人(弘中)
今、帝京大症例の一つが、もしかしたらというのを除いては、ほかには、日本にはエイズの患者さんはいなさそうだというふうに、判断、結論づけたということのようですが、具体的に調査かなんかされた結果なんですか。
 それは第1回目と第2回目の研究班が1か月の間に主だった治療施設、医療施設、つまりカポジ肉腫とか、免疫不全とか、そういう患者さんが来る可能性のある大きな施設に、早急に調査をかけた、その結果、3例が残り、そして、最後に安部先生の1例だけが検討の対象になったということであります。
甲第18号証を示す
これは、標題に「第1回エイズ研究班、録音テープ内容」とあって、厚生省において文章化したものとありますが、これはご存じですか。
 はい。知っております。
この第1回の研究班のときに、会議の内容を録音しておったというふうなことは、郡司さんとしては、知っておったんですか。
 いいえ、知りませんでした。というか、忘れていたと思います。
そうすると、こういう録音テープがあるということを知ったのは、どの時点なんでしょうか。
 今回の刑事裁判のなかで、検事さんから突然こういうものがあるということを知らされました。
刑事裁判というのは、安部被告、あるいは松村被告に対する裁判という意味ですね。
 そうです。
そのときには、今お示ししました、この翻訳文という文章全体を見せてもらったのか、それとも、テープなり翻訳文の一部だけを見せてもらったということなんでしようか。
 全体を見せてもらったと思います。
それをご覧になって、大体郡司さんのご記憶の第1回の研究班の時の議論というものに合致しておったわけでしょうか。
 私が持っていた印象とほとんど変わりがありませんでしたが、ただ、トラベノール社の回収の報告を、私は報告したかどうか忘れておりましたが、実は報告をしていたということが違っていたと思います。
そうすると、むしろ、このテープの翻訳文のほうが正しいというふうに考えていいわけですか。
 ええ。もちろんだと思います。
第2回の研究班、あるいは第3回以降の研究班の録音テープがあるかどうかは分かりますか。
 いいえ、それはなかったと聞いております。
甲第18号証を示す
先ほど、このエイズ研究班の目的について伺いましたが、甲第18号証の1頁に、最初に、郡司さんの発言がありますが、そこでも、この会の目的はという形で発言されているんですが、先ほどと同じようなことをご発言になったわけですね。
 はい。述べておりました。
今おっしやったトラベノール社の製品の自主回収の問題というのは、どういう問題だったんでしようか。
 それは、トラベノール社が製造した製剤の原料である血漿を採血した人から、後にエイズ様の症状が発生したということから、回収をしたいという申出があったということであります。
それは、現実に回収されたということですか。
 はい。幸いこれは市場に出ていなかったので、そのまま送り返すという手続をしたと思います。
それを、郡司さんのほうにも報告が来ておったということですか。
 はい。これも刑事裁判のなかで、だいぶ検察官の方が詳細に調べてくださいまして、その手続の全容が大体復元できたと、私は思っております。
先ほど、郡司さんとすると、この回収の問題について、記憶がなかったけれども、テープによると、その報告をしているようだということでしたね。
 はい。
それは、この録音テープの翻訳文の中に示されているんでしょうか。
 ええ。反訳文の中にも、きちっと反訳されていたと思います。
甲第18号証を示す
甲第18号証の31頁の中ほどに、トラベノール社がワン・ロット回収していますというふうなことで、数行ありますが、このあたりのことでしょうか。
 はい、そうです。
それについて、このときの発言でも、そう詳細なことをご報告されているようではないようですが、それから、またその後は国会等でも報告してなかったと思うということだったようですが、それがあまりそう詳しい報告もしてなかったり、印象があまりなかったということは、どういうことによるものでしょうか。
 当時、私はエイズの本体が何かとか、あるいは、ウイルスだったらどういう性質のウイルスかということを一生懸命文献などで読んでおりましたので、もし、エイズに潜伏期間があってということであれば、そういう人から後になって、発症者が出るということはあり得ることだというふうに思っておりました。しかし、それは当然なことでありまして、またエイズの本体に関する情報は、何も与える情報ではありませんでしたので、私は、最初からあまり重要な情報ではないなというふうに思っていたわけであります。しかし、委員会の雰囲気は比較的楽観的な人もおりましたので、けっこう身近な問題なのですよということを、恐らく言おうとした、そういう記憶が少し蘇ってまいりました。そういう意味で私はそれを報告したんだというふうに思います。
それから、米国で作られている血液製剤の輸入禁止というような問題について、何か発言されたことはありましたか。
 特別、私は輸入を禁止するというようなことは示唆していないと思いますが、手続上、だれがそういうことをやるのかなという検討をした記憶は残っております。
フランスがそういった製剤の輸入禁止に踏み切ったんではないかと、こういうふうな話を郡司さんのほうでされたことはありますか。
 ええ。これは新聞で報道されたことでありまして、もし、諸外国において、そういう対策が一般的になるとしたら、血液の大変な輸入国である日本は、当然どういうようなことを検討しなければいけないかと思ったので、早急に検討に取りかかった記憶があります。
甲第18号証を示す
甲第18号証の31及び36頁に、31頁の所で、新聞情報としてフランスが血漿の輸入をやめたという話があると。イギリス、西ドイツも検討中というふうなことをおっしゃってて、36頁の所で、西ドイツとかイギリスあたりが輸入をストップするというふうな事態に、もし万一なれば、日本もある程度の決断をして、かなりドラスチックなことをやらざるをえないかも知れませんと言ってますが、そういう発言をされたんですね。
 はい。そのようです。
それで、結果的にフランスの血漿輸入禁止というのは、事実だったんでしようか。それとも、間違いだったんでしょうか。
これは外務省を通じて、電信で問い合わせましたが、結果的には誤報でした。
いずれにしても、この第1回研究班のときには、そういったフランス、イギリス、ドイツ等が輸入禁止をすれば、日本としてもドラスチックなことを考えざるをえないということはおっしゃっているわけですが、そこでおっしゃった事、あるいは考えられた、このドラスチックなことというのは、どういう趣旨なことをおっしゃったんでしょうか。
 これは、たとえば、当時考えていた可能性のあることとしては、輸入を止めるという、そういう可能性も一つありました。それから、濃縮製剤の家庭療法が始まったばかりでありましたが、それをクリオに切り換えるとか。しかし、もし切り換えるとなると、現場は大変混乱するでしょうし、それだけの原料血漿はその当時ありませんでしたので、新鮮凍結血漿の中から強引に因子を抜き取ってしまうというようなことも、まあいろいろ考えたんだと思います。
そこは、まだ元の情報が確認できていないというようなことで、具体的な言葉でおっしゃってなかったということですか。
 はい。そうだと思います。
ところで、今のは製剤の輸入禁止のほうですが、それと逆に米国から加熱製剤を緊急輸人すると。いわば日本での薬事法で要求されている手続を飛ばして、すぐに純えるようにするというふうなことを、この研究班で議論したようなことはあったんでしょうか。
 話題には出たかも知れませんけれども、それを緊急輸入するというようなことについては、議論しなかったと、私は思います。
一般的な、海外で実際に使われている医薬品について、日本でそれを新しくしようとする場合には、どういう手続が必要なんでしょうか。
 その当時、実験室のデーターにつきましては、GLPというデーターを共有しようということになってきていたと思いますが、臨床試験につきましては、まだそれぞれの国が行っていた、日本も例外なく臨床試験を行っていたと思います。
それは、ほかの国も同様だったということですか。
 私の理解では、そのとおりです。
そういう臨床の治験については、他国のデーターをそのまま使わないで、改めて日本で治験をすることが必要ということは、どういう理由によるものなんですか。
 基本的には、やはり安全性の確認を自分でやるということと、それから人種差というものがある程度あるということが前提にあったと思います。
過去に、そういった緊急輸入と、つまり薬事法上の手続、あるいは臨床試験を飛ばして、すぐに使ったというようなケースはあったんでしょうか。
 私はなかったと思います。よく話題に出るのは、ポリオの生ワクチンに関してでありますが、あれは全くこのケースとは異なるものでありまして、たとえば、ポリオの病原体ははっきりしていましたし、生ワクチンが有効だということはよく分かっていました。ただひとつ心配があったのは、生のワクチンを弱毒化されているものとして、投与したとしても自然界に排出されたときに野生化するんじゃないかということが心配されていた。本来ならば小規模に実験をして、野生化しないということを確認してから、一般に投与するはずで、しなければいけないのでありますが、この場合には、大規模な野外実験としてやろうということで、投与が行われたということでありますから、必ずしも薬事法を無視して、それを緊急に輸入して投与したということでは、私はないと思っております。
加熱製剤については、当時、エイズに対する有効性ということは、確立してたことなんでしようか。
 いいえ、それは証明はされていなかったと思います。加熱製剤はB型肝炎対策として、先ほど申し上げましたように、肝炎が必発だということから、開発された製品でありまして、エイズについては全く証明されていなかったと思います。
今のところで、一点、ウイルスの野生化というのは、どういう現象のことを言うんですか。
 弱毒化したウイルスが、また元に戻って、強毒、強い毒性のあるウイルスに戻るという、そういうことであります。
そうすると、厚生省、あるいは郡司さんとしては、加熱製剤の緊急輸入ということを具体的に考えたということはなかったわけですか。
 あり得ないと、私は思います。当時の私の加熱製剤に対する認識からして、緊急輸入ということはあり得ないと思います。
今おっしゃった加熱製剤に対する認識というのは、どういうことをおっしゃっているわけですか。
 まず、加熱製剤は常識的には加熱をしますと、活性が3分の1ぐらいに減ってしまうということであります。日本は、その当時アルブミンベースで計算して、世界で採血されている血漿の3分の1以上をたった1国で消費をしておりました。また、血友病の輸出製剤につきましても、第Q因子を確保するということを目標に採血量を皆が努力して確保していたわけであります。ところが、日本は治療に必要な製剤の95パーセントを外国からの輸入に頼っていたわけであります。その国が突然加熱製剤に、つまりアメリカからの輸入が主でありますが、アメリカでもやってないような加熱製剤に対する切り換えを日本がもし、やって輸人が3倍になったら、これは世界の批判を免れ得ないというふうに思っておりましたので、私は加熱製剤という線はないんじゃないかと、最初は思っていたわけであります。
今のは血液の消費量ということのようですが、加熱製剤の有効性とか、有用性とかいう点からは、どういうふうに考えておられたんでしようか。
 先ほど申し上げましたように、エイズの本体も分かっていないわけでありますから、これは不可知であります。B型肝炎に関しましては、実際これはトラベノール社の乾燥加熱という売り込みがありまして、大変これは魅力的なものでありました。なぜならば、乾燥した状態で加熱をすると、活性は25パーセントしか落ちないと。しかし、8型肝炎ウイルスは活性を失いますよと、そういうことでありました。とすれば輪人数を増やさずに加熱製剤に切り換えることができるということでありますし、価格も以前と同じもので結構ですということでありました。したがいまして、この技術には大変興味を持ちまして、トラベノール社の技術者にわざわざアメリカ本国から来ていただいて、そのプレゼンテーションをしていただいて、私はそれを聞いたわけであります。その結果は、私としては極めて不満足なものでありました。
ということは。
 ということは、B型肝炎ウイルスを大量に製剤に混入して、混ぜて、それでこの条件で加熱をして、投与すると直ちに肝炎になったわけであります。通常混入される程度のB型肝炎のウイルスを混入して、加熱をしますと、直ちに発症しませんでしたが、しばらくして、やっぱり発症していたわけであります。つまり、このB型肝炎ウイルス対策としても、この技術が完全じゃないなあと思ったわけでありますし、また、その当時生物製剤課、つまり私の課では、人の血漿由来のB型肝炎ワクチンを製造、監督しておりまして、それが製造承認の申請直前であったことを知っておりましたので、そのワクチンの性能もよく知っておりましたので、そちらに変えるほうがB型服炎対策としては、いいというふうに、私は思っておりました。そういうわけで、ほかにも統計書類に、私が見た範囲でも、ちょっと疑念があるという、そういうことから、トラベノール社のこの技術は完璧じゃないなあという印象を受けたわけであります。
ところで、先ほど郡司さんは、この研究班の目的の一つとして、血友病治療を改めるべきかどうかということをおっしゃったわけですが、具体的には、どういう方向に改めるということを想定しておられたんでしようか。
 まず、最初は、大変私は危機意識がありましたし、アメリカの文献の中にも、当面しばらくの間は、濃縮製剤の自己注射をやめて、クリオに戻るべきではないかという、そういう意見を表明したものがございました。したがいまして、最初は、そういうことも検討課題に入るんではないかなというふうに思っておりました。しかし、段々エイズの本体について治験がまとまってくると、むしろ危機意識は減少して行ったわけであります。そこで、部分的なクリオの適応はやっぱり検討すべきかなあと、その程度に、段々考えは変わって行ったわけであります。
郡司さん自身は、濃縮製剤とかクリオというのを臨床現場で実際に使ったということはあったんでしょうか。
 いいえ。私は全くありませんでした。
研究班が始まる当初に思っておった濃縮製剤からクリオに変えるというときに、双方の治療効果というものについては、どういうご認識だったんでしょうか。
 治療効果につきましては、それは濃縮製剤のほうが優れているというのは、勉強として、知識としては知っておりましたが、血友病の治療を実際にやっている先生方、あるいは患者さんたちが、この濃縮製剤をいかに大きな進歩と考えているかというのは、後に委員会のなかで知らされて、自分の無知を恥じた記憶がよく残っております。
具体的には、どういう場面で、そういうことを言われたわけですか。
 それは、血液製剤小委員会のなかで、クリオに切り換えるという話を持ち出し、また文献もありましたので、それを紹介しましたところ、この人たちは非常に偏った人たちであると。それから、私に向かって、郡司先生、これは血友病治療の進歩なんですよということを言って、諭されたと言いますか、大変恥ずかしい思いをした記憶がありますので、大変よく覚えております。
患者さんのほうから言われたというのは、どういうことをおっしゃっているんですか。
 患者さんからは、患者さんの団体から陳情がありまして、そこに現在の治療方法、これを後退させないでほしいということが書いてあったわけであります。
そうすると、クリオのほうに戻ることはできないというふうに、そういうことを聞かされた時点で思ったということになるわけですか。
 はい。そのとおりです。
そこから先は、どういう方向で、この血液製剤の問題は進めていこうという考えだったんでしょうか。
 私は言葉で言うと、緊急の対策と、中期的な対策と長期的な対策というふうに分けて考えておりましたが、緊急の対策というのは、今話題に出ましたクリオに対する退避、あるいは、部分的な退避というようなものであります。中期的なものとしては、血液製剤小委員会のなかで、特にそういう話が出たわけでありますが、中間クリオというようなものが、もう既に開発されているという話でありましたので、それじゃあ、それを早く申請していただいて、それを許可すれば、日本の国内血でエイズ対策にもなるんではないかというふうに思っておりました。長期的には日本の採血量を絶対的に増やさなければいけない。そのためには、成分献血とかいうものを盛んにしていかなければなりません。そして、国内における構造的な問題、つまり原料は赤十字が集めていながら、それを製造するライセンスがないと。メーカーはライセンスを持っているけれども、原料がない、こういう構造を改めるために献血を使って、献血という原料を国内のメーカーの技術で製造して、なんらかの形で、できるだけ早く患者さんの治療のために提供すると、これが長期的な対策として、私が考えていた事柄であります。
乙第14号証の4を示す
これは、先ほど示しました厚生省のプロジェクトチームに対する回答ですが、ここでは、2頁の所で、クリオの治療と比較して、濃縮製剤が進歩していたんだということが記述されていますが、この回答書の時点では、ここに書いてある認識に至っておったということですね。
 ええ。それは、もう随分後に書いたわけでありますので。
血液製剤小委員会で話を聞いた時点くらいから、こういう認識になったということですか。
 はい、そうです。
甲第20号証を示す
この「日本醫事新報」の西田恭治さんの「承前」とありますから、前に続けて書いたということだと思うんですが、これは、お読みになったことはありますか。
 はい。読んだと思います。
ここに、米国、あるいは英国の例を引いて、クリオが主流の時代と濃縮製剤が主流の時代では、平均寿命が随分違ったというようなことが書いてありますが、こういうことは、郡司さんとしてはご存じだったんでしょうか。
 そうですね。まだ濃縮製剤の自己注射を始めた、濃縮製剤が使われ始めたばかりでありますから、平均寿命にどの程度の影響があったかということにつきましては、まだその当時は必ずしも明らかではなかったんじゃないかなというふうに思いますが、ただ、生活の質などを考えても、濃縮製剤によって、これで初めて血友病の患者さんは、普通の人と同様の生活ができるようになったんだという認識はあったことを記憶しております。
甲第16号証を示す
それから、先ほどちょっとおっしやった事ですが、甲第16号証の陳述書の11頁の中ほどにあるんですが、1983年(昭和53年)秋ごろ、濃縮製剤の使用を中止すベきかどうかどうかということについて、その危機意識が急激に下がって行ったということがあるんですが、それは、どういうことなのか、もう少し詳しく言っていただけますか。
 これは大変重要なことでありますが、5月に「Science(サイエンス)」という雑誌に、ガロ、これは最終的にはエイズウイルスを同定する人でありますが、その人が論文を発表しまして。
83年の5月ですね。
 はい。83年の5月です。その論文の趣旨は、エイズ本体はHTLVの1型だと。つまり、日本でいうところの「ATLV」、成人型T細胞白血病、これのウイルスと同じものだということを言うわけであります。だとすれば、ATLにつきましては、日本では大変沢山の研究がありました。発見者も日本人でありますので、多くの研究がありました。キャリヤーは非常に多い。特に南部のほうでは、人口の20パーセントもキャリヤーがいるんだというようなこと。しかし、これは血漿を凍らせると、感染が成立しないんだということが、その直前に明らかにされてまいりました。それから、更にATLの発症率は単年度でありますが、3000人に1人ぐらいの割合だということも分かっておりました。なおかつ、そういう状態でありましたし、技術もありませんでしたので、献血される献血をスクリーニング、つまりATLについてはスクリーニングをしておりませんでしたので、もし、陽性血がたまたま輸血されれば感染が成立していたわけであります。その程度のものだと言われたものでありますから、なんだ、エイズというのは、その程度の病気だったのかということが、私だけではなくて、多くの人の間の認識として、広がったと思います。もちろん、それには若干の異論もあり、委員会の中でも議論もありましたが、そのたぐいのウイルスだろうという科学的な、これは類推は決していいことではありませんが、そういう類推が働いだということは確かだと思うんです。したがって、何も分からない時代から比べると、こういう論文が発表されたことによって、むしろエイズに関する危機意識は弱まっていったということが事実なのであります。
先ほどおっしゃった第1回から第2回までの間に実施された調査と、エイズらしい患者が日本にいるかどうかという点についての調査と、その結果は、この危機意識あるいは、今おっしゃったことの認識について、影響したんでしょうか。
 はい。それも影響をいたしました。もし、安部先生の所のこの1例がエイズだと仮定しても、日本には4000人ぐらいの血友病の患者さんがいるという、そういうお話でしたので、4000分の1、これは全員が感染したとしての話でありますが、この数字的なレベルとしても、水準としても、まあそんなものなのかなあと、合うなあというような印象を持ったことをよく覚えております。
何と何が合うという意味なんですか。
 つまり、ATLの発症率とエイズの発症率が非常に近いのではないかというふうに思ったということであります。
それから、諸外国、特に米国において、このエイズの問題にかんがみて血友病の治療を変更するかどうかというふうな動きについて、お調べになったんでしょうか。
 行政の細かい動きにつきましては、直接ではなく、業界を通じていろんなことを尋ねていたと思いますが、あれはMMWRでしたか、CDCからのニュースレポート、あるいは医学界の論文、こういうものはすべて目を通しておりましたので、学会等の意見等に関しましては、把握していたつもりであります。ただ、行政の細かい議論の経過等につきましては、必ずしも十分承知してしなかったというふうに思います
甲第22号証を示す
これは何なのでしょうか。   
これは、私が作成した年表であります。いろんな論文とか、あるいはその後、たとえば、アメリカのIOMですか。「インスチチュード・オブ・メディスン」。そういう所から立派なレビューも出ましたので、その中に書いてあった事柄を年表にまとめたものであります。
そこに「Hemophi1ia News Note(ヘモフィリア・ニューズ・ノート)」という所を引いているのがあるんですが、そういうものをご覧になっておったわけですか。
 これは見ていたと思います。
82年の9月の所に「Hemophi1ia News Note(ヘモフィリア・ニューズ・ノート)」として、治療方法を変更してはならないということ。
 はい。
あるいは83年の5月11日の所に、NHFがエイズ発症率は極めて低いので治療の変更をしないように勧告するということがありますね。
 はい。
こういうことは認識しておられたわけですか。
 ええ。これは世界のストックホルム会議ですか。血友病連盟の世界の意見も全く同じでありますので、この意見はひとりアメリカのNHFだけの意見ではないと、私は思います。
そうすると、米国、あるいはWFHで分かった国際的な状況というふうなことも参考にされたということですか。
 私自身は参加していませんが、委員会の中では、安部先生を初め何人かの方が、それに参加をしておりまして、世界の、そういう議論の現状につきましては、委員会に反映されていたと、私は思います。
乙第9号証を示す
これは「和解勧告に当たっての所見」というものですが、その中身はご存じですか。
 はい。これは念入りに読ませていただきました。
これの5頁から6頁あたりに厚生省の責任ということが、縷々記述してあるわけですが、その点については、郡司さんとは考えは違うわけでしょうか。
 そうですね。まず、この所見の中には、先ほどの言葉で言うと、比較衡量の視点と言いますか、なぜ濃縮製剤が使われるようになったか、そのメリットについては、全く付言されていないと、したがって、比較衡量がないという、そういう論理構造になっております。で、更に、この当時エイズがウイルス感染症であるということが、科学者の常識的な見解になりつつあったと書いてありまして、これは「つつあった」ということであれば、最初から同定されるまで、すべての時期を現すわけでありますから、これで責任を議論するというのは、論理的におかしいんじゃないかなというふうに思ったのが、最初に読んだときの私の偽らざる感想であります。
「明らかになりつつある」というような暖昧なことで責任を議論するのはおかしいと、こういう趣旨ですか。
 はい、そうです。
そこでは、緊急輸入の提案があったというふうにしてますが、先ほどのお話では、そういうことは、議論としてはされなかったということでしたね。
 私の記憶では全く考えられません。
それから、スピラによって帝京大症例がエイズと断定されたとありますが、そういうことがあったんでしようか。
 これは言葉づかいまで覚えていますけれども、申し訳ないが、これはアメリカではエイズに分類するという言い方を、彼はしたと思います。
それは、断定とは、どういうふうに違うんですか。
 断定というのは、確定診断という意味では、これはないということであります。つまり、病気の本体が分からないわけでありますから、症状を呈する、そういう疾患群全体を分類するための単なる基準を、彼らが設けて分類していたわけであります。それに分類しますよと、そういうことでありますので、断定という言葉が大変強い言葉ですので、私の受けた印象と大変違う表現になっているなあというふうに思います。
それから、責任の一つの理的として、関係機関や血友病患者に伝えるべき情報を伝えなかったというふうなことがありますが、その点、いかがでしょうか。
 これは、どういう情報を伝えるべきだと思って書かれたのか、よく分かりません。しかし、私がマネージして設置した研究班を、ほかの研究班はすべてそうでありますが、研究費を差し上げて、報告書をいただいてそれで検討するというようなものでありまして、行政官がいちいち研究班の会議に出ていくというようなことは、ほとんどありません。ただ、この問題に関しては、たまたまジャーナリズムが報道したあるきっかけから、大変な関心を呼んでしまいましたので、研究班が開催されるたびに、実は記者会見をしておりまして、その検討内容をほとんどすべてそこで明らかにしていたわけであります。したがいまして、私といたしましては、何をさらに言えと言って、こういう表現になったのか、ちょっと理解に苦しむわけであります。
乙第66号証を示す
乙第66号証の4頁の上段の所ですが、衛藤委員のほうから情報提供ということの質問がありまして、郡司さんのほうで当時の報道であるとか、あるいは専門誌への掲載というふうなことを指摘されてますが、これはそのとおり、そういうふうに理解してよろしいんですか。
 そうですね。
何か付け加える点はございますか。
 私の記憶している範囲では、専門誌においても、エイズに関するものについては、その当時最優先で載せるという申し合わせになっていたと思います。したがいまして、かなり早い時期に論文は雑誌に掲載され、世界中に報道されていたというふうに思います。したがいまして、何でしょう、厚生省が素人的な、この何と言いますか、流すべき情報というのを、その当時果してどんなものを持ち合わせていたのか、ちょっと理解に苦しむわけであります。
それから、やはり「所見」の所で、加熱製剤の輸入とか、加熱製剤の製造承認についての促進といった、まあ緊急措置をしなかったというふうなことがありますが、その点、いかがでしようか。
 先ほど申し上げましたように、製剤そのものに対する疑念もありますし、先ほど申し上げましたような、我が国の特殊事情もありますので、最初のうちは、加熱製剤の導入に関しては、大変私は消極的だったわけであります。しかし、段々とアメリカにおける血友病の患者さんの中にも、エイズを発症する患者さんの数が増え、先ほど申し上げましたように失活しない技術開発もあり得るというようなことから、加熱製剤の導入もやはり検討すべきだと、段々思うようにはなっていったわけであります。そんなことから、行政として、その障害になるようなことはできるだけ避けたい、むしろ開発を促進するような事柄はできるだけ早くやろうというようなことから、一相試験の問題とかいうのを早急に片づける、あるいは、それまで治験の取り決めが法的な形になっていなかった、つまりそういうのが欠落していましたので、そういう状況を明確にするという作業を薬事審議会に相談しながら決めて、単に業界に文書で流すんじゃなくて、わざわざ集まっていただいて伝達をするというような努力をしたわけであります。
甲第20号証を示す
先ほども示しましたけれども、この西田さんという医師が、59頁の所で、和解所見への疑問ということを提示されていますが、これはご覧になったことはありますか。
 はい。
ここに書いてある意見は、郡司さんの意見とどうなんでしょうか。違うんでしょうか。同じなんでしょうか。
 同じだと思います。
乙第1号証を示す
ところで、話がちょっと外に行きますが、乙第1号証の東大新聞の中川さんという方の問題提起と言いますか、意見表明と言いますか、これに対して、郡司さんとしては、どういうふうに、その時点で思われたんでしょうか。
 この時点では、私はエイズの問題については、やることはやったという、そういう気持ちでおりましたので、そういった事実を十分確かめることなく、ジャーナリズムに押し流されて、そういった議論を大学の中に持ち込む、こういう議論をしかも学生がするということに、大変危機感を持ったというわけであります。私はちょうど戦争の記憶のある最後の教授ではないかと思いますが、「聞けわだつみの声」とか、そういうものを読んで、恐らくその当時、いわゆる軍国主義が東大の中にも押し寄せ、そして、学生を抜き差しならない状態で戦場に送り出す、こういうことをしてしまったんじゃないかと。したがって、大学の場というのは、そういったものの侵入を許すべきではないというふうに思っておったものですから、正直言って、私は腹が立った、そして、いることであります。そういうジャーナリズムに流されて、事実に基づかない非難、批判を一方的にする
ということは、かつての軍国主義と同じだと、こういうお気持ちだったわけですね。
 そのとおりです。
甲第26号証を示す
ここで、そういったやり方をファシズムになぞらえてますが、今言ったような趣旨ですね。
 はい。
甲第25号証を示す
次にユナム社の問題を伺いますが、これは末尾に署名捺印がありますが、郡司さんのものですね。
 はい、そうです。
ユナム社の問題の細かいいきさつ、経緯は、ここに書いてあるとおりということでよろしいですか。
はい。そのとおりです。
大学のほうでも、この事は、結局、兼業禁止の問題に触れると、こういう解釈で処分をされたわけですね。
 そうですね。報酬を定期的にもらうと、それは兼業とみなすと、そういう規定があるんだということでございました。
金銭の受領自体が不当であるとか、あるいは権限行使に関連してお金をもらったのでいけないと、そういうふうなことを言われたわけではないのですね。
 いえ、そうではありません。
甲第1号証を示す
立看板の設置状況ですが、ここに書いてあるような立看板が、甲第1号証、2号証、3号証というようなものが、甲第11号証に図示されてますが、大学の各所にあったということですね。
 はい、そうです。
それは片づけられることはあったのですか。
 そうですね。大学に、あれはおかしいんじゃないかということを申し上げましたらば、じゃあ清掃という目的で撤去しますと。しかし、それは月に1回だということでありました。しかし、それは場所をずらすだけでありまして、それは壊さないんですかと言ったら、それは私物だから壊すことはできませんということでありました。直ちに、元の場に温品さんたちによって設置し直されたと、そういう状況でありまして、長期にわたって、そういう状況が繰り返されたわけであります。
甲第23号証及び甲第24号証を示す
このビラは、どういったものなんですか。
 これは、彼が恐らく自ら配ったものだと思います。
Nさんがという意味ですね。
 はい。私たちは医学部3号館という所に研究室や教室がありましたが、そのロビーで、私自身も受け取りましたので、そういう所で大量に配られたものであります。また、そこに置かれていたことも目撃しております。
このような立看板の設置、これはビラも貼ってあるようですから、そのビラ自身も意味を持つんでしょうが、そういう立看板の設置によって、どういう被害を受けた、ということになるんでしょうか。
 そうですね。私は学生の前で講義をする人間でありますので、大変精神的に苦痛を与えられましたし、大学の人間は、東大の場合は60歳で定年で、その後また第2の人生を求めて行くわけであります。私も内々に仕事を続ける意味で、ある所と話をしておりました。しかし、そういう話も、この一件で完全になくなりまして、私としては、自分の専門の仕事を続けられないような状態になっているということであります。
あと、原告のNさんという方が、どういう方かというようなことを、周囲の方から聞いたようなことはありますか。
 僕はよく知りませんでしたが、私の知人や彼の周辺の方から伺いますと、永い間助手でおられて、ほとんどなにか研究業績が上がってないというそういうことを伺っております。そして、大変熱心にこういう活動を学内で繰り返しておられました。そういう人だというふうに、私は認識しております。
被告代理人(虎頭)
あなたは、被告のNさんと個人的に話をしたことはありますか。
 ないと思います。
あなたがNさんから個人的な恨みをかうような、何か思い当たるようなことはありますか。
 ないと思います。
次に、先ほども示されましたが、東京地裁の所見の関係について、お伺いします。それの関係で、先ほどあなたのほうは、医療行為についての比較衡量が必要だというふうにおっしゃいましたね。で、メリットとデメリットの比較衡量と。この比較衡量が成り立つのは、少なくとも主なメリットとデメリットが把握できていて、初めて比較衡量が可能なのではないでしょうか。
 そのとおりだと思います。
そうすると、本件の場合、エイズ研究班を設置された当時、メリットとデメリットというのは、そもそも十分に分かっていなかったのではないでしょうか。
 メリットは非常にはっきりしておりましたですね。で、デメリットにつきましては、先ほど申し上げましたように、いろいろ揺れ動いてきたということであります。
ですから、一般論としては、メリットとデメリットの比較衡量というのは分かるんですが、本件の場合では、必ずしも、そこがまずできない状況にあったのではないですか。
 メリットは明確だったと思いますが、デメリットのほうが、必ずしも明確ではないという状況だったと思います。
ですから、そういう意味では、比較衡量がそもそも無理な状況だったのではないでしょうか。
 しかし、それはやらなければならないのが、研究班にお願いしたことであります。
それから、東京地裁の所見に対する、あなたの批判として、ウイルスによるものとみるのが、科学者の常識的見解になりつつあったという点は、おかしいというふうにおっしゃいましたね。
 はい。
乙第108号証を示す
乙第108号証の94頁上段の所は、これはあなたがお書きになった文章ですが、この94頁の上段を見ますと、当時エイズに関しては、ウイルス感染症で細胞性免疫が低下するらしいということ以外は、ほとんど何も分かっていなかったというふうに書かれていますね。この記述を見ると、少なくとも、ウイルスであるということについては、大体みなさん、そういう見解を持っていたんじゃないかというふうに読めるんですが、違うんでしょうか。
 いいえ。そのとおりだと思いますが、それが証明されていなかったということですね。
そうすると、専門家の間では、証明はされていないが、ウイルスであろうということは、みなさんそう思っていたということですか。
 そうですね。ウイルスではないかというふうに、みんなが思っていたと思います。そして、ウイルス以外のものではないかという仮説で、恐らく研究していた人はほとんどいないんじゃないかと、私は思いますが。
そうすると、東京地裁の「血友病患者のエイズに関する限り、血液又は血液製剤を介して伝播されるウイルスによるものとみるのが科学者の常識的見解になりつつあった」という記載は、特に間違っていないんではないかという気もするんですが。
 もちろんです。正しいんです。正しいんですが、時期を特定していませんですね。最初から最後まで「なりつつある」プロセスであります。
ただ、あなたの論文でも、ここに書かれている当時というのは、エイズ研究班を設置した当時という文脈になっているんですが。
 当時というのは、どこからどこまでが当時なのかということになりますが、いろいろな論文が次々に出てきておりまして、それについては、私の年表にも書いてありますので、ご参照いただければと思います。
ですからね。先ほどちょっと見ていただいた乙第108号証の「当時エイズに関しては云々」の、実はその前には、エイズ研究班の第1回から第2回の会議にかけて調査をして、帝京大症例1例しかないことが分かったと。それで「当時ウイルス」という書き方をしてあるんで、第1回ないし第2回のエイズ研究班のときに、もう既に、そういうウイルスだということは、大体認識があったんじゃないんですか。
 いや、ですから、その当時、その時研究班の直前ということではなくて最初から同定されるまでの間、段々とウイルスであることの認識が深まって、そして、最後に証明されるということですよね。
甲第18号証を示す
これは第一回エイズ研究班の録音テープの反訳文ですが、一緒に、これ、公衆術生局の保健情報課長の河路(かわじ)さんと言うんですか。
 そうです。
が出席されてますね。
 はい。
これの1頁ですが、河路さんの発言の所で「たとえ、国内に現に患者が存在しなくても、血液対策としては看過しえない部分がある」と。「事の性格上、血液対策は国内の患者の存在の有無にかかわらず、配慮しなきゃならない」と、こういう発言をされてますよね。この河路さんの発言については、あなたも同意見というふうに伺っていいですかね。
 はい。
そうすると、少なくとも、血液製剤で感染する可能性があるという意味で、危機感を持っておられたわけですよね。
 そうですね。そういう可能性が。
あるということでね。
 ええ。考えなければいけないということですよね。
その場合、たとえ国内に、そういうはっきりした患者さんなり、例がまだ発見できなくても、やはり、これは行政として、安全を確保する必要があるというふうには思っておられたわけでしょう。
 ええ。もちろんそれが行政の仕事ですから。
このエイズ研究班の会合の反訳文を読みますと、とにかく実例があるのか、ないのかということに、非常にこだわっておられるような印象を受けるんですが、あなた白身は、やっぱり実例を探さなきゃいけないというふうに思っておられたんでしょうか。
 まあ、やはり感染が起こっているかどうかということは、患者さんが出れば、まず確かなことになりますので、その当時、まだ血液製剤を介して、感染するかどうかも、まだ確定しておりませんでしたので、そういう意味で、大変重要なことだと、私は思っておりました。
確定はしてなかったけれども、非常に大きな危険があるという認識があったから、エイズ研究班も設置されたわけでしょう。
 そのとおりです。
そうすると、今は発見されていなくても、出てくる可能性があるということで、対策を立てるべきだったのではないでしょうか。
 ですから、対策を立てたわけですね。研究班を設置して、そして、治療方法まで変えるべきかどうかということを伺っているわけであります。
このトラベノール社の汚染製剤の回収問題、これは、氷山の一角だという認識はなかったんでしょうか。
 私はさほど重要な情報を与えるものではないと思っておりました。そのことにつきましては、先ほど述べたとおりであります。
これは結果論かも知れませんけれども、やっぱり一つ出てくれば、実は沢山あるという可能性があるという発想をしてもおかしくなかったと思うんですが、その点はいかがでしょうか。
 もちろん、それは正しいと思いますけれども。
あなたも、あちこちでおっしやっているけど、トラベノール社の回収問題については、当時あまり重視されてなかったのは、どうもそのようですが、なぜ、そうだったのかというのは、今思い起こして分かりますか。
 それも、先ほど述べましたとおりで、もし、潜伏期間があれば、そのとき症状がなくても、後に症状が出てくる人はあり得るというふうに思ってましたので。
それから、このエイズ研究班のメンバー、それはいろんな分野の方がおられるようですが、失礼ですけど、あなたよりは、こういうエイズ問題とか、血液問題に関しては専門家というふうに考えてよろしいでしようか。
 そうです。
そうですね。
 私は全く知りませんので。
そういう意味からいけば、このエイズ問題というのは、非常に未知の分野と言われているわけで、少なくとも、そういう研究班のメンバーの方には、あらゆる情報を提供するというのが、まず行政の、まず研究班を設置した立場として取るべき態度ではなかったんでしょうか。
 それは違うと思います。そういう情報を持っている人に意見を伺うというのが行政の、そういう研究班の主旨でありますから。行政が研究者より優れた情報を持っていて、その人たちに情報を提供するということではありません。
はい。分かりました。
 厚生省の図書館を見ていただければ、どういう状況であるかお分かりいただけると思います。
ただ、トラベノール社のこの回収問題、これはまさに行政が知っていた、まあ極端にいえば、行政だけが知っていたことではないでしょうか。
 まあ、行政だけが知っていたか、業界も…。
もちろん、トラベノール社は知ってますけどね。
 ええ。
たぶん、その研究班のメンバーの方はご存じなかった問題ではないでしょうか。
 かも知れませんですね。
確かに、これは結果として報告はされているんですが、非常に簡単な報告で、聞いた人が果してどれだけ、その問題性を把握したんだろうかという感じがするんですが、もうちょっと詳しく説明をしようという気などはなかったんでしょうか。
 あんまり重要だと思っておりませんでしたので、なかったと思います。
それから、この東京地裁の所見なんですが、裁判のなかで和解を勧めるための説得手段に過ぎないというふうな主張をされているんですが、あなたとしては、そう思っているわけですか。
 そうですね。先ほどの比較衡量と言いますか、医療の場合には、やはりそのメリットのほうも考えなきゃいけないし、その当時の世界の判断というのは、そうなっていたと思います。したがって、一方的な危険だけを議論するということは、私は間違いだと、はっきり思いますので。
この東京地裁の所見は、厚生省として取りうる手段がいくつかあったのではないかと。そういう意味ではやはり責任があるというような記述になってますよね。結果的にいえば、国は和解しているわけですが、あなたとしては、国が和解したことも間違いだというふうに考えているんですか。
 いえ、必ずしもそうではありません。そんなことは言っておりません。
当時の厚生大臣が被害者の方に謝罪をしてますが、その事自体については、あなたは、どう考えているんですか。
 なかなか難しい問題ですね。と言いますのは、菅さんが患者さんの前で頭を下げたという状況がテレビに報道されまして、私も拝見しましたが、しかし、私は、一方で、菅さんが命じて、厚生省の中に調査委員会でしたか、そういうものができまして、その報告書が上がってくる、報告される前に、彼は謝罪をしてしまったと。彼が謝罪というならですね。そういう状況があるわけです。ですから、本当に菅さんは自分が命じて調べた結果をよく吟味したうえで、ああいう行為に出たのか、私は疑念を持っております。
東京地裁の所見を読んだ普通の人が、やはり、これはエイズの被害が拡大したことについて、厚生省に責任があった。で、その中心にあなたがいた、というふうに判断するのは、間違っているでしょうか。
 まあ、そこが書かれたものになると、なかなか説得的でありますが、決定的に欠落しているのは、先ほど申し上げましたように、医療の本質、これに対する理解が全く欠落していると、私は思います。そういうことをちゃんと研究者であれば認識をして、あるいは、少なくとも元の文献に当たるとか、そういうことをして行動に移るべきではないかというふうに、私は思いますね。
あなたは、先ほど東大新聞の関係で中川君に対する批判でも、ジャーナリズムに流されているというふうにおっしゃいましたね。それはそう思っておられるわけね。
 そう思ってます。
ただ、逆に言うと、あなたのほうは、じゃあ実際真相はこうなんだというようなことを明らかにしたことはあったんでしょうか。
 私はそういう義務があるかどうか分かりませんが、そうすべき時と場所があれば、必ず私はちゃんと申し上げたし、書いても来ました。
甲第20号証を示す
これは、そちらが出された西岡さんの論文ですが、初めの所で、すぐに当時血友病治療に携わっている医師は、自分を含めて大半が自ら取った行動に関して、これまで多くを語ってこなかったように思われるというふうに記載されてますね。実は、あなたも、まさにこの問題の渦中にありながら、自ら積極的に実はこうなんだというようなことを発言されたことはあるんでしょうか。
 私は実は、ずうっと発言をしてまいりました。しかし、民事の原告団から偽証罪かなんかで告発をされましたので、もはや、これは裁判沙汰でいろいろ申し上げる以外にはないなと思いまして、それ以後、沈黙を守ることにしまして、それ以後は発言をしておりません。
あなたが発言されたというのは、裁判における証人、もしくは国会喚問における証人なり、参考人ということではないでしょうか。
 そうですね。それが主なものだと思います。
先ほどの「正論」でしたか。ああいう形で、積極的に書かれていたことというのはあったんでしょうか。
 いや、ないと思います。
たとえば、中川君の、あなたから言わせれば間違っているとすれば、それはこうなんだということを、逆に反論すべきだったとは思いませんか。
 必ずしも、私は、そう思いません。
中川君にしろ、「東大職連」にしろ、真実を語るべきだと、真実を語ってほしいというふうに言ってたのではないでしようか。
 ご存じだと思いますが、ジャーナリズムや、そういう問いかけというか、話せという要求は、ものすごくあるというのをご存じですよね。それにいちいち私が答えるベきでしょうか。
いや、別にそうは言ってません。
 そうですね。
うん。
 それでいいと思います。
それから、あなたの陳述書を見ますと、本件立看板だけでなくて、新聞報道などにも非常に不満を持っておられるというふうに読めるんですが、そのとおりでしょうか。
 一部どうしても見逃せないと言うか、私としては見逃したくないというものに関しては、ちゃんと反論をし、書いてももらったし、応対をしております。
その場合の応対というのは、文書で、たとえば、抗議文だとか、そういうものを出して回答をもらうとかというようなことでしょうか。
 そのとおりです。
で、一応満足する回答が来ていたわけでしょうか。
 いいえ、私は満足はいたしませんでしたが、これ以上やっても意味がないと思うからやめました。
特に新聞報道などで名誉棄損だとか、そういうことで訴訟を起こしたり、そういう行動を取ったことはないわけですね。
 それはありません。
ところで、あなた自身としては「東大職連」というものについては、どういう認識を持っておられるんでしょうか。
 大学に確かめましたけれども、これは公認の団体ではないという回答を得たのを覚えております。
それから、あなたに対して、「東大職連」から公開質問状が来たと思うんですが、それは受け取っておられますよね。
 はい。受け取ってます。
回答しようという気は起こりませんでしたか。
 全然起こりませんでした。
それは、なぜでしょうか。
 先ほどのジャーナリズムに対する対応と同じであります。
それから、その東大新聞のあなたのコメントの中で、法学部の先生にも相談して、対応を考えるという記載があるんですが、現実に、何か相談したことがあるんですか。
 あります。
どういうアドバイスを受けましたか。
 それは申し上げたくないので、差し控えさしていただきます。
それから、あなたが本件訴訟を起こされたのは、東大を退官された後ですね。
 はい。
退官される前に起こそうという気持ちはなかったんでしようか。
 いろいろ考えましたけれども、大学に勤めている間は教育研究という私に与えられた職務に専念すベきであって、こういうことに時間を費やすべきではないと、考えたものですから差し控えました。
それからもう一つ。第二の人生を考えておられたのが、まあ駄目になってしまったというようなことを、先ほどおっしゃったんですが、駄目になった主たる理由が、本件立看板にあるというふうにお考えですか。
 大変大きな影響があったと思います。
 年余にわたって、ああいうものが赤門前、正門前から一般の道路に向かって立てられている。病院では患者さんがよく出入りする所に立てられている。どうしても、人の膾炙にのぼりますですよね。そして、そういう人を積極的に採用する人はいませんよ。採用する側に立ってみれば、お分かりだと思いますが。
あなたの生物製剤課長時代の問題が、新聞やテレビ等で一切出ていなければ、それは立看板は影響しただろうというのは分かるんですが、実は、その立看板よりも以前に、それこそ、もう新聞やテレビ、いろんなところで、ある意味では、あなたの責任を厳しく追及するものも沢山あったでしょう。そういう意味では、全国の人に知られていた、そのなかで、立看板だけが一番、ああ一番とは言いませんが、立看板が大きいというのは、どうも理解しがたいんですが、いかがでしょうか。
 しかし、あれは公道に向かって、写真まで出して、年余にわたって、ああいうディスプレーがあれば、それはそうなると、私は思います。
被告代理人(藤田)
今度はユナム社関係でお聞きします。あなたが在任中であった92年11月に、医学部付属病院の胸部外科の進藤助教授の件で、収賄罪の摘発がなされたことはご存じですね。
 知っております。
それは当時から知ってましたか。
 知っていたと思います。
それを受けて、92年12月に、東大当局が評議会に「教官の倫理確立に関する特別委員会」を設置した、このことは、当時は知っていましたか。
 知っていたと思います。
この特別委員会において、93年3月31日に報告書というのが作成されて、これが、一般的に「倫理綱領」として発表されておるんですけれども、これは当時知っていましたか。
 知っていたと思います。
この「倫理綱領」についてですけれども、医学部の教授会で、何か説明はありましたか。
 あったと思います。
どういう内容でしたか。
 ちょっと、今思い出しません。
どの程度の時間を割いて、説明があったんですか。
 ちょっと、それも覚えていません。
「倫理綱領」自体は配付されたんですか。
 されたと思います。
どういう形でしたか。
 コピーで渡されたと思いますが。
なんか医学部においては、青い表紙を付けた冊子として配付されたと聞いておるんですけれども、違いますか。
 ちょっと、覚えていません。
この「倫理綱領」の中身ですけれども、あなたご自身は読まれましたか。
 読んだと思います。
中身として教授個人が「講演料・講習会講師料・鑑定料・技術指導料等、通例の報酬を受け取る場合であっても、その額が、職務との関連で、社会の疑惑を招くものではないか。『顧問料』のような形での継続的なものがあるとすれば、兼業制限との関係でも問題となる。また、大学の教官の地位に対する信用に安易に寄りかかって常識を超えた報酬を受け取ってはいないか」といった記載があることは、当時ご存じてしたか。
 読んだと思います。
また、この「倫理綱領」において「収賄とは、『公務員が』『その職務に関し』『賄賂』(職務に関する行為の対価としての不正の利益)を『収受、要求または約束』することである」というふうな記載があることは、ご存じですか。
 覚えていませんが、書いてあれば読んだと思います。
で、ここに説明として「それが正当な職務行為であっても収賄罪が成立する」というふうに書いてあるのですが、このことはどうですか。
 それも書いてあれば、読んだと思いますが。
乙第69号証を示す
これは「東大職連」のほうで、ユナム社に対して事実経過の確認を行った際のやり取りの表なんですけれども、これは、この訴訟に書証として提出しておるんですが中身は確認していますか。
 いいえ、ちょっと確認しないと思いますが。
原告の代理人の先生から受け取っていないんですか。
 これは、ちょっとはっきり言って見てないと思います。
じゃあ、今ざっと読んでいただいて、事実が違うという点というのはあるんでしょうか。ご確認いただけますか。
(原告において黙読ののち)今読んでいただいた乙第69号証ですけれども、事実に反する部分というのは、ありますか。
 今直ちに、全部が正しいかどうかは確定できませんか、大体こんなことだろうと思います。
受け取られたお金の額についてですけれども、新聞報道によりますと、合計336万5000円だというものもあるんですが、実際にはいくら受け取りになったんですか。
 ちょっと、金額は今、正確には覚えてませんが、その程度だったことは間違いないと思います。
このユナム社に対して行った講義の内容なんですけれども、これはあなたご自身の研究内容、あるいは講義の内容と重なるんじゃないんですか。
 私、いろいろ仕事をしてまいりましたので、そうですね、どういう話をしたかまでは、正確には覚えていませんが、いろいろなものが役に立っていたと、私は思います。
今、質問に対する答えとしては、非常に曖昧になっていたと思うんですけれども、あなた自身の研究内容と重なる部分というのは、ないんですか。
 部分的にはあったかも知れませんね。
あなたのその当時、平成5年ないし平成7年ごろなんですけれども、年収はおいくらぐらいだったんですか。
 千2、3百万円ぐらいだったかなと思いますけど。
千2,3百万円ぐらいといたしますと、ユナム社から受け取ったのは、約、その4分の一という、かなり高額な金額になると思うんですけれども、これが、「倫理綱領」に違反するとは思わなかったんですか。
 そうですね。副社長さんだったか、医長さんだったか、大変迷って、いろいろ私に質問をしたことを記憶しております。そして、いろいろ相談に乗って答えをしてあげましたところ、大変な専門性だということで、大変感謝をされた記憶があります。実は金額が高価であるということに関して、僕自身も最初は驚いた面もありますけれども、恐らく、そういう感謝の表れだろうなというふうに、私としては受け取ったわけであります。また、私の友人が間接的にではありますが、そこの責任者をしておりましたので、恐らく業界としてできるだけのことを、私にしてくれたのかなあというふうに、その当時は漠然と考えたわけであります。
ですから、「倫理綱領」に違反するというふうには思わなかったんですか。
 そうですね。実は思いませんでした。
その可能性があるとは思いませんでしたか。何も検討はしなかったのですか。
 実はあまり検討しませんでした。
今考えてみて、どうですか。
 そうですね。ちょっと数字の問題なので、何とも申し上げられません。
乙第67号証を示す
乙第67号証の「倫理綱領」の12頁右側の上のほうに、先ほど読み上げた部分ですけれども、「(b)」に「通例の報酬を受け取る場合であっても、その額が職務との関連で社会の疑惑を招くものではないか」というふうに記載されているんですが、あなたの受け取った金額というのは、社会の疑惑を招くようなものではないというふうにお考えなんですか。
 そうですね。その当時、一つ一つ頂きましたので、必ずしも私はそう思ってなかった可能性が強いと思います。
現在はどうですか。
 そうですね。合計してみると、かなりの量かも知れません。
ここには兼業制限の問題も書いてありますけれども、それ以外に、その下に「大学の教官の地位に対する信用に安易に寄りかかって常識を超えた報酬を受け取ってはいないか」と書かれていますけれども、この点については、違反しているとは思いませんか。
 そうですね。それも数字の問題でありますから、その当時、そう思っていなかったということだと思います。
現在はどうですか。
 そうですね。必ずしもそう思っておりません。
常識を超えた報酬ではないと、お考えなんですね。
 はい。
甲第25号証の陳述書には、ユナム社の方に松村さんを紹介したということは書いてはいなかったんですが、先ほど見ていただいた乙第69号証には書かれているんですね。だから、この松村さんも紹介したということは間違いないということでよろしいですか。
 はい。間違いありません。
被告代理人(保田)
あなたは、ミドリ十字の歴代の3社長、安部英、あなたの後任の松村課長が、今まさに藥害エイズに関連をして、刑事事件として裁かれていることは知ってますね
 はい。知っております。
これは、あなたが生物製剤課長に在任中、それ以降に新たに感染を起こしたことの責任を問うているわけですね。
 そうだと思います。
あなたは、あなたが在任中に必要なことをやっておれば、これらの被告人たちは、今裁判を受けなくてよかったと、そういうふうには思いませんか。
 私としては、やれるだけのことはやったと思っております。
彼らの何が悪かったんですかね。
原告代理人(弘中)
ちょっと、質問として不適当だと思います。
裁判長
どうでしょうか。本件との関連で…。
被告代理人(保田)
はい。よろしいです。変わりますが、あなたは、先ほどの話だと、要は緊急対策は取る必要がないと、こういうふうに判断をしたということでしたね。
 私が判断したというよりも、私は心配をして、そういう対策は必要ないかということを、尋ねましたところ、その当時の私の考えも、大変偏ってたものですから。つまり、危険に偏ってたものですから。
そしたら、だれが判断するんですか。
 委員会の先生方が、それはできないということ。それから、患者さんの団体からも、治療方法を後退させるなと。
だれが判断したのかと聞いているんですよ。血液製剤の安全性に関する管理権、所掌は、だれがやってたんですか。
 それは法律のうえでは、厚生省であります。
厚生大臣でしょう。
はい。
薬事法上は。
はい。
当時、血友病の患者たちが使ってた輸入血液製剤について、当面エイズのリスクがないと、対応は取る必要がないと。それはだれが判断したんですか。
 最終的な決断は、それは厚生大臣だと思いますけど。
厚生大臣がいつ決断したんですかね。
 委員会のかなり早い時期に、そういう結論が出てしまいましたので。
そうですね。
はい。
委員会の早い段階というと、1983年の8月、9月この付近の段階で、厚生省は対応する必要はないというふうに決断したんじゃないんですか。
 そうですね。
そうでしょう。厚生大臣が結論したわけでしょう。
 いや、だから、それは研究班の…。
いや、いや、研究班ではなく、それは薬事法上は、要は。
 段階であります。
原告代理人(弘中)
ちょっと、質問は答えをやっている最中に、さえぎって質問を続けないでください。
被告代理人(保田)
薬事法上は、研究班なんて権限はありませんよ。薬事法上は、厚生大臣の権限になっているんです。血液製剤や医薬品が病原性微生物に汚染されたかどうか、そういうものについて、対応を取るかどうかというのは、ひとつに厚生大臣のみが権限を持つんですよ。だから、あなたが、さっきから大したことないから対応しないことを決めた、決めたとおっしゃるけれども、いつの時点で、厚生大臣が、そういうふうに決めたんですか。
 ……。
先ほどのによると、1983年の早い時期だと言っているんです。
裁判長
どうですかということで、そこで、質問を切ってください。
被告代理人(保田)
はい。では、いつの時点ですか。
 そうですね。私が決定的な印象を受けたのは、血液製剤小委員会の第1回目だったというふうに記憶しております。
それを受けて、あなたは局長なり、厚生大臣、いわば、厚生省としての意思決定、それはいつごろやったんですか。
 これは、必ずしも正式な手続をしていないと思いますね。
正式な手続はしていなくても、事実上厚生省全体として、そういう決定になったのは、いつごろですか。
 別に、そのころはどうするという結論を出さなければ、現状のまま行くわけですね。
そうすると、現状のまま行くというのは、あなただけが結論したんですか。要は、あなたから、トップの人、あなたより上の人はだれも関与してないんですか。
 研究班の段階ではですね。
研究班を聞いているんじゃないんです。
原告代理人(弘中)
答えている最中に、質問をしないでください。
被告代理人(保田)
話をそらすからです。要は、厚生省の問題を言っているんです。厚生省の問題として、あなたより上司で、現状のままでいいんじゃないかというふうに結論したのは、どなたですか。
 大変難しい質問ですね。それは…。
難しくはありませんよ。事実を聞いているんですよ。
 要するに、何もしてないと思います。
何もしてない。
 はい。
そうすると、あなたが結局、このエイズの問題に関しては、最終決定を厚生省の中ではやったと、こういうふうに聞いていいですか。
 それもなかなか難しい質問ですね。
難しいんじゃないんですよ。あなたが、だれか局長なり、審議官、厚生大臣と相談をして決めたのなら、厚生省全体として意思決定をしたというふうになります。ところが、あなたのお話だと、要は、あなたのレベルで、もう対応は取らなくてもいいと、こういうことで局長にも、上の段階には一切提案はしていないと、こういうことなんでしょう。あなたの言いたいのは。そういうことですか。
 そうですね。研究報告書は、それは決裁は行っていると思いますし、話も報告はしていると思いますけど。何か対策を取るということであれば厚生省では、それぞれ関係する課も出てきますので、皆で相談をしてやりますけれども、その段階では、特別に行動を取るという、そういうことになりませんでしたので。
そうすると、結局は最終的に、あなたが在任中に関する輸入血液製剤についての方針は、あなたが実際上決めたと、こういうふうに聞いていいですかね。
 研究班で決めるというのはね。
研究班が決めるんですか。
 だから、そのリスクに関する議論だけをすると、そういう議論になるわけでありますが、メリットもあったわけでありますから。
要はですね。
裁判長
ちょっと、答えてからね。はい。
被告代理人(保田)
どうぞ。
 いろいろメリットもあったわけでありますので、そのメリットを捨てることができないというのは、世界中の関係者、患者も含めて、みなさんの合意だったわけですよね。
あのね。先ほどから聞いているのは、そういうことを聞いているんじゃないんですよ。話をはぐらかさないでください。要は、エイズ研究班を設置した1983年の5、6月ごろから、1984年の7月まで、あなたは厚生省の生物製剤課長にいたわけですよね。その期間中に、輸入血液製剤について、なんら対応する必要がないのかどうか、この事について、最終的に在任中対応する必要はないと、こういうふうにあなた自身が思って、厚生省の局長にも、厚生大臣にも、なんら意見を述べなかったと、こういうことでよろしいんですか。
 意見は述べないことはなかったと思います。厚生大臣…。
では、何を述べたんですか。
 厚生大臣も国会で答弁していると思いますので、あるいは、局長も答弁していると思いますから、私は、覚えてはいませんけれども、彼らに、それなりの情報を伝えていたことは間違いないと思いますし、また、研究班のたびに記者会見もしておりますので、それらにつきましては、局長、それから大臣、関係者みなさんは周知していたんじゃないんでしょうか。
あのね。厚生大臣は一般国民じゃありませんよ。何をとぼけたことを言っているんですか。
原告代理人(弘中)
ちょっと待ってください。あまり品位を欠く質問はやめてください。
被告代理人(保田)
いや、要はね。
原告代理人(弘中)
品位を欠く質問はやめてください。品位の欠く質問は、裁判長、制限してください。
被告代理人(保田)
要はね。記憶がないと思うと、そういうことをおっしゃっているじゃないですか。
言ってください。じゃあ、あなたが、具体的にいつごろ…。
原告代理人(弘中)
ちょっと待って。普通の質問をしてください。先ほどの質問を撤回してください。まず。
被告代理人(保田)
何をですか。ちゃんと答えてください。よろしいですか。
原告代理人(弘中)
とぼけた質問というのは、やめてください。
裁判長
では、ちゃんと答えてくださいって。だけど、保田代理人のほうは、結局は何を。
被告代理人(保田)
ちょっと待ってください。それは前提なんですよ。
裁判長
結局自分の、何に対する…。
被告代理人(保田)
要は、郡司さんが1人で決められたのかということを聞いているんです。
原告代理人(弘中)
さっきから関連性はまるでないと思いますが。
裁判長
1人で決めたというんじゃなくて、それは、ある程度評価の問題じゃないんでしょうか。
被告代理人(保田)
厚生省の機関としての問題なんですよ。要はね。厚生省の機関としては、あなたの段階で、生物製剤課の課長の段階で、最終的には、この間の政策決定はされたと、これでよろしいんですか。
原告代理人(弘中)
それは、もう重複ですし、関連性もありません。
被告代理人(保田)
そんなことはない。
被告代理人(藤田)
ご主張で郡司さんには権限がなかったという、ご主張を確かされてますよ。それに関連すると思います。
裁判長
じゃあ、もう一度端的に質問して、こうですかという、あなたが…。
被告代理人(保田)
端的に聞きます。ああいいです。分かりました。聞きますよ、端的に。
裁判長
だから、郡司さんは、どういうふうに答えたかと。あとは、もう評価の問題になるのと違いますか。
被告代理人(保田)
要はね。じゃあ、こう聞きましょう。あなたが今の時点で記憶していることは、この血液製剤の問題について、在任中、局長や厚生大臣に対して、具体的になんらかの意見具申をしたことはありますか。したとすれば、どういう内容をしましたか。
 もう十何年も前の話でありますから、どう言ったかまでは覚えておりませんけれども、大臣は国会答弁をしていると思います。局長もしていると思います。
いや、今記憶している…。
 局長もしていると思いますから、それらの趣旨につきまして、あるいは周辺の事柄について、私は当然説明していると思います。
裁判長
よろしいですか。
被告代理人(保田)
はい。
裁判長
では、次の質問をしてください。
被告代理人(保田)
はい。クリオの転換がありますね。クリオの転換は、なぜクリオの転換が議論されたんですか。
 それは、1983年の春の「二ュー・イングランドジャーナル・オブ・メディスン」に、二つの論文と一つの意見が出て、二つの論文というのは、濃縮製剤を使っている患者では、細胞生命比が低下している可能性があると、そういう趣旨だったと思います。意見というのは、これはディスフォージスという人だったと思いますが、この際、アメリカでは、今濃縮製剤の自己注射が行われているが、これを一時やめてクリオに返すべきではないかという意見を掲載しました。そういう意見を読んだものですから、先ほど申し上げましたように、当然のことながら、日本では同じ種類の薬を使っている人が多いわけでありますから、同じような危険にさらされると、そういうわけで、日本でも検討すべき問題だというふうに考えたというわけであります。
クリオはどういう意味で、有効な対応になれぬというふうに考えられたんですか。
 それは国内血でありますし、日本では、まだエイズの患者さんは出ていないと。少なくとも、アメリカにみるような同性愛者の間でエイズのような症状が多発しているという状況はありませんでしたので、明らかに日本の血液のほうが安全であることは明らかでありましたから、そういうことを考えたわけであります。
要は、エイズの非流行地域である日本人の血液を用いたクリオに転換をすれば、感染の危険ははるかになくなると、こういうふうに考えられたわけですね。
 おっしゃるとおりです。
先ほど、医療の本質ということを言われたから聞くんですが、当時血友病Bの患者たちは、日本で何人くらいると言われましたか。
 Bに関しては、あまり記憶しておりません。
血友病Bの患者は、日本に750人ぐらいです。当時血液製剤は、その原料からみれば、血友病Bに関しては、いわゆる輸入製剤と国産の日本人の血液で作られたものこれは、どういう分布でしたか。
 それも、ちょっとよく覚えておりません。
知りませんか。
 はい。
かなりの量が。
 かなり作られていたと思いましたが。
日本人の血液で作られていた血液製剤はかなり使われていましたね。そういう記憶はありますでしょう。
 漠然とではありますが、そういう感じを持っております。
それで聞くんですけども、そうであるならば、その後の部分、たかだか7百数十人の患者のうちの、その半分としても、400人弱ですけども、こういう患者たちについて、全面的に、非流行地域である日本人の血液に転換するとか、そういうことは考えられなかったんですか。
 それは非常に難しいわけであります。原料はもちろん新鮮凍結血漿でありますが、当時の新鮮凍結血漿というのは、採血されたものはすべて病院で医療のために使われていましたので、その製造の原料に回せる余裕もありませんでしたし、また、それを作る技術も日本赤十字社が持っていないと、そういう構造的な問題、これは先ほども申し上げましたが、そういうことが、その当時の実情でありましたので、非常に難しかったと思います。
要は、その400人弱ぐらいの患者たちに使う血液の確保するのは、厚生省としては当時できなかったと、こういうことですね。
 それもありますし、構造の問題もあるということですね。
次に、先ほどのことですけれども、要は、先ほどの「二ュー・インクランドジャーナル・オブ・メディスン」の論文ですけれども、いわゆる血友病で、いまだ血液製剤の治療を受けてなかった人や、あるいは、赤ちゃんであるとか、そういうものについては、クリオを使うようにと、こういう勧告が出ていますね。
 はい。
あなたは、厚生省として、言ってみれば日本でも、そういったヴァージンケースの患者たちや、新しく生まれた患者たち、そういう人たちをエイズの感染から守るべきだというふうには、考えなかったんですか。
 もちろん、NHFのリコメンデーションは、私は重要だと思いました。そして、血液製剤小委員会にその文献を示して、討論をしていただきました。彼らは大変、この刑事事件のなかで明らかになったことでありますが、大変な時間を費やして、その議論をしていたようであります。しかし、最終的な結論は、やはり濃縮製剤に勝るものはない、そういう結論だったと、私は記憶しております。
そうすると、その研究班の結論でもって、厚生省としては身動きが取れなかったとこういうことですか。
 身動きが取れないというか、そういう判断なんだなというふうに思ったわけであります。
先ほど、エイズのリスクについては、そんなに危険じゃないんじゃないかという認識だったと。特にATLについて、そういう説も出ていたということで、ガロの説明をされてましたね。これは、明確に日本では、否定されてたんじゃないんですか。
 それは委員会の中でも、大河内先生が、あの論文には疑義があるということを述べておられましたし、また、ご存じのとおり、あのガロのうしろに、モンタニェたちのグループがそうじゃないんじゃないかという論文を載せておりました。そんなことから、必ずしも確定されたわけではないなということを、みんなが思ったとは思いますけれども、やはり、ガロの論文も結果的には、要するに、そこに出た現象は正しかったと。ただ、特異的な部分を検出していなかったということだと、私は思いますしたがって、ガロは間違えましたけれども、現象自身は正しく観察していたということだったと、簡単に言うと、私は思います。
要は、エイズに関して、研究班は84年の3月に解散をしますね。なくなりますね。それ以降7月までの間、緊急対策を取る必要性は感じなかったんですか。
 もう、その当時は加熱製剤の治験に入ってしまっていた時期だと思いますので、特別緊急対策という、そういう状況の変化はなかったと、私は思います。
当時のエイズに関するリスク、あるいはその治験に関して、いろいろ情報を集めましたか。
 これは、はっきり言いまして、開発するのはメーカ−の仕事でありまして、行政の責任ではありませんが、いろいろの情報は聞いておりました。
その後、あなたが7月にお辞めになるとき、松村課長には、エイズ対策については具体的にはどんな引継ぎをしましたか。
 よく覚えていませんが、私はものに書いて、紙に書いてお渡しして、引継ぎをした記憶があります。ただ、エイズ対策としては、むしろ、これからは加熱製剤はもう既に始めておりましたので、中長期的対策に力を入れてほしいということを申し上げたような気がいたします。確実な記憶ではないんですけれども、そういう記憶がなんとなくあります。そして、松村課長は、大変忠実にそのことを実行されたようであります。あとは、刑事の裁判のなかで、検事さんにいろいろ調べていただきましたけれども、そのなかで、決して安部先生の委員会というか、エイズの問題が、すべて研究班として消滅したわけではなくて、その後、ウイルスであるということは確定したわけでありますから、その次は、そのウイルスの性質を調べる。そういう研究班を起こしていたようであります。
要は、あなたがそのときに、依然として危ない製剤が使われ続けていると。対応をし得る段階であれば、その要は、血液製剤の使用をやめるべきであると、こういう内容のことは引き継がなかったんですか。
 ちょっと記憶しておりません。そういう引継ぎはしていないんじゃないかと思われます。
その結果、松村課長は、従来の汚染された製剤がずうっと使われ続け、それについての対応をしなくてもいいんじゃないかと、こういうふうに考えて、ああいう結果になったんじゃないんですか。
 それは、ちょっと分かりません。私の申し上げることではないんじゃないかと思います。
被告代理人(新美)
乙第81号証の1及び2を示す
これは、あなたの所に来た公開質問書ですね。
 はい。そうだと思います。
これは受け取るだけですか。内容を読んだことはあるんですか。
 読んだと思います。
甲第1号証ないし同10号証を示す
これは、ずうっと写真ですが、見ていただけますか。写真をずうっと見てみますと96年11月5日に、あなた自身が撮影したものと、97年10月14日に撮影したもの、これが大変数が多いんです。で、原告の主張によりますと、96年11月ごろから98年にかけて、立看板が出されたと、こういう主張になってます。それは間違いないですね。
 だと思います。
それで、立看板が出始めたというのは、先ほどの公開質間状、乙81号証が、あなたの所に届いてから、だいぶたってからですか。
 ちょっと記憶しておりませんが。
公開質間状をいただいたころには、もう立看板はあったんですか。なかったんじゃないんですか。
甲第2号証、同4号証、同5号証、同7号証ないし同10号証を示す
96年11月5日の撮影部分というのが、かなりあるんですが、これらは全部96年11月5日の撮影部分なんです。かなりの枚数の写真を撮られているんですが、これはいつごろ、これは早朝ですか。それとも夕方ですか。この写真をあなたが撮られたのは。
 それは、ちよっと覚えてませんね。あまり人けがないから、朝かも知れませんね。
このころ思い立って、写真を撮ろうとされたのは、どういうお気持ちから撮られたんですか。
 これは問題だと。場合によっては証拠が必要だなというふうに思ったからであります。
甲第1考証の@、同3号証の@・A及び同6号証を示す
97年10月14日にも、写真を撮られていますね。これらは全部97年10月14日のあなたご自身が撮影した写真というふうに説明がありますが、2回にわたって、じゃあ撮られたわけですね。
 だと思います。
それは将来、裁判でなにか証拠にしようかということでしょうか。
 それもあったと思います。
将来、裁判のなかで、この問題というのを、いずれ議論をしようということですか。
 裁判するというのは、そういうことだと思います。
96年というと、あなたが定年退官になるまで、一年以上も前のことですね。
 そうですね。
で、公開質間状が、あなたの所に届いたけれども、あなたのほうは、それに対して何の反応、回答もされなかったわけでしよう。
 する義務はないと思いました。
学内で、こういう問題が提起されること自体が、あなたとしては、間違ったジャーナリズムが大学内部に流入してきたと、こういうご認識ですか。
 そうですね。やめろというような趣旨のことが、うしろに書いてありますので。
あなたのお書きになったものだと、なんかファシズムのことを言っておられるけれども、こういうことについて、学内できちっと反論しようというふうに考えたことはないですか。
 そうですね。ちゃんとした団体であればやってもいいんですけど、結果は、どうなるかは大体想像がつきますので。
医学部の同僚の方からも、特に中川君の問題について、斡旋と言いますか、同僚のよしみからでしょうけれども、何かいろいろと助言を受けたことはないですか。
 あったかも知れません。しかし、私のところまで、直接来たかどうか。しかし、私が知っているということは、そういう打診があったのかも知れませんね。
いずれにしても、証拠の写真は撮るけれども、学内でまともに議論をすべきではないと考えておったわけですね。
 いや、そういうわけではなくて、そういう仲介があったらば、私としては、話をしてもいいかなというふうには思ってましたけど。
「東大職連」というのは、そういう相手ではないと、こういうことですか。
 「東大職連」というのは、正式な組織ではないというふうに聞きましたので、私はあまり相手にはしたいとは思いませんでした。
それで、定年退官をされるのを待って、この証拠を使われて、訴えを起こされたとこういうことですか。
 そうですね。私は大学にいる間は、教育研究に専念しなきゃいけないと思いましたものですから、そうしていただきました。
被告本人
あなたに対して、菅厚生大臣が96年当時、あなたに対する懲戒処分を指示したということが報道されているんですけれども、それは聞いてますか。
 ええ。噂で聞きました。そして、彼が書いた「ダイジン」という本か何かに彼が書いてますよね。
じゃあ、ご存じですね。
 はい。
それについて、あなたは、どう思いましたか。
原告代理人(弘中)
関連性がないと思いますが。
被告本人
郡司さんの薬害の責任に関することだと思うんですけどね。じゃあ、感想はいいです。
裁判長
はい。
被皆本人
事実の問題としては、その懲戒処分の指示に対して、報道によると、厚生省の事務方が抵抗して、結局、その懲戒処分の指示というのは、次の小泉厚生大臣に引き継がれたというふうに報道されているんですけれども、これも、ご存じですか。
 ええ。噂に闘いております。はっきり申し上げまして、私がした事につきましては、厚生省の中では、きちっとした評価がなされていたので、恐らくみなさんが、そういうことを主張されたんじゃないかなと思います。
今、言われた厚生省の中というのには、厚生大臣は入ってないんですか。
 厚生大臣は、そのときおりませんでしたのですね。
ええっ…。
 菅さんは、そのとき厚生大臣ではありませんでしたから。
指示したのは、当然厚生大臣当時ですよね。
 そうです。ですから知らないで指示した可能性もありますよね。
知らないでというのは、何を知らないでということですか。
 エイズの問題の実態を。
原告代理人(弘中)
それは関連性がないし、議論にわたってますが。
被告本人
ちょっと待ってください。郡司さんの薬害責任そのものなんですけども、要するにさっきも質問に出たように、菅厚生大臣は、大臣になってすぐにその問題に取り組んで、それで、菅さん自身が薬害の被害者に謝罪したわけですよね。菅原生大臣が謝罪したというのは、あなたが血液製剤の問題を主管していた間の厚生省の対応について、大臣が謝罪したわけですよね。
原告代理人(弘中)
その問題は、さっきから散々、もう聞かれてます。重複です。
被告本人
ああ、そうですか。一応小泉さんに引き継がれたというのは、知っていると。
裁判長
知っているのか。まあ、なんかニュースで、そういうふうに聞いていると言ってましたがね。
被告本人
そういう話は聞いていると。
裁判長
はい。
被告本人
発令されないうちに、あなたが98年3月に退官されたわけですね。あなたが退官された当時、小泉さんは、まだ厚生大臣だったと、そういう経過ですね。
裁判長
あとは、どの点でしょうか。よろしいでしょうか。
被告本人
はい。それからもう一つ、ユナム社のことなんですけれども。
裁判長
はい。
被告本人
乙第67号証を示す
はい。さっきから「倫理綱領」と言っているものですけれども、その10頁。
裁判長
その点は藤田代理人が質問されましたけれども、それと重複しない点でお願いします。
被告本人
はい。この10頁の所に「(公務員の収賄禁止)」というので、「収賄とは、『公務員が』『その職務に関し』『賄賂』を『収受、要求または約束』することである」と。そして、賄賂というのは「職務に関する行為の対価としての不正の利益」であると、こういうふうに書かれてますね。
裁判長
はい。それがそう書かれているのはそうですけれども、何を聞かれたいんですかね。
被告本人
それで、あなたがユナム社から受け取った300万円について、お聞きしたいんですけど、あなたが受け取ったお金は、この「職務に関する行為の対価としての不正の利益」ではないんですか。
原告代理人(弘中)
ちよっとすみません。重複でもあります。自分の単なる意見を押しつけているだけであります。
被告本人
いやいや、ただ見解を聞いているだけです。
原告代理人(弘中)
見解を聞くのは不適当だと思います。
裁判長
だけど、これはそうじゃないというふうに、先ほど言っているんじゃないんですか。
被告本人
いや、そこはまだ聞いてないような気がします。
裁判長
そうですか。
被告本人
はい。
裁判長
はい。じゃあ、郡司さんどうでしょうか。
 不正ではないと、私は思っております。
被告本人
不正でないというのは、どうしてですか。
 意見書にも書いたとおりであります。私は鹿児島県のいろいろな経験がありまして、長期に病気で欠勤したりすると、その人を、私は衛生管理者の立場にありましたので、退職を命令しなければいけないんですよ。ね。大変かわいそうだなと思いながら、つまり一家の大黒柱が県庁を辞めさせられる、その後、どうやって生活するのかなあと思いながら、私はそういう決断をしたわけであります。もし、こういう保険が日本にあれば、多くの労働者がこれによって助かる可能性があるんじゃないかと実は、私は本気にそう思いました。したがって、日本で、こういう保険が開発されないのは、いわゆる護送船団方式と言いますか、そういう環境の中で甘えてきた保険会社の体質がら出てきたんじゃないかと。当時ちょうどアメリカとの貿易摩擦の議論の盛んなころでありまして、特に金融・保険、これはそのときの焦点でありました。こういうものが、日本に入ってくるということであれば、そういう問題の解決にもつながるというふうに思ったものですから、私の友人がたまたまそういう仕事をやってましたので、誠心誠意彼に応援をしたいなというふうに思ったわけであります。特に、社長さん、あるいは、副社長さんでしたか、が来られたときも、日本にはモラル・ハザードがあるのかどうかとか、そういう問題の調査に入っていなかった、いろんなことを確認したかったらしいんですよ。そこで、私は直接英語でやりましたので、大変喜ばれて、それで日本の進出を決めたようであります。そういうことで、私はそんな不正なことをやったという記憶は、実はあまりないのであります。ただ、定期的にお金が振り込まれるということ、これは兼業に当たるんだと言われると、それはうっかりしました。ごめんなさいということなんですよね。
被告本人
そうすると、要するに、あなたのおっしゃるのは、あなたは疾病保険の導入という非常にいい事をやったので、これは不正な利益ではないと、そういう趣旨ですか。
 そうですね。私は不正をしたような記憶は、さらさらないというのが正直なところであります。
この下を読んでいただけますか。「(a)それが正当な職務行為であっても収賄罪が成立する」というふうに書いてありますね。
 これの全体の文脈を見てみないと、よく分からないのでありますが。
では、見てください。どうぞ。
裁判長
それで質問は。
被告本人
要するに、あなたはユナム社から受け取った300万円について…。
 これはあれですか。正当な職務の行為、正当な支払であっても受け取ると、収賄になるということですか。
「倫理綱領」に、そういうふうに書かれていますよね。
 ちょっと、それはよく理解できないので、この場で、私は即答することを避けさせていただきたいと思います。
はい。
裁判長
よろしいですか。あとは、議論になっちゃいますからね。
被告本人
もう1点お聞きしたいんですけれども。
裁判長
もし、何かあれば、新美代理人にでも、こういう点について。どの点ですか、何かあるんですか。
被告本人
最後に。ちよっと。私がファシズムとかいうふうに関連して言われますので。
裁判長
そこは、また何かあれば。何かあと。
原告代理人(弘中)
1点だけ。
裁判長
はい。じゃあ、これで最後にしていただければありがたいと思います。
原告代理人(弘中)
トラベノール社の回収の問題を必ずしも詳しく研究班の会合に報告しなかったということなんですが、今振り返ってみて、そのことを詳しく報告していた場合に、何かその後の見解なり、対策は変わったというふうに考えられますか。
 はっきり言って変わらなかったと思います。というのは、その証拠に、NHKがこのことを取り上げて、大番組を作って、ある委員に、もしこのことをその当時知っていたら、エイズに対する対策は変わったでしょうというような発言をさせ、それを報道したわけでありますが、テープが出てきてみたら、その委員はその場にいたわけでありますし、その後何の発言もしておられません。したがいまして、この報道によって事態が変化したということは、全く考えられないと、むしろ、それが証明されたというふうに思います。
被告代理人(虎頭)
今の弘中代理人の前提としては、詳しい説明をした場合に変わったでしょうかという質問だったんですね。トラベノール社の回収問題について。ところが、現実には
あなたは、その委員がいたとおっしゃるけれども、あなたの報告そのものが詳しいものでないから、それは、ちょっと答えとしてはおかしいんじゃないんでしょうか。
 しかし、詳しいと言っても、一体一番大切な情報は何なのでしょうか。
裁判長
だけど、お互いのは、なんか仮定の議論でしかないんですね。もしそうであるならばということで。実際そうじゃなかったんだから、言ってみても、どうなのかなという感じはしますけどね。
被告代理人(虎頭)
はい。
裁判長
では、これで終わります。
以上

ホームページに戻る  裁判関係メニューに戻る