郡 司 氏 の 準 備 書 面(2)
この準備書面は1999年2月8日の第3回公判で提出されたものです。
平成一〇年(ワ)第一八九八三号
損害賠償請求事件
一九九九年二月八日
原告訴訟代理人
弁護士 弘中惇一郎
同 喜多村洋一
同 飯田 正剛
同 坂井 眞
同 加城 千波
東京地方裁判所民事第三六部合議係 御中
準備書面(二)
右書面について、認否反論する意味があるのは四項の3以下[東大職連注:郡司氏側が名誉棄損としている立て看板に貼られていたビラの内容]と思われるので、この点について、以下の通り認否反論する。
一 A[東大職連注:郡司氏は、自ら繰り返し語っているように、厚生省生物製剤課長として82年の暮れか83年の極めて早い時期に非加熱血液製剤によるエイズ感染の危険性を十分承知していた。]について
原告が「早い時期から危機感を持っていたこと」は事実であるが、「エイズ感染の危険性」という言葉が、その後に分かった具体的危険性の内容まで含むとすれば、否認する。
二 B[しかし、氏は、終始一貫して、非加熱製剤の使用を推進した。]について
原告が、非加熱製剤の使用を推進した事実はない。C 以下の認否は後述の通りであるが、C〜FからBが導き出せるとの主張自体も争う。
三 C[83年当時、アメリカでは供血者のチェックが行われていたが、それでもエイズ感染者から採血され、血液製剤が作られていた。]について
一九八三年当時、アメリカで供血者のチェックが行われていたことは事実である。「エイズ感染者から採血され」という事実は否認する。そのような事実を裏付けるものはない。ただし、「エイズ患者ではないが、HIVに感染していた者から採血されたことがあった」との趣旨であれば、抗体検査が行われていなかった時点では、そのようなことがなかったとまでは言いきれない。可能性として、当然あり得たことである。しかし、その時点では、そのように認識されていたものではない。
四 D[これは83年6月、トラベノール社のエイズ汚染製剤の輸入で明らかであった。]について
八三年六月のトラベノール社のエイズ汚染製剤輸入の事件とは、当時実践されていた供血者チェックの基準に反した血液から作られた製剤が間違って輸入されるという事件があった(しかし、販売前に判明して回収された)、ということである。どのような防御システムを設けていても、誤って、排除されるべきものが混入されるということはあり得る。しかし、そのような事件が一件発生したということから、防御システムが設けられていなかったとか、防御システムがまったく機能していなかったという一般論が導き出せるはずがない。
すなわち、このトラベノール社の事件があったというだけのことで、一般的に「エイズ患者から採血され製剤が作られていた」などという事実が導き出せるはずがない。
五 E[しかし、郡司氏は、エイズ汚染製剤が輸入された事実をあえて公表せず、輸入禁止措置もとらなかった。]について
原告は、右のトラベノール社のエイズ汚染製剤(厳密にいえば、実際にエイズウィルスが混入していたかどうかまでは不明であった。供血者についてスクリーニングの基準に反していたということである)輸入の事件について、第一回エイズ研究班で公表した。当該汚染製剤については、直ちに回収されたので輸入禁止措置を執る必要はなかった。それ以外の血液製剤一般については、それらがエイズ汚染血液製剤と考えるべき根拠がなかったので、輸入禁止などの処置を執ることはなかった。
六 F[83年6月にすでにアメリカでトラベノール社の加熱製剤が認可されていたが、郡司氏は日本での使用を認可せず、臨床試験が必要だとした。]について
輸入製剤の承認(認可ではない)をするのは、薬事審議会の諮問を経て厚生大臣が行うことであり、原告は承認する権限など有していなかった。
また、海外で認可されている薬剤についても、日本での輸入製造販売のためには、あらためて日本での臨床試験などのデータを必要とすることは、当時の薬務法でそのように定められていたことによるものである。なお、原告は、その権限の範囲で、加熱製剤の承認ができるだけ速やかに行われるように努力したものである。
七 CからFの総合評価について
「直ちに非加熱製剤から加熱製剤へ切り替える措置」というものは、新薬についての承認手続きを設けている法制上、あり得ないことである。もっとも、以前、ポリオワクチンについて、超法規的措置が執られたことはあるが、そのような措置はまさに内閣レベルの政治判断ではじめて可能なことであって、一課長に過ぎない原告の責任でなし得るはずのないことであった。
したがって、「承認の遅れ」と言われるべき事情もない。また、そのことでミドリ十字が最大のメリットを受けたという事実もなく、もとより、そのようなことに原告が関心を抱いたこともない。
このことに、前述のCからFについて反論した点とをあわせれば、被告の主張するような評価をなし得る余地はない。
八 G[郡司氏は血液製剤の危険性を熟知し、死に至る病・エイズの感染を防ぐ方法があったにもかかわらず、当の血友病患者には危険性を一切知らせず囲い込んで、1800人以上もの血友病患者を死に至らしめる道をあえて選択し執行した。]について
原告が「血液製剤の危険性を熟知していた」事実はない。一定の危機感を有していたに過ぎない。不安を抱くことと、結果的に明らかとなった具体的危険の内容を熟知することとはまったく次元の異なることである。
さらに、「エイズの感染を防ぐ方法」が、当時「あった」ということについて否認する。被告の主張の趣旨は、「非加熱製剤の使用中止・加熱製剤に切り替え」ということだというが、そのようなことが、当時、現実的な選択肢として論議されていた事実自体がない。もとより、存在しない加熱製剤に切り替えるなどできるはずもない。当時の状況を無視した、単なる結果論であれば、およそ無意味な議論である。
「危険性を一切知らせず」との主張は、「知らせるべき事実がある」ことと「原告がそれを知らせるべき立場にあった」ことを前提にした主張であるが、いずれも事実に反する。被告において、何をどのように伝えろという趣旨か、明らかにされたい。
「囲い込んで」というのは、後述のJKのところで認否反論する。
九 H[83年5月25日付の生物製剤課文書は「現時点ではわが国における血液製剤の輸入禁止措置は行わない」とし、その「理由」の一つとして「血友病患者の日常の管理を強化することにより他者への感染の危険は極めて少ないと考えられる」と記している。]について
被告指摘の文書は、生物製剤課の職員藤崎のメモのようであるが、そのメモを二カ所抜粋したことで、本件で意味のある事実が導き出せるとは到底思われない。
一〇 I[血友病患者は日本全体で約5000人であり、郡司氏にとっては「マイナー」な存在だった。]について
被告の主張は否認する。原告は、血友病患者のことに ついて、心底から心配していた。
一一 J[郡司氏は血友病患者のエイズ感染を予想し見殺しにし、例え血友病患者全員を感染させたとしても、「日常の管理を強化」すれば、すなわち“隔離政策”を取れば、「他者への感染の危険」はないと判断したのだ。]について
被告の主張は否認する。「日常の管理の強化」という言葉は藤崎メモの言葉であり、原告として関与したものではないが、なお、藤崎メモの趣旨でも、これを「隔離政策」などと解する余地はない。
一二 K[これは「多数者の安全」「社会防衛」のために「少数者」・社会的「弱者」を隔離しようとするものであり、刑法改「正」により導入しようとして果たせない「保安処分」にほかならない。]について
この点は、純然たる被告の主張であるが、その前提がおよそ事実に基づかないものであることは右に指摘したとおりである。なお、被告の主張する事実を前提にしても、この箇所での論理の展開はあまりにも論理の飛躍が甚だしく、整合性のないものであり、ほとんど「論理の体」をなしていない。
一三 L[かつて医学部精神科の台(うてな)教授が「精神病者」の脳の一部を切除するロボトミー手術を行い、告発されたとき、医学部教授会はこれを人体実験と認め、社会的「弱者」を「社会一般多数」あるいは「人類」の名のもとに犠牲にするものとして反省を表明した。]について
事実としての主張とは解しがたく、本件との関連性も不明であり、認否の限りでない。
一四 M[しかし、血友病患者に対する見殺し・「保安処分」政策を選択し執行した郡司氏を、医学部教授会はかばい続けている。]について
否認する。趣旨はこれまでに述べたとおりである。
一五 N[その医学部・病院で、生命に関わる重大事件が次々と露見している。]について
これだけでは事実主張でも意見主張でもなく、認否のしようがない。
一六 加熱製剤について
なお、被告の主張は、加熱製剤がエイズについて有効であったことが一九八三年六月頃から分かっていたことを前提にしているが、そのような事実はない。
もともと加熱製剤はB型ウィルスを前提に開発されたものであり、それでさえ、日本での承認基準からするとデータがきわめて不十分なものであった。もとより、それを裏付けるデータなど何もなかった。したがって、せいぜいが、一つの観測としてそのようなことがあるかも知れない、といったレベルに過ぎなかったのである。むしろ、基本的に重要と考えられたのは、日本の血液製剤についての基本姿勢を根本的に改めて、国内血ですべての需要を満たすということであった。原告は、これをこの時点で提唱し、そのために尽力したのであった。
本件立て看板の名誉毀損としてのもっとも基本的な問題は、「原告がユナム社から賄賂を受け取っていた事実」があるか否かである。
「賄賂」という概念は、「職務の執行に関連して不正に金品などを受領すること」であるが、被告の指摘しているのは、「原告がユナム社からコンサルティング報酬」名目で金銭を受領したことに過ぎない。これでは、およそ「賄賂」の主張になっていない。被告の「賄賂主張」の根拠が二項(3)に尽きるのであれば、被告は、何の根拠もなく「賄賂」との名誉毀損的言辞を弄したことを自認したに等しい。
原告が、ユナム社に対して一定のアドバイスをした事実がある(ただし職務とは何の関係もないことである)ことと、それに関連して若干の謝礼を受け取ったことは事実である。そしてたまたまその支払いが継続的給付のような形をとったため、「公務員の兼業禁止の理念から好ましくない」として当局より戒告処分を受けたことは事実である。しかし、この問題はこれに尽きるのであり、どのように拡大解釈しても、このことを「賄賂」などとして非難さるべき合理的理由はまったくない。
被告として、本件の立て看板が名誉毀損でないというのであれば、「賄賂授受」の根拠を早急に示していただきたい。
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