国立大改革論議

世界水準もとに


1999年10月3日 日経新聞朝刊


 文部省が国立大学の独立行政法人化を容認する方針を打ち出したことが、国立大学関係者に波紋を広げている。立川涼・前高知大学学長に寄稿してもらった。

高知大学学長 立川  涼

奥行き欠ける視点

 国立大学の独立行政法人化がにわかに現実味をもってきた。21世紀の大学のあり方を左右する決定がなされようとしている。しかし今の議論はいかにも人り口が狭く奥行きもないように思われる。国立大学は現状のままで21世紀社会にこたえていくことはできないし、大胆な改革が必要なのは承知している。しかし、その方法や手順を誤れば取り返しのつかない事態を生み出しかねない。

 今年、国立人学の大半は創立50周年を迎えた。戦前の大学が「国家ニ須要ナル学術ノ理論及応用ヲ教授」を目的としたのに対し、戦後の国立大学の設置のポイントは国家の直接的統制から離れ、「専門の学芸を教授研究し、知的、遣徳的及び応用的能力を展開させること」を目的とした点にあった。

 直接的統制から離れたとはいえ、国立大学が旧制の諸高校、師範学校、専門学校等を母体に各県にほぼ均等に整備されたのは、文部省の施策の結果でもある。国立大学は各地方の文化の発展や知的資源の開発に貢献し、人材を選抜・教育・供給する役割を担い、基礎・応用研究においても高い生産性を築くなど、戦後日本の経済社会を支える「社会的共通資本」として機能してきたのである。

 しかし、この間の国立大学の歩みは全画的に肯定できるものではなかった。

 第一に、発足時から大学間格差が残存され、経済発展に見合うテンポで人的物的資源の投入がされてこなかった。国立大学の施設の貧困さは、入学した学生がショックを受けるほどである。

 第二に、国民の大学進学需要にこたえてこなかった。大学進学者の増加はもっぱら私立大学がそれを引き受け、国立大学の定員増はわずかにとどまった。

 第三に、戦前からの官立大学の弊風を払しょくできず、すべてがいわば「小東大」を目指したため、「縦割り行政への依存」体質が深まった。

 第四に、旧来の社会経済制度が急激に疲弊し価値観の根本的変換が求められているにもかかわらず、価値観の再構築、新たな文化の創造、新しい社会経済制度の提案、それらに基づく国民各個人の諸能力を絶えず再生する役割を担う準備が不十分だった。

 こうした点が国民の国立大学への不満、批判の根底をなしていると考える。

 91年の大学設置基準の改定以降、国立大学は改革を急速に進めてきた。それは日本社会の変動と無関係ではない。20世紀の社会経済システムが人きく変わろうとし、21世紀の社会像がその延長線上に描けない以上、大学も社会も変わらざるを得ない。学問研究の縦割り分化を見直すなど新しい知の構築が問われている。創造性と基礎学力に優れた文理融合型の新たな大学教育を再構築し、世界的課題に貢献できるより高度な学術を開花させなければならない。

◇   ◆

 大学は社会のあらゆるセクターに人材を供給するとともに、それ自体が国民生活や文化・思想の豊かさの証明となる。大学の研究と教育は、研究開発を担うとともに将来にわたる担い手の養成、すなわち次代の研究基盤の不断の再生産の機能を持つ。ポランニー流の別の表現をすれば、「貨幣表現できない暗黙知」をマクロ的に蓄積している。だから、大学や教育を一つの産業分野あるいは行政分野と見る発想では片付かない。

 また、学問における競争は市場原理だけをモデルにはできない。研究者の社会性やヒューマニティーが大きな比重を占める。高等教育を市場原理とカネ勘定で構想することは、日本社会のあり方をゆがめることにならないだろうか。

公的負担上げる仕組み提示を

 では、高等教育の今後のあり方をどこに求めたらいいのだろう。それは高等教育の「世界的水準」であり、
 @高等教育への投資で日本の2倍を上回る先進各国の公的負担(対GDP)とその増加傾向  A政府の直接的コントロールからの分離と各国の伝統・歴史に沿った設置形態(法人格の付与も含めて)の工夫と進化
 B世界的な「知」の流通と競争への直接的関与−の3点に集約されると思われる。

 有馬朗人文相は国立大学の独立行政法人化を表明したが、文部省の説明には合点のいかない点か残る。

 第一に、独立行政法人通則法に特例措置を設けることで現在の制度の原則は保持できるとしているが、まず「高等教育の世界的水準」から大学のあり方が説かれ、次に管理運営や設置形態が説かれるべきだ。そうしなければ大学改革の道筋を見失わせ、看板の書き換えだけの「換骨奪胎」とのそしりを受けかねない。

 第二に、主務大臣や総務省など国家機関の関与に対し、意図的に無自覚な点だ。設置者と大学の関係は緊張関係を含む。計画・評価期間を5年に伸ばしたとはいえ、主務大臣の事前事後チェックが教育研究にまで及ぶのは間違いない。社会的存在としての大学が何らかのチェックを受け、情報公開を通じて社会の理解や評価を得るのは当然で、大学が企画機能と実施機能を一体化させ、経営的発想を強化すべきであることも理解できる。そのためにも主務官庁との関係は慎重に設計されねばならない。

 第三に、内部組織や財源について具体的な検討が示されていない。少なくとも、欧米並みの水準に公的負担が引き上げられる仕組みを同時に示すべきである。

 国立大学の制度改編は行革のタイムスケジユールに合わせて検討すべきではない。少なくとも50年先の大学のあり方を見据えたものでなければならない。

 「遅々として進まぬ改革」「ぬるま湯の教員」「エゴを守る大学自治」などという国立大学批判が聞かれるが、ステレオタイプ化され過ぎているように思う。この10年間、大学「現場」では改革の無数の胎動が始まっているのに、それが大学改革の大河となっていない。それは「現場」で蓄積された「知」「ノウハウ」が全国的に流通する段階に達しておらず、「胎動」を評価し諸資源を重点配分するシステムが未構築だからである。しかし大学評価機関の来春設置などその点での整備も進みつつある。

 世界的課題に「解」を末めるべく、世界的な「知」の流通と競争への関与という観点から、今後大学評価を強力に推し進めるべきである。だが、現在進行中の独立法人化の検討は先に結論があるだけで、「現場」の改革の動きを促進するものとは思われない。

【国立大学の独立行政法人化に関する文部省の特例措置案骨子】

 ◎付属病院、研究所を含め各大学に法人格を付与。経営と教育研究を一体的に運営

 ◎教職員の身分は国家公務員

 ◎学長の任免は大学からの申し出に基づき主務大臣が行う

 ◎通則法が「3年から5年」とする中期目標の期間を5年に

 ◎主務大臣が目標を定める際には、大学からの事前の意見聴取義務を課す

 ◎学長・教官人事は原則学内自冶にゆだねる。大学の業績評価は大学関係者が参加する第三者機関の意見を尊重して行う
  


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