国立大獣医学科統廃合案が浮上

 1999年7月26日 朝日新聞朝刊より

「畜産業の支え失う」地元は反発 「質向上へ教員集約」推進派主張

  動物のお医者さんを育成する国立大学獣医学科の統廃合計画が浮上している。東京大、北海道大を除く全国8大学の同学科を廃止して東北と九州の2大学に教員をまとめ、規模の大きな獣医学部を新設しようというもの。統廃合推進派の教員らは「国際的に見て日本の獣医学科は一校当たりの教員が少な過ぎ、高度化する獣医学に対応できなくなる」と主張する。だが一方で地元からは「地域の畜産業の柱を失う」と戸惑いと反発の声があがっている。受験人口が減少し、大学淘汰の時代が駆け足で近づく。大学の壁を超えた統廃合の動きは、大学再編時代の先駆けという観点からも注目を集めている。(石前浩之)

●現場の中の教育

  釧路湿原の一角に位置する北海道・標茶(しべちゃ)町。約1万人の人口に対し、4万頭以上の乳肉牛がいる畜産の町だ。今月中旬、帯広畜産大学の獣医学科の学生23人が実習に訪れ、釧路地区農業共済組合の獣医師とともにウシの往診に回った。

  「どうだ、子宮が収縮しているのがわかるだろ」。獣医師のアドバイスを受け、学生がポリ袋をかぶせた腕をウシの直腸に差し入れ、内臓や子宮を触診する。種付けがうまくいかないウシには排卵促進剤を注射する。種付けの成否は農家の経営を大きく左右する。畜主が真剣な表情で見つめる。

  実習に参加した五年生の鈴木歩さん(31)は「教室で学んだことを実際に確認できる。大学が現場の中にあるのは大きなメリットです」。

  同大は国内有数の畜産地帯にあり、地域とのつながりは深い。世界で唯一という、X線や超音波で家畜の具合を診る「産業動物総合画像診断車」を持ち、道内の牛舎を回っている。十勝農業共済組合の内村義弘家畜部長は「珍しい症例があれば、直接教室に声をかけて診断してもらったり、解剖を頼んだりしたこともある」と話す。

  撤退の話が表面化した昨秋以来、地元からは強い反発が出ている。自治体や農協などで構成される「帯広畜産大学整備拡充促進期成会(会長・砂川敏文帯広市長)は、文部省や北海道庁に獣医学科存続を要望した。砂川市長は「地域の畜産、酪農を支えてきた学科がなくなるのは大きな打撃だ。統廃合が必要なら、大動物の臨床に最適な帯広に集まってはどうか、と言いたい」と不満を隠さない。

  ほかの大学も、大半が畜産の盛んな地域にある。地元は、統廃合で獣医学教育を充実させる必要性を理解しつつも、存続を望む。

  鹿児島県は、県を挙げて鹿児島大学獣医学科を学部に昇格する運動を進めてきた。今回の統廃合問題は県議会でも取り上げられ、「(獣医学科の)廃止は受け入れがたい」という姿勢を打ち出している。鳥取県も「県の畜産を推進してきた実績がある。出ていくと言われても困る」(畜産課)と難色を示す。

 ●国際水準下回る

  獣医学科の教員らでつくる「全国獣医学関係大学代表者協議会」(会長・唐本英明東京大学教授)は昨秋、国立大学獣医学科の統廃合計画をまとめ、関係大学や文部省に伝えた。計画では、東は、帯広畜産、岩手、東京農工、岐阜の四大学が東北大学に統合。西は、鳥取、山口、宮崎、鹿児島の各大学が九州大学に集まる。

  狂大病やエボラ出血熱といった動物と人が関係する伝染病の対策や、ペットに対する高度医療など獣医師の仕事は広がっており、教員を集約してきめ細かな教育をすることがねらい。

  統廃合の理由として同協議会は、国内の獣医学科は一校当たりの教員数が極端に少なく、同際的な水準より劣っていることを挙げる。再編対象になっている獣医学科の教員数は一校24〜31人なのに対し、欧米の大学はその三倍以上。特に実習を中心とする臨床教育などで大きな格差がつくという。

  交通網が発達し、人や物が短時間に国境を越えて行き来する。獣医学教育のレベルが低いと見なされた場合、その国の検疫や臨床試験の信用性も疑われ、乳肉製品の輸出入や新薬開発にも影響が出る恐れがあるという。欧州連合(EU)は域内の獣医学教育レベルの統一を図っており、一定の基準に満たない大学には是正するよう勧告を出している。日本も、東西四校ずつ集まればEU基準の目安の一つ「教員百人」が達成できる。

  代表者協議会のメンバー徳力幹彦・山口大学教授は「先進国と比べあまりに貧弱。長い目で昆ると国内の畜産にとってもマイナスだ」と統廃合の必要牲を説く。

 ●文部省は「静観」

  統廃合の手順は、東北、九州両大学と八大学が話し合い、文部省に学部新設を求めるという流れ。だが、獣医学科が抜けると学部や大学の屋台骨が揺らぐ恐れがあり、現在各大学で論議の最中だ。文部省は「各大学や地元の意向を見て考える」(専門教育課)と静観する。

  受験人口の減少や、国立大学の独立行政法人化などで、大学の淘汰、再編の波が近い将来くる可能性がある。唐木会長は「獣医学科再編の運動は、数年後に各学問分野で始まる動きの先駆けだと思う」と話す。


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国立大獣医学科の統廃合案