重点研究に思わぬ弊害

独創性は多様なテーマから

2001年7月8日 日本経済新聞 朝刊 (中外時評)
論説委員 鳥井弘之


 総合科学技術会議は平成14年度の予算配分で、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の各分野に重点を置くという方針を打ち出した。資源の重点配分は、限られた資源を有効に生かす一つの考え方だが、果たして分野を指定した重点化がどんな効果をもたらすか心配な面も大きい。

 事業の内容に対する十分な検討もせず、過去の実績などだけから資金を配分する、いわゆるバラマキ行政に対する反省から重点化の発想が出ている。分野という形で重点を指定すれば、各省庁も研究機関、研究者もこの分野に関連する研究テーマには大きな資金が配分されると考える。だから、各研究機関などが提案する研究課題は、重点とされた分野に集中する。

 まず、独創的研究の第一歩は研究テーマの選定にある。残念ながらだれでもが独創的研究者というわけではないから、研究の主体が違っても発想は大同小異。重点分野に群がる研究テーマやプロジェクトの多くが月並みなテーマとなる。事実、情報技術(IT)では、総務省も経済産業省も文部科学省も似たようなテーマを準備している。

 こういう状況を考えると、バラマキを排除するための重点化が、重点分野の中でのバラマキにつながりかねない。総合科学技術会議は4分野についても、その中で特に力を入れるべき課題を具体的に示している。例えば、ライフサイエンスでは長寿社会実現のための疾患の予防・治療技術といった具合である。細かく分野指定をすればするほど、狭い範囲でのバラマキになる心配がある。

 日本はバブル経済を通して、豊かすぎることの弊害を経験した。研究も資金が不足気味な状態より、豊か過ぎる方が研究者をだめにする恐れがある。過去に重点投資をした研究分野で、必要以上に豪華な施設を造り、必要以上に研究者を優遇した例も見られる。狭い範囲に大きな資金をばらまけば、その分野で一種のバブルが起こる可能性もある。

 重点4分野を見ると、環境と材料以外は昔ながらの追いつき追い越せの発想の域を出ていない。ライフサイエンスでは人間の遺伝子解読で米国に大きく差を開けられた。情報通信もインターネットビジネスで米国が日本に水をあけている。ナノテクノロジー(超微細技術)は、米国が力を入れ始めたのを横目で見て重点分野に採用した。

 日本が本当の意味で、科学技術で競争力を付けるなら、欧米追随の発想から脱却するべきだろう。日本が強いところをより強くし、それを武器に競争をすることを考える必要がある。製造技術やエネルギー関連技術、材料技術などを強化する方が効果的である。ライフサイエンスや情報通信技術もいいが、重点化で元来強いところが弱体化しては元も子もなくなる。

 かつて、多くの人が金属しか超電導体にならないと考えていたが、セラミックスの超電導材料が発見されて高温超電導ブームが起こった。この例が示すように、どこで突破口が開けるかは予想しがたい。多様な研究者が多様なテーマで研究できる環境があってはじめて、本当の大躍進を実現できる。

 さらに、高温超電導では日本にセラミックスの地道な研究があったからこそ、スイスで発見された現象でも、いち早く日本が最先端を走れた。多様な研究を支えることは一見効率が悪いように見えるかもしれない。しかし、研究の多様性を確保することが将来に対する備えと考えるべきだろう。研究投資を重点化することが、多様性の排除につながるなら、本末転倒と言わざるを得ない。

 科学技術を巡る昨今の風潮を見てもう一つ気になることがある。経済活性化に役立つ研究を重視すべきだという声が強い点である。結果として大学や研究機関の成果が産業に結び付けば大いに結構である。しかし、国の研究開発投資が企業の新製品開発の手伝いでは困る。産業化を強調し過ぎると、短期間で成果の出る小粒な研究ばかりになる懸念もある。

 資源の重点配分は時代の流れかもしれないし、うまく機能すれば効果も期待できる。ただ、重点化に当たっては、マイナス効果が出ないよう十分な配慮が必要である。


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