「聖域打破」 経済再生へ始動

2001年5月31日 日本経済新聞 朝刊

 小泉純一郎首相が議長を務める政府の経済財政諮問会議は31日、経済・財政運営の基本方針のたたき台をまとめる。既に見えてきた青写真には、道路特定財源の見直しや厚生年金の一部民営化、医療費の上限設定など手つかずだった政策を描きつつある。賛否が激しく渦巻く中、日本経済再生に向け、確固とした図面を描けるか。「変わるニッポン」――。小泉改革はいよいよ具体案づくりの段階に入る。

不良債権処理

景気とのジレンマも

 「ミスター・ヤナギサワとの会談は素晴らしかった。日本政府がついに不良債権処理に取り組むという決意に感銘を受けた」

 来日中のケーラー国際通貨基金(IMF)専務理事は30日、柳沢伯夫金融担当相の不良債権処理にかける意気込みを絶賛した。

 だが、関係者によると、前日のIMFと金融庁の会談は決して和やかな雰囲気ではなかったという。

 IMF側が問題視したのは、公表不良債権額と一部の外資系アナリストが「100兆円強」とも推計する不良債権額とのかい離だ。金融庁側は全国銀行のリスク管理債権として公表している「31兆8000億円」について、「米国と基準は同じ」と重ねて説明、理解を求めた。だが、IMF側は納得せず、「資産査定の厳格化と引き当ての強化に向けて、引き続き努力してほしい」と注文を付けた。

 諮問会議の基本方針は「不良債権問題の抜本的解決」として、「査定の厳密化と情報開示」と「産業の再生なくして不良債権の最終的解決なし」という2点を特記する方向だ。「資産査定が甘く、引き当てが足りないのではないか」という会議メンバーの不信感を投影している。

 「2,3年内の不良債権の最終処理(直接償却など)」は前政権に続き、小泉政権の旗印。しかし、水面下では「資産査定は問題ない」とする柳沢金融相と、「引き当ては不十分」とみる竹中平蔵経済財政担当相がさや当てを演じているのが実情だ。民間出身の竹中経財相は「銀行は不良債権の処理額を少なく見積もっている」(ドイツ証券東京支店の秋場節子ディレクター)との見方の方に傾いている。

 「不良債権処理は速くやらないと達成感は出てこない」(秋場氏)。とはいえ、成果を急ぐと一時的に失業や倒産の増加に直面する。景気は一段と後退色を強めており、経済政策運営には細心の注意が必要との声も根強い。小泉政権はジレンマを抱えている。

<積極派>塩崎恭久自民党衆院議員

 不良債権の最終処理は1−2年で終える勢いで進めるべきだ。対策では抜け落ちていたが、(銀行の自己査定で)要注意先に当たる企業の再建がとりわけ重要だ。企業の過剰債務の圧縮など金融と産業の一体再生こそが不良債権の削減を加速させ、日本経済の活性化につながる。

<慎重派>リチャード・クー野村総合研究所主席研究員

 2−3年で不良債権処理を完了するよう迫る政府の政策は間違っており、危険だ。日本経済はバランスシート調整の途上にあり、不良債権処理を加速させれば、景気は一段と深刻な事態に陥る。政府は雇用の安全網を整備するというが、既に300万人の失業者がいるという現実こそ直視すべきだ。時機を誤れば、財政構造改革を急いだために景気が落ち込み、かえって財政赤字が拡大した過去の二の舞いになってしまう。


新世紀型の公共投資

道路特定財源に的

 「道路特定財源の見直しは省内で検討を進めている。早い時期に私なりの方向性を出したい」。30日の参院本会議。扇千景国土交通相は答弁で、「月内」にまとめるはずだった国交省案の期限を「早い時期」とぼかし、先送りした。

 諮問会議が6月下旬にまとめる基本方針の骨格が伝わるにつれ、省内には「かなり先鋭的だ」との受け止めが広がる。幹部らは「中途半端な独自案では改革に後ろ向きとレッテルを張られかねない」と懸念。諮問会議の議論をにらみながら、独自案を練り直す受け身の作業を強いられている。

 基本方針は「新世紀型の社会資本整備」を掲げ、国の公共事業費を中期的に国内総生産比で削る姿勢。硬直的な公共事業の元凶として使途の限られる特定財源にメスを入れ、特に揮発油税や自動車重量税など道路特定財源に照準を定める。

 基本方針の核となる「構造改革プログラム」は「自動車重量税の一般財源化」を明記する見通し。自動車重量税は本来、4分の3が使途を限らない国の一般財源だが、慣習で8割を道路整備に充てている。法改正のいらない重量税の一般財源化が最優先課題となる。

 ただ、“本丸”の揮発油税(ガソリン税)などを本格的に道路建設以外に振り向けるには、法改正が必要。道路財源の消滅につながりかねず、早くも自民党の道路関係議員や地方自治体が反発しており、利害調整がさっそくの試練となる。

<積極派>加藤紘一元自民党幹事長  

 小泉改革の第1弾として非常に大きなテーマだ。国民は「いよいよ具体論で動き出した」と受け止めている。「地方を軽視するのか」「環境対策に使え」と甲論乙駁(おつばく)が出ると思うが、従来の殻を破るいいチャンスだ。決して後戻りしてはいけない。

<慎重派>浅野史郎宮城県知事  

 地方交付税の縮減が単に国の財政上のつじつま合わせならば願い下げだ。市町村合併促進論も行政運営が効率的になれば地方交付税を削れるという「衣の下のよろい」が見えると地方は反発する。道路財源の使途拡大で「地方の高速道路は無駄」というのは都市のエゴだ。


国・地方の権限見直し
交付税巡り根深い対立

 「国も地方も無駄な歳出を切り込むことで一致した」

 片山虎之助総務相は29日、竹中経済財政担当相との会談を終えて、記者団に語った。総務相は「公共投資、社会保障、教育などへの国の補助金の圧縮が不可欠だ」と指摘、地方自治体への国の関与を減らし、自立性を高める必要があるという認識を強調した。

 地方交付税を巡る論争の発端は塩川正十郎財務相だった。来年度の国債発行を30兆円に抑えるのに必要な約3兆円の歳出削減について「国の一般歳出で2兆円、地方交付税で1兆円」という目標をぶち上げ、自治体側をあわてさせた。

 東京都などごく一部を除き、ほとんどの自治体は地方税など自前の財源では歳出をまかない切れず、交付税による補てんを受けている。交付税が大幅に減れば、職員の給与カットや、自治体が独自で実施している福祉サービスなどを削り込まなければならない。地方の動揺は首長や議会に根を張る自民党の国会議員にも衝撃を与えた。

 激しい反発を目の当たりにした財務相は「自治体も1%程度の経費削減ができないかという話」と論法を切り替え、無駄な歳出の見直しを求める考えを強調。どうやら、当面の激突を回避する作戦に動いているフシがある。

 ただ、根底には国からの独立性を高めたい自治体と、自治体をコントロールしたい国との根深い対立がある。

 財務相「一言で言えば交付税は国税だ」

 遠藤和良総務副大臣「固有の地方税だ」

 29日の参院財政金融委員会では、所得税など国税の一定割合を地方の財源に振り向ける地方交付税の性格づけを巡り、財務、総務両省の見解が分かれた。交付税削減論は単なる財政構造改革論議にとどまらず、国と地方の本質的な関係を問うテーマに発展する可能性がある。


社会保障改革
医療費 総枠で規制

 塩川財務相「(医療費は)国民経済の成長以上に飛躍的に伸びている」

 坂口力厚生労働相「負担が大きくならないように考えるのが本当の医療制度」

 30日の参院予算委員会では医療費を巡り閣僚発言が相次いだ。来年度予算の焦点の一つは高齢者分など増え続ける医療費をどう抑えるか。諮問会議は医療費総額に枠を設ける方向だ。

 国民の年間医療費は現在約30兆円。3分の1は70歳以上の高齢者が使う。医療費が増え続ければ、健康保険組合などの医療保険財政が破たんしかねない。

 厚労省は「基本方針」を受け、具体案作りに入る。現行制度では、医師が患者を治療し、検査や投薬が多ければ多いほど診療報酬も増える「出来高払い」が原則。医療費総額に枠を設けるには、制度の抜本見直しが不可欠だが、日本医師会をはじめ、医療関係団体が猛反発するのは必至だ。

 社会保障改革として厚生年金の一部民営化論も急浮上。公的年金は国民共通の基礎年金部分に限定し、サラリーマンらが現役時代の給与に比例して受け取る報酬比例部分の年金は個人年金や企業年金などで代替する考え方だ。重くなる一方の保険料負担が背景にあり、民間の方が年金運用も効率的との期待もある。

 ただ、現役世代は高齢者の年金費用と、自分の民営化年金積み立ての両方を負担する問題が起こる。この「二重の負担」費用は300兆円を上回るもようで、民営化推進の最大の障害だ。

<積極派>下村健健康保険組合連合会副会長

 高齢者の医療費を賄うための拠出金負担で健康保険組合などの財政は大幅に悪化している。高齢者の医療費は高齢人口の増加を大きく上回るペースで増え続けており、枠を設けて抑える手法が必要だ。総枠抑制の考え方を取る欧米なども参考にすべきだ

<慎重派>滝上宗次郎有料老人ホーム、グリーン東京社長

 高齢者が急増しているのに医療費を抑えれば、1人当たりの高齢者への医療サービスは毎年削らざるを得ない。入院する必要のない高齢者を入院させて、医療費を膨らませている「社会的入院」こそ見直すべきだ。総枠制は人道にも反する。


郵政・特殊法人の民営化
「民間では無理」
省庁内に異論

 「民間でできるものは民間に任せる」。小泉首相は郵政3事業と特殊法人の民営化に力を込めるが所管省庁などの動きは鈍い。

 郵便事業の民営化について総務省は「経営が揺らぎサービスが低下しかねない」とけん制する。「競争が激しいダイレクトメールなど大量で効率的な郵便料金を値下げし、はがきなど不採算の小口郵便物を値上げすることになりかねない」という論法だ。

 また、郵便貯金などを民営化すれば、日本道路公団や政府系金融機関などの特殊法人は自力の資金調達が必要になるだけに、大幅な整理・統合も不可欠。民営化は特殊法人改革と一体で検討する必要がある。

 「民間では不可能です」。政府の行革推進事務局の聴き取りに、特殊法人の所管省庁は必要性ばかり強調、改革論議は進んでいない。特殊法人はこれまで豊富な原資を背景に、「打ちでの小づち」として公共事業や各種の公的融資を拡大させてきた。既得権を奪われかねない所管省庁や関連業界の反発は強い。

 民営化して事業を継続しようとすれば財務基盤の強化などの財政支援が必要。しかも強力な独占企業になる恐れもある。分割による規模縮小や民間会社への助成措置などで、競争条件を整える工夫が必要になる

<積極派>小倉昌男ヤマト運輸元社長

 私が経営者だった当時、郵便事業が早く民営化してサービス力を磨いてきたら怖いと思った。「民営化したら得なのに」とも思っていた。(今、民営化論が強まっているのは)遅きに失したという印象だ。公社化しても手ごわくない。取扱量に比べ郵便局数が多すぎ、適正規模と言えないからだ。(信書の民間開放の)規制が残っても、民間は知恵で十分対応できる。

<慎重派>片山虎之助総務相

 郵政3事業は2003年にまず公社化を実現する。その段階で国が独占している手紙の集配業務を民間に開放する。開放する範囲はすべてでもなく、ごく一部でもなく、予断を持たずに議論するが、公社の経営が揺らぐような事態は困る。


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