改革へ 問題点と対策は?

朝日新聞連載「!大学はどこへ 独立行政法人化の波」D

2000年5月27日


 改革の必要性が声高に叫ばれる国立大学。問題点はどこにあり、解決策はあるのか。シリーズの最後は、民間企業役員との兼業禁止問題で一橋大を飛び出した中谷巖・三和総合研究所理事長と、当事者として大学改革に当たる大阪大の本間正明副学長に聞いた。


競争原理で緊張感を

中谷 巌(なかたに・いわお)

 一橋大教授だった99年春、国立大教授と民間企業取締役の兼任規制に納得せず退官し、

ソニー社外取締役に就任した。同年10月、多摩大教授。今年4月から現職。

 
大学を含め教育は一種の聖域になっている。もう少し競争原理を入れた方がいいと提案すると、極めて評判が悪い。大学には聖人君子が集まっているかのような前提で議論が組み立てられている。教育に競争原理なんて卑しい考え方だというわけだ。

 確かに競争原理がなくても一生懸命やっている人もいる。しかし、直感的に言えば、必死になってやっている人は1割から2割のレベルではないか。

 国立大の中では、新しいことに対する抵抗が極めて強い。一つは学部自治ということがある。一人でも強烈に反対すると何もできないというコンセンサス社会になってしまっている。

 ある程度時間を経過した制度を変えるのは、必ず特定の人々の既得権を脅かすことになる。いまの制度は、研究費配分、処遇などすべて平等主義。ろくに仕事をせず、教育もおざなり、という人にとって大変心地よいものになっている。

 競争がないのは学生でも同じだ。例えば日本の奨学金は親の所得によって決まるが、米国の多くの大学では、成績がクラスの上位20−30%に入れば授業料が免除される。免除されたいと思う学生は授業でどんどん質問して勉強し、教員にも緊張感が出る。日本の学生はだれも質問しないし、みな下を向いている。がんばってもがんばらなくても差がないからだ。就職でも、学問や教養に対する企業側の評価は希薄だった。

 少しずつ変革が起きているが、時代の要求に比べるとあまりにもさざ波だ。独立行政法人化で何が変わるか、まだ見えてこない。いろいろなところで歯止めがかけられている。独法化しても、教職員の身分が国家公務員のままでは、何も変わらないのではないか。

 そろそろ、国立大を民営化していくという抜本的な制度改革に着手すべきだ。すぐには無理ということなら、とりあえず大学に競争原理を導入する前提として、国立と私立の授業料の格差をなくすといったことから始めるべきだろう。そのうえで、教育研究予算を、国立私立を問わず、実績に応じて第三者機関が配分するといった仕組みを導入してはどうか。

 大学は研究と教育の役割分担をすべきだ。優秀な研究者を集める研究中心大学と生涯学習など教育中心大学との住み分けだ。「うちは教育に専念する」というところがあっても面白い。

 現在の国立大は東大中心の序列ができあがり、予算配分が固定化している。これでは地方の国立大や私立大に有望な先生がいても予算配分が不十分になる。この序列をまず、つぶさなければならない。

(聞き手=社会部・柏木 真)

 

私立との差、説明せよ

本間 正明(ほんま・まさあき)

大阪大経済学部長を経て、98年から現職。専門は公共経済学など。資金運用審議会委員。

昨年発足した日本NPO学会の副会長として新しい学際・融合領域の研究を進めている。

 
 いま国立大は、明治および第二次大戦後の大学改革に匹敵する第三の変革期を迎えている。大学人が当事者意識を持ち、自分たちの手で新しい大学像をデザインする気概と能力が求められている。

 しかし、独立行政法人化問題が持ち上がって以降、国立大サイドからこれに積極的にこたえようとする機運は高まらなかった。一部には文部省が善処してくれるだろうという待ちの姿勢さえ見られる。これでは自律的な能力が欠けていると言われても仕方ない。

 昔は、「国立」という権威付けによって国立大学は存在しえた。だが、現在は、国民がそのような権威付けを認めない。現実社会との間にミスマッチが生じていることに鈍感な大学人が多い。国立大が何のために存在し、私立大とはどこが違うかを積極的に説明する義務を負っている。

 いまは公的支出の拡大が困難な財政危機の時代だ。予算を有効に活用するためにも、広い意味での効率性の観点は国立大といえども避けて通れない。投入された公的支出に対し、何を成し遂げ、何を産み出したかという視点が問われる。

 短期的、経済的な効果のみを問題にしているわけではない。長期的な、非金銭的な利益をも考慮して、人類に貢献する要素を含んでいれば、資金を重点配分するという高い見識からも評価されなければならない。

 これまでは、教職員、学生数や大学間の暗黙の序列に応じて予算配分してきた。入り口主義から出口主義へ、事前審査から事後評価へ、発想を切りかえなければ国民の期待にこたえられない。

 予算の使い方に関して文部省の規制緩和が始まりつつあるが、それぞれの大学の自由度をさらに増すようなシステムの構築が急務になっている。それが自治能力の向上にもつながる。

 教育研究組織の改編も不可欠である。同じような学部や学科があそこにもここにもあるといった小規模・分散型の配置は考え直すべきだ。新領域の高度な研究や文理融合タイプの学問を深めるためにも、重点化、集中化が課題になっている。大学間や学部間の大胆な連携、統廃合は、日本全体の教育研究の役に立つならば真剣に考慮する必要があろう。国の介入を回避するためにも、国立大学が自已改革能力を十分に発揮しなければならない。

(聞き手=社会部・高橋庄太郎)


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