第4 争点に対する判断
 雑誌記事中の記載が他人の名誉を毀損するものとして不法行為を構成するか否かを判断するに当たっては,一般読者の普通の注意と読み方を基準としてその記事の意味内容を解釈した場合,その記事が,対象者の社会的評価を低下させたといえるかということを基準として判断すべきである。

 そして,摘示した事実が名誉を毀損している場合であっても,当該行為者の主張立証により,摘示した事実が真実であると認められるか,真実でないとしても,その名誉毀損行為当時,行為者が有していた情報を根拠に,当該事実摘示の主要な部分について真実と信じるにつき相当な理由があると認められる場合には,名誉毀損行為の違法性ないし責任がないものとして,不法行為は成立しないことになる(なお,論評についても同様である)。

 更に,名誉感情も法的保護に値する利益であり,社会通念上許される限度を超える侮辱行為は,人格権の侵害として,慰謝料請求の事由となると解するのが相当である。そして,週刊誌の記事中の記載が,他人の名誉感情を毀損するものとして不法行為を構成するか否かを判断するに当たっては,記事の対象者の立場に置かれた一般人が,当該記事により自己の人格ないしは人格的評価を侵害されたと感じるか否か,これが肯定される場合には,当該記事が,社会通念上許される限度を超える侮辱行為といえるか否かを基準とすべきである。

 この点,被告新潮社は,本件各記事のように,国民が主権を行使する上で必要な,真実解明の要請が求められている場合には,報道機関の側に真実性,相当性の主張立証責任を負わせるというのは妥当でなく,真相解明のためには,真実性,相当性の主張立証責任は転換されるべきであるとして,本件各記事の真実性,相当性の主張立証責任は,原告にあるととれる主張をしている。

 確かに,公共性の高い事実については,真実解明が強く求められることはいうまでもない。しかし,民事上の不法行為である名誉ないし名誉感情毀損において,報道内容の真実性や報道内容を真実と信じたことについての相当性は,違法性ないし責任の阻却事由であり,その主張立証責任は真実性ないし相当性の存在を主張する報道機関側にあるということは,これまで幾多の名誉毀損訴訟で繰り返し判示されているところであり,これを今,変更すべき事情は何ら見当たらず,当裁判所も,これら判例の立場と同様の立場を踏襲するものである。そうだとすると,主張立証責任の転換に関する被告新潮社の主張は採用の限りではない。

 以下,名誉ないし名誉感情毀損に該当するかという争点((1))と,成立阻却事由があるかという争点((2))の2つの点について,本件記事ごとに順次判断していくことにする。
 本件記事1について
(1) 名誉毀損の成否について(争点(1)に関し)
 本件記事1は,前記前提事実(4)ア(オ)(カ)のとおりであり,原告が,@加熱第[因子製剤の緊急輸入に関するエイズ研究班の結論を強引に見送りの方針にねじ曲げたこと,A加熱第[因子製剤の技術が遅れていたミドリ十字を助けるために,治験期間を遅らせたこと,Bその見返りに巨額の金員を得たという各事実を摘示している。

 本件記事1を見た一般読者は,原告が,加熱第[因子製剤の緊急輸入の方向にまとまっていたエイズ研究班の結論を強引に緊急輸入の見送りの方針に変更したこと,日本国内における加熱第[因子製剤の治験をミドリ十字のために遅らせたこと,その結果,原告はミドリ十字から巨額の金銭を得たとの印象を受けるものと認められる(弁論の全趣旨)。
 以上によれば,本件記事1は,原告の血友病の治療,研究の専門家としての社会的評価を著しく低下させる危険を有する記事であり,本件記事1は,原告の名誉を毀損すると認めるのが相当である。
(2) 名誉毀損の成立阻却事由の有無(争点(2)に関し)

 
そこで次に,本件記事1の成立阻却事由の有無について検討する。
 真実性,相当性の立証対象

 本件記事1の名誉毀損成立阻却事由を考えるに当たっては,原告が,@エイズ研究班内部で,加熱第[因子製剤を緊急輸入しないとの方針に不当に変更したこと,A日本国内における加熱第[因子製剤の治験をミドリ十字のために遅らせたこと,Bミドリ十字では加熱第[因子製剤の開発が遅れていたこと,Cミドリ十字は,前記@ないしBの各行為の見返りとして,原告の私的な財団に多額の金銭を寄附したことの各事実が真実といえるか,あるいは,本件記事掲載当時に,被告新潮社が有していた情報をもとに,被告新潮社が真実と信じたことが相当といえるかを検討することになる。
 真実性について
(ア)  不当な加熱第[因子製剤の緊急輸入見送りについて
 前記第3裁判所の認定した事実及び証拠(甲6,乙8,22,25の1,同26,44の2,同55,70,74,75,109,丙1)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(a)  トラベノール社は,昭和56年5月,非加熱第[因子製剤の加熱処理条件(第[因子蛋白が大幅に失活せず,肝炎ウイルスを不活化する条件)の設定に成功し,昭和57年6月,FDAに対し,加熱第[因子製剤(ヘモフィルT)の承認申請を行った。
(b)  NHFは,昭和58年1月14日,血友病患者をエイズから保護するための勧告を発表した。その中で,NHFは,@新生児,4歳以下の幼児,非加熱第[因子製剤の投与を受けたことがない血友病患者,軽度の血友病患者に対しては,クリオを用いること,A重度の血友病A患者に対する非加熱第[因子製剤による治療法と,クリオによる治療法とでは,プラス,マイナス面は現状では明らかでないこと,B外科的処置を遅らせることによる,プラス面,マイナス面を検討すること等を医師に対し,勧告した(乙22)。
(c)  FDAは,昭和58年3月21日,ヘモフィルTの製造販売を承認した(乙70)。
(d)  NHFは,昭和58年5月11日,エイズの感染をおそれて,非加熱第[因子製剤の投与を中止することがないようにすること等を内容とする勧告をした(乙22)。
(e)  原告は,昭和58年7月18日に開催されたエイズ研究班第2回会議において,訴外郡司が,エイズ対策として加熱血液製剤を国内における臨床試験等の手続を省略して緊急輸入することも考えられるとの提案をしたことに対して,加熱第[因子製剤には,蛋白質の変成によるじんましん等の副作用の危険があり,緊急輸入で万が一,事故が起きたら責任をとれないと発言し,緊急輸入に反対の意向を示した。
(f)  ウイルスが同定されれば,そのウイルスが分画過程において不活化されるか,最終製剤に感染力を持ったまま生き残るのかの実験をすることが可能になるところ,昭和58年7月18日当時,エイズはウイルス感染であるとの疑いが広まっていたが,エイズウイルスは同定されていなかったために,加熱によりエイズウイルスが死滅するか否かは不明であった。
(g)  昭和58年9月14日に第1回会合が開催された血液製剤問題小委員会では,参加した専門家の中に,加熱第[因子製剤に関して治験が不必要であるとの意見を述べる者はおらず(甲6【24頁】),昭和59年3月29日に出された答申(風間レポート,乙第44号証の2)では,日本の血友病患者にとって,非加熱第[因子製剤使用に関連するエイズ伝播は由々しき問題であると指摘する一方で,結論として,クリオの適応には限界があり,補充療法の主体が非加熱第[因子製剤にあることにはかわりはないと報告された。
(h)  米国では,昭和60年5月,非加熱第[因子製剤の製造が禁止された。
 
(i)  厚生省は,超法規的措置による緊急輸入は好ましくないと判断し,加熱第[因子製剤の緊急輸入を行わず,加熱第[因子製剤は,昭和60年7月まで承認されなかった。
(j)  当時,専門家の間では,クリオヘの転換には,@クリオは原料である血液あるいは血漿が多数必要となること(丙1),A昭和58年7月当時,クリオを国産の製剤として供給するだけでは,需要を賄うことは不可能であったこと(乙55),Bクリオの大量かつ連続投与を必要とする血友病A患者の大出血や手術時には,しばしば血液循環障害を来すことがあったこと,C血友病の専門医ではない医師にクリオの使い方等について教育する必要があること(乙109,7頁)などの不都合が生じるおそれがあり(乙22,55,109,丙1),他方,加熱第[因子製剤の緊急輸入には,@加熱により,たんぱく質が変成され,副作用が出る可能性が考えられたこと(丙1),A米国で承認されたものの安全性の確認は十分なものとはいえなかったこと,B製剤の副作用には人種間の違いがあることなどの問題があると考えられていた。
 以上の認定事実に加え,原告は血友病患者の治療に長年携わってきた専門家であり,当時,エイズに関しても日本の第一人者であると周囲から考えられていたことに照らすと,エイズ研究班の結論が緊急輸入の見送りに変化した理由は,前記a認定のような当時の医療の実態に加えて,原告が,加熱第[因子製剤を緊急輸入することに反対したことが大きな要因になっていたと推認することが可能である。

 また,血液製剤は,長期間にわたり連続的に使用される特性を有し,その安全性は慎重に審査されなければならない性質を有していたこと,血液製剤の副作用の発生には人種間で相違があること,昭和58年当時,エイズはウイルスにより感染する可能性が高いと認識されてはいたもののその感染力は非常に弱いと考えられており,エイズウイルス陽性が全てエイズを発症させると考えられていなかったと窺われること等本件に顕れた諸事情を総合勘案すると,原告が,加熱第[因子製剤の安全性が十分に証明されていないとして,その緊急輸入に反対したことは,血友病治療の専門医として,それ自体,格別不合理な行動であったと認めることはできない。

 この点,郡司ファイルの昭和58年7月4日付「エイズに関する血液製剤の取り扱いについて」と題する書面によれば,問題点及び考慮すべき事項として,トラベノール社,カッター社の進出による国内メーカ一の打撃との記載がみられ,当該記載は厚生省が国内の血液製剤メーカーの打撃を考慮していたことを推認させるものではある。しかし,この記載をもって,原告が,ミドリ十字のために加熱第[因子製剤の緊急輸入に反対したとまでは推認することはできないし(後述のとおり,ミドリ十字からの見返りがあると認められないこともこれを支えるものである),同様の不当な目的のために,反対意見を述べたものと認めるに足りる十分な証拠はない。

 また,ミドリ十字広報部課長の山中裕(以下「訴外山中」という)は,被告新潮社の取材に対し,原告がミドリ十字から何らかのリベートをもらって,そのためにエイズ研究班での発言をかえたということは絶対にないと述べており(丙23),この発言は訴外山中の置かれた状況に照らして信用できる。そして他に,原告がミドリ十字のためあるいは同様の不当な目的のために,加熱第[因子製剤の緊急輸入に反対したことを認めるに足りる証拠はない。


 以上によれば,原告が,加熱第[因子製剤の緊急輸入に反対したことは真実であるが,その反対が不当ないし不当な目的のためにされたと認めるに足りる証拠はなく,結局,この点に関する本件記事1の記載部分は真実性の証明がない。
(イ)  治験の調整等について

 残る問題は,原告が,A日本国内における加熱第[因子製剤の治験をミドリ十字のために遅らせたこと,Bミドリ十字では加熱第[因子製剤の開発が遅れていたこと,Cミドリ十字は,原告が治験を遅らせた見返りとして原告の私的な財団に多額の金銭を寄附したことが真実であるかという点である。

 以上の3つの事実のうち最も重要な事実は,原告がミドリ十字のために日本国内における加熱第[因子製剤の治験を遅らせたというのが真実かという点である。なぜなら,ミドリ十字では加熱第[因子製剤の開発が遅れていたという事実は,原告が加熱第[因子製剤の治験を遅らせたことの原因であり,原告がミドリ十字から治験を遅らせた見返りとして寄附を受けたという事実はその結果という関係にあるからである。したがって,原告がミドリ十字のために前記治験を遅らせたとの真実性の証明がない場合,その他の2つの事実を証明するまでもなく,被告新潮社の真実性の主張は理由がないことになると解するのが相当である。以下,この視点からみてみることにする。
 前記第3裁判所の認定した事実及び証拠(甲4,乙3,24,78,109,113,丙34,52)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(a)  薬事法では,製薬メーカーは,医薬品開発の際,@動物実験,A少数の健康人による安全性試験(第1相試験),B患者を対象にした有効性試験(第2相試験),C大規模な臨床試験(第3相試験)の4段階に分けて安全性等を確認する。

 本件における加熱第[因子製剤の治験の目的は,加熱第[因子製剤が,加熱しても第[因子が正常に保たれ止血効果があるか否か、加熱により新たな副作用が生じないか否か,その有用性と安全性が非加熱第[因子製剤と比べて同等かそれ以上かをそれぞれ確認する
点にあった(乙109)。
(b)  昭和58年秋の段階で,トラベノール社,カッター社,化血研,ヘキスト社は,加熱第[因子製剤の試験薬ができており,治験ができる状態にあった。また,昭和58年10月ごろには,治験の具体的な計画は大部分できていた(甲4【21頁,57頁】)。
(c)  厚生省は,昭和58年11月10日,各製薬会社担当者を集めて加熱第[因子製剤の承認申請に関する説明会を開催し(乙24,丙34),各製薬会社に対し,加熱第[因子製剤の治験において,第1相試験を不要とし,第2相試験として2施設以上,合計40例以上程度実施し,実施期間も約6か月(投与期間約3か月,経過観察期間2ないし3か月)で足りるとの方針を伝えた(乙3)。
(d)  各製薬会社の依頼により,昭和58年秋ころ治験の統括医に就任していた原告は,昭和58年12月13日,東京ステーションホテルで,血液製剤メーカー8社担当者と,加熱第[因子製剤の治験計画について話し合った。この会合の中で,原告は,各製薬会社担当者に対し,加熱第[因子製剤について共同治験を実施したいと提案した。

 原告は,その後,本件財団法人への寄附を治験と絡んで製薬会社に要請しているとの批判があったことから,一旦は治験統括者の地位から退いた(乙113【9頁】)。しかし,製薬会社からの依頼もあって,原告は,昭和59年2月頃,治験統括者に復活し,全国の医師に各製薬会社の試験薬を割り振った。
(e)  昭和59年2月から5月にかけてトラベノール社,カッター社,ヘキスト社,化血研が加熱第[因子製剤について治験を開始した。ミドリ十字は昭和59年6月ごろ,治験を開始した。
 以上(a)ないし(e)の認定事実によれば,原告は,ミドリ十字のために日本国内における加熱第[因子製剤の治験期間を調整したと認めることは困難であるというべきである。

 なお,被告新潮社は,治験が遅れた理由として,原告が,(ア)加熱第[因子製剤について第1相試験を行う方針を示したこと,(イ)共同治験を行ったこと,(ウ)一度,治験統括医を辞任し,再度就任したことを挙げるので,この点について検討しておくことにする。

(a)  第1相試験が必要であると考えられることは,原告のみならず訴外木下も認めるところであり(甲4),加熱第[因子製剤の安全性を重視する立場からすれば,第1相試験の実施を必要とする原告の判断にも一応の合理性が認められ,原告が第1相試験が必要であると主張したこと自体格別不合理であると認めることはできない。また,本件証拠を検討するも,原告が治験を遅らせることを意図して第1相試験の実施を求めたと認めるに足りる証拠もない。

 かえって,証拠(甲4)によれば,原告自身,早く加熱第[因子製剤の治験を開始したいとの意向を持ち,各製薬会社に対し,早期に第1相試験を開始することを要望していたこと,昭和58年10月ごろには,治験の具体的な計画は大部分できていたことが認められる。そうだとすると,原告が,不要な第1相試験を殊更に行って治験の調整(遅れ)を図ろうとしたことは証拠上認められないというべきである。

(b)  次に,共同治験方法を採ったことについても,同じような時期に,各製薬会社から,治験統括医になることを求められたのであるから,その場合に共同治験という方法を取ることは,必ずしも不合理であるとはいえないし,本件証拠を検討するも,共同治験の方法自体が格別遅れをもたらすようなものということはできない。

 また,前記a(d)のとおり,原告は,もともと,各製薬会社からの
求めに応じて治験統括医となったにすぎず,共同治験に関しても,同じ製薬会社の加熱第[因子製剤を使った方がデータの比較が可能で,治験期間も短縮されること(乙67),血友病患者の絶対数が限られているために,各製薬会社が治験に参加する血友病患者を募り,患者の囲い込みを行うことを防止する必要があること(乙70),原告は,各製薬会社が血液製剤を持ち,医療機関が選択肢をできるだけ多く持てるような状態にすることが,血友病患者の利益になるとの基本的な考えを有していたことが認められる(甲5【35頁】,乙112【13頁】)。そうだとすると,原告が,治験を遅らせることを意図して共同治験を行ったとは認めることは困難というべきである。実際に,原告は,加熱第[因子製剤の承認後,製薬会社5社の加熱第[因子製剤を帝京大学病院で使用している(甲4)。

 この点,郡司ファイルには,加熱第[因子製剤を緊急輸入することによる国内メーカーの打撃を考慮すべき事項として挙げ,安定性試験の期間を短縮することで,国内メーカーへの打撃を少なくすることが可能であるとの記載がある。しかし,本件全証拠を検討するも,前記郡司ファイルの記載内容が原告の認識であり,かつその認識に従って,原告が加熱第[因子製剤の緊急輸入に反対したり,治験調整を行ったと認めるには足りる証拠は存在しない。

(c)  更に,原告が治験の統括医を一度,辞任したことについても,その原因は,治験に絡んだ寄附金受領を批判されたことにあり,前記認定を妨げるものではない。
(d)  以上(a)ないし(c)によれば,被告新潮社が主張する治験の遅れた理由はいずれも証拠上根拠がない。
 以上のとおり,原告が,ミドリ十字の便宜のために,加熱第[因子製剤の緊急輸入に反対し,また,治験期間を調整したとの事実は認めるに足りる証拠はなく,そうだとすると、その余の点(ミドリ十字の加熱第[因子製剤開発の遅れ,ミドリ十字が原告の行為の見返りに金銭を交付)について判断するまでもなく,この点に関する被告新潮社の主張は理由がないことになる。
(ウ)  小括

 以上によれば,本件記事1についての,被告新潮社の真実性の主張は理由がないというべきである。

 相当性について
(ア)  次に,被告新潮社が,本件記事1の掲載当時,本件記事1の内容が真実であると信じるに足りる相当な理由を有していたかについて,当時,被告新潮社が有していた資料を基礎に検討することにする。
(イ)  前記第3裁判所の認定した事実及び証拠(乙25の1,同78,85,丙1,2,23,証人町井)並びに弁論の全趣旨によれば,被告新潮社は,本件記事1掲載当時,本件記事1に関連して以下の情報を有していたことが認められる。
 エイズ研究班の班員であった訴外芦沢は,被告新潮社の記者藤吉の取材に対し,エイズ研究班第2回会議では,加熱第[因子製剤を緊急輸入すべきだという方向に班員の大勢が傾きかけたが,原告がいきなり甲高い声を張り上げて,それは乱暴であり,加熱第[因子製剤の緊急輸入という超法規的な措置は問題があると発言したために,原告の発言に圧倒されて,以後原告の意見に反対する班員はいなかったと述べた(丙1,2)。
 昭和58年2月後半から3月初頭にかけて,郡司ファイルが発見され,被告新潮社は,郡司ファイルを入手した。郡司ファイルには,エイズは,患者の血液,精液を介して感染する可能性が高いとの記載がある。また,郡司ファイルには,加熱第[因子製剤の使用を推進した場合に考慮すべき事項として,「トラベノール,カッターの進出による国内メーカーへの打撃」との記載がある。また,「安定性試験期間を考慮することが可能であれば,国内メーカーの打撃を少なくすることは可能であろう」,「各社の売上高に占める[因子製剤の割合」,「安定性試験の期間短縮の可能性」との記載がある(乙25の1)。
 ミドリ十字は,昭和58年当時,非加熱第[因子製剤の製造量に関して,50パーセントを超えるシェアを有していた(乙78)。
 被告新潮社は,以下のような,原告と各製薬会社との関係を取材した。
(a)  ミドリ十字広報部課長の訴外山中から,ミドリ十字が,原告の本件財団法人設立の際,1000万円を基金として出したこと,ストックホルムの学会に行くときの旅費,滞在費である約1200万円を肩代わりしたとの情報を得た(丙23)。
(b)   ミドリ十字は,当初,開発を予定していた液状加熱による加熱第[因子製剤の製品ができず,トラベノール社に対抗するために「乾燥加熱」に転換したが,トラベノール社やヘキスト社に後れをとっていた。ミドリ十字が乾燥加熱の製法を開発し,この方法によることを決定したのは,昭和58年9月であり,安定性試験,毒性試験などいわゆる前臨床試験が終了したのは同59年1月であった。(乙85)。
 結果的には,エイズはウイルス感染症であり,加熱第[因子製剤の緊急輸入を見送ったことにより,多数の血友病患者がエイズに感染し,貴重な命を奪われた(弁論の全趣旨)。
(ウ)  以上の事実をもとに検討すると,被告新潮社は取材により,エイズ研究班第2回会議において,加熱第[因子製剤を緊急輸入すべきだという方向に班員の大勢が傾きかけたが,原告が反対したこと,その結果,緊急輸入が見送りとなったこと,前記結論になったのは原告の発言,地位が影響したこと,原告がミドリ十字から多額の寄附を受け,学会などの費用負担もしてもらっていたこと,郡司ファイルには,加熱第[因子製剤を緊急輸入することによる国内メーカーの打撃が考慮すべき事項として考えられており,安定性試験の期間を短縮することで,国内メーカーへの打撃を少なくすることが可能であるとの記載があること等の情報を有していたと認められる。そして,被告新潮社が,これらの取材結果と原告の言動を照らし合わせて,原告が加熱第[因子製剤の緊急輸入に反対したのは,ミドリ十字を含む国内メーカーのためであり,治験調整を行ったのではないかと信じることには相当な理由があると認められる。更に,本件において,原告は,自らの設立する財団法人の設立に伴い,後記認定のとおり製薬会社から合計4300万円の基金を受け取っており,取材により,製薬会社から原告への金銭が授受されていることを知った被告新潮社が,金銭の授受と,エイズ研究班内部における原告の行為とを結びつけて考えることも相当な理由があると認めることができる。

 また,本件では,結果として,エイズはウイルス感染症であり,加熱第[因子製剤の緊急輸入を見送ったことにより,多数の血友病患者がエイズに感染し,貴重な命が奪われたという事実認識が,本件記事1掲載当時の被告新潮社にあったことからすれば,原告が,緊急輸入に反対したことを批判して,本件記事1に記載された程度の表現をすることは,表現の自由の枠内にある社会的に相当な表現活動であると認められ,被告新潮社は,本件記事1の掲載に関して,原告に対し,名誉毀損の責任を負わないと認めるのが相当である。
(3)  小括
 以上によれば,被告新潮社には,本件記事1について,名誉毀損の成立阻却事由が認められ,本件記事1について,被告新潮社は,原告に対し,名誉毀損の責任を負わないと解するのが相当である。
 本件記事2について
(1)  名誉毀損ないし名誉感情毀損の成否(被告新潮社に関し)
 本件記事2は,前記前提事実(4)イ(エ)(オ)のとおりであり,訴外水間発言部分には原告が薬害エイズの黒幕であり,10年くらいの実刑に問われて当然の犯罪者であるとの論評が,また,被告保田発言部分1には@原告は殺人,殺人未遂で告発されているとの事実の摘示,A殺人や殺人未遂が無理でも,傷害致死,少なくとも,業務上過失致死では罪に問えること,B殺人罪ということになれば,大量殺人に当たり,死刑もあり得るとの論評が記載されている。
  まず,訴外水間発言を引用する論評について検討する。

 論評は,記事が情報提供者のコメントを引用する形で記載されているときも,引用した発言内容に対する修辞上の誇張ないし強調の有無,程度,引用事実部分の前後の文脈,記事の公表当時に一般読者が有していた知識ないし経験,引用部分に対する出版社の論評の表現方法等から,出版社が,間接的に引用事実の存在そのものを主張するものと解される場合には,出版社は,記事の対象となった者に対し,名誉ないし名誉感情毀損の責任を負うと解するのが相当である。

 これを本件記事2が掲載された本件週刊誌平成8年3月21日号についてみると,「エイズ薬害大犯罪に被害者給付金が月15万円とは」の大見出し及び「利害と打算で大量殺人が行われた」との中見出し並びに大量殺人の被疑者であるという説明文のついた原告顔写真等が掲載され,更に,末尾部分には,デスクの論評として,「腐った役所と腐った企業,そして腐った学者が仕出かした,前代未聞の凶悪犯罪と知るべきである。」との記載があることが認められる。このような本件記事2の前後の文脈に照らすと,本件記事2の記載内容をみた一般読者は,訴外水間及び被告保田の各発言を引用した形をとっているものの,非加熱第[因子製剤の使用を継続させた殺人被疑者が原告であるとの評価を,訴外水間の発言により裏付け,間接的に,被告新潮社が,引用事実そのものを主張しているとの印象を受けるものと認めるのが相当である。

 そうすると,原告は,かかる被告新潮社の本件記事2掲載行為により,その社会的評価を低下させられたというべきである。
 次に,被告保田発言部分1を引用する論評について検討する。

 被告保田発言部分1のうち,@原告は殺人,殺人未遂で告発されているとの事実の摘示は,原告の社会的名誉を低下させるものということができるが,本件記事2掲載当時において公知の事実であるから,かかる内容を週刊誌上に掲載したことは名誉ないし名誉感情毀損には当たらない。

 しかし,A殺人や殺人未遂が無理でも,傷害致死,少なくとも,業務上過失致死では罪に問えること,B殺人罪ということになれば,大量殺人に当たり,死刑もあり得るとの論評部分については,前記イと同様,本件記事2の前後の文脈,誌面の構成からすれば,本件記事2をみた一般読者は,被告保田の各発言を引用した形をとっているものの,非加熱第[因子製剤の使用を継続させた殺人被疑者が原告であるとの事実を,被告保田の発言により裏付け,間接的に,被告新潮社が,引用事実そのものを主張しているとの印象を受けるものと認めるのが相当である。そうすると,原告は,被告新潮社が前記A,Bの被告保田発言部分1を掲載したことにより,社会的評価を低下させられたというべきである。

 以上によれば,本件記事2の掲載により,被告新潮社は,原告に対し,名誉ないし名誉毀損毀損の責任を負う。
(2)  名誉毀損ないし名誉感情毀損の成否(被告保田に関し)
 本件記事2中の被告保田発言部分1について,被告保田の責任の有無について検討する。前記(1)アのとおり,被告保田発言部分1は3つに分類できるところ,原告が,殺人,殺人未遂で告発されているという部分については,既に前記(1)で認定したとおり,原告に対する名誉ないし名誉感情毀損には当たらない。
 次に,被告保田発言部分1のうち,殺人罪ということになれば大量殺人に当たり死刑もあり得るとの部分について検討する。被告保田は,このような発言をしたことはないと主張し,これに沿う供述をし,証人加藤新(以下「証人加藤」という)は,これと反対の証言をする。そこでどちらの供述を信用すべきかが問題となる。証人加藤の証言の要旨は次のとおりである。加藤新は,本件週刊誌平成平成8年3月21日号の特集担当デスクとして担当したものであるが,殺人罪と殺人未遂罪とで告訴されている状況で,原告が起訴されるのかどうか,起訴されるとすればどのような罪名でされるのか,起訴された場合どれくらいの罪になるのかという点に関心を持っていたので,池田記者に,仮定の話としてそのような質問をするように指示したと思う。当時で400人くらい亡くなっていることから,大量殺人じゃないですか,死刑もあり得るのではないかと聞いたところ,被告保田は法律的にはあり得ると答えたのだと思うと証言している。

 しかし,前記加藤の証言は推測を交えながらのものであること,いずれも具体的な記憶に基づくものではないことが認められ,また,被告保田の発言として,殺人や殺人未遂が無理であることを掲載していることをも考慮すると,加藤の前記証言を直ちに採用することはできず,むしろ,被告保田の供述の方が信用性が高いということができる。

 よって,被告保田は,殺人罪ということになれば大量殺人に当たり,死刑もあり得るとの部分については,そもそもそのような発言をしたと認めるに足りる証拠がなく,責任はないというべきである。

 最後に,被告保田が,原告について,傷害致死,少なくとも業務上過失致死では罪に問えると発言し,その内容が記事となったことが,原告の名誉ないし名誉感情を毀損するかにつき検討する。

 一般に,雑誌記事の編集権は,出版社が独占的に有するものであるから,雑誌出版社の取材を受けた者が,その取材に対応して何らかの発言をした場合でも,公的機関による公式の記者会見を通じた情報提供の場合を除けば,出版社による裏付け取材や独自の編集作業による情報の取捨選択等の過程を経て記事が作成されるのが通常であり,被取材者としても,その発言内容がそのままの形で雑誌に掲載されるとは予見していないのが通常である。したがって,仮に,被取材者が,取材側の雑誌出版社に対して,第三者の社会的評価を低下させるような発言をした事実があっても,その発言行為と,その発言を取材資料として編集された記事の公表によって生じた第3者の社会的評価との間には,原則として相当因果関係が欠けると解するのが相当である。

 したがって,情報提供者に対し,不法行為責任を問うためには,@取材に対する発言が,取材当時,情報提供者が置かれた立場を考慮してもなお著しく不当であることに加えて,A情報提供者が,自らの発言を,そのまま雑誌に掲載することについて,予め出版社と意を通じた上で,敢えて第三者の名誉ないし名誉感情を毀損する発言をしたというような特段の事情が存在することを要すると解するべきである。

 これを本件についてみるに,被告保田の,「殺人や殺人未遂が無理でも,傷害致死,少なくとも,業務上過失致死では罪に問えるでしょう」との発言部分は,証拠(乙114,証人加藤,被告保田)によれば,被告新潮社の記者から,電話で,原告が起訴されるのかどうか,起訴されるとすればどのような罪名でされるのかという観点から,仮定あるいは可能性の話として質問されたことに対する答えであること,被告保田は,自らも,非加熱第[因子製剤の使用を継続していた血友病患者として,エイズ感染の恐
怖を感じたこと,血友病患者団体の会長代行をし,多くの友人の死を看取っていること等の事情が認められ,エイズ研究班の班長をしていた原告が,昭和58年7月時点で,加熱第[因子製剤の緊急輸入に踏み切ってくれていればと思うことも無理からぬところがあり,緊急輸入に反対した原告に対し,少なくとも業務上過失致死に当たるとの発言をすることは,被告保田が置かれた当時の状況に照らすと,著しく不相当な発言ということはできない。

 さらに,被告保田は,掲載以前に記事の原稿を見せられたり,説明を受けていないこと,当時,被告保田は,多くの報道機関から取材の申込みを受けていたことが認められることから,被告保田は,自らの発言の一部が本件週刊誌に掲載される可能性が高いと認識していたとは認められるものの,それ以上に,自らの発言が,本件週刊誌上に,そのまま引用されるとは予想していなかったと推認できる。被告新潮社の取材を受けた後に,被告保田において記事がどのような内容になるかについての確認をしなかったことが,不適当ともいえない。そして,本件全証拠を検討するも,被告保田が,自らの発言をそのまま記事にするよう予め被告新潮社と意を通じていたと認めるに足りる証拠も存在しない。
 以上によれば,被告保田は,本件記事2中の被告保田発言部分1に関して,原告に対し,名誉ないし名誉感情毀損の責任を負わない。
(3)  名誉ないし名誉感情毀損の成立阻却事由の有無(被告新潮社に関して)
 本件記事2は,前記のとおり,原告が,@非加熱第[因子製剤の使用中止を一週間でひっくり返した殺人被疑者であり,A10年の実刑に問われて当然の犯罪者であること,B非加熱第[因子製剤の使用中止を行わなかったとの行為が大量殺人に当たり,死刑もあり得ることをそれぞれ論評しているから,本件記事2の名誉毀損成立阻却事由を検討する際にも,このような論評が,許された表現の自由の枠内か否かを判断する必要がある。
 公正な論評に当たるか否かの検討
(ア)  前記認定によれば,原告が,非加熱第[因子製剤の使用中止を一週間でひっくり返したこと及び非加熱第[因子製剤の使用中止を行わなかったことについては,前記のとおり,真実と信ずべき相当な理由がある。そうだとすると,以上のような真実と信ずべき相当な理由があることから,原告を殺人被疑者,10年の実刑に問われて当然の犯罪者,大量殺人に当たり死刑もあり得ると論評することが公正な論評といえるかという点が問題となる。
(イ)  非加熱第[因子製剤の使用を中止することなく,これを使用し続けたことにより血友病患者がエイズに罹患し,死亡者が出たことが認められる(弁論の全趣旨)。だからといって,原告が,非加熱第[因子製剤の使用中止を行わなかったことをもって,直ちに殺人であるということには論理の飛躍がある。殺人というためには,原告に非加熱第[因子製剤の使用中止を行わなかった昭和58年7月当時に,使用中止をしないことにより血友病患者が死亡してもかまわないとの故意ないしは未必の故意が必要である。まず,この点について判断する。
(ウ)  前記第3裁判所の認定した事実及び証拠(甲17,乙4ないし6,15,21,22,109,丙1,6,34,35)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
 米国防疫センターは,昭和57年7月16日付疾病週報において,エイズウイルスが血液製剤を通して伝播する可能性があることを指摘し,同年12月10日付疾病週報において,非加熱第[因子製剤による治療を受けた血友病A患者が,エイズと疑われる症状で死亡したことを報じた。
 日本でも,昭和57年7月20日の毎日新聞による報道以降,米国で免疫性が失われる奇病が広がっていること,血友病患者にも広がりつつあることが伝えられた。
 キャスパー医師は,昭和57年11月12日,原告に対し,「ヘモフィリア・ブルティン」を送った。その中には,「エイズの原因はウイルスであること」,「エイズは,濃縮血液製剤で血友病患者にうつされる」との情報が記載されていた。
 原告は,昭和57年11月23日,東友会会合で,講演した。原告は,講演の中で,米国,ヨーロッパの供血者の病気として肝炎以外にも,重大な病気があることが明らかになりつつあること,日本の献血から得られた血液を材料として第[因子製剤をつくってもらいたいとの発言をした(乙6【20頁】)。
 NHFは,昭和57年12月21日,非加熱第[因子製剤による血友病患者のエイズ感染防止策として「新生児,4歳以下の幼児,新たに血友病と診断された患者等,従来非加熱第[因子製剤を使用したことのない患者に対しては,クリオを使用すべきである」旨の勧告を発した(乙8)。しかし,勧告の中では,非加熱第[因子製剤の投与を受けている患者については,治療の変更を推薦しないこと,決して必要なときに凝固因子治療の使用を控えるべきではないとの記載及びエイズの伝播に関しては多くのことが未解明であるとの記載がある(乙8)。
 米国防疫センターは,昭和58年3月4日付疾病週報において,エイズが,米国の34州,コロンビア地域その他15か国から,報告されていること,データによれば,エイズは伝染性の要因によるものであること,性的に感染する可能性が強いものであることを明らかにした(乙15)。
 FDAは,昭和58年3月24日,ハイリスクグループから採取した血液は,製剤用に使用してはならないとし,ハイリスクグループに対して,エイズの情報及び知識の徹底を図るべきだとの勧告を発した(乙22,丙34)。
 米国トラベノール社は,非加熱第[因子製剤の原料血漿提供者の一部が,エイズに感染していることを疑わせる症状を呈したという理由で,非加熱第[因子製剤(プロプレックス)を回収した。訴外郡司は,エイズ研究班第1回会議の中で,米国トラベノール社が非加熱第[因子製剤を回収したとの事実を報告した(甲17)。
 原告は,昭和58年6月18日付読売新聞に,エイズは,輸入に頼っている血液製剤で感染する危険もあること,輸入血液を60度で10時間加熱し,ウイルスを不活性化する方法をとりたい。原因が不明なので,とにかく厳戒態勢だけはとっておきますとコメントしている。
 昭和58年7月5日,原告が治療していた血友病B患者が死亡したが,原告は,この患者がエイズで死亡したのではないかと考えていた。
 クリオヘの転換及び加熱第[因子製剤の緊急輸入のいずれも,当時の医療水準に照らすと,安全性,有効性に疑問があった。また,国内で製造されている血液製剤は,日本赤十字社が献血などにより輸血用に集めた血液のうち古くなったものをメーカーが転用血として買い取って作られているため,国内の血液で使用される血液製剤全てを作ることは不可能であった(丙35)。
(エ)  以上の認定事実に照らすと,原告は,昭和58年7月当時,エイズがウイルス感染する可能性が強いこと,非加熱第[因子製剤の内部に混入したウイルスにより,エイズに感染する可能性があることを認識していたことが認められる。しかし,本件に顕れた証拠で明らかになった当時の原告の言動に照らすと,原告も,血友病患者がエイズウイルスに感染する危険があることを憂慮していたことが認められ,本件全証拠を検討するも,原告において,エイズウイルスにより血友病患者が死亡してもかまわないと考えていたと認めるに足りる証拠はなく,他に,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。そうだとすると,原告が非加熱第[因子製剤の使用中止の方針をひっくり返したことをもって,殺人,大量殺人と論評することは,公正な論評の域を逸脱しているというほかない。 
(オ)  以上のとおり,原告には,昭和58年7月当時,血友病患者が非加熱第[因子製剤を使用し,死亡してもかまわないとの意思はなかったことが認められる。しかし,前記のとおり,原告は血友病治療の第一人者であり,血友病患者が非加熱第[因子製剤を使用し続けたことにより死亡した現実を直視するならば,仮に故意ないしは未必の故意は認められないにしても,非加熱第[因子製剤の使用中止の結論をひっくり返すことが当時の医療水準から見て,不相当,不合理ないしは重大な過失があったと認められるならば,大量の死亡者が出たことを捉え,殺人との評価を受けてもやむを得ないというべきであり,その意味で被告新潮社の違法性は阻却されると解するのが相当である。

 そこで,以下,前記原告の判断が,当時の医療水準に照らし,不相当,不合理ないしは重大な過失があったか否かという点について検討する。医療行為は,それを行うことにより得られる利益と考えられる不利益とを総合考慮して,利益が想定される不利益を上回る場合には,許された危険として,正当化されるというべきである。

 これを本件についてみるに,前記第3裁判所の認定した事実によれば,次の事実が認められる。

 NHFは,昭和58年5月11日,ヘモフィリアニュースノートで,血友病患者のエイズ発症率は極めて低いので,患者や治療者に不安を与えたり治療の変更をしないで,非加熱第[因子製剤あるいはクリオの使用を継続するように勧告しているなど,昭和58年当時,世界的に,非加熱第[因子製剤によるエイズウイルス感染は,深刻なものとは認識されていなかったことが認められる。

 また,エイズ研究班は,第1回会議と第2回会議の間に,エイズの症状を呈した血友病患者がいないか全国の施設に確認しているところ,エイズと疑われたのは,帝京大学症例の一例だけであり,エイズ研究班内部において,日本ではエイズの危険性は低いとの認識がされてもやむを得ないとの状況にあったと推認できる。

 加えて,エイズウイルスが同定され,血液製剤のエイズウイルス混入の検査が可能になったのは,昭和59年4月であるから,原告が非加熱第[因子製剤の使用中止に反対した当時は,非加熱第[因子製剤の中にエイズウイルスが混入しているか確認することも,また,加熱することでエイズウイルスが死滅するかを確認することも不可能であったし,当時は,エイズウイルス陽性が直ちに,エイズの発症に結びつくとも考えられていなかった。

 以上のような,当時の医療水準に照らすと,原告が,非加熱第[因子製剤を使用することの利益とエイズウイルスに感染することの不利益とを比較検討し,非加熱第[因子製剤の使用を継続することが,血友病患者にとって利益である判断したことも不相当,不合理とまではいえないものと認められる。そうだとすると,やはり,被告新潮社が,原告を殺人被疑者と論評することは公正な論評を逸脱しているというほかはない。
(カ)  なお,被告新潮社は,本件記事2掲載に先立って,法律の専門家の意見を聴取している。土本武司筑波大学教授は,原告が殺人罪で有罪になるのは非常に難しく,可能性は一割もないと述べている(丙17)。また,訴外板倉は,あくまでも理論的にということで考えるとした上で,このことは難しい問題であるとし,非加熱第[因子製剤が,危険であることを認識しながら,患者に投与しているような場合には,未必の故意による殺人に当たると述べている(丙10)。

 これら2人の法律家は原告の行為を殺人というのは難しいといっているのであって,これら2人のコメントから,本件記事2のように,原告を殺人被疑者であると記載することを正当化することは困難である。

 更に,訴外水間に対する取材メモ(丙20)からは,被告新潮社の取材に対し,訴外水間は,殺人罪の立証には難しい面もあるとコメントしていることが窺われることも(丙20),被告新潮社が週刊誌上で,断定的な表現をすることの不適切さを表すものである。
 小括

 以上のとおり,本件記事2に関し,被告新潮社について,名誉ないし名誉感情毀損の成立阻却事由の有無を各種の観点から検討してきた。

 確かに,血友病患者のエイズ被害の実態は悲惨なものである。血友病患者やその遺族が,治療に当たっていた原告ら専門医を非難する心情は理解できる。その患者,遺族の無念な思い,被害の悲惨さを報道しようとする被告新潮社の姿勢も十分理解できるところである。しかしながら,報道機関である被告新潮社においては,報道の対象である者の人権にも十分配慮する必要があるのであり,客観的な事実を軽視し,原告を殺人被疑者であると断定的に表現することは,やはり,許された表現の自由の枠内を超え,行き過ぎといわざるを得ない。そして,他に,被告新潮社が本件記事2において,原告を殺人被疑者,10年の実刑に問われて当然の犯罪者,大量殺人に当たり死刑もあり得るとの論評を掲載することについて正当化する事由か存在しない本件にあっては,原告に対する名誉毀損が成立するというべきである。
 本件記事3について
(1)  名誉毀損ないし名誉感情毀損の成否(被告新潮社に関し)
 本件記事3は,前記前提事実(4)ウ(エ)(キ)のとおりであり,被告保田発言部分2,3を引用する形で,原告は,@患者のことをこれっぽっちも考えていない人間であること,Aミドリ十字のために最大の便宜を図り,その見返りに巨額の金を得たこと,B外資系の製薬会社から得たサンブルをミドリ十字に渡したこと,Cサンプルを要求した外資系メーカーに対しても,治験の対価としての金を要求したことを摘示している。
 まず,被告保田が,原告について,@患者のことをこれっぽっちも考えない人間であるとコメントしたことを,被告新潮社が,そのまま記事にしたことが,原告に対する名誉ないし名誉感情毀損に当たるかが問題となるが,本件記載部分は,その後に続く,血友病患者の会での出来事等を前提に,血友病患者でもある被告保田が,原告に対し,このような印象を持っていることを明らかにしたものに過ぎず,原告の置かれた立場,社会的地位に照らすと,この程度の人格の評価は,報道機関の表現として許される範囲内であると解するのが相当である。
 次に,本件記事3のうち,原告が,Aミドリ十字のために最大の便宜を図り,その見返りに巨額の金を得たこと,B外資系の製薬会社から得たサンプルをミドリ十字に渡したこと,Cサンプルを要求した外資系メーカーに対しても,治験の対価としての金を要求したとの記載内容が,原告の名誉ないし名誉感情を毀損するかについて検討する。

 本件記事3は,本件記事2と同様,被告保田発言部分2,3を引用する形をとっているが,血友病の大権威「安部英」がエイズ薬害で得た利益との大見出しや,安部氏が「血友病患者を犠牲にして」まで得たという“利益”とは何だったのかとのリード部分,業界への“たかり”などの前後の文脈,構成等を併せ考慮すると,被告新潮社が,間接的に,当該記載内容を真実であると主張しているものと解され,これらの事実の摘示は,医師である原告の人格的評価を低下させたものと認めるのが相当である。
 以上によれば,本件記事3のうち,Aミドリ十字のために最大の便宜を図り,その見返りに巨額の金を得たこと,B外資系の製薬会社から得たサンプルをミドリ十字に渡したこと,Cサンプルを要求した外資系メーカーに対しても,治験の対価としての金を要求したとの記載内容は,原告の名誉ないし名誉感情を毀損すると認められ,これを左右するに足りる証拠は存在しない。
(2)  名誉毀損ないし名誉感情毀損の成否(被告保田に関し)
 前記2(2)ウで判示したとおり,情報提供者である被告保田が原告に対し,名誉毀損に基づく責任を負うというためには,引用された被告保田発言部分2,3が当時の被告保田の置かれた状況に照らして著しく不相当であり,かつ,被告保田の情報提供行為と原告の名誉等を毀損したとされる当該記事との間に相当因果関係が認められることが必要である。
 これを本件についてみるに,前記2(2)ウ認定のとおり,被告保田の血友病患者としての立場に照らすと,原告を患者のことをこれっぽっちも考えていない人間であると論評することは,未だ,著しく不相当な論評には当たらないと解するのが相当である。また,被告保田発言部分3についても,被告保田は,自らの発言の一部が,本件週刊誌に掲載される可能性が高いことについて認識していたことは認められるものの,他方で,取材した記者に対し,自らも伝え聞いたことであることを明らかにしてコメントしているのであるから,被告新潮社が裏付けをとることを当然予期していたと推認できるし,それ以上に,被告保田が,自らの発言をそのまま記事として引用することについて,予め,被告新潮社と意思を通じていたと認めるに足りる証拠も存在しない。

 以上によれば,被告保田は,その発言部分2,3に関し,原告に対し,名誉ないし名誉感情毀損の責任を負わないと解するのが相当である。
 以上によれば,被告保田は,本件記事3の掲載につき,原告に対し,責任を負わないと認めるのが相当である。
(3)  名誉ないし名誉感情毀損の成立阻却事由の有無(被告新潮社に関して)
 真実性,相当性の立証対象

 前記(1)認定のとおり,本件記事3は,原告が,A外資系の製薬会社に対し,治験に必要な量以上のサンプルを要求して,取得したサンプルをミドリ十字に渡すなど,ミドリ十字のために最大の便宜を図り,Bその見返りに巨額の金を原告が得ていたこと,Cサンプルを要求した外資系メーカーに対しても,治験の対価としての金を要求したとの事実を摘示していることが認められる。

 そこで,本件記事3の名誉毀損の真実性,相当性を判断するに当たっては,前記AないしCの事実について検討することになる。そして,前記AないしCについて,真実ないし真実と信じるに足りる相当な理由があると認められる場合には,その事実を前提に,原告が血友病患者を犠牲にしたと論評することが,公正な論評として許されるかが問題になる。以下,順次検討する。
 真実性について
(ア)  まず,原告が,A外資系の製薬会社に対し,治験に必要な量以上のサンプルを要求して,取得したサンプルをミドリ十字に渡すなど,ミドリ十字のために最大の便宜を図ったかどうかの点につき検討する。

 証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば,トラベノール社が,昭和58年6月ごろ,原告に対し,加熱第[因子製剤に関する10数例程度の小規模の臨床試験を依頼したこと,原告はトラベノール社から加熱第[因子製剤のサンプルを受領したことが認められる。しかし,原告がトラベノール社に対し,治験に必要な量を超えるサンプルを要求し,これをミドリ十字に渡したと認めるに足りる証拠はない。
(イ)  次に,B原告がその見返りに巨額の金を得ていたかどうかにつき検討する。証拠(乙78,丙1,23,35)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
 WFH総会から帰国した原告は,トラベノール社に対し,健常者を対象とした第1相試験(フェーズ1)を実施しなければ,患者を対象とした臨床試験はできないと伝えた。
 ミドリ十字は,昭和58年6月ないし7月に,原告が設立する本件財団法人に対し,基金として1000万円を拠出した(丙23)。また,ミドリ十字は,原告ら医師が,ストックホルムの学会に行くときの旅費を支出した。
 血液製剤の国内メーカーは4社(丙35)あり,非加熱第[因子製剤のシェアの約50パーセントをミドリ十字が占めていた。

 以上によれば,原告は,昭和58年当時,ミドリ十字から,多額の金銭的利益を得ていたことが認められる。

 しかし,本件財団法人の設立に当たっては,原告は,日本臓器製薬株式会社(以下「日本臓器」という)から1000万円,トラベノール社から1000万円,カッター社から1000万円,化血研から300万円というように,他の製薬会社からも同様に基金を受領しているし,当時は,医師や大学に対しての寄附は業界全体の慣例であったとの事実が認められ,原告が,ミドリ十字のために特別に利益を図るような関係にあったと認めるに足りる証拠はない。

(ウ)  さらに,証拠(乙108)によれば,製薬会社が,治験統括医に対し,治験費用を支払うことは当時の製薬業界の慣行であり,訴外高安は,原告に非加熱第[因子製剤の治験費用を支払ったことを明言していることから,本件でも,C原告がトラベノール社に対し,治験に要した費用を要求したとの事実は真実であると認められる。
(エ)  以上によれば,本件記事3のうち,原告が,治験の対価としての金を要求したとの内容は真実であると認められるが,それ以外の,外資系の製薬会社に対し,治験に必要な量以上のサンプルを要求して,取得したサンプルをミドリ十字に渡すなど,ミドリ十字のために最大の便宜を図り,その見返りに巨額の金を原告が得ていたとの本件記事3の内容は,真実とは認められない。
 相当性について
(ア)  前記裁判所の認定した事実及び証拠(乙25の1,68,74,85,丙23,25,26)並びに弁論の全趣旨によれば,本件記事掲載当時,被告新潮社は,次の情報を有していたことが認められる。
 被告新潮社は,ミドリ十字広報部課長の訴外山中から,ミドリ十字が,本件財団法人を原告が設立したときに,1000万円を基金として出したこと,ストックホルムの学会に行くときの旅費,滞在費である約1200万円を肩代わりしたとの情報を得た(丙23)。
 被告新潮社は,カッター社を取材し,カッター社は,三菱銀行板橋支店血友病総合治療普及会代表者安部英名義口座へ1000万円を振り込んだこと,平成4年から平成7年まで,毎年,10万円から20万円の寄附をしたこと,血友病家庭療法委員会に対する賛助金として,昭和58年5月に328万2930円を支払ったこと,国際血友病治療学研究会には昭和57年10月,1000万円,同58年1月,600万円,同59年に360万円を支払ったとの情報を得た。
 被告新潮社は,化血研企画部長を取材し,化血研が,血友病家庭療法委員会へ協賛金を,第4回国際血友病治療学研究会へ寄附金を,血友病家庭療法委員会へ寄附金を支払ったこと,本件財団法人に対して年間20万円の賛助金を支払っていること,昭和58年に本件財団法人設立費用として300万円の寄附をしているとの情報を得た。
 被告新潮社は,日本臓器を取材し,日本臓器は,日本臓器の販売している血液製剤の製造業者であるイムノ社の提案を受け,日本臓器とイムノ社で各500万円を本件財団法人に寄附したとの情報を得た。
 被告新潮社は,カッター社を取材し,カッター社は,原告に対し,本件財団法人設立時に1000万円を寄附したとの情報を得た(丙26)。
 被告新潮社は,トラベノール社を取材し,トラベノール社が,昭和58年5月,原告に対し,本件財団法人設立のために,1000万円の協賛金を,また,血友病治療国際シンポジウムの資金として合計380万円を支払ったとの情報を得た(丙25)。
 平成8年2月21日,厚生省が公表した郡司ファイルの中には,加熱第[因子製剤の使用を推進した場合に考慮すべき事項として,「トラベノール,カッターの進出による国内メーカーへの打撃」との記載がみられる。また,「安定性試験期間を考慮することが可能であれば,国内メーカーの打撃を少なくすることは可能であろう」,「各社の売上高に占める[因子製剤の割合」,「安定性試験の期間短縮の可能性」との記載がみられる(乙25の1)。
 ミドリ十字は,当初,開発を予定していた液状加熱による加熱第[因子製剤の製品ができず,トラベノール社に対抗するために「乾燥加熱」に転換したが,トラベノール社やヘキスト社に後れをとっていた。ミドリ十字が乾燥加熱の製法を開発し,この方法によることを決定したのは,昭和58年9月であり,安定性試験,毒性試験などいわゆる前臨床試験が終了したのは同59年1月であった(乙85)。
 ミドリ十字は,昭和58年当時,非加熱第[因子製剤に関して,50パーセントを超えるシェアを有していた(乙78)。
(イ)  以上の事実からすれば,被告新潮社は,本件記事3掲載当時,原告が,多数の製薬会社から,多額の金銭的援助を受け,深いつながりを有していたと認識していたものと認められる。
 
 確かに,訴外山中は,被告新潮社の取材に対し,原告がミドリ十字から何らかのリベートをもらって,そのためにエイズ研究班での発言をかえたということは絶対にないと述べているし(丙23),ミドリ十字の役員であった三木伸弘(以下「訴外三木」という)は,被告新潮社の取材に対し,製薬業界では,大学や教授からの寄附の要請というのは別に珍しいものではなく,原告が,薬害エイズ問題に関して,ミドリ十字から金をもらって方針を変えたということはないと思うと述べている(丙32)。

 しかし,訴外山中や訴外三木は,いわば,原告側の人間であり,原告に不利なことは言わないと考えることもできるし,かえって,厚生省が公表した郡司ファイルに,加熱第[因子製剤の使用を推進した場合の国内メーカーの打撃を憂慮し,安定性試験の期間短縮が可能であれば打撃を少なくすることが可能であるとの記載が存在したことから,当時,エイズ研究班の班長を務めていた原告も,郡司ファイルに書かれた内容と同じような認識を持っていたと,被告新潮社が考えることもそれなりに理由があるものといえる。また,当時,ミドリ十字は,トラベノール社やカッター社と比べて加熱第[因子製剤の開発が遅れていたことが認められ,トラベノール社とミドリ十字の加熱第[因子製剤の加熱条件が温度及び時間とも同一であること,原告は,ミドリ十字の創設者と親しかったこと等の情報をもとに,被告新潮社が,加熱第[因子製剤の緊急輸入に反対した等の原告の行為について,ミドリ十字の便宜を図ったのではないかと考え,本件記事3を掲載したことには相当な理由があると認められる。

(ウ)  小括

 以上によれば,本件記事3に記載された事実について,被告新潮社には,真実ないし真実と信じるに足りる相当な理由が認められるから,被告新潮社は,本件記事3掲載に関し,原告に対する名誉ないし名誉感情毀損の責任はないというべきである。
 本件記事4ないしについて
(1)  名誉感情毀損の成否
 本件記事4は,前記前提事実(4)ア(ア)(イ)(エ),イ(ア)ないし(ウ)(カ)のとおりであり,原告は,血友病患者を犠牲にしてミドリ十字を救済し,その結果,多くの血友病患者が,エイズに感染して死亡したとして,原告のことを殺人被疑者であるという点である。また,本件記事5は,前記前提事実(4)ア(ウ)(キ)のとおりであり,原告は,ミドリ十字と密接な関係にあり,エイズウイルスで汚染された血液製剤の使用を継続させ被害を拡大した元凶だと指摘している。そして,本件記事6は,前記前提事実(4)ウ(ア)ないし(ウ)のとおりであり,原告は血友病患者を犠牲にして利益を得たこと,原告の行動は,患者の生命を第一に考えた医師の行動とは思えないと指摘している。

 以上のとおり,本件記事4ないし6は,具体的な記載内容は,記事ごとに若干異なるものの,名誉感情毀損との関係で問題となるのは,ミドリ十字との密接な関係を有していた原告が,ミドリ十字の利益を図るために,血友病患者を犠牲にして,エイズウイルスで汚染された血液製剤の使用を継続させ,利益を得た殺人被疑者であるという点である。

 週刊誌の記事に,自らの顔写真とともに,患者を犠牲にして製薬会社の利益を図った殺人被疑者であると指摘されることは,原告の立場に置かれた一般人も,人格ないし人格的評価を侵害されたとの印象を受けると認めるのが相当である。これに対し,被告新潮社は,殺人被疑者との見出しは,原告が殺人を犯したとの印象を与えるものではないと主張が,本件記事4ないし6及びその前後の文脈をみた一般の読者は,原告が,血友病患者に対して,非加熱第[因子製剤の使用を継続すればエイズに感染する危険性が高いにもかかわらず,それもやむを得ないという認識で,非加熱第[因子製剤の使用を継続し,その結果として,多数の血友病患者を死亡させたとの印象を受けると解される。したがって,本件記載内容は,原告の社会的評価を低下させると認められる。

 また,本件記事4ないし6の内容は,その見出し,表現方法を併せ考慮しても,社会通念上許される限度を超えていると認められる。
 以上によれば,本件記事4ないし6の掲載は,原告に対する侮辱行為として名誉感情毀損の不法行為に当たると解するのが相当である。
(2)  成立阻却事由の成否
名誉感情毀損による不法行為についても,その前提となる事実が真実であるか,また,真実でないとしてもその主要な部分について真実と信じるについて,相当な理由が存在すれば,故意又は過失を欠き,不法行為は成立しないと解するのが相当である。そこで,以下,本件記事4ないし6に,成立阻却事由が存在するかについて検討することとする。
 本件記事4ないし6は,原告を,血友病患者を犠牲にした殺人被疑者と論評している。ある者が殺人を犯したというためには,被害者が死ぬかもしれないと認識しつつ,それでも構わないとして行為に出たことが必要である。したがって,本件記事4ないし6の違法性阻却事由を考えるに当たっても,非加熱第[因子製剤の使用を継続することにより,血友病患者がエイズに感染し死亡することを認識していたという事実につき真実といえるか,又は真実と信じるにつき相当な理由があるかを検討する必要がある。
 確かに,本件においては,前記3で認定したとおり,原告がミドリ十字の便宜を図ったという点については,被告新潮社に真実と信じるに足りる相当な理由があったと認められる。しかし,前記2で詳細に認定したとおり,原告が非加熱第[因子製剤の使用を継続したことについて,血友病患者が死んでも構わないとの認識を持っていたとは認められない。そうだとすると,原告を殺人被疑者であると信じるに足りる証拠はなく,この点の被告新潮社の主張は理由がない。
(3)  小括

 以上によれば,被告新潮社は,本件記事4ないし6の掲載について,原告に対し,名誉感情毀損による責任を負うというべきである。
 本件記事7について

(1)  名誉感情毀損の成否について
本件記事7は,前記前提事実(4)ウ(オ)(カ)のとおりであり,要するに,原告は,何か気に入らないことがあると,敵意をむき出しにするという二面性を有する人物であると指摘していることが認められる。週刊誌の記事の中で,このような性格に対する否定的な指摘を受けた一般人は,自らの人格ないし人格的評価を侵害されたとの印象を受けると解される。

 しかし,前記のとおり,原告の置かれた立場及び社会的地位からは,ある程度,人格に立ち入った批判を受けることもやむを得ないと解される。
また,本件記事7については,以下のとおり,本件記事7掲載時,被告新潮社が有していた取材結果に照らすと,被告新潮社に真実と信じるに足りる相当な理由が認められる。

 すなわち,前記第3裁判所の認定した事実及び証拠(丙19,31,39,40)並びに弁論の全趣旨によれば,被告新潮社は,本件記事7掲載当時,本件記事7に関連して,以下の情報を有していたことが認められる。

(ア) 被告新潮社は,原告の元患者を取材し,原告が,自分の言うことをよく聞く患者に対しては,丁寧で優しいが,何か気に入らないことがあるとコロッと変わって敵意むき出しになるという二面性を持つ人であること,京英会の解散について原告にお願いに行ったところ,原告が突然顔色を変え,語気鋭く「生意気だ。やれるものならやってみろ」と言い放ち,太股を平手打ちしたこと,治療を嫌がる子供の眼前にモルモットを突きつけたことがある等のコメントを得た(丙39)。
(イ)  原告は,取材のカメラマンに対し,掴みかかった。
(ウ)  また,被告新潮社は,原告の知人を取材したが,その知人から,原告が取材のカメラマンを殴りつけたりしているのも,全く普段どおりの同人の姿であるとのコメントを得た(丙40)。
(エ)  医事評論家である小山寿は,被告新潮社の取材に対し,原告は,取材のカメラマンに掴みかかったり,常識もなければまるで反省の態度がないと述べた(丙19)。
(オ) ジャーナリストである池田房雄は,被告新潮社の取材に対し,原告の性格を自己中心的な人間であり,サラリーマンなど絶対勤まらない,ある意味では,欠陥人間であると述べた(丙31)。
以上によれば,被告新潮社は,原告の元患者に対する取材結果を基に,多数の関係者に取材し,更に,原告が,テレビ局のカメラマンに掴みかかった事実を裏付けとして,原告の性格を二面性があると論評したもので,その論評は,正当なものと認められる。よって,被告新潮社は,本件記事7の掲載につき,原告に対し,名誉感情毀損の責任を負わないというべきである。
 争点(3)(原告の損害額及び損害回復のために相当な措置)について
(1)  損害額について

 確かに,非加熱第[因子製剤による血友病患者に対するエイズ被害の実態は,非常に悲惨で重大なものである。しかし,だからといって,中立公正な報道をすべき報道機関が,十分な裏付け取材を行うことなく(真実性,相当性の欠如),原告を「殺人被疑者」と論評してよいことにはならない。

 本件において,被告新潮社は,原告の顔写真を掲載した上,原告を,自らの利益のために血友病患者を犠牲にした「殺人被疑者」と断定的に表現しており,原告に対する誹謗中傷の程度は大きく,これまで長年にわたり帝京大
学医学部教授,同大学副学長,臨床医,血友病治療の第一人者として築いてきた原告の社会的地位,名誉を決定的に低下,否定する内容である。そして,本件週刊誌は,約60万部の実売部数を維持する伝播力の大きい我が国における著名な週刊誌であることに照らすと,本件記事が3回にわたり掲載され,多くの読者に読まれたことにより原告の社会的評価の低下は,決定的になったというべきであり,しかも,被告新潮社は本件記事の掲載された雑誌販売により相当の利益を上げている(弁論の全趣旨)。

 他方,本件記事は,非加熱第[因子製剤の使用により,不幸にもエイズウイルスに感染した血友病患者の実情を明らかにする等公益目的かつ公共性がある記事内容である。また,本件記事内容も,前記認定のとおり,原告を殺人被疑者と論評している点を除いては,名誉ないし名誉感情毀損の成立が否定される概ね相当な内容の記事である。そして,本件記事掲載当時,他の報道機関も,本件記事と同様の論調で原告を糾弾し,被告新潮社も,これに同調,追随した側面がないではない。

 以上のような本件に顕れた被害者側(原告),加害者側(被告新潮社)の双方の事情を考慮すれば,原告が,被告新潮社の行為によって被った精神的損害は300万円と評価するのが相当であり,この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

 なお,原告は,帝京大学副学長を辞任せざるを得なくなったことも精神的損害の一つに挙げるが,本件各記事の掲載は,原告が帝京大学副学長を辞任した後であるから,この点に関する原告の主張は理由がない。
(2)  判決の結論の広告について

 原告は,被告らに対し,名誉回復の措置として,判決の結論の広告を新聞紙に掲載するよう求めている。しかし,本件記事が,本件週刊誌に掲載されて,既に5年以上が経過し,その間,原告に対する業務上過失致死被告事件に関し1審で無罪判決が出る等,原告の社会的評価も,現在では,かなり回復されたとみられること等本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,前記(1)の慰謝料を認めることに加えて,判決の結論の広告まで命じる必要はないものと解するのが相当である。
第5 結論
 以上のとおり,原告の被告らに対する請求は,被告新潮社に対して,金300万円及びこれに対する不法行為の後である平成8年4月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,被告新潮社に対するその余の請求及び被告保田に対する請求は理由がないからこれを棄却することにする。

 東京地方裁判所民事第36部

    裁判長裁判官 難波孝一

       裁判官 足立正佳

       裁判官 富澤賢一郎
別紙(1) 判決の結論の広告

 被告株式会社新潮社が発行し,週刊新潮(1996年3月7日号)において,「エイズ薬害でミドリ十字の殺人容疑者たち」の題名の下に,安部英エイズ研究班の結論をねじ曲げ,ミドリ十字を助けるために治験期間を遅らせ,その見返りとして金員を受領した等の虚偽の事実を掲載した行為は,安部英の名誉を著しく侵害する不法行為に該当する。右結論は,東京地方裁判所民事第36部が,平成13年7月30日言渡の平成8年(ワ)第13877号名誉権侵害による損害賠償等請求事件の判決において示した判断である。
別紙(2) 判決の結論の広告

 被告株式会社新潮社が発行し,

1 週刊新潮(1996年3月21日号)において,「エイズ薬害大犯罪に薬害給付金が月15万円とは」の題名の下に,安部英が,エイズ研究班の黒幕として非加熱処理製剤の使用を見合わせるという方向を1週間でひっくり返した等の虚偽の事実を掲載した行為,

2 週刊新潮(1996年3月21日号)において,「エイズ薬害大犯罪に薬害給付金が月15万円とは」の題名の下に,保田行雄の発言として,安部英が殺人罪として有罪となれば大量殺人として死刑となりうる等の虚偽の事実を掲載した行為,

3 週刊新潮(1996年4月25日号)において,「血友病の大権威安部英がエイズ薬害で得た利益」の題名の下に,保田行雄の発言として,安部英がミドリ十字のために便宜をはかった見返りに巨額の金を得た等の虚偽の事実を掲載した行為は,
いずれも安部英の名誉を著しく侵害する不法行為に該当する。

 右結論は,東京地方裁判所民事第36部が,平成13年7月30日言渡の平成8年(ワ)第13877号名誉権侵害による損害賠償等請求事件の判決において示した判断である。

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