薬害エイズ・安部 英 被告

 東京地裁判決


 宣告日時 2001年3月28日 午前10時

 裁判所  東京地方裁判所刑事第10部
        裁判長裁判官 永井敏雄
          裁判官    上田 哲
          裁判官    中川正隆

 事件名   業務上過失致死被告事件

 被告人   安部 英

目次

 主文

 理由の骨子

 理由の要旨
     第1 検討に当たっての基本的な視点
     第2 業務上過失致死罪の前提となる被告人の立場
     第3 本件被害者のエイズ発症・死亡原因
     第4 エイズ研究班当時までの事実関係の概要
      4.1  エイズの発生等
      4.2  エイズ研究班
     第5 エイズ研究班以後の結果予見可能性に関する事実関係
      5.1  米国におけるエイズ発症者及び死亡者の増加
      5.2  エイズ原因ウイルス研究の進展
      5.3  「HIV抗体陽性の意味」等
      5.4  T4/T8比低下の意味付け
      5.5  HIVの感染の可能性
      5.6  HIV感染症の治療の見通し
      5.7  本件における結果予見可能性のまとめ
     第6 結果回避可能性及び結果回避義務に関する事実関係
      6.1  医療行為の評価に関する基本的な考え方
      6.2  血友病の関節内出血
      6.3  補充療法の評価
      6.4  諸外国における血友病治療方針
      6.5  本件当時の我が国の血友病治療の実態とその理由
      6.6  AIDS調査検討委員会
      6.7  我が国における国内血の原料不足問題
     第7 被告人の本件刑事責任
      7.1 本件における過失の判断基準
      7.2 松田医師のいわゆる「進言」について
      7.3 木下医師のいわゆる「進言」について
      7.4 他の医療施設における治療方針との関係
      7.5 「被告人による医療水準の形成」論について
      7.6 刑事責任の存否
     第8 結語

(主文)
 被告人は無罪。

(理由の骨子)

1 検討に当たっての基本的視点


 本件は,血友病患者である被害者が大学病院で非加熱濃縮血液凝固因子製剤(非加熱製剤)の投与を受けたところ,同製剤がエイズ原因ウイルス(HIV)に汚染されていたため,やがてエイズを発症して死亡したとして,同病院で科長等の立場にあった被告人が業務上過失致死罪に問われている事案である。本件当時,血友病につき非加熱製剤によって高い治療効果をあげることと,エイズの予防に万全を期すこととは,容易に両立し難い関係にあった。このため,最先端の専門家がウイルス学的な解明をし,これを受けて血友病治療医が具体的な対処方策を模索していた。本件は,未曽有の疾病に直面した人類が先端技術を駆使しながら地球規模でこれに対処するという大きなプロセスの一断面を取り扱うものである。したがって,その検討に当たっては,全体を見渡すマクロ的な視点が不可欠であるが,それと同時に,時と所が指定されている一つの局面を細密に検討するミクロ的な視点が併せて要請される。また,この問題については,数多くの資料が存在するが,事実認定に当たっては,当時公表されていた論文など確度の高い客観的な資料を重視すべきである。事後になされた供述等については,その信用性を慎重に吟味する必要がある。

2 予見可能性について

 ギャロ博士,モンタニエ博士らのウイルス学的研究等により,本件当時,エイズの解明は,目覚ましく進展しつつあった。しかし,両博士を含む世界の研究者がそのころ公にしていた見解等に照らせば,本件当時,HIVの性質やその抗体陽性の意味については,なお不明の点が多々存在していたものであって,検察官が主張するほど明確な認識が浸透していたとはいえない。帝京大学病院には,ギャロ博士の抗体検査結果やエイズが疑われる2症例など同病院に固有の情報が存在したが,これらを考慮しても,本件当時,被告人において,抗体陽性者の「多く」がエイズを発症すると予見し得たとは認められないし,非加熱製剤の投与が患者を「高い」確率でHIVに感染させるものであったという事実も認め難い。検察官の主張に沿う証拠は,本件当時から十数年を経過した後に得られた関係者の供述が多いが,本件当時における供述者自身の発言や記述と対比すると看過し難い矛盾があり,あるいは供述者自身に対する責任追及を緩和するため検察官に迎合したのではないかとの疑いを払拭し難いなどの問題があり,信用性に欠ける点がある。被告人には,エイズによる血友病患者の死亡という結果発生の予見可能性はあったが,その程度は低いものであった。このような予見可能性の程度を前提として,被告人に結果回避義務違反があったと評価されるか否かが,本件の帰趨を決することになる。

3 結果回避義務違反について

 医療行為は,一定の危険を伴うが,治療上の効能,効果が優るときは,適切と評価される。本件においては,非加熱製剤を投与することによる「治療上の効能,効果」と予見することが可能であった「エイズの危険性」との比較衡量,さらには「非加熱製剤の投与」という医療行為と「クリオ製剤による治療等」という他の選択肢との比較衡量が問題となる。刑事責任を問われるのは,通常の血友病専門医が被告人の立場に置かれれば,およそそのような判断はしないはずであるのに,利益に比して危険の大きい医療行為を選択してしまったような場合であると考えられる。他方,利益衡量が微妙であっていずれの選択も誤りとはいえないというケースが存在することも,否定できない。

 非加熱製剤は,クリオ製剤と比較すると,止血効果に優れ,夾雑タンパク等による副作用が少なく,自己注射療法に適する等の長所があり,同療法の普及と相まって,血友病患者の出血の後遺症を防止し,その生活を飛躍的に向上させるものと評価されていた。これに対し,非加熱製剤に代えてクリオ製剤を用いるときなどには,血友病の治療に少なからぬ支障を生ずる等の問題があった。このため,本件当時,我が国の大多数の血友病専門医は,各種の事情を比較衡量した結果として,血友病患者の通常の出血に対し非加熱製剤を投与していた。この治療方針は,帝京大学病院に固有の情報が広く知られるようになった後も,加熱製剤の承認供給に至るまで,基本的に変わることがなかった。こうした当時の実情に照らせば,被告人が非加熱製剤の投与を原則的に中止しなかったことに結果回避義務違反があったと評価することはできない。

4 被告人の刑事責任について


 血友病治療の過程において,被害者がエイズに罹患して死亡するに至ったという本件の結果は,誠に悲惨で重大である。しかし,開かれた構成要件をもつともいわれる業務上過失致死罪についても,犯罪の成立範囲を画する外延はおのずから存在する。生じた結果が悲惨で重大であることや,被告人に特徴的な言動があることなどから,処罰の要請を考慮するのあまり,この外延を便宜的に動かすようなことがあってはならない。関係各証拠に基づき具体的に検討した結果によれば,被告人に過失があったとはいえない。

(理由の要旨)

第1 検討に当たっての基本的な視点

 本件は,血友病患者である本件被害者が大学病院で非加熱濃縮血液凝固因子製剤(非加熱製剤)の投与を受けたところ,同製剤がエイズ原因ウイルス(HIV)に汚染されていたため,やがてエイズを発症して死亡したとして,同病院で科長等の立場にあった被告人が業務上過失致死罪に問われている事案である。血友病は,血液凝固因子の先天的欠乏等のため出血が止まりにくく,随時その補充を必要とする遺伝性疾患である。その治療薬として血液凝固因子の補充に使用される非加熱製剤は,従前の血液製剤に比べて格段に優れた効能を有し,血友病患者の生活を質的に大きく改善したものとして高い評価を受けていた。他方,エイズは,後天的に免疫不全症状を呈する予後の極めて悪い疾病である。この疾病は,血液などの体液を介して伝播する性質があり,このため非加熱製剤の投与を受ける血友病患者は,エイズの危険にさらされている旨が指摘されていた。こうした事情から,本件当時,血友病につき非加熱製剤によって高い治療効果をあげることとエイズの予防に万全を期すこととは,容易に両立し難い関係にあった。すなわち,非加熱製剤を使用すれば高い治療効果は得られるが,それにはエイズの危険が伴うことになり,また同製剤の使用を中止すればエイズの危険は避けられるが,血友病の治療には支障を来すという困難な問題が生じていた。このためエイズと血液製剤をめぐる問題については,最先端の専門家によってウイルス学的な解明がなされるとともに,その解明が進むのを受けて,血友病治療医らがエイズへの対処法を模索しているという状況にあった。

 エイズと血液製剤の関係は,時間的にも空間的にも相当の拡がりを有する問題であった。エイズの浸透ないし蔓延状況に関する情報や,エイズ原因の解明や対処方策の研究に関する情報は,時を追って刻々と変化し,国や地域によっても事情を異にする点があった。本件刑事訴訟では,そのように複雑で多様な事実関係の中から,訴因に明示された特定の行為の是非が問題とされている。本件は,未曾有の疾病に直面した人類が先端技術を駆使しながら地球規模でこれに対処するという大きなプロセスの一断面を取り扱うものである。したがって,その検討に当たっては,全体を見渡すマクロ的な視点が不可欠であるが,それと同時に,時と所が指定されている一つの局面を細密に検討するミクロ的な視点が併せて要請されることになる。

 また,エイズと血液製剤をめぐる問題は,以上のように複雑で多様な事実関係を含むものであり,ウイルス学者,血友病治療医,製薬会社関係者,行政担当者など多くの者がこれに関与してきた。流動的で混沌とした状況の下において,これらの者がそれぞれの時期に種々の方向性をもった行動をとっており,それに応じてさまざまなエピソードが存在する。中には強いインパクトを有するものがあり,事象の本質を構成するような重要なものも存在するところである。その反面,一見して人目をひく点はあるが,事象の正確な把握という観点からは,むしろ紛れを生じさせる作用を果たすものもないわけではない。個々のエピソードの評価に当たっては,こうした点にも留意する必要があろう。

 さらに,エイズと血液製剤の関係は,世界各国で長期間にわたって広く関心を集めてきた難問であり,それだけに数多くの資料が存在する。それらの中には,確度の高い原資料というべきものが存在する一方,その正確性について留意を要する二次的三次的な派生資料も少なくない。このため,限られた一定の資料に基づいて考察するときは,事態がある様相を呈するが,他の資料に基づいて考察するときは,様相が一変するというようなことも,生ずるおそれがないとはいえない。事案の性質に照らし,本件における事実の認定に当たっては,事件当時に公表されるなどして客観的な存在となっていた資料を重視すべきであると考えられる。これに対し,当時を回顧して事後的になされた論述等については,合理化などの心理作用から潤色している点がないかどうかを慎重に吟味する必要があるといえるであろう。

 本件において直接問題となるのは,昭和59年ないし昭和60年当時における被告人の行為であるが,公訴が提起されたのは,昭和59年から起算すれば12年後の平成8年9月であった。そして,平成9年3月から平成12年9月にかけて公判審理が行われたが,事件当時の状況を忠実に再現するという観点からは,時の経過による記憶の減退や変容という問題を避けて通ることは難しい状況にある。現に,通常であれば記憶が失われることなどあるはずがないと思われる事項について,記憶が完全に欠落しているというような例もみられたところである。関係者の供述内容を吟味するに当たっては,このような時の経過に伴って生ずる問題にも十分留意する必要がある。

 上記のような基本的な視点に立脚して,以下検討を進めていくこととする。

第2 業務上過失致死罪の前提となる被告人の立場

 本件は,業務上過失致死罪に係る事案であるが,同罪の前提となる被告人の立場について,検察官は,帝京大学病院の第一内科長としての立場と,血液研究室主宰者としての立場を指摘し,被告人が血友病治療の適正を確保し,これに伴う血友病患者に対する危害の発生を未然に防止する業務に従事していたと主張する。これに対し,弁護人は,被告人が従事していた業務の内容を種々争っている。

 この点については,第一内科長の地位にあったことや血液研究室の責任者という地位にあったことが,それだけで直ちに業務上過失致死罪との関係における被告人の行為の評価を決するまでの事情といえるか否かは,必ずしも明らかではない。また,被告人の行為と実際の治療行為との間に他の医師が介在していたことは事実である。しかしながら,関係各証拠によれば,被告人は,第一内科長かつ血液研究室の責任者という指導的地位に就いていたことに加え,血友病の治療について抜きんでた学識経験と実績を有すると目されていたことから,これらに由来する権威に基づき,自ら第一内科における血友病に係る基本的治療方針を決定していたものであり,本件当時,同内科において非加熱製剤が投与されていたのは,被告人の意向によるものであったことが明らかである。このような血友病診療の実態に照らせば,本件当時,同内科において血友病患者の出血に対し非加熱製剤が投与されていたことについて,被告人の過失行為の有無を問題とすることは,法律上十分可能というべきである。弁護人は,本件被害者に対する非加熱製剤の投与については,被告人の行為は法律上関連がなく,被告人の過失責任を問題とする前提が欠けているかのように主張するが,この主張は,被告人が第一内科において決定的な影響力を行使して非加熱製剤を投与する体制を構築し,かつそのような体制を維持していた事実を無視し,非加熱製剤の投与に関する被告人の役割をことさらに過小評価するものであって,事の実態から乖離しているものといわざるを得ない。

 また,被告人が医療及び保健指導を掌る医師の職責の一環として,第一内科長かつ血液研究室の責任者の立場を通じ,第一内科における血友病患者の基本的治療方針を決定していた行為は,人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為であり,かつ他人の生命身体に危害を加える虞あるものであったことは明らかであって,業務上過失致死罪にいわゆる業務性の要件を満たすことに疑問は生じない。したがって,仮に被告人について本件公訴事実のような過失責任が問題になるものとすれば,それは,業務上の過失責任であるとの評価を受けることになるものと考えられる。

第3 本件被害者のエイズ発症・死亡原因

 関係証拠によれば,本件被害者がHIVに感染した時期は,昭和60年5月10日ころから同年7月8日ころまでの間であったと推認される。そして,本件被害者は,この期間中に,同年5月12日,同年6月6日及び同月7日の3回にわたり,帝京大学病院第一内科において,手首関節内出血の止血治療のため,外国由来の非加熱第8因子製剤であるクリオブリンを投与されたことが認められる一方,本件投与行為以外の原因によりHIVに感染した証跡はない。これらの事情に照らせば,本件被害者は,本件投与行為によりHIVに感染したものと推認するのが相当である。また,関係証拠によれば,本件被害者は,HIV感染に起因する悪性リンパ腫により,平成3年12月に死亡したものと認められる。

第4 エイズ研究班当時までの事実関係の概要

4.1 エイズの発生等

 エイズは,その病原ウイルスの分離・同定前である昭和57年に米国で定義がなされた疾患概念であるが,米国のエイズ患者の報告数は,昭和56年の最初の症例報告以降,増加の一途をたどり,昭和58年半ばころには,西欧諸国等においても数十名程度のエイズ発生が報じられるに至っていた。そして,エイズ患者の予後については,その死亡率が極めて高いことが当初から広く知られていた。

 エイズの原因については,様々な説が主張されていたところ,「サイエンス」誌昭和58年5月20日号には,後にHIVを最初に分離したと評価されたシヌシ博士,モンタニエ博士らの新たなレトロウイルス(LAV)の分離を報告した論文が掲載されたが,同号には,HTLV−Tがエイズと関係があるという趣旨のギャロ博士らの論文なども掲載されていた。

4.2 エイズ研究班

 厚生省薬務局生物製剤課の郡司篤晃課長は,昭和57年暮れころから,米国で血友病患者からエイズ発症者が出たとの情報に接するなどして,我が国の血友病患者にもエイズが伝播する危険性があるとの危機感を抱き,我が国におけるエイズ発生状況の調査及び血液凝固因子製剤に関するエイズ対策を検討するため,エイズ研究班を設置することとし,被告人がその主任研究者(班長)に選ばれた。

 エイズ研究班においては,エイズの疑いのある症例のアンケート調査によって報告された症例について,それがエイズに該当するか否かの検討が行われた。ここでは,昭和58年7月5日に帝京大学病院第一内科において死亡した血友病B患者の症例(帝京大1号症例)が検討の対象となり,被告人は同症例がエイズであると強く主張したが,他の班員の反対によって,エイズと認定することは見送られた。

 また,血液凝固因子製剤に関するエイズ対策として国内自給体制が議論され,班員からは,第8因子製剤を自国で賄うことを現実的な目標にするのであれば,クリオ製剤を併用すべきである,患者の便利もある程度犠牲にすべきではないかなどといった意見も出されたが,被告人は,非加熱製剤の治療効果や自己注射療法における利点などを強調してこれに反対し,血液製剤対策の検討のため,風間睦美帝京大学教授を委員長とする血液製剤小委員会が設置されることになった。

 血液製剤小委員会においては,クリオ製剤の評価,加熱第8因子製剤,原料血漿の問題などが討議項目となった。その結果,加熱製剤については治験を行うべきであるとされ,クリオ製剤については,血友病乳幼児の軽・中等度の出血及び血友病年長児・成人の軽度の出血,皮下出血などが「相対的適用(クリオでも治療可能なもの)」とされたが,成人の関節内出血等のほとんどの出血については,「クリオでは確実な治療が不可能なもの」とされた。

第5 エイズ研究班以後の結果予見可能性に関する事実関係

5.1 米国におけるエイズ発症者及び死亡者の増加

 エイズ研究班が終了した後も,米国におけるエイズ患者は増加を続け,昭和59年11月26日現在,サーベイランス定義に合致するとして報告されたエイズ患者数は6993名に達し,そのうち3342名が既に死亡したとされ,血友病患者のエイズ発症例についても,同年10月14日現在で合計52例となり,そのうち30名が既に死亡したとされるに至っていた。

5.2 エイズ原因ウイルス研究の進展

 昭和59年4月23日,米国厚生省のヘクラー長官は,ギャロ博士らの研究チームがエイズの病原体とみられるHTLV−Vと命名された新しいウイルスを分離することに成功したと発表した。ギャロ博士らは,「サイエンス」誌昭和59年5月4日号において,エイズ患者ら48名からHTLV−Vを分離したことや,エイズ患者やプレエイズ患者ではHTLV−Vに対する特異的な抗体の保有率が高いことなどを報告し,HTLV−Vがエイズの主な原因であること,これがHTLV科のウイルスであり,LAVとは異なると考えられることなどを示唆する4編の論文(以下「4点論文」という。)を発表した。

 他方,モンタニエ博士らもLAVの研究を進めていたが,やがて,昭和59年9月の仙台における第6回国際ウイルス学会などを経て,LAVとHTLV−Vとは同じウイルスであり,エイズの原因であるという説が専門家の間では広く受け入れられ,LAV/HTLV−Vなどと称されるようになり,その後,ウイルス分離国際委員会によりHIVという呼称が提案されてこれが受け入れられた。そして,このウイルスがレンチウイルス群と共通の特徴を有している旨も指摘されるようになり,昭和60年3月ころまでには,遺伝子情報の解析結果に基づき,HIVがレンチウイルスであるという見解がウイルス学者の共通認識となるに至った。

5.3 「HIV抗体陽性の意味」等

5.3.1 問題の所在

 本件における被告人の結果予見可能性に関する最大の争点は,被告人がギャロ博士に依頼して昭和59年9月ころに入手した帝京大学病院血友病患者48名のHIV(HTLV−V)抗体検査の結果,約半数の23名が陽性であったという,関係各証拠により明らかに認められる事実の意味付けをめぐるものである。すなわち,検察官は,HIVは,その発見当初から,感染を受けた個体が持続感染した状態になり,体内においてウイルスと抗体が共存するものと想定されていた上,昭和59年11月ころまでに明らかとなった疫学的・血清学的データ等は,HIVの感染を受けた個体では,免疫応答によってウイルスが排除されず,抗体とウイルスが共存し,抗体陽性者がその体内に感染性のあるウイルスを保有していること(ウイルスに持続感染していること)を示すものであったと主張し,また,抗体陽性である男性同性愛者集団を経時的に観察した疫学的データが報告され,抗体陽性者からのエイズ発症率が高率に上っていることが示されていた上,エイズの潜伏期間が数年以上の長期間に及び,しかも時の経過とともに更に長くなるものと認識されていたことから,その後も抗体陽性者からのエイズ発症者が増加することにより,抗体陽性者のエイズ発症率が,最終的には極めて高率に上るものと想定されていたなどと主張している。これに対し,弁護人は,本件当時までの状況下では,HIV抗体陽性の意味は不明であり,抗体陽性者のうち,どの程度の割合の者について生きたウイルスが体内に存在するのか,将来エイズを発症する者がどの程度いるのか,他人にエイズを感染させる危険のある者がどの程度いるのかといった点は,分からなかったなどと主張している。

 この「抗体陽性の意味」をめぐっては,当事者双方の主張の対立自体が,かなり複雑難解なものとなっている。こうした当事者の主張に加え,双方から提出された膨大な文献の記載内容と多数の証人の公判供述の内容にかんがみると,「抗体陽性の意味」に関する本件訴訟の争点は,次のような4つの側面を念頭に置きつつ,多角的に分析していくことが相当であると認められる。すなわち,
(1) エイズ原因ウイルスに対する抗体陽性者は感染性のあるウイルスの現保有者であるか,また,抗体陽性者のうちウイルス現保有者である者の割合はどの程度か(ウイルス現保有に係る側面,抗体陽性の第1の意味)
(2) ウイルスの現保有者は将来にわたってウイルスを保有し続けるか,また,将来にわたってウイルスを保有し続ける者の割合はどの程度か(将来にわたる持続感染に係る側面,抗体陽性の第2の意味)
(3) 抗体陽性者の有する抗体はウイルスの活動(感染,発症等)に対して防御的作用を有するか,また,その防御効果はどの程度か(防御的作用に係る側面,抗体陽性の第3の意味)
(4) 抗体陽性者はエイズを発症するか,また,エイズを発症する者の割合はどの程度か(発症率に係る側面,抗体陽性の第4の意味)
である。そして,これらの前提として,「HTLV−VとLAVが同じウイルスであり,エイズの原因ウイルスであるか」という問題があることはいうまでもない。
 また,上記(1)ないし(4)については,
(5) 血友病患者に見られる抗体陽性の意味が,他のリスクグループ(とりわけ男性同性愛者)におけるそれと同じであるのか異なるのか
(6) 抗体陽性の意味が人種によって異なり得るのか
といった問題があり,さらに,上記(4)に関連するものとして,
(7) 抗体陽性者(あるいはウイルス感染者)のエイズ発症にコファクター(co-factor,「補助因子」,「副要因」などとも訳されるが,以下「コファクター」という。)が関与しているか,また,関与するとすればどの程度か
という問題が関わってくることも,念頭に置いておくことが相当である。

 以下,これらの点に関する内外研究者らの本件当時の認識状況を,関係各証拠に照らして検討していくが,本件において,証拠文献中の記載や証言等を正当に評価するには,証拠関係全体の中でそれらを正確に位置付けることが必要不可欠であると考えられる。そこで,この判決要旨でも,論告・弁論においてとりわけ重視されている研究者の見解,すなわち,ギャロ博士らのグループ,モンタニエ博士らのグループ,エバット博士を含む米国CDC(米国防疫センター)及び我が国の栗村敬医師の各見解については,それぞれ証拠の細部に立ち入った検討結果を示しておくこととする。

5.3.2 ギャロ博士らのグループの見解
5.3.3 モンタニエ博士らのグループの見解
5.3.4 米国CDCあるいはエバット博士の見解
5.3.5 アトランタ会議
5.3.6 栗村医師の見解
5.3.7 AIDS調査検討委員会の見解
5.3.8 木下医師及び松田医師の見解
5.3.9 被告人の認識
5.3.10 まとめ


 被告人らが本件当時ころに発表していた論文等の記載からは,HIV感染者の免疫異常の改善,治療について,当時試行していた治療にかなりの効果があると認識し,その予後に関しても相当に楽観的な見通しを持っていたこと,近い将来,HIVに対するワクチンが開発されることに大きな期待を持っていたことなどが認められる。

 もとより現在から振り返れば,このような見通しは楽観的に過ぎたものであったことが明らかであるし,当時においても,将来の治療法確立の見通しなどということはその性質上全く不確実なものであるから,そのような楽観的な見通しに安易に頼ってHIV感染の危険を軽視することが正当化されるものではなかった。しかし,当時の実態としては,ギャロ博士らのHTLV−V分離の発表が,その本態が不明であるため有効な治療法や予防法がないと恐れられていたエイズについて,今後はその研究が急速に進歩するだろうという期待を多くの臨床医に抱かせるものであったことも事実であった。

5.4 T4/T8比低下の意味付け

 また,検察官は,帝京大学病院においてギャロ検査結果到着直後に行われた血友病患者のT4/T8比調査により,被告人らが,「HIV抗体陽性者の中にはT4/T8比が著明に低下してエイズ発症の切迫した危険を有する患者が存在することを具体的データによって認識した」と主張する。
 しかし,この検察官の主張及びそれに沿うかのような木下医師及び松田医師の証言は,(1)本件当時にそのような認識を論文等で発表していたわけではなく,むしろ,そのころ被告人ら血液研究室グループが発表していた論文等の記載内容には相反するものであること,(2)本件当時の他の研究者の認識に照らしても不自然であること,(3)被告人が退官した後の本件被害者に対する治療方針に照らしても,木下医師や松田医師がその証言するような危険性認識を有していたとみるのは不自然であること,(4)いわゆる帝京大1号・2号症例は,T4/T8比の低下が臨床症状の出現に先行したケースとは評価し難いことなどに照らし,採用できない。

5.5 HIVの感染の可能性

 検察官は,被告人が,本件当時,外国由来の非加熱製剤の投与をなお継続すれば,HIV未感染の血友病患者をして「高い確率で」HIVに感染させることを予見し得たと主張する。これに対し,弁護人は,ギャロ検査の結果から計算しても非加熱製剤のうちウイルスに汚染された製剤の割合は0.3%であり,米国でドナースクリーニングが実施されるようになってからは更にこれが低下していたなどと主張する。

 そこで検討するに,ギャロ検査の「48名中23名の抗体陽性」などから直接的に導かれる感染率は長期間の頻回輸注による累積感染率であり,単回感染率は極めて低かったという弁護人の主張は,基本的には正しいものを含んでいる。仮に抗体陽性を感染と同義に捉え,いったん感染が成立すればその後も感染が続くという前提に立つとすれば,累積感染率と単回感染率との関係は,各投与において感染しない確率(1−単回感染率)を投与回数だけ乗じたものが,当該投与期間において最終的に感染を受けなかった確率(1−累積感染率)に等しいことが,数学的に明らかであり,関係証拠により推認されるギャロ検査対象患者の非加熱製剤投与回数等に照らせば,単回感染率は弁護人の主張に近いものであったと考えられる。もっとも,本件における被告人の判断の適否を検討する上では,単回感染率そのものではなく,被告人が治療方針を転換したとすれば,それが実施に移されたであろう時点以降の累積感染率が問題であるとも考えられるが,その場合には,血友病患者の出血に対し非加熱製剤を投与しないことによるマイナス面も,投与1回当たりのそれではなく,そのような方針が継続的に維持されることによる不利益が比較衡量の対象となる。そして,この累積感染率を問題にするとしても,今後も投与を継続すれば23/48の確率で未感染者を感染させるということにならないことはいうまでもない。
 関係証拠により認められる現在の知見によれば,我が国の血友病患者におけるHIV感染のピークは昭和57年ないし昭和58年であったと認められ,帝京大学病院における抗体検査結果データに照らしても,本件当時(すなわち昭和59年11月末ころから昭和60年5月12日まで)の非加熱製剤によるHIV感染の客観的な危険性は,正確に認定することは不可能であるものの,単回感染率はもとより検察官が主張する全期間を通じた累積感染率においても,高いものであったとは認め難い。したがって,本件公訴事実中の「被告人が,非加熱製剤の投与をなお継続すれば,HIV未感染の血友病患者をして高い確率でHIVに感染させることを予見し得た」という部分は,その前提となる「高い確率でHIVに感染する」という客観的事実自体が認め難いといわざるを得ない。

 なお,昭和61年ころまでの被告人の著書を含めた諸文献においては,HIVの感染の成立には繰り返し反復して曝露されることが必要である,生体内に入ってもすぐには抗原とならず半年以上もかけてゆっくりと抗体を作るなどという記載が見られ,HIVの感染に関する認識についてもかなりの混乱があったものと認められる。

5.6 HIV感染症の治療の見通し

 被告人らが本件当時ころに発表していた論文等の記載からは,HIV感染者の免疫異常の改善,治療について,当時試行していた治療にかなりの効果があると認識し,その予後に関しても相当に楽観的な見通しを持っていたこと,近い将来,HIVに対するワクチンが開発されることに大きな期待を持っていたことなどが認められる。
 もとより現在から振り返れば,このような見通しは楽観的に過ぎたものであったことが明らかであるし,当時においても,将来の治療法確立の見通しなどということはその性質上全く不確実なものであるから,そのような楽観的な見通しに安易に頼ってHIV感染の危険を軽視することが正当化されるものではなかった。しかし,当時の実態としては,ギャロ博士らのHTLV−V分離の発表が,その本態が不明であるため有効な治療法や予防法がないと恐れられていたエイズについて,今後はその研究が急速に進歩するだろうという期待を多くの臨床医に抱かせるものであったことも事実であった。

5.7 本件における結果予見可能性のまとめ

 以上のとおり,本件における被告人の結果予見可能性については,本件公訴事実をそのまま認めることはできない。すなわち,非加熱製剤の投与によって,血友病患者をHIVに感染させる危険性は予見し得たといえるが,それが「高い確率」であったとは客観的に認め難いし,HIV感染者について「その多く」がエイズを発症するということは,現在の知見においてはそのように認められようが,本件当時においてそのような結果を予見することが可能であったとは認められない。

 しかし,他方において,こうした「高い」,「多く」といったことを別にすれば,本件当時においても,外国由来の非加熱製剤の投与によって,血友病患者を「HIVに感染させた上,エイズを発症させてこれを死亡させ得る」ことは予見し得たといえるし,被告人自身が,現実にそのような危険性の認識は有していたものと認められる。換言すれば,本件において,被告人は,結果発生の危険がないと判断したわけではなく,結果発生の危険はあるが,その可能性は低いと判断したものと認められる。

 したがって,本件においては,関係証拠により認められる結果予見可能性の程度を前提として,なお被告人に結果回避義務が認められるかどうかが,過失責任の成否を決定することになると考えられる。そこで,以下においては,このような観点から,さらに検討を進めることとする。


第6 結果回避可能性及び結果回避義務に関する事実関係

6.1 医療行為の評価に関する基本的な考え方

 医薬品は,人体にとって本来異物であり,治療上の効能,効果とともに何らかの有害な副作用の生ずることを避け難いものであるが,治療上の効能,効果と副作用の両者を考慮した上で,その有用性が肯定される場合にはその使用が認められる。したがって,こうした医薬品を処方する医療行為についても,一般的に医薬品の副作用などの危険性が伴うことは当然であるが,その点を考慮してもなお,治療上の効能,効果が優ると認められるときは,適切な医療行為として成り立ち得ると考えられる。このような場合,仮に当該医療行為によって悪しき結果が発生し,かつ,その結果が発生することの予見可能性自体は肯定されるとしても,直ちに刑法上の過失責任が課せられるものではない。医療行為の刑事責任を検討するに当たっては,この種の利益衡量が必要となることは否定し得ないものと考えられるところであり,本件における検察官の主張も,このような利益衡量を当然の前提にしているものと解される。したがって,本件においては,まずもって,外国由来の非加熱製剤を投与することに伴う「治療上の効能,効果」と「エイズの危険性」との比較衡量が問題となる。また,本件公訴事実において,検察官は,「生命に対する切迫した危険がないものについてはHIV感染の危険がないクリオ製剤による治療等で対処することが可能であった」から,そのような出血に対しては外国由来の非加熱製剤を投与すべきではなかったと主張している。したがって,本件においては,「非加熱製剤の投与」と「クリオ製剤による治療等」との比較衡量も問題となる。すなわち,想定される各医療行為の取捨選択の適否に関しても,当該時点における医学的知見に基づいて考えられるそれぞれの治療方針のプラス面とマイナス面を考慮し,各医療行為を比較衡量して判断する必要があるものということができる。そして,こうした医療行為の選択の判断を評価するに当たっては,通常の医師であれば誰もがこう考えるであろうという判断を違えた場合などには,その誤りが法律上も指弾されることになるであろうが,利益衡量が微妙であっていずれの選択も誤りとはいえないというケースが存在すること(医療行為の裁量性)も,また否定できないと考えられる。

6.2 血友病の関節内出血

 関節内出血は,直接に生命の危険にかかわる症状ではないものの,患者に激痛とともに関節の腫脹・運動制限をもたらし,さらには出血に起因する滑膜の炎症等の病理的変化を生じ,その結果として再出血も生じやすくなり,関節内出血を繰り返すと関節軟骨が破壊され,ついには肢体不自由者となるという,重大な後遺症をもたらす症状である。検察官は,本件被害者の右手首の関節内出血には,補充療法以外にもその治療方法が存在していたなどと主張するが,それはクリオ製剤すらない時代や補充療法を必要としない血友病患者のエピソード等を根拠とするものであり,実際に痛みを伴う出血を起こして病院を受診した血友病患者に対する本件当時の治療方針選択に当たって考慮されるようなものとは思われない。

 したがって,本件当時において,関節内出血を起こして病院を受診した本件被害者に対する医師の現実的な選択肢として,補充療法を行わないという治療方針を考慮すべきであったとは認め難い。

6.3 補充療法の評価

 本件当時,血友病A患者の出血に対する治療は,補充療法が当然の方針となっており,その補充療法に用いられる血液製剤は,ほとんどの医療機関において,かつて用いられたクリオ製剤から非加熱第8因子製剤に移行し,さらに,多くの血友病患者の治療を行っている専門性の高い医療機関においては,非加熱第8因子製剤の自己注射療法が導入され,それが推進されつつあるという状況にあった。こうした治療方針の進展は,それ自体が医療技術や医学的知見の進展に伴って生じてきたものであるが,そのような状況において,血液製剤によるエイズ伝播の問題が起こってきたのであり,本件当時の血友病治療医は,この問題を契機として,その治療方針を変更すべきかどうかの判断を迫られることになったものと考えられる。

 治療的観点から濃縮製剤をクリオ製剤と比較した場合の長所としては,(1)製剤中の第8因子の力価が高く,治療効果が優れていること,(2)夾雑タンパクの混入が少ないために,クリオ製剤の輸注でしばしば見られた輸注直後の喘息様発作,蕁麻疹,腰痛などのアレルギー反応がほとんど見られなくなったこと,(3)クリオ製剤の輸注でときに見られた生命にかかわる副作用であるアナフィラキシーショックの危険性もほとんどなくなったこと等があった。滑膜炎による関節の機能不全についても,クリオ製剤の時代と濃縮製剤が普及した後の時代とでは明確な差異があり,クリオ製剤による治療では,血友病患者が重篤な後遺症を残さないのは無理で,運動を制限することなども必要となり,十分なQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を持った生活をするのには不適当であると考えられていた。

 また,濃縮製剤とクリオ製剤とでは,投与のしやすさや,保存・保管・持ち運びの容易さなどの面でも,大きな差があった。

 このような副作用の多さと保管・投与等の難しさとから,クリオ製剤の致命的な短所は,自己注射療法に不向きなことであると認識されていた。そして,本件当時,血友病専門医らの同療法に対する評価は,極めて高いものであった。すなわち,早期に止血処置を始めれば,少ない量の補充療法で当該出血の止血を可能にし,出血を起こした関節への悪影響を最小限に押さえて再出血を起こりにくくし,その結果として関節障害の後遺症を防止し,ひいては血友病患者の社会的行動範囲を大幅に広げて,そのQOLを飛躍的に向上させることができるのであり,そして,濃縮製剤による自己注射療法が,血友病患者にこのような福音をもたらすという評価は,当時自己注射療法を進めつつあった血友病専門医に共通のものであった。

 これに対し,非加熱製剤をクリオ製剤と比較した場合に,感染の危険性が高いことは,エイズが問題となる以前の時代から指摘されていた欠点であった。すなわち,元来,血友病の補充療法は,ヒト由来の原料を用いた製剤という性質上,感染症の危険は必然的に伴うものであったが,濃縮製剤は多人数から集められたプール血漿から製造されるため,感染の危険性が高まると考えられていた。もっとも,血友病治療医の受け止め方は,ウイルス性肝炎については,クリオ製剤の時代においても,ある程度以上を使うと必発であるが,だからといって,出血に対する補充療法をしないわけにはいかないというものであり,非加熱製剤が開発されてからは,感染症のリスクの程度が高くはなるが,その点を考慮してもなお,止血管理の容易さや後遺症の防止の点で優り,自己注射療法も容易になる非加熱製剤による治療が遙かに優れていると判断してこれに切り替えたものであった。

6.4 諸外国における血友病治療方針

6.4.1 米国

 NHF医学諮問委員会は,昭和59年10月,エイズと血友病治療に関する勧告を行った。血友病治療医に対する勧告には,新生児,4歳以下の幼児及び過去に非加熱製剤を投与されたことのない血友病A患者等の治療について,クリオ製剤の使用を勧告し,濃縮製剤を扱う者は,エイズに対する防御効果は未だ証明されていないという理解の下で,加熱製剤に変えることを是非とも考慮すべきであると勧告するなどの内容が含まれていたが,他方では,治療を控えることによる危険の方が,治療に伴う危険よりも遥かに勝っているから,出血した際には,担当医師の処方に従い,凝固因子による治療を継続すべきであるともされていた。

 また,上記5.3.4.6のNHFがCDCの協力を得て昭和60年3月に作成・発行した「エイズ最新情報」は,血友病治療について,次のとおり述べていた。
 「血友病者は,医学的に必要であれば,治療を控えてはなりません。現在,第8因子ないし第\因子製剤の使用変更を正当化するだけの確実な証拠はありません。もし早期の治療が控えられると,肢体不自由になったり,生命を脅かすことにもなる出血をもたらす合併症が出るでしょう。」
 「血友病患者では出血よりもエイズの方が死亡率が高いとの指摘があります。血漿製剤の積極的な使用には反対すべきではないでしょうか?」との質問に対し,「絶対に違います。血友病患者の間でのエイズによる死亡率は極めて低いものです。現在,出血による死亡率も同じく極めて低いのは,血漿製剤を適切に集中的に使用していることの直接的な結果です。血漿製剤治療の度合いを減少させても,エイズの率は下がることはないでしょうし,逆に出血による死亡と身体障害の率が上昇することは確かでしょう。」
 「現在まで,クリオ及び新鮮凍結血漿よりも濃縮製剤の方が危険であることを示す明確な証拠はありません。エイズになった血友病患者の大部分は濃縮製剤で治療を受けていますが,重症の血友病患者で他の製品による治療だけを受けていた者の割合はとても少ないので,このような所見は製剤の使用パターンから予測されるところです。エイズと特定の血液製剤又は製造者とを結び付ける証拠がないことに留意すべきです。」

6.4.2 WFHのリオデジャネイロ会議
 昭和59年8月,世界血友病連盟(WFH)は,リオデジャネイロで,医学委員会と総会を開催したが,ここでは,前年のストックホルム総会の「現時点では,血友病の治療のいかなる変更をも勧告すべき証拠は不十分であり,したがって,現在の治療は,担当医師の判断に従って,入手可能なあらゆる血液製剤を使って継続すべきである。」との決議が再確認された。

6.4.3 アトランタ会議直後のWHO勧告
 WHOは,昭和60年4月のアトランタ会議直後,専門家による作業部会を開き,WHOのとるべき処置及び加盟各国のとるべき処置に関する勧告を発表した。加盟各国のとるべき処置には,「血液や血漿を提供しようとする者に関しては,AIDSウイルス抗体のチェックを行い,抗体陽性の例に関しては,本人に知らせるとともに,供血を行わせない。」,「血友病患者に使用する凝固因子製剤に関しては,加熱その他,ウイルスを殺す処置の施された製剤の使用を勧告する。」が挙げられた。

6.5 本件当時の我が国の血友病治療の実態とその理由

 本件当時,成人の軽症でない血友病A患者の通常の出血(本件で問題とされている関節内出血を含む。)を治療する我が国のほとんどの医師は,その原料血漿が外国由来であるか否かにかかわらず,非加熱第8因子製剤の補充療法(自己注射療法を含む。)を行っていた。すなわち,一方では,エイズの危険性が問題とされる以前から一貫して,感染の危険を重視する等の理由から,外国由来の非加熱製剤を使用しないという治療方針を維持していた医師も存在した。しかし,多数の血友病患者が通院していた医療施設である,東京医科大学病院,荻窪病院,聖マリアンナ医科大学病院,神奈川県立こども医療センター,静岡県立こども病院,名古屋大学医学部付属病院及びその関連病院,奈良県立医科大学病院等においては,いずれも加熱第8因子製剤が供給されるようになるまで,その原料血漿が外国由来であるか否かにかかわらず,非加熱第8因子製剤の投与が継続されていた。また,昭和60年には,我が国の主要な血友病治療施設においても,次第に患者のHIV抗体検査の結果が判明するようになったが,加熱第8因子製剤の治験薬の余分があったために,結果的には抗体陰性と判明した患者にその後に非加熱第8因子製剤を処方することはなかったという医師も存したが,その医師も,その方針を当直医にまで徹底したわけではなかった。他方において,抗体陰性者に治験薬を投与することを検討はしたものの,量的に不可能であるという理由で断念して非加熱第8因子製剤の投与を継続した医師も存した。

6.6 AIDS調査検討委員会

 AIDS調査検討委員会は,発足当初,血友病専門医は委員に含まれていなかったが,帝京大1号・2号症例等の検討を契機として,血友病専門医2名が委員に加わった。しかし,昭和60年8月に加熱第8因子製剤が供給されるまで,非加熱第8因子製剤の使用中止などが討議されることはなかったし,また,加熱第\因子製剤の承認は最も早いものが同年12月であったが,これが供給される前に非加熱第\因子製剤の使用中止が討議された形跡もない。

6.7 我が国における国内血の原料不足問題

 本件当時,仮に被告人が,血友病A患者の出血の大部分に対し,国内血由来のクリオ製剤を用いるという方針に転換することを考えた場合に,それが現実に可能なものであったか,また,当時の被告人の立場において,そのことを認識することが期待できたかも問題である。

 検察官は,(1)本件当時,帝京大学病院第一内科において,血友病A患者の生命の危険にかかわらない出血につき,非加熱第8因子製剤に代えてクリオ製剤による補充療法を実施するために必要なクリオ製剤は,ミドリ十字及び日薬の実際の在庫量のみをもってしても対応可能であった,(2)さらに,ミドリ十字,日薬及び日赤の製造能力に照らし,また,献血の増加やFFP(新鮮凍結血漿)の製造に用いられていた血漿の一部を凍結クリオの原料に回すことなどによって原料を確保すれば,全国の医療機関におけるクリオ製剤の需要(当時の我が国における非加熱第8因子製剤の年間供給量である約1億単位の3分の1)にも対応することが可能であった旨を主張している。

 しかし,(1)については,帝京大学病院のみがクリオ転換をし,他の医療施設は従来どおり外国由来の非加熱製剤を継続するということが現実的にあり得たと考えられるかが疑問である。検察官の主張する治療方針を採用することは,自己注射療法を中止し,治療の利便性を大きく後退させる大転換であって,不便を被る患者やその家族,さらには病院スタッフに対して,当然にその理由,すなわち外国由来の非加熱製剤によるエイズ感染のリスクが非加熱製剤やそれを用いた自己注射療法のベネフィットを上回ることを説明しなければならないと考えられる。そして,それが血友病治療医として我が国の権威者であり,非加熱製剤による自己注射療法を中心的立場で推進してきた被告人の治療方針の大転換であることからすると,そうした方針転換が帝京大学病院で行われた事実やその理由に関する情報は,他の医療施設やその患者らにも伝わるであろうと推測される。他方,本件において被告人に過失が認められるのは,通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれていれば,当然に非加熱製剤の投与を中止してクリオ製剤等の代替治療に切り替えたであろうと認められる場合であり,換言すれば,通常の血友病専門医が帝京大学病院の特別な情報を知れば,そのような治療方針転換を当然に行っていたと認められる場合であると考えられるから,結局,ほとんどの血友病専門医がクリオ製剤に転換するということになり,全国的な需要の殺到に見合うほどにクリオ製剤が供給可能であるのかが問題とならざるを得ないように思われる。しかも,本件訴訟においては,検察官自身が,被告人の治療方針転換は,我が国の血友病治療全体に影響を与えるものであったと論じているのである。したがって,結果回避可能性の点についてのみ,帝京大学病院の患者が転換する分のクリオ製剤は確保可能であったからこれが認められるという検察官の主張は,余りに便宜的であるとともに,当時の血友病治療の現実から乖離しているのではないかという疑問を払拭し難い。

 次に,(2)については,そこで前提とされているクリオ製剤の製造能力自体も,現実の本件当時の製造量とは著しい乖離があり,机上における推論という性格は否定できないのではないかという疑問がある。また,クリオ製剤に転換した場合に,全国の医療機関におけるクリオ製剤の需要が,当時の我が国における非加熱第8因子製剤の現実の年間供給量の3分の1で済むという主張にも同様の疑問がある。

 さらに,本件当時の客観的状況に照らせば,献血の増加やFFP製造用の血漿の一部を凍結クリオの原料に回すことなどによる原料確保が可能であったか否かは極めて疑わしい。当時のFFPは,その需要が著しく増加し,各方面から使用を抑制すべきであると指摘されていながら,それが実現できないという状況にあったものであり,当時の文献の記載に照らしても,その製造に用いられていた血漿を凍結クリオの原料に回すためには,医療機関に理解を求め,節約を懇請することから始めなければならないのが現実であった。また,献血量の増加についても,本件当時における献血の伸び率は鈍化しており,それが増加することは難しいという状況であった。こうした現実にもかかわらず,本件当時から十数年が経過し,多数の血友病患者らのHIV感染が大きな社会問題となってから得られた日赤関係者の供述,すなわち「国,地方公共団体,日赤が目標値を定めてそれぞれ献血推進に努力すれば,あえて言うならば一割程度の献血増は考えられたと思う。」などといった供述に依拠して,現実にそのような献血量の増加が可能であったとすることは,刑事裁判における事実の認定としては,いかにも心許ないというべきであり,また,本件当時の血友病専門医において,そのようなことが認識可能であったという根拠になるとも考えられない。

第7 被告人の本件刑事責任

7.1 本件における過失の判断基準

 まず,刑法上の過失の要件として注意義務の内容を検討する場合には,一般通常人の注意能力を基準にしてこれを検討すべきものと解される。そして,ここでいう「一般通常人」とは,行為者の属性(医師という職業やその専門分野等)によって類型化されるものであると考えられるから,本件においては,通常の血友病専門医の注意能力がその基準となるものと考えられる。本件で問題となっているのは,前記6.1のような特徴を有する医療行為の選択の判断であることに照らせば,本件において刑事責任が問われるのは,通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれれば,およそそのような判断はしないはずであるのに,利益に比して危険の大きい医療行為を選択してしまったような場合であると考えられる。

 そして,本件公訴事実において検察官が主張する「血友病患者の出血が生命に対する切迫した危険がないものであるときは外国由来の非加熱製剤の投与を控える」という治療方針を,本件当時の被告人が採っていなかったことは明らかであるが,他方において,我が国のほとんどの血友病専門医もまた,そのような治療方針を採用していなかったことが明らかである。したがって,このような事情にもかかわらず,本件当時の被告人の立場に置かれたならば,通常の血友病専門医が外国由来の非加熱製剤を投与しなかったであろうと考えられるような根拠があるのかどうかが検討されなければならない。

7.2 松田医師のいわゆる「進言」について

 松田医師は,昭和59年9月ないし10月ころ,被告人に対し,非加熱製剤の使用中止と加熱製剤の早期導入又はクリオ製剤への転換を提言したと供述した。

 こうした事実があったこと自体は認められるが,この「進言」の時期やその前後の事情との関係,さらには松田医師がその後は全く同様の行動に出ておらず,他の血友病専門医に対して非加熱製剤使用への懸念を口にしたこともないこと等に照らすと,これが松田医師の強固な考えや切迫した危機意識に基づいたものであったと位置付けることはできず,非血友病専門医の立場から,主に非加熱製剤のリスクの面を考慮した思い付きでなされたものであったとみざるを得ない。

7.3 木下医師のいわゆる「進言」について

 木下医師は,昭和59年11月ころ,被告人に対して,非加熱製剤をクリオ製剤に切り替えるべきであるという意見を述べたことがあると供述した。

 しかし,木下医師自身の供述によっても,この「進言」は,いつものように事務的な話をしていたところ,たまたまエバット博士の発表が話題になったので,「クリオにしたらどんなもんですか。」と言ってみたものの,被告人が「クリオは使いにくい。クリオでは自己注射はできないよ。」と答えたので,すぐにその話はやめて事務的な話に戻り,その後は二度とそうしたことを述べたことはなかったというものである。木下医師が患者の生命に対する重大な危険性を認識してこうした発言をしたのであれば,いかに被告人が非加熱製剤の継続に強くこだわっていたとしても,自ら非加熱製剤の注射を行う医師として,また血友病治療に当たる若手医師を直接に指導する立場の医師として,そのような方針にたやすく従うことはできなかったであろうと思われるが,木下医師自身の供述する「進言」の状況は,こうした切羽詰まった「進言」という見方をするには余りにも遠いものである。しかも,本件当時の木下医師の言動や状況事実からは,同医師が,自ら行いたいと考える治療と被告人の治療方針との乖離に悩んでいた様子もうかがわれない。そもそも,この「進言」の前提となるエイズの危険性に関する認識について,木下医師の供述に多くの疑問点があることは,前記5.3.8のとおりである。

 また,血友病の治療方針の根幹に関わる部分はともかく,日常の診療においては,本件当時,木下医師が現場の責任者であったという弁護人の主張は否定できない。したがって,本件において被告人に刑法上の過失責任が問われるのであれば,被告人と同じ情報に接し,より実際の治療行為に近い立場にあった木下医師に対する刑事責任の追及もまた,十分に想定されるものであったと考えられる。こうした木下医師の立場に照らせば,同医師が,自身に対する責任の追及を緩和するため安易に供述したのではないかという疑いは,ここでも払拭し得ない。しかも,昭和62年3月に被告人が定年退職し,木下医師が血液研究室の責任者の立場を引き継いだ後,帝京大学病院を受診していた血友病患者から次々とエイズ発症者が生まれ,木下医師が大きな心理的ストレスにさらされたことや,本件当時の治療について深い後悔の念にさいなまれたことは容易に推認できるが,このような場合に,一種の心理的な合理化機制により,木下医師の記憶が一定の方向に潤色されるということも,いかにもありそうなことであると考えられる。

 こうした諸点にかんがみると,木下医師の上記程度の供述をもって,同医師が本件当時,非加熱製剤投与の全面的あるいは原則的中止を真剣に考慮していたとみるには疑問がある。また,仮に被告人と木下医師との間での間で治療方針の見直しに関する真摯な話合いがされていたとしても,クリオ製剤の供給可能性その他の現実的な困難などに照らせば,検察官の主張するような非加熱製剤の原則的中止という治療方針が採用されたとは考え難いといわざるを得ない。

7.4 他の医療施設における治療方針との関係

 帝京大1号・2号症例,ギャロ検査結果,T4/T8比検査結果などの帝京大学病院で得られた情報は,遅くとも昭和60年3月ないし4月には,他の血友病専門医が知り得る状況になっていた。のみならず,同年3月には栗村医師による全国各地の血友病患者のLAV抗体検査結果が新聞報道され,他の研究者らの抗体検査も開始されて,帝京大学病院以外の医療施設においても,自らの施設の患者の抗体検査結果を把握しつつあった。そして,同年5月には,AIDS調査検討委員会によって,帝京大1号・2号症例などの3例がエイズと認定され,また,このころから,アトランタ会議に出席した我が国のウイルス学者らによって,邦語文献でもHIVの特殊な性質が指摘されるようになり,同年7月までには,我が国においてエイズ認定された血友病患者は5例に増加していた。

 したがって,昭和59年11月ころにおいては,被告人と他の施設の血友病専門医との間には相当の情報格差があったといえるが,その後は,次第にこの情報格差は解消され,例えば,昭和60年6月ころの時点において通常の血友病専門医が有していた情報は,客観的に見れば,昭和59年11月ころに被告人が有していた情報に比べても,より広範で充実したものであったように思われる。それにもかかわらず,血友病A患者の通常の出血に対して非加熱第8因子製剤を投与していた血友病専門医が,こうした情報を得た結果として,昭和60年8月ころに加熱第8因子製剤が供給されるに至る前に,外国由来の非加熱第8因子製剤の使用を中止したという例はほとんど見当たらない。このような当時の実情に照らせば,帝京大学病院において,外国由来の非加熱製剤の投与を原則中止するという判断をしなかったことが刑法上の過失の要件たる注意義務違反に当たるとみることは,いかにも無理があるように思われる。

 このことは,血友病B患者に対する治療方針についてみると一層明瞭である。加熱第\因子製剤については,最初の製剤が承認されたのは昭和60年12月であった。そして,同年後半には,各医療施設の血友病患者のHIV抗体検査も着実に進められ,抗体陽性血清からのHIVの分離もされるようになって,エイズに関する理解は更に浸透していたと認められるのに,血友病B患者の「生命に対する切迫した危険のない出血」について,加熱第\因子製剤が供給されるに至るまで,外国由来の非加熱第\因子製剤の投与を中止した血友病専門医が存在したという事実は,本件証拠上認められない。

 要するに,本件訴訟において検察官が主張する治療方針は,本件当時において,現実にそのような方針への転換が提唱されていたという裏付けを伴わないものであり,検察官が,後日になって改めて収集・整理した情報から本件当時を振り返って,本件投与行為の刑事責任を追及するために自ら構成したものであるという性格を免れ難い。このような検察官の主張は,不確実な情報をもとに時々刻々・臨機応変の判断をし,実際に行動していかなければならない場合の困難を適切に顧慮していないものといわざるを得ない。

7.5 「被告人による医療水準の形成」論について

 本件において,弁護人は,医師の治療行為については当時の医療水準がいわばその時の法律に当たるのであるから,医師はこれに従って医療を行うべきであり,たとえ今日からみればその医療水準が誤っていたとしても,これに従った医療行為は適法である,本件当時の血友病治療の医療水準は,非加熱製剤の使用を継続するべきであるというものであったから,血友病専門医の一人である被告人がこの医療水準に従って行っていた医療行為の過失責任を問うことができないことは明白であるなどと主張していた。これに対し,検察官は,(1)我が国における血友病治療の医療水準は被告人を中心として形成されてきたものである,(2)血友病患者へのエイズ伝播防止策の領域において被告人がむしろ自己の大きな影響力を利用して本来あるべき医療水準の形成を阻害してきたなどと主張した。

 既に述べてきたとおり,当裁判所は,本件において刑事責任が認められるのは,通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれれば,およそそのような判断はしないはずであるのに,利益に比して危険の大きい医療行為を選択してしまったような場合であると考える。したがって,弁護人の上記主張が,本件当時の我が国の血友病専門医の大多数が非加熱製剤の投与を継続していたことから直ちに,被告人の本件行為が医療水準に沿ったものであるとして過失が否定されるという趣旨であるとすれば,これを採用することはできない。しかしながら,他方において,被告人の過失の有無を判断する注意義務の基準が通常の血友病専門医であることは,動かし難いものと考える。したがって,検察官の主張が,被告人の法律上の注意義務を通常の血友病専門医のそれとは異なるとするものであれば,やはりこれを採用することはできない。

 もっとも,本件当時の被告人が置かれていた状況のうち,加熱第8因子製剤が未だ承認されておらず,クリオ製剤に全面的に転換することも原料血漿の面から困難があったなどの点については,昭和58年度の我が国の政策決定によってもたらされたものであり,当時のエイズ研究班の班長であった被告人の言動がそうした政策決定に影響を及ぼしたものであるという指摘は,考えられないものではない。しかし,本件公訴事実において,被告人の結果予見可能性の前提として摘示されているのは昭和59年5月ころのギャロ博士の「HIV同定」以降の事実のみであるから,被告人の過失の成否は,やはりそれが問題とされる時点において,刑法上の業務上過失に当たる注意義務違反行為が存したと評価されるかどうかにかかるものであるといわなければならない。

 本件で結果予見可能性が問題とされている時点以前の時期における被告人の言動を非難する検察官の主張は,本件公訴事実との関係が明らかでないというほかはない。したがって,これらに対する判断は不要であるとも考えられるが,その中には,本件の背景として社会的な耳目を集め,本件審理においても相当の証拠調べが行われたものがあることも顕著な事実であるから,こうした経過にかんがみ,若干の点について付言しておくこととする。

 昭和58年度のエイズ研究班における討議の結果,我が国においては,クリオ製剤の適用範囲が極めて限定的なものとされ,また,加熱製剤が治験を行った上で導入されることとなったことは,今日の視点で振り返れば,もとより遺憾なことであった。しかし,この方針は,被告人が関与していない血液製剤小委員会の第1回会合で各委員のコンセンサスに基づき実質的な方向付けがされ,その後の中間報告から最終報告に至るまで,同小委員会の見解は一貫していたと認められる。この間,被告人は,中間報告の後,同小委員会委員長であった風間医師をこの答申に関して激しく叱責するなどのことがあったが,本件証拠関係に照らせば,このことによって同小委員会の方針が変更されることはなかったことが明らかであり,この叱責がなければ同小委員会が最終報告をクリオ製剤適用拡大の方向に変更していたであろうと認めることもできない。

 また,加熱製剤の治験の経過については,被告人が第1相試験の実施にこだわったことや治験統括医をいったん辞任したことなどがなければ,加熱第8因子製剤の臨床試験の開始が早まった可能性があることは否定できないが,その当時,新薬の承認までには臨床試験を終えて申請をしてから1年半程度を要すると考えられていたことなどにも照らすと,こうした被告人の昭和59年初めころまでの言動が,現実の我が国における加熱第8因子製剤の供給開始時期にどのような影響があったかを正確に推認することは不可能であるというほかない。

 そして,こうした昭和58年度当時の事実関係を見るには,当時におけるエイズの危険性に関する認識や,加熱製剤の有効性・安全性に関する認識を踏まえてこれを評価することが必要である。関係証拠に照らせば,我が国におけるエイズの危険性認識が,昭和58年度のエイズ研究班においてエイズ患者が認定されなかったことなどから,いったん沈静化したことは否定できないところ,このエイズ患者の認定に至らなかった点は被告人の期待に反するものであったことも事実である。冒頭にも述べたとおり,エイズと血液製剤をめぐる問題は,複雑で多様な事実関係を含むものであり,流動的で混沌とした状況の下において,多数の者がそれぞれの時期に種々の方向性をもった行動をとっていたことに留意されなければならない。

7.6 刑事責任の存否

 以上に検討してきたところによれば,通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれていた場合に,本件で問題とされている出血に対して非加熱製剤の投与を控えたであろうと認めることには,合理的な疑いが残るといわざるを得ない。したがって,被告人に公訴事実記載のような業務上過失致死罪の刑事責任があったものとは認められない。

第8 結語

 本件刑事訴訟は,特定の被害者1名の関係で業務上過失致死罪が成立するか否かを直接の検討対象とするものであるが,その審理過程においては,当事者双方による立証活動の結果,法廷という公開の場に,血友病治療とエイズをめぐる広範な証拠関係が上程されてきた。そこには,刑事事件という枠組みを離れても,未曾有の疾病に直面した場合の対処方策等について,種々の示唆的な事情が現れている。この間の事実経過を正確に跡付けた上で,さまざまな角度から検証を加えていくことは,今後の医療の在り方等を考える上でも意義があるものといえよう。

 血友病治療の過程において,被害者がエイズに罹患して死亡するに至ったという本件の結果が,誠に悲惨で重大であることは,何人にも異論のないところであろう。また,一連の事態に現れた被告人の言動をみると,血友病治療の進歩やこれに関連する研究の発展を真摯に追求していたとうかがわせる側面がある一方で,自らの権力を誇示していたのではないか,その権威を守るため策を巡らせていたのではないかなどと傍目には映る側面が存在したことも否定できない。しかし,本件は,エイズに関するウイルス学の先端的な知見が血友病の治療という極めて専門性の高い臨床現場に反映されていく過程を対象としている。科学の先端分野に関わる領域であるだけに,そこに現れる問題は,いずれも複雑で込み入っており,多様な側面をもっていた。これらの問題について的確な評価を下すためには,対象の特性を踏まえ,本件公訴事実にとって本質的な事項とそうでない事項とを見極めた上で,均衡のとれた考察をすることが要請されている。

 業務上過失致死罪は,開かれた構成要件をもつともいわれる過失犯の一つであり,故意犯と対比するとその成立範囲が周辺ではやや漠としているところがあるが,同罪についても,長年にわたって積み重ねられてきた判例学説があり,犯罪の成立範囲を画する外延はおのずから存在する。生じた結果が悲惨で重大であることや,被告人に特徴的な言動があることなどから,処罰の要請を考慮するのあまり,この外延を便宜的に動かすようなことがあってはならないであろう。そのような観点から,関係各証拠に基づき,被告人の刑事責任について具体的に検討した結果は,これまでに説示してきたとおりであり,本件公訴事実については,犯罪の証明がないものといわざるを得ない。

 よって,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをすることとし,主文のとおり判決する。

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