2008年12月


                      図書館問題研究会

                                 委員長 中沢孝之


図書館における官公庁の名簿等の取扱いについて(声明)


200811月、元厚生事務次官とその家族が殺傷される事件が発生し、その後出頭した容疑者が被害者の住所を国立国会 図書館で調べたと供述したとの報道がなされた。1126日 には、厚生労働省より各都道府県教育委員会図書館担当所管課長宛に「職員の自宅の住所や電話番号が掲載されている」職員録につき、「旧厚生省や旧労働省、 厚生労働省の職員や元職員の個人情報を特定できる図書の閲覧や貸出について、特段の御配慮」及び「所轄の都道府県立図書館及び域内の市町村教育委員会」へ の連絡を要請した。

こうした報道や要請を背景として、国立国会 図書館や全国の公立図書館では、各種名簿や電話帳、住宅地図に至るまで様々な利用制限措置が拡大している。


本件殺傷事件が許すことのできない犯罪であ ることは言うまでもないが、犯罪に利用されたことによる情報の制限や統制の妥当性は慎重に判断されねばならない。図書館問題研究会は本件殺傷事件に基いて 名簿等の制限を行なう合理的理由は存在しないと考える。理由は以下のとおりである。

〇情報の「悪用」こそが問題である

図書館資料に記載されている情報は多様であ り、名簿等以外でも犯罪に情報が悪用される危険性は常に存在する。図書館が提供する情報をどのように利用するかは利用する個人の責任であり、住所のような ごく一般的な情報を制限する理由とはならない。

〇利用制限の犯罪抑止への実効性は極めて乏しい

 既に容疑者は出頭しており、「模倣犯を防ぐ」といったことが制限理由として上げられて いるが、利用制限が犯罪抑止の実効性を持つとは考えにくい。直接の凶器である包丁の販売を制限することさえ実効性は疑わしく、まして情報の制限は社会的に もデメリットの方が大きい。

〇公刊された(または公的な)出版物である

 今回の制限措置では、非公刊の名簿と共に公刊された出版物にも制限が及んでいる。しか し、公刊された出版物は公開を前提として出版されたものであり、図書館での制限は検閲ともなりかねない。また、国立印刷局(旧大蔵省/財務 省印刷局)発 行の『職員録』などは、『官報』や『法令全書』に準ずる公的な性格を持ち、長年にわたって発行されてきたものである。公共性が非常に高い資料であり、これ への利用制限は過剰反応と言わざるを得ない。

〇国民の知る権利を損なう

 『職員録』をはじめとした官公庁の幹部名簿は、行政府の公開性や説明責任、民主的統制 の観点からも公開されることが要請されるものである。また、紳士録や電話帳、住宅地図などの制限は国民の知る権利を著しく損なうものである。他人に知られ たくないと望むのが正当だと考えられる情報が掲載されていることで利用制限が許されるのは、名誉毀損や思想・信条が判明するおそれのある場合、差別に直結 する情報である場合に限定され、住所や電話番号はそれにあたらない。


上記の見解に基づき、利用制限を検討してい る図書館、または既に利用制限を採った図書館に対し以下のとおり要請する。


1 利用制限を検討する際には、『図書館の自由に関する宣言』をふまえ、該当すると思われる名簿等の資料を個々に精査し、職員間で十分議論すること。


2 既に利用制限を行なった図書館は、容疑者の逮捕や捜査の進展を考慮し、早期に利用制限の見直しを行なうこと。とりわけ公刊資料については早急に利用制 限を解除すること。


3 電話帳や住宅地図など、際限なく利用制限を拡大することを厳に戒め、図書館の資料提供の責務を守ること。


4 「個人情報の有用性」に配慮し、名簿等も含めて、今後も図書館の任務である「資料収集」「資料提供」「資料保存」を萎縮することなく行うこと。