地上デジタル放送促進と東京スカイツリー騒ぎ

何か変ではないですか

大久保 貞利

テレビ画面に黒帯の表示強制
 2010年7月5日からテレビをアナログ受信している人に対し、突然、地上デジタル放送促進のための黒帯表示が開始されました。テレビ画面を横長画面にし、上下の黒い帯部分に白文字で「アナログ終了告示」や「問い合わせ電話番号」を表示し始めたのです。「テレビ画面の上下に出るアナログ放送終了の告示がジャマだ」「視聴者をバカにするのもいい加減にしろ。しつこく流すのは完全に嫌がらせだ」という抗議電話が、開始1週間でNHKに457本もかかってきたほどです。それでいて、民放のコマーシャル時にはそれが表示されません。まさに、地デジファッショといってもいいやり方です。  もう一つが、スカイツリー報道のから騒ぎです。「いま○○メートルの高さになった」と、どうでもいいことをテレビが連日放送するから、好奇心に煽られた野次馬が見物に行く、そしてそれをまた派手に報道し煽るの繰り返しです。  どんな問題があるかを掘り下げるのもメディアの役目のはずですが、そうした報道は全く見られません。私たちはもう一度、この問題を根本から考えてみたいと思います。

大きいことが良い時代ではない
 私がまだ子どもの頃、東京タワーの完成は、それこそ胸がわくわくする出来事でした。東京タワー(高さ333メートル)が竣工したのは1958年(昭和33年)10月14日で、完成が同年12月23日です。あのパリのエッフェル塔より高い、世界一の高さの鉄塔が東京に建つと、それこそ日本人の夢と希望がそこに凝縮されていたと言ってもいいでしょう。映画『ALLWAYS 3丁目の夕日』の世界そのものでした。「消費は美徳」「大きいことはいいことだ」と素直に信じていた時代でした。
 しかし、その後の高度経済成長時代が終わり、公害問題や様々な社会問題が提起される中、高度成長のひずみを経験したことで、私たちの世界観、時代感覚は確実に変化していきました。「ニューヨークの摩天楼より、フィレンツェの古い街並みのほうが味わいがある」「幕張メッセの無機質なビル街より、飛騨高山の保存された商家町並みを歩くほうが落ち着く」といったようにです。

既成の報道を信じていいのか
 「2011年7月24日でテレビ地上アナログ波放送は終了し、7月25日から全面的にテレビ地上デジタル波放送に切り替わります」「地デジ化は時代の趨勢です」「地デジ放送のためにはスカイツリー(新東京タワー)建設は不可欠です」「地デジ化すれば画面は高画質になりますし、双方向通信も可能でとなり、テレビがより便利なものになります」等々です。こうした報道を鵜呑みにしていいのでしょうか。ここらで立ち止まり、考え直してもいいのではないでしょうか。

あの場所が本当に適当なのか
 スカイツリーは、東京都墨田区の押上・業平橋(おしあげ・なりひらばし)地区に建設中です。しかし、そこに決まるまでに建設予定地は二転三転しました。大宮市(現さいたま市)の「さいたまタワー」、練馬区豊島園敷地の「東京ワールドタワー」、台東区隅田公園周辺の「台東ワールドタワー」、千代田区秋葉原の「アキバタワー」、その他にも立川市等も話題に上りました。最有力のさいたまタワーなどは、地方自治体が音頭をとって大々的に誘致署名運動まで展開しました。それなのに、当初ほとんど論議も なかった墨田区の現建設地に急転直下決まりました。当時現東京タワーを改修して使う案もあり、そのほうが放送事業者にとっては安上がりなので、タワー賃貸料を巡ってスカイツリー建設事業者の東武鉄道と放送事業者との間で交渉が難航しました。結局現建設地に決定したのですが、地元住民の意向については、全く無視した形で計画は進行しました。東京都墨田区役所が当事者として入っていますが、肝心な地元住民へ直接アンケートをとるといった民主的な手続きはありませんでした。

弱い地盤の人口密集地に建設
 スカイツリー建設地は、隅田川と荒川に挟まれた江東デルタ地帯に位置します。住宅や商店や中小企業が集まった人口密集地です。この地域はもともと地盤が弱く、関東大震災によって多くの犠牲者が出た地域ですし、東京直下型大地震が起きたら大災害が予想される地域です。また第二次世界大戦における東京大空襲でも大きく被害が出た地域です。現建設地に決まった時、当時誘致候補地を抱えていた豊島区役所は、よりによって、なにもあんな地盤が弱い所に建設しなくてもと批判したのは、ある意味で本質を突いた意見でした。

電磁波の影響が心配
 なぜ人口密集地が心配かというと、スカイツリーのアンテナから発射される電磁波の周辺住民への影響が心配されるからです。オーストラリアのシドニー郊外に建つテレビ塔とラジオ塔の電磁波影響を調べたホッキング論文では、周辺に住む14歳以下の子ども健康を1972年〜1990年の19年間調べたところ、小児急性リンパ性白血病リスクが2.74倍であり、統計的に有意であったとなっています。
 また、最近イタリアのミラノ国立腫瘍研究所のミッチェリ教授が発表した研究結果によれば、バチカン放送タワー周辺に住む14歳以下の子どもたちの白血病とリンパ腫による死亡リスクは重大かつ首尾一貫して存在するとなっています。現在の東京タワー周辺においても、10マイクロワット/平方センチ(電力密度)を超える地点がいくつかありますが、ベルギー、ギリシャなど欧州9カ国の高周波基準値である、2.4マイクロワット/平方センチ(同)を軽くオーバーする値です。スカイツリーを建設する前に、東京タワー周辺の疫学調査を実施して、安全か否か調査すべきだと主張しましたが、それは現東京タワー周辺も安全ではないのではと危惧していたからです。
 スカイツリーから発射される高周波電磁波は、テレビ地上デジタル波だけではありません。スカイツリーには何本も携帯電話基地局アンテナが設置されることがわかっています。さらに、マルチメディア放送用発信アンテナも今後つくると総務省は発表しています。まさにスカイツリーは電磁波発生源の巣窟となるのです。
 一定の期間を経てから周辺住民に健康被害が出てからでは遅すぎます。

トロントCNタワーとの比較
 2006年にカナダ・トロント市にある当時世界一の高さだったCNタワー を実際に見学に行きました。高さ555メートルのCNタワーの主目的は電波塔です。CNタワーは五大湖の一つオンタリオ湖に面した埋立地に建っていますが、近くには多目的のロジャースタジアムや無機質な外見のビルばかりで、一般住宅地は見当たりません。しかも環境先進国カナダらしく、夜間はCNタワーの照明を落としているため、一見するとどこにCNタワーがあるのかわからないほどです。タクシー運転手の話では、地球温暖化対策と鳥への影響を考えて照明を落としているそうです。東京タワーにはその配慮がありません。スカイツリーも同じように、ライトアップすることは確実です。
 考えてみると、現東京タワーも建設当時の周辺は、芝公園や増上寺、あるいはオフィスビルがあるだけの場所で、一般住宅が密集している場所ではありませんでした。それからすると、現建設地はまさに一般住宅や商店が建ち並ぶ人口密集地域で、どう見ても適地ではありません。

地デジのため必要は嘘
 スカイツリー建設は、地上デジタル放送促進のため必要不可欠であるかのような宣伝がされていますが、これは正しくありません。総務省は2011年7月25日から全国一斉にテレビ地上波をデジタル波に替え、アナログ波を停止すると言っています。しかし、現在までに建設あるいは建設中の高層タワーは愛知県瀬戸市の瀬戸デジタルタワーとスカイツリーの二つだけです。この二つだけで全国をカバーできるはずがありません。ということは、既存の施設やタワーで十分だったのです。
 面白い事実をお教えしましょう。スカイツリーの竣工(完成)予定は2011年12月で、操業は2012年春で、2011年7月25日の地デジ完全移行には間に合わないのです。電波塔というのは、混信等の電波状況を確かめるためいきなり出力はフルパワーにせず、段階的に上げていきます。おそらく、フルパワーの送信は2012年暮れになるでしょう。地デジにスカイツリーが必要との理由は、推進側の嘘なのです。

地デジの本当のねらいは何か
 総務省は、地デジ化を進めるかについて、国民のニーズに合わせた多様な放送を可能にするためと説明しています。国民は、現在のアナログテレビ波で何も困っていません。むしろ、「デジタルテレビを買わなくてはならない」「チューナーを買わなければテレビが見られなくなる」「専用のアンテナに替えなくてはならない」と、不安と負担を押し付けられ迷惑しているのが実情です。
 総務省の本当の目的は国民のニーズに応えることではなく、周波数を再編成し、空き領域を通信事業者に利用させることにあるのです。以下に説明しましょう。デジタル波はアナログ波より高密度に情報が伝送できます。地上波デジタルテレビは1チャンネルを13のセグメント(断片)に分割し、そのうちの1セグメントを携帯電話などの携帯端末用に充てます。ワンセグとはここから生まれた言葉です。残りが12セグメントありますが、従来のアナログ品質のテレビ放送ならば4セグメントで済みます。そうなると単純に言って1チャンネル12セグメントで3つの番組が放送できることになります。こうすることで、空き領域が生まれるのです。例えて言えば、古い戸建て住宅地(アナログ波)を更地化し、その跡地に高層マンション(デジタル波)を建て、空いた土地(空き領域)を転売しもうけようというものです。総務省がデジタル化でビジネス化を目論んでいるといわれるのは、そのためです。

地デジ化を取り巻く障害
 しかし地デジ化は簡単なことではありません。
 まず、アナログ設備をデジタル設備の更新するだけで約50億円かかります。
 次に、地上デジタル放送はUHF周波数を使用します。現在もUHFでアナログ地上波が送られている地域があるので、このままだと混信してしまうので、現在使われているUHFチャンネルを別の領域に移行する作業が必要になります。これをアナアナ変換といいますが、約2000億円ほどかかるといわれています。
 さらに、デジタル対応テレビを購入するか、専用チューナーを購入しなければなりません。専用アンテナ取り付けも必要です。
 難視聴対策も厄介です。アナログ波でも高層ビルや山の影響でテレビが見にくい地域が発生しますが、アナログ波ほどではありませんがデジタル波でもこの問題は起こります。アナログ波の難視聴対策は何年のかけて徐々に解消してきた歴史があるのですが、デジタル化による難視聴対策費を誰が負担するかの問題はまったく未知数です。
 地デジ化の最大の難問は、低所得者層に対する対応です。総務省とNHKは受信料免除世帯など最大270万世帯に対しては、地デジ支援策が必要としています。具体的には申請してきた世帯には、国費でアンテナ工事や簡易チューナー配布を行うとしています。しかし、2010年5月末で80万件しか申請は出てきていません。生活保護をもらっていることを近所に知られたくないので、アンテナ工事は深夜にやってくれないかという相談がくるそうですが、総務省やNHKが考えるほど簡単な話ではないのです。現在生活保護世帯数は全国で約141万世帯です。また生活保護世帯ではないが、同レベルの収入しかない世帯もかなりあります。厚生省の推定では、生活保護世帯、同レベル世帯、夫婦二人で国民年金受取額が月約10万円で、あとは、裏の畑で自家用農作物を作って生活している農家、等で全国で約600万世帯(全世帯の12%)が地デジのための10万円も出せない世帯がいるとされています。そうした人たちが、2011年7月25日を期して、テレビが映らない状況になったらどうなるでしょうか。

B−CASカードというもの
 地デジ化には総務省のビジネスの影が常に見えます。地デジに切り替えるには、受信機にB−CASカードという名刺大のカードを差し込み、暗号を解除しなければ受信できないような仕組みになっています。カードを発行するのは、ビーエス・コンディショナルアクセスシステム社ですが、この会社はNHKが筆頭株主で、多くの家電メーカーも出資しています。当然ここに総務省OBが天下りする図式でしょう。テレビ番組の著作権保護が大義名分ですが、あるメーカーが格安受信機を流通しようとしたら、そのメーカーへのカード発行が差し止められ市場から放逐されました。B−CASカードはテレビ業界、家電業界にとっての巨大な利権と“談合”のためのツールなのです。これを背後で糸を引いているのが総務省です。

テレビ界をダメにする地デジ
 地デジ化のメリットとして、(1)ハイビジョン等の高画質画面になる、(2)データ放送ができるので双方向通信が可能になる、(3)ワンセグで携帯電話からもテレビが見られる、ということがあげられます。
 しかし、視聴者がなによりも望むのは、質のいい番組ではないでしょうか。番組内容が低下して画面が高画質になったところで、視聴者は喜ぶでしょうか。デジタル化すればチャンネルは増えるとされます。そうなると、一つの番組の視聴率は下がります。また、デジタル化に伴うコスト増のしわ寄せが、番組制作費削減に向かいます。今でも、テレビ番組はお笑いとスポーツと食べ物番組が中心であり、質の低下をテレビマンは心配していますが、それに拍車をかけるのではないでしょうか。誰のための地デジかという批判が、現場から出ています。
 双方向もおかしいです。そもそも、テレビやラジオは発信側(局)と受信側(国民・市民)が明確に役割分担されているから、安く効率性の高い情報提供が可能なのです。個々の番組で何十万、何百万という視聴者と双方向でやりとりができるはずがありません。せいぜい簡単なアンケートがとれる位です。
 現在全国にテレビ中継局は1万5千局あります。テレビ局は全国で88局あります。ローカル局が全国局以上に良い番組を制作する例はいくつもあります。こうした現状でデジタル化が進むとローカル局は経費的にもたず、全国局に再編されるおそれがあります。地デジ化にローカル局が概ね反対しているのはそうした事情があるからです。反対に、総務省が地デジ化を進めるのは、ビジネス化と地方局再編と支配にあると見て良いでしょう。

地デジ化の延期と論議を
 海外でも、地デジ(テレビ地上波デジタル化)は、いくつかの国ですでに実施されています。しかし、ドイツではケーブルテレビが元々主なので、タワーを含むアンテナ問題はあまり起こりませんでした。アメリカは2009年6月から地デジに完全移行しましたが、当初は同年2月に完全移行の予定でした。しかし、低所得者への簡易チューナー配布がスムーズのいかず、4か月延期されました。同じ問題は日本でも起こるでしょう。
 問題の多い地デジ化については、とりあえず、2011年7月25日からの一斉アナログ波停止の延期を要求します。また、国民の本当のニーズに関する国民的論議を期待します。そしてなによりも、スカイツリーと地デジによる電磁波の健康影響を心配するがゆえに、現東京タワー周辺の疫学調査と現在の(使用前の)スカイツリー周辺の大規模調査を要求します。経年で追跡健康調査することにより、電磁波の健康影響がわかります。


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