電磁界情報センタ−記念シンポジウム報告

 経済産業省原子力安全・保安部会電力安全小委員会内に設置された「電力設備電磁界対策ワ−キンググル−プが、2008年6月30日に公表した報告書において「リスクコミュニケ−ション活動の充実」が提言されました。その提言に基づき「中立的な常設の電磁界情報センタ−機能の構築」を目的に、財団法人電気安全環境研究所内の組織として「電磁界情報センタ−」が2008年11月に設立されました。
 その開所記念シンポジウムが2008年12月12日に東京の国立オリンピック記念青少年総合センタ−で開かれました。参加者は約250名です。
 シンポジウムは、電磁界情報センタ−所長の大久保千代次氏が「センタ−設立の経緯」を、スタッフの世森啓之氏が「センタ−活動計画」を紹介しました。
 次に講演に入り、最初に、木下富雄京都大学名誉教授が「第三者組織によるリスクコミュニケ−ション」について講演し、2番目に、渡邊昌国立健康栄養研究所理事長が「科学的思考と感覚のギャップ」について講演し、3番目に、志賀健大阪大学名誉教授が「電磁界の健康影響に関する研究を辿る」について講演し、最後に、大久保貞利電磁波問題市民研究会事務局長が「市民の立場から見たリスクコミュニケ−ション」ついて講演しました。
 その後、小休憩をはさんで、大久保千代次所長を司会に、講演者が参加したパネルディスカッションに移りました。パネルディスカッションには、渡邊昌氏が所用で退席し、代わって、飛田恵理子東京都地域婦人団体連盟生活環境部副部長が加わりました。
 パネルディスカッションでは、4つのテ−マに分けて進める予定でしたが、時間がなくなり、3つのテ−マについて、パネリストから意見を聞く方法で進められました。パネリストの意見だけでなく、その都度、会場からの発言も求める方法で進められました。
 政府や業界に批判的な市民団体をパネリストに登場させたり、会場からの発言を積極的に求めるというやり方は、これまでの経済産業省や総務省の講演会ではありませんでしたし、財団法人電気安全環境研究所主催の講演会やシンポジウムでもありませんでした。その意味では、「リスクコミュニケ−ション」や「公平性」「中立性」「透明性」に配慮したシンポジウムになっていました。当会の会員も何人か出席していましたが、「けっこう、今回のシンポジウム面白いですね」「少し、期待できそうな気もしますね」と、シンポジウム後に感想を述べていました。
 電磁界情報センタ−に対する当会のスタンスは電磁波研会報55号で示したとおりであり、以下のように要約できます。第一に、電磁界情報センタ−はスタッフに電気事業者の出向者はいるが、権利擁護団体や電磁波の健康影響も問題にしている市民団体は入っていない。第二に、運営や資金面での公開性、中立性(とくに事業者からの)の保障が不透明なまま、という限界を持っています。
 しかし、今回のシンポジウムでは、大久保千代次所長や世森啓之スタッフの「意気込み」や「姿勢」が感じられたのは事実です。今後、どのように「利害関係者を参画」させて、組織面や運営面で、中立性・透明性を体現していくか、注意深く監視していくことが大事だと考えます。

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<電磁界情報センタ−開所記念シンポジウム・プログラム>

日時:2008年12月12日(金)13時〜17時
場所:国立オリンピック記念青少年総合センタ−
   (東京都渋谷区代々木神園3−1)
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シンポジウムにおける各出演者の発言要旨を以下に示します。

<大久保貞利(電磁波問題市民研究会・事務局長)講演要旨>
市民の立場から見たリスクコミュニケ−ション

□電磁波問題市民研究会とは
 電磁波問題市民研究会事務局長の大久保です。当会は1996年に設立した市民団体つまりNGOです。私たちの活動目的は「市民の立場から、電磁波に関する問題点を把握し、電磁波から健康を守るため予防原則を確立するよう社会に提起する」ことにあります。
 電磁波に関する調査・研究活動、会報の発行、ホ−ムペ−ジでの広報活動、行政や業界との交渉、講演会への講師派遣、測定サ−ビス、各種相談、等々を行なってきました。
 電磁波問題とは、大きく言って3つの分野に分かれます。極低周波問題と高周波問題と電磁波過敏症の3つです。極低周波問題とは送電線、配電線、変電所、電気製品、パソコンなどの問題です。高周波問題とは携帯電話、PHS、基地局、無線LAN、レ−ダ−などの問題です。電磁波過敏症は電磁波が原因で様々な症状に苦しんでいる問題です。たしかに「これは電磁波が原因なのかな?」と思う例もありますが、相談に来る8割以上は実際に電磁波過敏症で苦しんでいます。それぞれの分野で毎年相当な件数の相談が当研究会に来ています。

□電磁界情報センタ−設立に至った動機
 電磁界情報センタ−が設立されるに至った動機は、2007年6月に公表されたWHO環境保健基準です。この環境保健基準公表に合わせて、経産省内に電力設備電磁界対策ワ−キンググル−プが設置され、2008年6月30日に報告書が発表されました。この報告書の提言に基づき、2008年11月4日に電磁界情報センタ−は設立されました。
 電磁界情報センタ−の設立目的は「電磁界のリスクコミュニケ−ションの増進を目的とし、電磁界に関する科学的な情報をわかりやすく提供するリスクコミュニケ−ションの実践を通じて、電磁界の健康影響に関する利害関係者のリスク認知のギャップを縮小するために中立的立場から活動する常設の組織」となっています。

□環境保健基準では「リスクコミュニケ−ション」についてどう言及しているか
 これまでに述べましたように、電磁界情報センタ−はWHOの環境保健基準に基づいて設置された組織であり、リスクコミュンケ−ションの増進を目的にした組織であることがご理解いただけたかと思います。
 それでは、基になっている環境保健基準では、リスクコミュニケ−ションについてどのように言及しているか、具体的に見ていきましょう。
「リスク認知とリスクコミュニケ−ションは、リスク管理に関する決定についての公衆の受容性を最大限にするために考慮しなければならない重要な要因として、認識が高まっている」(環境保健基準13.2.1)
「公衆の関心(懸念)は、公衆、科学者、政府および業界との間の情報コミュニケ−ションを通じて軽減することができる。効果的なリスクコミュニケ−ションには、リスクの科学的計算の提示だけでなく、倫理的および道徳的関心の対象である、幅広い問題について検討するためのフォ−ラムもある」(同13.5)
「ELF(極低周波)リスクの受容可能性は、他の環境上の健康リスクと比較して、それが科学的情報に関連するのと同様に、最終的には少なくとも政治的および社会的価値、ならびに判断に関連する。公衆の信用と信頼を確立するためには、利害関係者が適切な時期に意思決定に関与する必要がある。利害関係者には、政府機関、科学界および医学界、権利擁護団体、消費者保護団体、環境保護組織、その他の影響を受ける専門家(開発業者や不動産業者等)、および産業界(電気事業者や機器製造業者)がある。このような論点については、必ずしもコンセンサスが得られるわけではないが、透明性のある、証拠に基づいた、批判的な精査に耐えることができる姿勢をとるべきである」(同13.5)
 以上は、環境保健基準でリスクコミュニケ−ションについて述べている部分です。ここで大事なことは、リスクコミュンケ−ションには利害関係者を入れることが肝心だということ、「リスクの科学的計算」といった細かなことだけでなく、倫理的とか道徳的な面も、公衆の電磁波に対する関心や懸念を軽減するためには大事な要素だということです。原文は「アドボカシ−団体」となっていますが、私どものような電磁波問題に取り組んできた市民団体こそ、これにあてはまるのであって、そうした市民団体を参加させることが、非常に大切だということです。
 では、なぜ利害関係者の参加がこれほど大切なのかというと、電磁波リスクがまだ科学的に不確定だからなのです。

□超低周波磁界の健康への慢性影響
 超低周波(極低周波)磁界の健康急性影響については、一定のコンセンサスが出来つつありますが、問題は慢性影響です。これについても、環境保健基準でどう述べているか次に見ていきましょう。
「慢性の低強度のELF(極低周波)磁界曝露は、小児白血病のリスク増加と関連することを示唆する、一貫した疫学的証拠が存在する。しかしながら、因果関係の証拠は限定的で、ゆえに、疫学的証拠に基づく曝露限度は勧告しないが、なんらかの予防的(プレコ−ショナル)方策が是認される」(同12.6)
「(慢性影響の項)日常的慢性的な低強度(0.3〜0.4マイクロテスラ以上)の商用周波数磁界への曝露が、健康リスクを生じるということを示唆する科学的証拠は、小児白血病のリスク上昇についての一貫したパタ−ンを示す疫学研究に基づいている。ハザ−ドの証拠には不確実性があり、これには、磁界と小児白血病との間に観察された関連性に関係している可能性がある。選択バイアスおよび曝露の誤分類のコントロ−ルが含まれる。加えて、事実上すべての実験室での証拠およびメカニズムに関する証拠は、低レベルのELF磁界と生物学的機能または疾患状態の変化との関連を、支持することができていない。ゆえに、因果関係があると考えるほどには証拠は強くないが、関心(懸念、不安)が残るほどには証拠は十分ある。(Thus, on balance the evidence is not strong enough to be considered causal,but sufficiently strong to remain a concern)(同1.1.11)
 すなわち、因果関係は限定的だが、磁界と小児白血病増加の関係には3〜4ミリガウス程度で一貫した疫学的証拠があるとしています。だからこそ、私のほうで太字にしている部分で、原文もつけてありますが、「因果関係の証拠は十分ではないが、関心・懸念・不安を抱く程度には証拠が十分ある」としているのです。concernとは、関心や懸念や不安の意味があります。
 電磁波の健康への慢性影響がグレ−ゾ−ンにあり、専門家だけで決着つく問題でないからこそ「利害関係者の参加」が不可欠なのです。

□利害関係者の関与
 利害関係者の関与についても、環境保健基準から拾ってみましょう。
「(防護措置の項目の中で)利害関係者の関与−健全な政策決定には、公正で開かれた透明性のあるプロセスが不可欠である。利害関係者の関与には、政策策定の各段階における参画、および提案された政策について、その実施に先立ってレビュ−とコメントの機会が含まれる。このようなプロセスでは、科学専門家または意思決定者のみによる選択とは異なる結果が合法的に生み出される可能性がある」(同13.2.2)
「(勧告の項)国の当局は、すべての利害関係者による、情報を提示した上での意思決定を可能とするため、効果的で開かれたコミュニケ−ション戦略を実施すべきである。これには、個人が自分の曝露をどのように低減できるかについての情報を盛り込むべきである」(同13.5.1)
 ここで重要なのは、利害関係者が参加することで、「科学専門家または意思決定者のみによる選択とは異なる結果」が出てくる可能性があることを環境保健基準は明解に指摘していることです。住民が入れば専門家や意思決定者(行政とか事業者)の選択とは、異なる結果が出る可能性があるということです。

□低コスト策について
 環境保健基準は、まだ科学的に灰色な段階なので、防護措置は低コスト策が妥当だと提言しています。それは以下です。
「政策立案者および自治体の計画担当者は、新たな段階の建設および新たな機器(電気製品を含む)の設計の際に、非常に低費用の方策を実施すべきである」(同13.5.1)
「既存のELF(極低周波)発生源の変更を検討する場合は、安全性、信頼性および経済面を合わせて、ELF界の低減を考慮すべきである」(同13.5.1)
 たしかに、既存の設備について見直しするとなると、膨大なコストがかかります。でも設備の新設とか電気製品の新製品開発にあたって「電磁波曝露低減に努める」ことは、そんなにコストがかかることにはならないでしょう。また、既存の設備等についても、その「変更」「更新」の時に曝露低減を図ることも、これまたあまりコストはかからないはずです。
 電磁波曝露低減を「義務づける」ことは難しくても、「努力規定」ぐらいはできるはずですし、それを国民的コンセンサスにしていくことが、これからは大切なのではないでしょうか。

□現場ではどんなことが起こっているのか
 では、現場ではどんなことが起こっているのでしょうか。この分野は、このパネリストの中では、私の独壇場の分野だと思います。
 例えば変電所建設ですが、
  1. 周辺住民に事業者から変電所建設について十分な説明がない。
  2. たとえあっても詳細な資料や電磁波発生量や周辺での測定値の説明がない。
  3. 学校や保健所等のすぐ近くが予定地でも「法令違反はない」と変更しない。
  4. たとえ反対住民運動が起こっても、それを無視する。
 同じように送電線建設計画でも、
  1. 地権者以外には送電線計画ル−トをなかなか知らせない。
  2. 周辺の環境条件よりも「事業者が通したいル−ト」が優先される。
  3. 大規模な反対運動が起き、ル−ト変更や計画凍結になっても「自社の都合」と逃げるばかりで、誠意がない。
既存の送電線においても、
  1. 送電電流量の変更があっても、基本的に秘密主義で住民に知らせない。
  2. たとえば、どこに埋設型等の送電線が走っているのか、どこに地下変電所(建物内変電所も含む)があるのか、その送電線量や変電所の能力はどの程度なのか、ついて住民に知らせない。(「テロ攻撃のおそれがある」などと言いますが、例えば、原子力発電所や架空送電線はどうなのでしょう)。
 実際に送電線計画や変電所計画が中止になった例をお見せしましょう。最後の例は、現在問題化している福岡県前原変電所のケ−スです。こんなことが実際に起こっているのです。

□何がいま求められているのか
 こうした現状に対し、WHOの環境保健基準をベ−スにして、何が求められているのか、最後に述べます。
  1. 真のリスクコミュニケ−ション構築に向けて、利害関係者の参画を原則とする。
  2. 利害関係者の中に「住民」の他に、「電磁波問題に取り組んでいる市民団体」「環境問題に取り組んでいる市民団体」「情報公開に取り組んでいる市民団体」を含めること。
  3. 既存の電力設備情報の情報公開。
  4. 新規設備計画や既存設備計画の変更の際は、利害関係者を参加させる。
  5. 新規製品開発や新規設備計画段階で、「電磁波曝露低減の努力」を求める。
  6. 測定器等の無料ないし低廉価格での貸し出し、測定の実施。
  7. 行政機関に「相談窓口」を設置する。
  8. 電磁波に関する調査研究の推進と啓発啓蒙活動の活発化。
キャッチフレ−ズ的に言えば、
「情報公開」
「市民参加」
「NGO(市民団体)との共同行動」
です。
国際的に見ても、国連においてNGOとの共同活動は不可欠なのではないでしょうか。
「社会的、経済的、技術的に可能な範囲で電磁波曝露低減を常にめざす社会を」これを国民的コンセンサスにしようでありませんか。

<木下富雄(京都大学名誉教授)講演要旨>
第三者組織によるリスクコミュニケ−ション

□リスクコミュニケ−ションとは
 リスクコミュニケ−ションとは「対象の持つリスクに関する情報を、関係するすべてのステ−クホルダ−に対して可能な限り開示し、互いに共有することによって、解決に導く道筋を探す社会的技術」です。そして、これは「未来に発生する可能性のある危険や災害に関するコミュニケ−ション」であって、災害後に行なわれる「クライシスコミュニケ−ション」とは区別されます。
 リスクコミュニケ−ションの要点としては、(1)情報はボジティブ情報だけでなくネガティブ情報も開示することで「公平」に伝えること、(2)一方的なプロパガンダでなく、双方向的な情報共有であること、(3)相手を説得することでなく、関係者が「共考」し、信頼関係をもとに、解決法を探る土台をつくることが目的、(4)すべてにおいて「信頼性」が基本、です。

□リスコミを支える思想とは民主主義
 リスクコミュニケ−ションは、人文・社会科学の技術であり、その背後には思想や価値観の裏付けがあります。それは一言でいえば「民主主義の思想」です。法律的概念でいえば「公民権」「自己決定権」「知る権利」であり、具体的には、男女雇用平等法、製造物責任法、消費者基本法、インフォ−ムド・コンセントなどです。
 リスク概念が日本で市民の間で流通するようになったのは、阪神大震災(1995年)以降です。とくに、リスコミが脚光を浴びだしたのは2000年以降です。その背後には、技術の進展においても、社会の理解がないと進まないという、価値観の変化と繋がっています。

□行政はリスコミを広報の1種と誤解
 行政はこのリスコミを「広報に代わる新種の有効な説得技法」と誤解しています。
 自然科学者は「リスクとベネフィットを詳しく提示すれば、市民は合理的に意思決定してくれる」と誤解しています。コンサル業やエ−ジェントは「おしゃべり上手や聞き上手という見かけの技術」と誤解しています。社会心理学者は「従来の説得的コミュニケ−ションにおける双方向性理論」と混同しています。

□第三者組織によるリスコミの重要性
 リスクに関係する組織だけの「個別的」なリスコミでなく、総合的なリスコミの設計が必要なのですが、そのためには「第三者組織によるリスコミ」が重要になってきます。第三者としての必要要件は専門性と公正性です。もう一つ重要なのは事業の継続性で人・金・場所、です。それらの条件を兼ね備えるのは研究機関とか行政に中立的組織とか、ある種のNPOなどです。

□具体例としては
 海外例としては、米国の「噂のコントロ−ルセンタ−」で各地にありますが、全国のセンタ−の統治は司法省が行なっています。EUのEMF−NET(電磁界ネット)もそうで、電磁界情報センタ−はこの組織をモデルにしています。
 日本にもいくつかありますが、現場性と継続性の面で難があります。
 「専門性」と「公正性」の担保の確保が必要です。公正な資金・人・場所の確保と専門以外の質問への対応をどうするかもです。

<大久保千代次、世森啓之(電磁界情報センタ−)発言の感想>
電磁界情報センタ−設立の経緯と活動計画

□ちぐはぐな見解
 まず、大久保千代次電磁界情報センタ−所長の話ですが、疫学研究の部分で「磁界と小児白血病のプ−ル分析」として、ア−ルボム博士らのプ−ル分析を紹介し、磁界0.4マイクロテスラで、小児白血病リスクが約2倍になることを説明しています。また、わが国の疫学研究として兜研究も紹介しています。
 また、今後のWHO国際電磁界プロジェクとして、「2009〜10年(?)にIARC(国際がん研究機関)の高周波電磁界発がん性評価」があり、「2010〜2012年(?)WHO高周波電磁界の健康リスク評価」、すなわち、高周波の環境保健基準が出るとしました。ここまではいいのですが、問題はこれからです。
 そして、「Fact SheetNo.322」が「長期的影響に関しては、ELF(極低周波)磁界へのばく露と小児白血病との関連についての証拠が弱いことから、ばく露低減によって健康上の便益があるかどうか不明である」としていると引用し、電磁波の健康影響を過小評価するように導いています。
 そのような論調ですから、「加盟各国には、全ての利害関係者との効果的で開かれたコミュニケ−ション構築が奨励される」と言いながらも、「新たな設備を建設する、または、新たな装置(電気製品を含む)を設計する際には、ばく露低減のための低費用の方法を探索しても良い。但し、恣意的に低いばく露限度の採用に基づく政策は是認されない」と続けます。
 大久保千代次電磁界情報センタ−所長の発言の問題点は、一つに、WHOの「環境保健基準」に依拠しないでWHOの常任がまとめた「ファクトシ−ト」に依拠している点です。ファクトシ−トは企業寄りメンバ−が多いと批判されている常任理事会の見解で、環境保健基準の内容を“薄めようという意図“が見えるもので問題です。たとえば、環境保健基準では「shuld(すべきだ)」としているのを、「may(したほうがいい)」と表現を変えていることに、よく表れています。
 最も問題なのは、WHOの見解として、 「WHOはこれまでの証拠を見る限り、低レベルの電磁界ばく露から引き起こされるどの様な健康影響の存在も確認していない」としている点です。
 この発言は意図的すぎます。大久保貞利(電磁波問題市民研究会)の講演で示したように、「低レベル(3〜4ミリガウス)の極低周波電磁波の慢性的影響は、因果関係があると考えるほどには証拠は強くないが、関心(懸念・心配)を残す程度には証拠は十分ある」というのが、WHO環境保健基準の見解です。だからこそ、利害関係者を参加させたリスクコミュニケ−ションが必要なのです。
 こういう認識で、大久保千代次・電磁界情報センタ−所長が電磁界情報センタ−をリ−ドすれば、間違いなくミスリ−ドとなるし、多くの心ある市民団体からそっぽを向かれるでしょう。

□「マスメディアの問題点」も見当違い
 さらに、大久保千代次・電磁界情報センタ−所長の発言で問題なのは、リスク認知に影響を及ぼす要因として、「マスメディアの問題点」を挙げている部分です。
 例として、100人中99人の学者が安全と主張し、1人の学者が危険と主張している問題を、メディアが危ないというニュ−スを流すと、消費者は「危ない」と感じてしまうことを挙げています。
 電磁波問題はそうでしょうか?。外国、とくに欧州メディアと比較すると、この日本では、電磁波が危ないという研究内容はほとんど報道されず、携帯電話は便利だという報道とか、オ−ル電化は素晴らしいというCMが、毎日流されているのが現状です。意図的と勘繰りたくなるほど、この日本では、電磁波問題の報道は無いのが現状です。
 たしかに「Prevention」と「Precaution」(ともに日本では予防と訳すが)について、共同通信が、「Precaution」とすべき所を「Prevention」と訳したのは誤りであると指摘した点は、大久保千代次・電磁界情報センタ−所長が正しいです。「Precaution」は、障害性が科学的に明らかではない場合に使用する「予防」であり、「Prevention」は、障害性が科学的に確認されている場合に使用する「予防」だからです。しかし、「Precautionary approach」を「予防的措置」と訳した外務省や環境省の訳は誤り、とする主張には首を傾げます。どんな訳が適切かというと「念のための措置」とか「用心措置」がいいと言うのです。これだと「Precautionary principle」を「予防原則」と訳すのも誤りで「念のための原則」が正しいとなってしまいます。まだ科学的に不確実でも、事が起こる前に何んらかの防護策を講じていこうというのが「予防原則」なのです。とにかく、電磁波を「あまり問題視したくない」あまりにこういう主張をする人が、中立的、公平性の電磁界情報センタ−のトップにいることは問題なのではないでしょうか。

□中立性の担保をどう保障するか
 電磁界情報センタ−・世森啓之スタッフは、「センタ−の活動計画」について話をしました。
 電磁界情報センタ−の運営委員会は、重要事項を審議し、上部組織の(財)電気安全環境研究所理事長に、運営に関しての意見具申を行なう組織としていますが、その中立性・透明性の確保のために、学識経験者や公共性の高い法人職員等のうち高い識見を有する者を委嘱するとしています。そして、情報調査・提供業務監視委員会は、電磁界情報センタ−が日常的に行う情報調査業務及び情報提供業務について、その専門性・中立性・透明性、並びに提供する情報のわかりやすさの観点から、業務計画及び実施状況を監視し、必要に応じて電磁界情報センタ−所長に対し意見具申を行う組織としています。しかし、誰が識見や公共性が高いと判断するのか不明です。各種の行政機関の審議会や諮問委員会も、おなじように文面だけは立派でも、実態は御用機関であることがほとんどでした。世森啓之スタッフの説明だけでは不十分です。本来、中立的なことはありえません。だからこそ、利害関係者を参加させるリスクコミュニケ−ション手段が必要となったのです。事業者や行政のあり方を、批判的にとらえる市民団体や研究者・専門家を参加させること、さらに、会議の公開性を保障する方策が、中立性・公平性の保障の鍵となるのです。

渡邊昌(国立健康栄養研究所)、志賀健(大阪大学名誉教授)講演の感想

□渡邊昌氏は運営委員会委員長
 渡邊昌・国立健康栄養研究所理事長は「科学思考と感覚のギャップ」と題する話をしました。
 同氏は電磁界情報センタ−の運営委員会委員長に就任します。当日、同氏のレジュメが事前に配布されていないため、詳しい内容はメモしていませんが、印象に残っていたのは、電磁波過敏症の存在を認め、今後大きな問題になると警鐘をならしていたことです。

□一般論に終始した志賀健氏の話
 志賀健・大阪大学名誉教授は「電磁界の健康影響に関する研究を辿る」と題して話をされました。
 電磁波問題が世間に提起されたのは、1979年のワルトハイマ−(ヴェルトハイマ−)とリ−パ−による報告「送配電線の配置と小児がん」で、高電流の高圧送配電線に近い住居の小児はがん死亡リスクが高い。小児がんでは、多い順に、白血病、神経系腫瘍、リンパ腫になるという内容です。
 その後の大きな研究としては、1993年のフェイチングとア−ルボムが行った、ストックホルムの送電線について、0.2マイクロテスラを超えると小児白血病リスクが増大するという研究です。
 そして、2000年にア−ルボムらとグリ−ンランドらが相次いで、各国の疫学結果をまとめて、症例・対照を分析した研究論文が出され、0.3〜0.4マイクロテスラ以上の磁場で、小児白血病リスクが2倍になるという結論になりました。日本でも、兜研究で、0.4マイクロテスラを超えると、この分析とほぼ同じ結果になるという結論になりました。
 このような疫学研究から、国際がん研究機関(IARC)が、2002年にヒトに対して発がん性をもつかもしれない(2B)という総括が出ました。
 このような、特に目新しいことはない話がされました。

<総合討論での大久保貞利(電磁波問題市民研究会・事務局長)発言内容>

<司会> 経済産業省のワ−キンググル−プで「国や事業者が国のニ−ズに合わないような情報提供をしている」という問題提起がされました。それが、電磁界情報センタ−の設立の背景になっています。なぜ情報のニ−ズに合わないか、なぜ情報がきちんと伝わらないか、その原因は何なのか、について発言を。

<大久保貞利> 情報のニ−ズのずれについて、私のほうから簡潔に述べます。ニ−ズのずれは2点あると思います。住民に不信感が生まれる原因は、1点は情報開示が不十分であることです。事業者が電力設備等をつくる場合、住民が知りたいニ−ズに、きちんと答えようとしていないことが、住民側の不信感を、余計に増大させているのだと思います。どういう設備なのか、どういう影響があるのか、どういう設計になっているのか、等について、適切な情報提供がされないのです。
もう1点は、電磁波の健康影響問題を取り上げることなく、事業者は、とにかく建設は合法的で法律違反はしていないので、問題だというのなら基準をつくっている国に文句を言えという態度をとります。この態度が住民には許せないのです。電磁波問題市民研究会に住民から相談が来る場合、当初は電磁波の健康影響問題というより、住民の声を無視して強引に建設計画を進めている態度に対する不満なのです。持込まれた相談の7割は、こうした事業者の態度や姿勢に腹が立って言って来ているのです。それから、私が住民たちの学習会に呼ばれて、電磁波の問題をいろいろ話すと、電磁波の健康影響問題こそ大きな問題と、住民たちは変わるのです。このような、中身よりも入口での衝突は、双方にとって不幸なことだと思います。ぜひ改善していただきたいと思います。

<司会> 次のテ−マです。電磁界情報センタ−は専門性ということもあり、電力業界からマンパワ−や賛助会員ということで資金もいただいています。資金がなければセンタ−運営が成り立ちませんから。しかし、中立性を担保する運営委員会の監視で運営しますが、本当に中立性を担保できるかについてご意見を。

<大久保貞利> なぜ電磁波が問題かというと、まだリスクが不確実で不確定だからです。シロでもなければクロでもない、グレ−ゾ−ン段階なのが、電磁波の健康影響問題です。電気の有用性は一方でわかりつつも、果たして電磁波安全なのかと、国民の中に不安があるのは当然ですし、この不安に対してどうしたらいいのかと向き合うことこそ、電磁界情報センタ−が関与する問題だと思います。電磁界情報センタ−は、中立性と透明性が大事と言いますが、電磁界情報センタ−のスタッフが電力会社からの出向だとなれば、それだけで色眼鏡で見られてしまいます。電力会社からの出向ならば、電力会社にとって都合の悪いことはできないという束縛が働くのではと考えてしまうからです。たとえその人がどんなに個人的には熱意があっても、電力会社からの出向というだけで、誤解を招いてしまうのは不幸なことだと思います。そのために、電磁界情報センタ−の中立性、透明性を担保するには、利害関係者の参画がなによりも重要なのです。具体的には、利害関係者である事業者が入るのは当然ですが、同時に、電磁波問題に取り組んでいる市民団体や、電磁波問題にコミットしている在野の研究者の参加を保障するのが大切なのです。イギリスでは、SAGEのような政府任命の委員会に、「パワ−ウォッチ」という電磁波問題に取り組む市民団体を参加させています。そのような利害関係者の参加が保障されていることで、「ああ、あの人が入っているのなら信用できるのかな」ということになるのです。様々な人が参加すれば運営は大変になるでしょうが、それを乗り越えていかなければ、中立性や透明性は担保されないと思います。

<司会> 逆に、大久保貞利さんに質問させていただきます。電磁界情報センタ−では、情報提供や調査事業に関する監視委員会を設けていますが、確定ではないですが、専門的なものについては、市民団体の方も必要に応じて参加して頂けることも考えています。そのような組織ではだめでしょうか。

<大久保貞利> 私が今回このシンポジウムに参加することについても、批判的な人もいるでしょう。しかし、私は、電磁界情報センター・スタッフの世森啓之さんと直接会った時、彼の姿勢にハ−トを感じましたし、電磁界情報センタ−所長とも今日お話して、本気になって違った形でリスクコミュニケ−ションを進めたいという意欲や意識を感じました。今回のような討論や立場に、違った市民団体を監視委員会に参加させるなどしていけば、最初は色眼鏡で見られるでしょうが、実績を積み重ねていくことで、疑念を払拭されると思うので、その意味において、私は期待しています。

<司会> 3番目のテ−マに移ります。今後も、ホ−ムペ−ジやパンフレットなどで、電磁界に関する情報を公開していく予定ですが、電磁界情報センタ−にどのような活動を期待しているのか、具体的に大久保貞利さんよりご発言をお願いします。

<大久保貞利> 経済産業省が開催したワ−キンググル−プに対しても、電磁波問題市民研究会として意見を出しましたが、一つは、電場規制3kV/mがすべてクリア−しているかどうか疑念を持っています。それを払拭するために、様々な場所で計測を実施して頂きたい。また、磁場について示せば、参考値として0.3〜0.4マイクロテスラが測定される場所はどこなのか、特に、病院や学校の周りで計測して公表して頂きたい。さらに、講演会を実施する場合には、行政や業界関係者のみでなく、様々な方々が参加できるような講演会にして頂きたい。背広族で埋められた講演会があるが、そのような講演会でなく、会場からも自由に発言を受けるような運営の講演会をお願いしたいと思います。
さらに、これはお金がかかる問題ではありますが、高周波や低周波を測定できる機器の貸し出しや測定のため、調査活動をお願いしたいと思います。貸し出しに関しては、高価な機器のため、破損や故障の補償の問題もあるとは思いますが、安価な貸出やデポジット制を取り入れるなど、様々な工夫が出来ると思います。様々な場所を測って、どういう場所からどの程度の電磁波が出るか分かれば、電磁界情報センタ−は役に立つと、国民が思うようになるのではないでしょうか。

<大久保貞利(電磁波問題市民研究会・事務局長)の総合感想>
電磁界情報センタ−開所記念シンポジウムを終えて

 このシンポジウムにそれほど期待はしていませんでした。これまでの総務省や経済産業省や(財)電気安全環境研究所主催の講演会やシンポジウムのやり方に、ウンザリしていたからです。電磁波の安全性を強調する“専門家”たちの話、会場からの質問時間のなさ、動員された企業族ばかりでしたから。ところが、市民団体をパネリストに入れたり、会場からの発言を自由に認めたりと、今回は運営に変化が明らかにありました。
 しかし、懸念はあります。これが一過性なのか、継続性があるのか。金を出している業界から横槍が入るのかどうか。電磁波の健康影響を認める在野の研究者を今後入れるのかどうか。公開性や透明性がどこまで保障されるのか。多くの未知条件があるからです。その答は、パネリストの一人である、木下富雄京大名誉教授が出しました。「(電磁界情報センタ−内に)ただ運営委員会を作ればよいという訳ではなく、運営委員会がどういう覚悟を持って議論するかということが、一番大切であると思います。運営委員会がフェアな立場を絶対に守るのだという合意があれば、かなり強力な委員会になると思います。何よりも大切なのは、一般の人たちの評価だと思います。そういう意味では、外部評価を一般市民が担っていると考えられる訳です」。そのとおりだと思います。口先だけの中立機関ならば、市民から見捨てられます。


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