シンポジウム報告「テレビ地上デジタル放送化の背景と問題点」

報告者:大久保貞利

□長時間のシンポジウム
 東京都練馬区・日本大学芸術学部校舎で、「8時間耐久シンポジウム テレビを問う!」と題する公開討論会が、2007年4月21日に開催された。テレビ界の諸問題を考えていこうと、テレビ関係者が開いた、8時間のロングラン討論会である。
 テーマは3部に分かれていて、私は「ラウンド1;地上デジタル放送 通信との融合を問う」のみ傍聴した。ちなみに、他のテーマを紹介すると、ラウンド2が「記者クラブと発表ジャーナリズムを問う」で、ラウンド3が「テレビのいまを所長)ですら問う」だ。ラウンド3には田原総一朗・小川和久・保坂正康などの著名人が登場した。

□地上デジタル放送化は国策でなく総務省策か?
 紙面の都合でポイントのみ紹介する。
 まず、地上デジタル放送化の位置付けを見る。IT戦略自体は国策とされているが、テレビ放送の地上デジタル化自体はあいまいで、テレビ局側も視聴者もそれほど望んでいない。それにもかかわらず、旗ふり役の総務省(旧郵政省)のみが積極的で、誰のためのデジタル化なのか見えてこない。発言者からは「国策ではなく総務省のみの省策でしかない」と厳しい批判が出ていた。なぜこうもテレビ関係者が冷めているのかというと、これから紹介するように、利点よりも欠点が多いからである。

□本当にあと4年でできるのか?
 現在、テレビの普及率は世帯の99%に達している。台数にすると1億台から1億2千台だ。この中の2千台は車に置いているテレビで、日本だけの現象だという。去年1年のテレビの出荷数は8百万台で、そのうち3百万台はアナログ型だった。つまり、年に1千万台出荷と多めにみても、4年で4千万台にしかならず、どうみても、2011年7月25日一斉デジタル放送化(アナログ放送全面停止)などできるはずがない。発言者の中で唯一事業者側である前川英樹氏(TBSメディア総合研究所)ですら、「混乱はありえる」と正直に語っている。

□金ばかりかかって番組費が削られる
 アナログに合わせて設定されている、デレビ局の設備等をデジタル化に合わせるのに、テレビ局側全体で1千億円ほどかかる。ただでさえ番組費は削減傾向にあるので、デジタル化にかかったコストアップのしわよせは、番組費の切り下げに向かうのは必至だ。それに加えて、デジタル化で五十とか百チャンネルに増えれば視聴率が分散し、一つの番組にかけられるお金はそれだけ減る。いまでもテレビ番組は、お笑いとスポーツと食物番組が中心と、質の低下が心配されているのに、それに拍車をかけるだけだ。「誰のための地上デジタル放送化か」という声が、現場から出るのも当然だ。

□他の省庁からも批判の声
 地上デジタル放送化が総務省の省益だというのは、他の省庁による、以下の指摘からも示されている。たとえば、経済産業省や環境省は、アナログ型からデジタル型に買い替えた場合に大量のテレビゴミが出ることを心配している。また、文部科学省は、学校のテレビをすべてデジタルに替えねばならないとなれば、予算の問題が出てくると述べている。さらに、厚生労働省は、貧困家庭がデジタルテレビが購入できない場合、新たな格差問題が生まれると心配している。このように、政府内でもギクシャクしているにもかかわらず、他省庁の思惑への配慮がなく、総務省だけで勝手に地上デジタル放送化を推進しているのが実状だ。

□ローカル局つぶしと総務省指導再編化
 テレビ中継局は、全国で1万5千局もある。また、テレビ局は全国で88局もある。この現状のもとでは、デジタル化を進めるとローカル局は経費的にもたない。地上デジタル放送化を進めているのは総務省だけで、ローカル局は概ね反対しているのもそうした事情だ。特にこわいのは、最近、総務省が命令放送を義務付け、放送事業者の独立性に制限を加えようとする動きがあることだ。地上デジタル放送化を機会に、ローカル放送局を淘汰しテレビ局が再編されれば、国の放送へのコントロール力が強まるおそれがある。新聞界と同じで、ローカル局に骨のある局が残っているのに、そのローカル局の淘汰再編は、必然的に放送事業者の自立性の喪失につながる。米国は放送関係の寡占化がすすみ、3大ネットワーク、つまり3局しかない状況で、どのような事態が起こっているかをしっかりと見るべきだ。

□地上デジタル放送化にそんなにメリットなどない
 地上デジタル放送化のメリットとして、(1)ハイビジョン等の高画質になる、(2)データ放送ができ双方向が実現する、(3)ワンセグで携帯電話からもテレビが見れる、ということが言われる。
 しかし、視聴者が最も望んでいるのは、質のいい番組である。番組内容が低下して画面が高画質になったところで、それを視聴者は喜ぶだろうか。双方向通信というが、テレビやラジオや発信側(局)と受信側(国民・市民)が明確に役割分担しているから、安くて効率性の高い情報提供が可能なのだ。個々の番組で、何万何百万という視聴者と双方向でやりとりなどできるはずがない。ホリエモンや楽天の社長が、通信とテレビの融合などと言っているが、ホリエモンは「フジテレビと一体化すればライブドアの広告がフジテレビに出せるようになる」と言っているように、この程度の認識しかない。元々、パソコンなどの通信とテレビなどのメディアは役割が違うものであり、簡単に融合など出来るものではない。

□現場を大事にしなければメディアは死ぬ
 1990年代にBSやCSがテレビ界に参入し、地上デジタル放送化を進める竹中平蔵大臣は、「融合化で85チャンネルも増える」と、さも良いことのように語った。しかし、民放は80社増えたが、社員は4千人減った(参入前は約3万人いたのが2万6千人に減った)。報道関係者は全部で8千人しかいない。モノづくりには人材が必要だが、現場に人がいなくなっては良い仕事ができるはずがない。だから、お笑いと食物の番組だけが増えるのだ。
 ベトナム戦争の時には、メディアの人間が命懸けで現場に入って報道した。例えば、ベトナム戦争中に、田英夫が北ベトナムのハノイから報道したのは象徴的だ。今度のイラク戦争では、米軍と日本政府の命令で、日本の大手メディアは全員バグダッドから出ていった。これでは、米軍戦車に乗って一方的に米軍寄りの報道しか出来ない。これでは、真実の報道などできるはずがない。

□地上デジタル放送化は総務省が旗ふり
 総務省は、デジタル化すれば周波数の空き領域が増え、「ビジネスチャンスが増える」とか「周波数の有効利用が可能」と言うが、現場の声は聞こうとしない。そもそも、テレビ地上デジタル波をUHF波に乗せることが果たしていいことなのか、という意見もある。
 放送局開設に関しては、米国ではFCC(米連邦通信委員会)といった独立委員会が所管しているが、日本は総務省といった行政が所管している。FCCも問題多いが、日本で、地上デジタル放送化でローカル局含めた再編がされれば、国のメディア統制が進む危険性がある。
<報告者の感想>
 なかなか白熱した論議が展開され面白かった。会場から意見をというので、「電磁波による健康問題がまったく取り上げられていない」と苦言を呈したが、「現行のアナログでも問題ない。せいぜい新東京タワー直近が危険だが、周辺に余裕もたせてある」という、トンチンカンが答弁しかなかった。


会報第46号インデックスページに戻る