(ここに示された文章は、<週刊金曜日第446号(2003.2.7)>より、電磁波問題市民研究会が抜粋したものです)


電磁波で小児白血病が2倍増

確認の研究継続させない文部科学省

荻野晃也(おぎのこうや)
京都大学工学研究科講師

電磁波と小児白血病の関連が濃厚であることを明らかにした研究報告書に対し、文部科学省は「最低」であるという評価を下し、これ以上研究が続けられないことになった。電磁波の影響が世界的に注目されている今、なぜ日本だけが逆行した態度をとるのだろうか。

配電線・送電線・変電所等と小児ガンとの間の疫学研究
(作成者:荻野晃也)
報告者(代表)報告年調査国増加率(倍)病状
クライナーマン2000アメリカ0.79白血病
ハッチ2000アメリカ1.23白血病
オービネン2000アメリカ1.02〜1.69白血病
ビアンチ2000イタリア4.5白血病
アールボム2000再評価研究2.0白血病
グリーンランド2000再評価研究1.7白血病
ドール委員会NRPB2001再評価研究2.0白血病
マクブライト2001カナダ3.0白血病
シューズ2001ドイツ4.48(昼)白血病
14.9(夜)白血病
国際ガン研究機構2001再評価研究2.0白血病
世界保健機関2001再評価研究2.0白血病
国際非電離放射線防護委員会2002再評価研究2.0白血病
カウネ2002アメリカ4.3全ガン
英小児ガン研究グループ
(電場被曝のみ)
2002イギリス1.32白血病
2.12神経腫
国立環境研究所2003日本〜2?白血病
増加?脳腫瘍
※増加率:オッズ比、相対危険度など(重要な代表値のみ。95%信頼区間は省略)


 今月末、ルクセンブルクで世界保健機関(WHO)主催の「電磁場への予防原理の適応」と題する国際会議が開催されます。この会議で予防原則が取り入れられた場合、電磁波の基準値を大幅に下げざるを得なくなり、今年中に発表されるWHOの「環境健康基準(クライテリア)」が厳しくなると予想され、この問題をめぐり日本でも動きが活発化しているのです。

WHOに依頼された研究

 1996年、WFOは電磁波に関する「クライテリア」の見直し作業を開始しました。そして、日本に対しても疫学研究を行なうよう依頼があったのです。
 本来、WHOとの窓口は厚生省(現・厚生労働省)のはずなのですが、なぜか通産省(現・経済産業省)の下部組織と言ってもよい科学技術庁(当時)の費用で、研究が行なわれることになりました。
 WHOの協力研究所である国立環境研究所で電磁波の生体影響を研究していた兜貞徳・主席研究官が責任者となり、1999年から3年間におよぶ第1期の疫学研究が開始され、11の機関が参加し、総額七億2125万円の費用が投じられました。
 この兜班の研究は、通産省などの監視下で行なわれているだろうと私は推察していましたから、本当に客観的な研究ができるかどうか不安でした。研究に助言するらしい外部の委員会のメンバーには、電力会社側に立っていたとしか思えない研究者が何人も参加していたからです。
 疫学研究は長期にわたる研究になるのが一般的で、私にはこんな短期間(実質2年半)で成果が出るとは思えなかったのですが、いずれにしても第1期は昨年3月に終了したはずなのに、その結果がなかなか発表されないのです。それが昨年8月ごろになってやっと、研究結果が政府や電力会社にとって具合の悪い内容になっていると推察できるような噂が私の耳にも入ってくるようになりました。
 そんな矢先、この研究結果が『朝日新聞』(昨年8月24日付)の一面に大きく「電磁波で小児白血病増」「全国初調査」「WHOと一致」と報じられたのでした。2001年10月には、WHOが「発ガンの可能性あり」「4ミリガウス以上の被曝で小児白血病が2倍に増加」との発表をしていたのですが、兜班の研究もそれと一致したことを報道したのです。
 電力会社などは「中間報告であって最終報告ではない」と冷静なポーズでしたが、この報道の影響は大きく、『サンデー毎日』は「小児白血病倍増で論争決着ヘ!」「電磁波から家族を守る法」と特集まで掲載したほどです。
 このような状況ですから、最終報告が一体どのようになるかに注目が集まったことは言うまでもありません。第2期の研究継続がまだ承認されておらず、その決定は第1期の評価を得て決まることになっていたからです。その評価が先月28日、文部科学省から発表されたのです。

評価はすべて「最低」

 文部科学省が評価した報告書「平成14年度科学校術振興調整費」「中間・事後評価報告書」(以下「報告書」)の内容を、『朝日新聞』のみが先月29日に社会面で、「小児白血病と電磁波の関連」「急性リンパ性で顕著」と報じました。
 その記事に対して文部科学省は、「本日、朝日新聞34面に記載されている記事は、この参考資料を元に書かれているようですが、本報告書の趣旨である、前半の評価の内容については記載されていません」と言い、「文部科学省が、有意なリスクがあるとの研究結果を発表した」との一部報道に「報道は事実誤認であり、大変遺憾」と、「朝日新聞」を批判したのです。
 『朝日新聞』は参考資料中にある兜班の疫学研究の「成果概要」を報じたのですが、私たちの知りたいことも、研究内容であって研究に対する評価ではありません。その概要によると、小児白血病のみならず小児脳腫瘍まで、電磁波の影響で増加している可能性も指摘しているのです。
 今までに世界中で行なわれた60件を超える疫学研究と同じ傾向を示していて、まさに「真実は一つ」と納得したのです。しかし、その報告書の前半の評価の内容を読んでいるうちに腹立たしい思いにかられたのでした。
 この兜班の研究は第1期であり、さらにくわしい研究をすれば、もっと高い危険性を示すかもしれないという段階であるのに、なんと「第2期の研究をさせない」との決定が、「報告書」の事後評価だったからです。
 それぞれの研究に対して、abcの三段階で評価され「a十分、bマアマア、c不十分」という分類なのですが、兜班への評価は11項目すべての項目が「c評価」なのです。つまりなんと「ゼロ点」評価。私はそれを読んで絶句しました。
 評価の「総評」には「十分な症例数があるとは言い難く、本研究のみにて健康リスク評価を行うのは不適切である」「電磁界の発生源が特定されておらず、また高圧線との関係について検討されていないにもかかわらず、研究者がそれについて言及していたことは誠に遣憾である」「研究代表者の指導性、研究体制の連携・整合性についても不十分であった」とあり、とにかくボロクソです。
「電磁界の強度が我々の健康にどのような影響を与えるか明確に出来る研究展開が望まれたにもかかわらず、電磁界の健康影響を推測するには非常にあいまいな調査結果に終わった」とまで書かれているのを読んで、「影響が見られなかった」との「明確な結論」のみをこの研究に期待していたのではないかとすら疑ったのでした。
 予定通りに第2期の計画を実施すればさらに明確な悪影響が示されることを恐れ、「オールc評価」を下し、研究をストップさせ、「いい加減な研究であるから信用できず、国としてもこの研究結果で左右されない」という方向へ逃げを打つことにしたとしか私には思えません。
 この研究は症例数が312例、対照数が603例もあり、60件以上ある疫学研究の中でもきわめて優れた内容なのです。また、文部科学省がこの研究の具体的な内容を今年の9月末まで発表しないというのもおかしな話です。つまり、国民に内容を知らせないでいて、「ゼロ点評価」のみを知らせているのです。

「政治的な」評価判定

 あまりにも疑問点の多い評価内容なので、評価委員の名前を調べてみましたが、さらに愕然としました。私は電磁波問題に長い間関心を待ち続けていますから、研究者の名前もある程度は知っています。しかし、知っている名前は多氣昌生・東京都立大学教授たった一人でした。しかも多氣教授は、「電磁波安全説学者の代表」と言っていいような政府・企業よりの人だと思われるのです。そのような人が委員になっていることを知り、この「報告書」の評価判定が「きわめて政治的」と確信したのでした。
 私たちが知りたいのは、「客観的な事実」です。わずか3年間でこのような難しい疫学研究を行なってきた兜班メンバーに同情すら感ずるほどです。研究結果が不十分なのであれば、さらに費用を追加して研究に協力したらよいのです。
 高圧線の真下に民家があるという海外では考えられないこの日本で行なわれた重要な疫学研究なのですから、中止すべきではありません。
 この研究に関するすべての真相を明らかにしてほしいと願わずにはおれません。


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