(ここに示された文章は、『週刊金曜日』2002年9月27日号より抜粋したものです)


日本でも確認!

高圧線周辺で小児白血病が倍増

 高圧線から出る電磁波は、どの程度の健康リスクをもたらすのか、このほ ど日本の疫学調査で、磁界が強いと小児白血病の発生率が倍増するとい う中間結果が出ている。

上田昌文

 電磁波被害を訴えてきた者にとって、やはりという結果が出た。
 国立環境研究所と国立がんセンターが中心になって行なった疫学調査で、「高圧送電線や電気製品から出る超低周波の電磁波(平均磁界0.4マイクロテスラ以上)が及ぶ環境では子供の白血病の発症率が2倍以上」(2002年8月24日付『朝日新聞』)という中間解析がまとまったのだ。

曝露の影響は否定できない

 世界保健機関(WHO)は1996年から2005年まで「国際電磁波プロジェクト」を進めており、低周波と高周波の両方について、長期的・慢性的な人体影響を考慮した新たな基準作りを目指している。このたびの日本の疫学調査も、この国際協力としてなされたものだ。
 この秋には正式な結果が発表される予定になっており、電磁波低減対策に大きな影響を与えることは間違いない。
 高圧送電線周辺では子どもに白血病や脳腫瘍などのがんが多発するとの報告は、1979年のワルトハイマー博士(米国)の疫学調査以来、数多く発表されている。再評価研究(その時点までのいくつかの研究を調査して評価したもの)を含めると、「影響なし」とした疫学研究は10件程度で、「影響あり」としたものは40件を超えている。
 病気の発症卒が著しく高くなるわけではないが、小児白血病でみた場合、磁界による曝露の影響は否定できない、との見方が国際的な認識になってきたと言えるだろう。
 たとえば米国の環境保健科学研究所(NIEHS)は1999年、「電力周波数の電磁波には発がんの可能性があるかもしれない」と結論を出し、「積極的対応の必要はないものの、強い電磁波をできるだけ回避すること」を推奨した。
 また国際癌研究機関(IARC)は昨年、20件近い疫学調査をふまえた「平均0.4マイクロテスラ(4ミリガウス)以上の電磁波では、小児自血病の発症が2倍に増える」との分析に基づき、電磁波を「発がんの可能性あり」の「グループ2B」に位置付けた。
 これを受けてWHOは基本見解をとりまとめた「ファクトシート」を発表し、その中で政府・企業・個人がそれぞれ取り組むべき対策を述べた。その中では、たとえば高圧送電線の設置にあたっては「住民の電磁波被曝を低減するにはどうすればよいかということも考慮されねばならない」と明確に述べている。
 超低周波のリスクに関する疫学研究は日本とイタリアを除き、ほかの欧米諸国ではすでに個別の報告がなされ、小児白血病での複数の研究結果を一つに束ねて解析する「プール分析」の結果も出ている。これは、個別の疫学研究では、対象者数が少ないなどの弱点があるので、複数の調査結果を再整理して統合的に再解析する方法である。
 米国とスウェーデンで行なわれた「プール分析」ではそれぞれ、平均磁界強度が3ミリガウスと4ミリガウスを超える曝露でリスクが増加する傾向にあることが示された。今回の日本の疫学調査も、これに近い結果が得られたようだ。

精緻で大規模な今回の調査

 今回の疫学調査は、症例対照研究(ケース・コントロール研究)として、従来にない規模と精緻さを備えており、大変周到なものだ。
 電磁波の人体影響を探る研究は、細胞実験・動物実験・疫学研究の三つに大別できる。それぞれの特徴を理解した上で結果を理解することが大切だ。
 細胞実験ではDNAの損傷、細胞分裂の異変などにも着目しながら、どの細胞やどの化学物質がどう関与するのかというメカニズムを探ることができる。しかし、電磁波被曝の健康影響は複雑な因子が絡んでいると恩われるので、細胞単位の研究には自ずと限界があるだろう。
 動物実験では電磁波被曝のさまざまな条件設定が可能になり、その動物の身体に現われる種々の徴候と被曝との関連を探り出すことができる。だが、その結果を直接ヒトへあてはめることは無理がある。
 そこで、ヒトが発症した病気を集団的にとらえ、さまざまな環境要因との関係を統計的に分析していく疫学が大切になってくる。疫学は言ってみれば、病気のメカニズムは知り得なくても、その病気の原因を探ることを可能にする学問だ。
 バイアスなどを充分に排除した疫学研究では、因果関係を100%証明することはできなくても、原因と目される事象と病気との関連性を非常に明確に示すことができる。
 今回の疫学研究は、以下の五つの点で評価できる。

(1)症例数約500(1999年〜2001年の小児白血発症者より)、対照数約700(健康な子ども)という規模の大きな調査であり、統計的な検出力が高い。

(2)症例とした患者のうち約350人には問診調査を実施し、部屋の中の磁界を測定している。

(3)季節による電気便用量の変化や、夜と昼との曝露の違いを考慮するなど、計測の厳密化をはかっている。

(4)大気汚染物質やラドンなどの放射線も同時に計測し、電磁波以外の要因もチェックしている。

(5)居住地と送電線との位置関係をチェックし、「送電線の近くに住んでいる人ほど調査に参加する比率が上がる」といったバイアスを排除できるようにしている。

 今までは疫学研究が病気の原因を示唆していても、方法上の不備をつかれたり、「メカニズムは知られていない」などと『難癖』がつけられ、結果が軽視されがちだった。
 しかし今回のような周到な研究が「影響あり」の結果を示した以上、少なくとも超低周波については、これまで政府や電力会社が唱えていた「影響なし」の言い分がまかり通るわけにはいかない。

日本でも高圧線の規制を

 超低周波の規制は国によって大きなバラツキがある。
 高圧線の場合、電線と地上との間に電位差が生じるので電界もできる。日本の規制値は感電を避けるために「電界を3キロボルト/メートル(電界の1メートルあたりに生じている電位差で3キロボルト)を超えないようにする」というものであり、電圧が大きくなると鉄塔を高くしなければならない理由もここにある。
 しかし、高圧線の健康影響は磁界の方が問題になる。日本は超低周波の磁界の強さを規制していない、先進国でも珍しい国である。
 米国では州ごとの規制がなされており、磁界については4ミリガウスという独自規制をするところも増えている。また、スウェーデンでは1993年から2〜3ミリガウスを目安に小学校や幼稚園などの近辺の鉄塔の撤去や移転、住宅密集地近くの送電線の撤去が行なわれているのだ。
 経済産業省・資源エネルギー庁原子力安全・保安院電力安全課の田中英治氏は、「WHOのプロジェクトで超低周波に関する環境保健基準を2003年にまとめることになっている。今はこの結果を待っている。万が一磁界が人体に何かしらの影響を及ぼすと認められれば、法律やガイドラインで対応すべきだとは思う」(『日経Byte』9月号)と発言しているが、厚生労働省や経済産業省などの関連部局は国立環境研究所の調査結果をどう受けとめるのか。
 そして何より、高圧線が縦横に走り巡っている現実にどう対応するのか。少なくとも子どもたちが長時間過ごすような学校や公共施設での対策は急務である。
 論文の正式発表を受けて関係機関や企業に明確な対応を促せるよう、一般市民も備えておくことが必要である。


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