環境政策研究

<イタリアにおける電磁波公害に対する法政策>

[なぜイタリアを採り上げたのか]
・1997年に、原子力発電の廃止を国民投票で決めた。
・日本では、イタリアの社会的側面をほとんど知られていない。
・新エネルギーの開発に積極的で、特に、風力発電、地熱発電、太陽光発電には、特に力を入れている。
・電力の自由化が進み、停電の危機を経験した。
・携帯電話の普及が、ヨーロッパで一番高いと見られる。

1.2003年6月の国民投票とイタリアにおける電磁波公害の経過
[1]6月15、16日に行われた国民投票
<概要> 今回の国民投票は2本立てで行われた。
(1)労働者憲章第18条の適用拡大〜解雇規制の小企業への適用拡大
(2)強制的な送電線の廃止(abrogazione dell' elettrodotto coattivo)

 ここで、(2)の強制的な送電線の廃止とは、1933年の王の勅令1775号119条(l'articolo 119 del regio decreto n 1175 del 1933)と民法1056条(l'articolo 1056 del codice civile)を廃止することを目指していた。
 これらの法律によれば、新しい送電線 (elettrodotto) を建設する計画が政府により許可された場合、その送電線が通る予定の土地を所有する人は、建設に反対することができない。送電線は公共の社会的サービスであるからという理由で、この法律は現在も有効。

*イタリア憲法75条によればイタリアの国民投票は50万人の署名て要求でき、半年前に実施が決定される。投票率が有権者の過半数を上回り、投票者数の過半数の同意が得られれば法改正が可能となる。投票前の数週間は、ラジオやテレビでの政見放送もあり、賛成派と反対派がそれぞれの主張を繰り広げる(演説形式、討論形式等)。

<国民投票の背景>
 イタリアでは後述のとおり、電磁波公害が一般に認知され、予防原則に基づいた法政策が確立されつつあるが、送電線近くの住民に対する健康被害やその懸念が広がっていた。(イタリアでは、約30万人の住民が、高圧送電線の影響下に住んでいるといわれる。)

 また、1933年の法律制定当時電力事業は国営事業であったが、ENEL(イタリア電力公社)が1999年の電力自由化に関するEU指令に対応する形で2000年に民営化され、電力事業は原則自由化されたので、国営事業時代の法律をそのまま存続させるのは、自由公平な競争という市場ルールから見て、おかしいのではないかとの指摘がなされていた。加えて、自治体の都市計画上の権限も無視しているので地方自治の障害となる。

<結果>
投票者(Votanti) 25.7%、賛成(Si) 85.9%、反対(No)14.1%。
投票者が有権者の半数に満たなかったので、強制的な送電線の廃止に賛成する人が多く投票したにもかかわらず、国民投票は無効となった。((1)の方も同様に無効となった。)

その理由としては、次のような要因が拳げられている;
●イタリア国民の政治的無関心が懸念されているが、ここ数年の国民投票はすべて有効者数にとどかず、国民投票制度の是非も問われつつある。
●猛暑とバカンスの季節が重なり、有権者が投票に行きたがらなかった。
●マスコミの報道も、より国民的関心の高い(1)(労働者憲章第18条)の方に集中した。
●電力を隣国フランスなどから輸入しているので、送電線は不可欠という説もある
(現在は、猛暑による電力消費の増大から電力危機(停電等)が報道されている。)

[2]イタリアにおける電磁波公害(電磁波=エレットロスモッグ Elettrosmog)

<電磁波公害,問題の経過>

1999年
 ローマ北部郊外にあるヴァチカン市国のラジオの巨大なアンテナ施設から発せられる電波が問題となる。(法定以上の送信施設の使用、電波の送信で捜査対象になる)

2001年3月
 ナポリ米軍基地内にある2つのラジオ放送局が放送停止に。

2001年4月
 ナポリNATO南欧総司令部基地のラジオ送信塔の電磁波が問題となる。

2002年4月
 イタリア政府とローマ法王庁(ヴァチカン市国)による両国委員会発足。周波数の変更と放送時間の減少(24時間から7時間ヘ)が決まる。

2002年6月
「ヴァチカン放送のラジオ塔から発信される電磁波は成人男性と小児の両方の白血病と相関関係がある」とする疫学論文が、イタリアの研究者により発表される。


2.電磁波問題とは何か
<電磁波とは何か>
電磁波は空間を走る電磁気の波、横波で伝わるので波長(周波数)で分類される。光と同様に1秒間に30万キロ(地球を7回り半する)のスピードで走る。電場が動けば(変動すれば)、磁場が生まれ、磁場が動けば電場がうまれるが、電磁波は電界と磁界が交互にからみあって空間を進む。

*電磁波の問題を議論する際に、考慮すべき点としては、以下の点が拳げられる;
(1)電磁波自体は目に見えないのであるし、匂いもしないので気づきにくい。
(2)疫学的な証拠はあるが、人体に悪影響を与えている確たる証拠はまだない。悪影響を与えていないという証拠もまだない。電磁波過敏症の患者もいるが。
(3)ライフスタイルの変更を要求するものであるので、ともすると周囲の反感を買う。(携帯電話、パソコン、自動車など、文明の利器を好む人であればあるほど)

*電磁波の種類
周波数(ヘルツHz。1秒間に何回波がくるか)で分類される。

<電磁波問題>
(1)乱雑電磁波障害〜電磁干渉。ある機器からでた電磁波が他の機器に誤作動をもたらす。
(2)人体への影響〜刺激作用・熱作用・非熱作用がある。

高周波間題〜10キロヘルツ以上の高周波(無線周波数マイクロ波・放射線)がもたらすさまざまな問題(例、携帯電話、PHS、レーダー、電子レンジ、ラジオ・テレビ波、など)
極低周波間題〜3000へルツ以下の低周波の中で、商用周波数と呼ばれる50、60ヘルツの極低周波が引き起こす問題。(例、送電線、配電線、変電所、変圧器、家庭電化製品、パソコンなど)

電気のあるところでは必ず電磁波が発生し、極めて微弱な電磁波であっても、長時間被曝すると、人体に悪影響があると推測され、細胞からカルシウムイオンが流出したり、ホルモン分泌を抑制したり、染色体に異常をきたす。これらがガンや白血病の原因ではないかと推測されている。

日本でも昨年8月24日に朝日新聞朝刊で報道されたが、科学技術庁はWHOの依頼により1999年から3カ年計画で、約350人の小児白血病患者と約700人の健康な子供を対象とし日本で初めての全国規模の疫学調査を実施した。その結果「磁場4ミリガウスで小児白血病発症リスクが二倍以上」であることが明らかとなった。


3.イタリア、WHOの電磁波の法政策・対応

<イタリアにおける法政策の流れ>
1992年
 イタリア政府の閣議決定により、住宅地などでの極低周波電磁波への被曝限度が定められ、特に132キロボルト以上の送電線については、それらの送電施設と住居などの建物との間の(これ以上はなれた方がよいとする)最低距離が定められた。
●132キロボルト以上の送電線に対して10メートル以上離れる事
●220キロボルト以上の送電線に対して18メートル以上離れる事
●380キロボルト以上の送電線に対して28メートル以上離れる事

国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の1990年の指針を受けて、この政令 DPCM23/04/1992 にその被曝限度が採用された。

1995年9月
 上記の92年政令に示している、送電線からの距離の規定に関しては凍結し、その被曝限度(磁場強度100マイクロテスラ、電界強度5kV/m)のみが有効となる(政令 DPCM 28/09/1995)。

1998年9月
 イタリア政府(環境省)は暫定措置381/98政令により、家屋や学校内部において電界強度の上限を6V/mと基準として定めた。先のヴァチカンラジオはそれを倍以上上回っていたが、人間が一日に4時間以上とどまる場所においてはこの値を越えてはならない。4時間以下の場合は、100キロヘルツ〜300ギガヘルツ間を3分割し、磁場強度0.05〜0.2A/m、電界強度20〜60V/mなどと定められた(DM 10/09/1998)。
 この法令に関しては150件以上の違反が摘発されたが、必要な行政手続きを欠いていたために起訴されたものは一つもなかった。

1998年〜2001年
 上記の1998年・381政令にもとづき、イタリア環境保護庁(ANPA)、イタリア各州の環境保護庁(ARPA)などが、送電線、放送施設、携帯電話施設、などを環境調査し、152ヶ所の基準値超過地域(不法地域)を特定した。しかし、この調査は全国的には完全には行われず、2000年の時点でイタリアに所在する施設は、ラジオ施設が約13000ヶ所、テレビ施設が21000ヶ所、携帯電話施設が約13000ヶ所であることから、電磁波汚染は深刻なものと考えられる。

2000年
 イタリアの環境省、厚生省、通信省などの省庁間作業部会は、「不法地域の環境回復のためのガイドライン」を発行した。

2001年1月
 法律5号(DL 23/01/2001)が成立し、上記の1998年・381政令の基準値を超えているラジオやテレビの施設の所有者の中で、各州当局の改善命令に従わない者への制裁を定めた。

2001年2月
 電磁波被曝を防ぐための枠組み法(法律36号)が成立。
 この法律では、電磁波からの防護のための一般的なアプローチと原則が定められた。数的な安全基準値自体は、具体的には別の政令で定められることになっているが、特に被曝限度、注意レベル、質的な目標の3つが対策を取る上で考慮すべきであるとしている。一般の人たちが電磁波に不当にさらされて、健康を損なうことがないように、国が周波数の大きさや電磁波の強さ、放出時間、発信元からの距離などいろいろな要素から、越えてはならないレベルを設定し、コントロールする。この種の法律としては世界でも先進的な法律であるとの評価が高かった。
 また、予防原則を適用し、電磁波被曝の長期的影響に関する科学的研究を促進することが決められていた。
 さらに、電磁波を発するすべてを対象としており、特に、送電線、携帯電話の中継基地、レーダー、放送、に適用が予定されていた。適用外は、医療目的や工業生産目的で被曝する場合のみであった。
 この法律の下で、実際には次のような政策が取られた。

 しかし、具体的な数値を定めた政令は発行されず、枠組み法自体が宙に浮いた状態になる。

2001年3月
 法律第66号(法律第5号の改正)が成立。

2003年6月
 強制的な送電線廃止に関する国民投票が行われたが、無効となる。

2003年7月
 イタリア政府は、閣議決定により、送電線から発せられる、50ヘルツの電磁波被曝に関して、次のように政令で定めた。(政令 DPCM 08/07/2003)
・被曝限度値:磁場強度100マイクロテスラ、電界強度5kV/m
・注意値:磁場強度10マイクロテスラ
・目標値:磁場強度3マイクロテスラ
これに伴い、92年と95年の政令は廃止された。数値的には、1992年に後退している。

(その他)
・イタリアでは、1985年以来、送電線の建設には、事前の環境影響調査が義務付けられている。
・2001年の枠組み法の成立以前に、イタリアのいくつかの州では、既に法律があった。
・2002年に、政府は、携帯電話施設の建設を促進するために、ガスパーリ政令(DL 198/2002)を出し、環境アセスメントを不要としたが、ヴェネト州裁判所は、この政令を無効としている(2003年7月)。この裁判の原告は、国際自然基金(WWF)とイタリアで最も権威ある自然保護団体・ノストラである。

<WHOの対応>
1996年
 WHO国際EMF(Electromagnetic field)プロジェクト発足
5年後に極低周波電磁場の環境保健基準を作成する目的で立ち上げられた研究プロジェクト。その後の携帯電話の爆発的普及で急遽、高周波電磁波の環境保健基準も射程に入れたため、2005年までに延長された。

2001年6月
 WHOの下部機関であるIARC(国際がん研究機関)が、がんリスク評価の分類として、極低周波電磁場は2B(人に対して発がん性の可能性あり)に入ると発表。

2003年2月
 WHO、EU(欧州連合〉、NIEHS(米国国立環境衛生科学研究所)3者合同の「電磁波への予防原則採用に関する国際会議」がルクセンブルクで開かれた。
WHOは極低周波と高周波の両分野の電磁波に対して予防原則を実施・適用することを正式に決定した。(上記IARCの2Bの分類が決定要因となる)

2005年
 極低周波に対するWHOの環境保健基準が発表される予定

2006年
 高周波に対するWHOの環境保健基準が発表される予定


[参考文献]
●「誰でも分かる電磁波間題」大久保貞利、緑風出版、2002年
●「イタリアの電磁波スモッグ対策」田中ちひろ(Japariltaly Business On-Line)
 http://www.japanitaly.com/jp/specialreportsbn/zoomup_200106.html
●WHO(世界保健機関)ウェプサイト:イタリアの電磁波防護基準のページ(英語)
 http://www.who.int/docstore/peh-emf/EMFStandarde/who -OI02/Europe/Italy_files/table_it.htm


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