平成14年10月15日 判決言渡

平成11年(ワ)第15638号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年7月2日


判 決

当事者の表示 別紙「当事者目録」記載のとおり。


主 文


1 原告らの公式謝罪請求に係る訴えを却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。


事実及び理由


第1 請求
1 被告は,原告らに対し,各1000万円及びこれに 対する平成11年8月10日から支払済みまで年5 分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告らに対し,公式に謝罪せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言

第2 事案の概要
 本件は,台湾在住の女性である原告らが,第二次世界大戦中,被告の軍隊及びその構成員(以下「日本軍」という。)によって,台湾内又はその他の地域に「(従軍)慰安婦」として連行され,監禁された状況で組織的,継続的に性行為の強要をされたこと等により,多大な精神的損害等を被ったとして,被告に対し,国際法,民法及び国家賠償法に基づき,損害賠償及び公式の謝罪を求めた事案である。

 原告らの主張する事実関係

 (1)「慰安婦」制度

  ア 「慰安婦」について
 「慰安婦」とは,第二次世界大戦当時,日本軍が管理・統制した戦地の「慰安所」で,日本軍の「性的慰安」,つまり性行為の相手をさせられた女性のことである。
 日本軍による「慰安婦」政策は,昭和7年(1932年)の第一次上海事変の時から,昭和20年(1945年)8月の日本の敗戦まで続いた。
 中国,香港,インドシナ,フィリピン,ビルマ,タイ,沖縄など,日中戦争以降に日本軍部隊が派遣された主要な地域には,例外なく「慰安所」が設置された。
 女性たちは,強制的に,又は騙されて連行され,「慰安所」に集められ,長期間にわたり「慰安婦」として,日本軍人との性行為を強要された。
「慰安婦」は,日本軍が組織的に行った強姦行為であり,「慰安婦」とされた被害女性たちは,組織的な性暴力による被害者であり「性奴隷」であった。


  イ 「慰安所」の設置形態
 
「慰安所」の形態は,以下のように分類できる。
  (ア)軍直営の軍人・軍属専用の「慰安所」
  (イ)形式上民問業者が経営するが,軍が管理・統制する軍人・軍属専用の「慰安所」
  (ウ)軍が指定した「慰安所」で,一般人も利用するが,軍が特別の便宜を求める「慰安所」「慰安所」は,大都市等にあって駐屯部隊だけでなく通過部隊が利用する場合や,前線の基地に設置され特定の部隊に専属するものがあった。


  ウ 台湾における「慰安婦」
 台湾は,1875年(明治8年)の日清講和条約締結以来,日本の植民地として日本によって支配されていた。
 第二次世界大戦中,植民地であった台湾は,南進を企てる日本軍の重要な基地となった。高雄,基隆両港は海軍の重要な港であり,軍艦や陸海軍の徴用船の寄港地であった。台湾は直接戦場にはならなかったが,台湾には台湾軍司令部が置かれ,重要拠点には部隊が配置された。これに伴い,台湾内にも「慰安所」が設置された。また、高雄,基隆両港からは,多数の台湾女性が南方に「慰安婦」として船で連行された。
 原告らの受けた被害からも明らかなように,南方戦線は戦闘地域であり,前線部隊のために設置された「慰安所」は,危険かつ劣悪な環境であった。
激戦地に連行された女性らは,事実上逃げることができなかったし,日本の敗戦に伴う解放後に.帰還することも容易ではなかった。
原告らは,いずれも「慰安婦」又は「性奴隷」として,日本軍の内部又は管理下において,将兵の性的処理のために性行為を強要され続けたのである。

 
 (2)原告らの被害事実
 
原告らは,第二次世界大戦中,日本の南進政策に伴い,台湾内から南方の「慰安所」に連行され(原告高,同盧,同黄,同鄭,同E),又は居住地近くに駐屯する日本軍部隊に雑用のために雇われて,その部隊の軍人から組織的・継続的に強姦された(原告A,同B,同C,同D)。その具体的内容は,別紙「原告らの被害事実」記載のとおりである。

 (3)軍の関与の組織性
 日本軍は,原告ら台湾の先住民族の女性を性奴隷とする行為をしたが,これは各部隊が個別に行ったとは考えられない。原告らは,別の場所に居住しており,被害を受けた部隊も異なるにもかかわらず,その徴集の経緯,被害実態は酷似している。このことは,先住民族の居住地域近くの駐屯部隊が任意に秘密裏に行った行為ではなく,台湾に駐屯する日本軍が組織的に行ったものであることを示している。日本軍は,台湾支配における軍と警察の密接な関係を根底とし,組織的に緊密に連携した上で,先住民族に対する日本人警察官の威圧的な影響力を用い,若い女性を徴集したと考えられる。また,各部族を掌握している日本人警察官から徴集されたということは,被害女性にとっては部隊を抜け出して家に戻ることは許されないことであり,かつ,女性に対する貞操意識が厳格な先住民族の被害女性らが,被害事実を家族に話せないであろうことも,日本人警察官は十分認識していた。軍は,こうした情報を警察を通じて収集した上,若い原告らを性的玩具としたものである。
 以上のとおり,原告らに対する日本軍の行為は,一部の駐屯部隊において突発的に起こったものではなく,周到かつ組織的になされたものであって,軍そのものの深い関与は明らかである


2 被告の法的責任に関する当事者双方の主張
 
 (1) 国際法に基づく請求

(原告らの主張)
  ア 被告による国際法違反行為

  (ア)奴隷禁止条約違反
   a 
国際法上,奴隷制度の禁止の歴史は古く,19世紀から既に奴隷制に関する規定を含む条約が存在した。国際連盟は,植民地,委任統治下における奴隷制度の問題を重要視し,1922年に奴隷制に関する一切の問題を調査するために奴隷臨時委員会を設置し,同委員会の調査研究の結果,1927年に奴隷禁止条約が発効した。この条約は,1条で「奴隷制度とは,その者に対して所有権に基づく一部又は全部の権能が行使される個人の地位又は状態をいう。」と定義し,「締約国は,強制労働の利用が重大な結果をもたらすことがあることを認め(中略)強制労働が奴隷制度に類似する状態に発展することを防止するためにすべての必要な措置をとることを約束する。」としている。
 日本は奴隷禁止条約の締結・批准をしていないが,奴隷制度の禁止については,原告らが被害を被った1930年代以降には,国際社会で確立した国際慣習法であった。

   b 
原告高,同盧,同黄,同鄭,同Eが,戦地に騙されて連行され,「慰安所」で兵士らの性的処理の相手を強制された状況は,行動の自由,自己の性的活動の決定権を奪われたもので,同条約において禁止される奴隷状態であった。また,原告A,同B,同C,同Dは,軍隊の雑用に従事しながら兵士に強姦され続けているが,この時も,同原告らは逃れようのない強制下にあるから,奴隷禁止条約が禁止する奴隷状態に当たる。
 被告は,奴隷制度を防止すべき義務を負っていたにもかかわらず,防止義務を果たさなかったばかりか,自らの手で,原告らを奴隷状態においたことになる。

  (イ)強制労働条約違反
   a 
1930年(昭和5年)6月28日,国際労働機関(ILO)第14回総会において,強制労働に関する条約29号(以下「強制労働条約」という。)及び勧告第35号,第36号が採択され,日本も,同条約を批准した。同条約ll条は,女子の強制労働を全面的に禁止し,これに違反した場合には刑事罰を科すべきことを定めている。
   b 
原告らは,暴行,脅迫の下で性行為の提供をさせられ,又は軍隊で雑用等の労働に従事しながら,兵士の性行為の相手を強制されたものであって,いずれも強制的に労働させられたものである。
 原告らが,「慰安婦」としての性行為を強制されたことが労働に当たることは,ILO専門家委員会決議に照らしても明らかである。
 したがって,被告が原告らを強制労働下に置き,性犯罪被害を与えたことは,上記条約に違反し,原告らに対する損害賠償義務が生じる。

  (ウ)婦女売買禁止条約違反
   a 
婦女売買禁止条約は,1904年協定,1910年条約及び最終議定書,1912年条約からなるが,1910年条約(以下「醜業条約」という。)第1条は,女性を性行為に従事させるために売買した者を加盟各国に処罰することを求めている。この条約には,加盟国が自ら売買することについては規定されていないが,醜業目的の女性売買を処罰すべき立場にある国が自ら売買に関与することが許されないのは当然である。

   b 
原告らは,いずれも台湾の内外に,欺罔又は強制によって連れ去られ,性行為を強制されたのであるから,これらの行為が同条約に抵触することは明らかである。

  (エ)通常戦争犯罪
   a 
民間人に対する攻撃,兵士による女性の強姦,強制売春等は,古くから禁止され,戦争犯罪として処罰されてきた。成文法としては,1907年(明治40年)の「戦争の法規慣例に関する規則」(以下「へ一グ陸戦規則」という。)46条があげられる。同条は「家の名誉及び権利」を尊重すべしという規定であり,その内容としては,女性への強姦,強制売春をも禁ずるものと解されてきた。
   b 
第二次世界大戦において,強姦と強制売春が通常戦争犯罪とされていたことは間違いない。連合国は,この対戦での戦争犯罪を処罰するために,各国の戦犯法廷が管轄すべき事項をガイドラインとして策定したが,その中に,強姦と強制売春が管轄事項となることが明確に定められている。
   c 
日本軍が原告らに対し行った行為が,強姦や強制売春に当たることは間違いないから,これらは通常戦争犯罪に該当する。

  (オ)「人道に対する罪」違反
   a 
第二次世界大戦の終結時である1945年(昭和20年)6月に連合国側の代表団が参加してロンドン会議が開かれ,同年8月に「ヨーロッパ枢軸諸国の主要戦争犯罪人に対する訴追と処罰に関する協定」(ロンドン協定)が締結された。同協定に基づいて作成された国際軍事裁判所規約には,「戦前若しくは戦争中にすべての民問人に対して行われた殺人,殲滅,奴隷化,追放及びその他の非人道的行為,又は犯行地の国内法に抵触すると否とにかかわらず,本裁判所の管轄に属する犯罪の遂行として若しくはこれに関連して行われた政治的,人種的,宗教的理由に基づく迫害など人道に対する罪」が裁判の対象になることが明記された。これが「人道に対する罪」とされるものであり,東京国際軍事法廷条例第5条でも,通常戦争犯罪のほかに「人道に対する罪」を付加し,定義として,「戦前又は戦時中になされたる殺戮,奴隷的虐待,追放,その他の非人道的行為」を定めている。
   b 
原告らは,強制的に台湾の内外に連行され,軍人の性的行為の相手をさせられ奴隷状態に置かれていた。これは,まさに人道の罪に違反する行為である。

  イ 国際法に基づく請求の根拠

  (ア) 国際不法行為に基づく個人から国家に対する請求権
 国際法は,直接には,国家と国家の間を規律する法ではあるが,個人が基本的人権の享有者として,その人権を保障されるべきこと,すなわち国際社会全体で守るべき個人の尊厳に最高の価値を置くことを人類普遍の真理として宣言し,国家に個人の人権の保障を義務付けている。
 国際法は,奴隷にされない自由,奴隷的労働を強制されない自由などの基本的人権については,国家の特別の措置を待たなくても,権利を侵害された個人に対する救済行為を国家に直接義務付けているのであり,国際法上保障された個人の権利が侵害された場合には,個人が国家に対して直接に法的責任を追及することができる。


  (イ) 国家責任解除義務の効果としての請求権
 国際法違反の行為は,国家の国際不法行為を構成し,その効果として,加害国には国家責任を解除すべき義務が生ずる。そして,この責任解除義務の履行内容は,個々の被害者も満足させるものでなければならない。
 本件のような重大な人権侵害行為に関しては,個人は,国際法の下で実効的な救済と正当な賠償を受ける権利がある。これは,国家責任解除措置をとらない限り消滅しないから,消滅時効などにかからない。
 国家責任解除のために必要な行為としては,奴隷禁止条約違反,強制労働条約違反,婦女売買禁止条約違反については賠償金の支払及び公式の謝罪であり,通常戦争犯罪,「人道に対する罪」については責任者の処罰である..。

 (ウ) ユス・コーゲンス(強行法規)違反に基づく請求権
 
ユス・コーゲンスは,条約法条約53条で「いかなる逸脱も許されない規範で,かつまた同一の一般国際法の規範の変更でしか修正できない規範であって,国際社会が全体として受け入れ,かつ認めたもの」と定義されている一般国際法上の強行法規であり,ユス・コーゲンスに反する行為は,国際法上の違法行為として,国家責任の対象となる。
 日本軍が原告らに対して行ってきた行為は,国際慣習法上,重大な人権侵害に当たり,ユス・コーゲンス違反であって,国際法上の違法行為である。ユス・コーゲンスに違反する行為は,被害国,被害者の属する国家のみならず,万民に対する義務,国際社会全体に対する義務違反であるから,加害国は,万民,国際社会全体に対する責任として,被害回復義務を負い,その内容として,被害者個人に対する損害賠償義務も含まれる。


  (エ) 強制労働条約に基づく請求権
 強制労働条約は,強制労働を科された者に対して,報酬請求権を規定する(14条)。
 違法な強制労働に対して何らの対価もないことは不合理であるところ,本条項は,強制労働に対する金銭の支払を規定したものであるから,違法な強制労働については,損害賠償の意味で金銭を支払うことを規定していると解すべきである。原告らは,被告に対し,同条約に基づき,不法行為の一般理論とは別に,強制労働の報酬相当額を請求する権利を有する。


(被告の主張)

  ア 国際法違反行為について

  (ア) 
奴隷禁止条約,強制労働条約,婦女売買禁止条約には,いずれも損害賠償に関する規定は存在せず,まして,被害者個人が直接加害国に対する損害賠償を求める制度は存在しない。

  (イ)
通常戦争犯罪及び「人道に対する罪」は,個人を対象として,国際法上の犯罪構成要件を規定しているが,これは,それに該当する行為があったときには,行為者個人の国際刑事責任が追及されるという効果を有するにすぎず,行為者個人や,所属国家に対する民事責任を規定したものではない。

  イ 国際法に基づく請求の根拠について

  (ア)
国際法の基本的な考え方によれば,個人は原則として国際法上の法主体ではない。被害者等の救済は,被害者の属する国家が外交保護権を行使することによって図るものである。
 したがって,国際法が個人の権利義務を対象とする規定を置いたことから,直ちに個人が国際法上の請求主体となることが認められるものではなく,国際不法行為を行った国家に対し,被害国の国民が,加害国に対して,国際法上直接に損害賠償請求をすることができるのは,条約等において,個人が国家に対して特定の行為を行うことを,国際法上の手
続により要求できる権能を認めた規定が存在する場合に限られる。


  (イ)
国際不法行為が成立し,国家責任が発生するためには,国際法主体の行為が,他の国際法主体の国際法上の権利あるいは利益を侵害することが要件とされている。したがって,原告らの主張するように,国際不法行為が成立し,国家責任が認められるとしても,国家責任の解除義務は,加害国が国際法上の法主体である被害国に対して負うものであって,国際法主体性を認められない個人に対して負うものではない。原告らの主張する奴隷禁止条約,強制労働条約,婦女売買禁止条約等の条約は,いずれも個人に国際法上の法主体性を認めておらず,個人に対する関係では,国際法主体の国際法上の権利あるいは利益の侵害はないから,加害国が被害国の国民個人に対して,直接国際不法行為に基づく国家責任の解除義務を負うものではない。

  (ウ) 
ユス・コーゲンスとは,ローマ法に起源を持つ概念であるとされ,ユス・ディスポジティーブス(任意規範又は任意法規)に対する法的概念で,下位の法規の内容を絶対的に規制し,その逸脱を許さない法的な力を持った上位規範をいうのであり,ユス・コーゲンスに違反する条約を無効とする効力を有するにとどまる。したがって,違反行為について,個人に損害賠償請求権を付与する法理ではないから,原告らの各請求を法的に根拠づけるものではない。
  (エ)強制労働条約を根拠とする報酬相当額の損害賠償の請求は,同条約には,個人が相手国に対して何らかの請求をなし得る旨の規定がないから,失当である。


 (2) 民法上の不法行為に基づく請求

(原告らの主張)

  ア 不法行為の成立

 「慰安所」及び「慰安婦」制度は,日本軍が,戦争追行のために設けた制度であり,「慰安所」の設置,「慰安婦」の募集については被告が関与し、原告らが,日本軍が管理支配する「慰安所」で,日本軍によって継続的に強姦されるという被害を受けてきたことは明らかである。
 日本軍による上記行為は,不法行為を構成し,原告らは,被告に対し,民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

  イ 国家無答責の法理について

 (ア)
被告が締結している条約及び国際慣習法が法律に優先することは異論がないから,国内法も国際法に適合するように解釈すべきである。
 原告らに対する加害行為は,国際慣習法上,「重大な人権侵害」に当たることは明らかであり,これに対し,加害国である被告には,国家責任の解除義務があることは確立した国際法規であり,それは,原告らの被害を回復することによってのみ果たされる。
 そして,民法上の不法行為責任についても,上記国際法に合致するように解釈されるべきであるから,国家無答責の法理も,一つの民法の解釈にすぎない以上,本件には適用されない


  (イ)本
件加害行為は,国際法上の上位規範であるユス・コーゲンスに違反する違法行為であるので,民法の解釈理論にすぎない国家無答責の法理を本件に適用すべきではない。
  (ウ)基本的人権の保障を謳う現憲法下では,国家無答責の法理は適用されない。
  (エ)女性を性的に陵辱して達成される公務はあり得ないから,本件のように,いかなる観点からしても国の権力的作用として保護されるべき公務の外形を有しない違法行為に対し,公権力の行使に優越を認める国家無答責の法理を用いることは許されない。


  (オ)
本件は,原告高,同盧,同黄,同鄭,同Eは,戦地に連行され「慰安婦」として雇用され,また,原告A,同B,同C,同Dは,軍隊の雑用等として雇用され,賃金の支払を受ける関係にあった。したがって,原告らが受けた被害は,雇用契約関係から生じた被害であり,いわゆる非権力的作用によって受けた損害であるから,国家無答責の法理の適用はなく,民法によって救済されるべきである。

  (カ)
被告は,ポツダム宣言の受諾によって,戦争犯罪人の処罰及び賠償義務を受け入れた。したがって,被告は,戦争被害に関しては,国家無答責の法理を放棄したといえる。

  ウ 除斥期間について

  (ア)
本件は,不法行為制度の究極の目的に照らせば,除斥期間を適用すべきでなく,損害の回復をして,適法状態を回復する必要が大きい特別な理由のある事案である。原告らの受けた被害は特殊であり,20年の除斥期間による権利消滅を認めないことによる法的安定性への影響は微少である反面,権利の消滅を認めることにより,違法が正されず,被害が回復しないことによる弊害の方が大きい。

  (イ)
被告は,40年以上の長期間,本件加害行為の事実を隠蔽し続け,平成5年(1993年)に,学者による調査に基づく証拠を示されてから,ようやく事実調査を行い,加害の事実を認めた。当時の台湾では,貞操は家の名誉にかかわる事柄であり,女性が「慰安婦」等として陵辱を受けた事実が公になれば,人間としての生活を維持することが難しく,命の危険にもさらされる状況であったから,原告らが被害を訴えることは自殺行為に等しかった。原告らは,平成5年以降,被告の関与と強制によるものであったことが認められたことに端を発し,正義回復・名誉回復の社会運動によって,ようやく被告に被害救済を求めて提訴することができるようになった。

  (ウ)
最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決(民集52巻4号1087頁)は,被害者が加害行為によって心神喪失状態となり,権利行使しようにもできない状態であった点をとらえて,正義・公平の観点から,除斥期間の主張を採用せずに,権利行使を認めるべきとの判断に至っている。本件において,原告らの権利行使が不可能であった状況は,まさに心神喪失状態にあった被害者に比すべき事案である。また、原告らによる権利行使は,加害者である被告によって妨害されていたというべきである。

  (エ)
また,不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が,除斥期間の経過前に権利を行使できなかったことについて,義務者の側に責むべき事由があり,当該不法行為の内容や結果,双方の社会的・経済的地位や能力,その他当該事案における諸般の事実関係を併せ考慮すると,除斥期間の経過を理由として損害賠償請求権を消滅させることが公平の理念に反すると認めるべき特段の事情がある場合には,除斥期間の適用を否定すべきであるが,本件はこの基準によれば,除斥期間の適用を否定すべき事案である。

  (オ)
原告らは,平成5年(1993年)7月に,被告政府が「慰安婦」に関する調査を行い,その結果として日本軍の関与を認め,平成7年(1995年)に,台湾において原告らの救済活動が開始されたことにより,ようやく損害賠償請求権を行使することができるようになった。したがって,除斥期間の起算点は平成7年(1995年)である。
  (力)国際不法行為に対して,国内法理論である国家無答責理論をもって責任を免れることができないのと同様,民法の消滅時効及び除斥期間の規定も適用されない。国際不法行為に対して国には違法解除義務が生じ,解除するまで義務が消滅しないから,民法の規定をもって権利を消滅させることはできない。


(被告の主張)

 ア 民法上の不法行為の不成立(国家無答責の法理)

  (ア)
原告らが不法行為に該当すると主張する被告の行為は,日本軍が組織的に行った強姦行為であるところ,これが国の権力的作用に関する行為であることはその主張自体から明らかであるが,かかる行為について民法の適用はなく,国家賠償法の施行前は,国の損害賠償責任は否定されていた(国家無答責の法理)。

  (イ)
明治憲法下において,行政裁判法16条は「行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セズ」と規定し,旧民法下では,行政裁判所に対するのと同様に,司法裁判所に対して国家賠償請求訴訟を提起することも否定されていたのであり,行政裁判法と旧民法が公布された明治23年の時点で,公権力の行使についての国家無答責の法理を採用する基本的法政策が確立していたものである。大審院の判例も,国家の権力的行為については,損害賠償責任を一貫して否定しており,最高裁判所もこれを確認する判断をしている(最高裁判所昭和25年4月ll日第三小法廷判決・裁判集民事3号225頁)。そして,国家賠償法附則6項は,「この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。」と規定しているが,この「なお従前の例による」という法令用語は,法令を改正又は廃止した場合に,改廃直前の法令を含めた法制度をそのままの状態で適用することを意味するものであり,同法施行前の公権力行使に伴う損害賠償が問題とされる事例については,同法それ自体の遡及的適用を否定するのみならず,それまでに採用されていた国家無答責の法理という法制度がそのまま適用されることにより,国又は地方公共団体が責任を負わないことを明らかにしたものである。

  (ウ)
原告らが挙げる国際法は,いずれも個人の加害国家に対する直接の損害賠償請求権を認めたものではないから,それによって,本来私人間の法律関係を規定しているにすぎない民法の適用領域が拡大されるべき理由はない。また,ユス・コーゲンス(強行法規)違反の効果は,それに抵触する条約を無効にする効力を有するにとどまるものであって,違反行為につき,個人に損害賠償請求権を付与する法理ではない。国際法によって民法の適用領域を拡大しようとする法解釈は,国家賠償法の遡及的立法にも等しい結果をもたらすものであって,法解釈の限界を超えているというべきである。

  (エ)
本件被害が雇用関係から生じた非権力的用による損害であるとの主張は,原告らの受けた行為が強制労働に該当し、日本軍が組織的に行った行為であるとする原告らの主張と矛盾している。権力的作用か否かは,その行為の性質で決定されるのであり,一般私人が行い得ないような実力行使を国家が行うことこそ権力作用の典型であり,原告らの主張する日本軍の行為は,私経済作用には当たらず,権力的作用にほかならない。

  (オ)
ポツダム宣言は,当時,日本と交戦状態にあった主要連合国の首脳が,日本に降伏の機会を与える条件等を示した宣言であり,それ以上に,日本の戦争被害に関する処理や被害者個人に対する損害賠償等の義務を規定したものと解することはできない。したがって,同宣言の受諾によって,被告が国家無答責の法理を放棄したとはいえない。

  イ 除斥期間の経過

  (ア)
仮に,本件に民法が適用されるとしても,原告らが主張する不法行為による損害賠償請求権は,加害行為から本件訴訟提起まで20年以上を経過しているから,民法724条後段(除斥期間)によりいずれも消滅した。

  (イ)
除斥期間の適用を制限した前記最高裁判所平成10年6月12日判決は,それ以前の除斥期間に関する判例である最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決(民集43巻12号2209頁)を引用して「不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には,裁判所は,当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により,右請求権が消滅したものと判断すべきであるから,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は,主張自体失当である」と判示し,平成元年の最高裁判決の枠組みを維持しながら,不法行為の被害者であって不法行為を原因として心神喪失の常況にある者について,民法158条という既存の条項の法意を援用して,限定的に例外を認めたものにすぎず,その適用の範囲は極めて狭いものである。
 したがって,同判決は,一般的に「著しく正義・公平の理念に反する場合には,除斥期間の適用を排除できる」としたものではない。除斥期間とその法意に照らせば,原告らの法意識,経済状況,あるいは国内における政策的な事情はもとより,国交正常化がされていなかった等の事情についても,除斥期間の適用を妨げる理由になるものではなく,仮に,このような不明確な主観的事情や政治情勢にかかる事情をもって除斥期間の進行を妨げる事由となり得るものとすれば,法律関係の早期確定という法の要請に反し,法的安定性を著しく害するものといわなければならない。


  (ウ)
また,除斥期間の起算点を権利行使可能時と解することは,民法724条後段の文言にも反するばかりか,除斥期間の趣旨にも反する。同条後段は,除斥期間の起算点を「不法行為ノ時」としているが,「不法行為ノ時」とは,損害発生の原因となる加害行為が行われた時点を意味する。また,同条の趣旨は,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定にあり,被害者の認識のいかんを問わず,一定の時の経過によって請求権を画一的に消滅させることにある(前記最高裁平成元年判決)。これは,同条前段の短期消滅時効のみでは,加害者の法的地位が被害者側の主観的事情によって浮動的であることにかんがみ,加害者の法的地位の安定を図るために請求権を20年で画一的に消滅させることにしたものである。このような観点からみると,除斥期間の起算点を定める基準は,客観的に明確に定められるものであることが要請されているというべきであり,権利行使が可能であったか否かは,基本的には被害者側の事情に係るものであるから,判断基準として不明確で除斥期間の趣旨に反することになる。

 (3)国家賠償請求

(原告らの主張)

  ア 立法不作為の違法性

  (ア)
被告が,原告らを「慰安婦」とし,あるいは別の労務により雇用した上で組織的に強姦した行為は,国際法に違反している。
 したがって,被告には,国家責任解除義務に基づき,日本軍関係者に対する処罰及び被害者救済の義務が生じているが,被告は,何らの措置も講じていない。戦後,個人の戦争被害者に対してなされた補償立法においても,原告らは救済の対象になっていない。


  (イ)
人権侵害が重大であり,救済の高度の必要性が認められる場合であり,国会が立法可能であったにもかかわらず,一定の合理的な期間を経過してもなおこれを放置していたという事情がある場合には,被害者の救済立法の不作為は,国家賠償法上違法と評価されるべきである。
 被告は,平成5年(1993年)8月4日に「慰安婦」の存在を認め,国の関与と強制性を認めており,また,原告らに先立ち賠償を求めた多くの女性たちの訴えにより,被害の重大さも十分に認識していた。したがって,被告は,この時点で,人権侵害が重大なものであり,救済につき高度の必要性があることを認識していた。
 さらに,被告において救済措置立法が可能であったことは,他の戦争被害に対する補償立法による救済の実態や,日本が戦後に経済発展を遂げた事実に照らして明らかである。


  (ウ)
ところが,被告は,戦後50年以上,また平成5年に原告らに対する加害行為への関与を認めて以後,各国の元「慰安婦」から訴訟を提起され,被害実態を認識してからも10年近くが経過しているにもかかわらず,なお救済措置を講じるべき義務を果たしていない。
 このように,被告が,原告らに対する被害救済措置を懈怠していることは,国家賠償法上の違法行為に当たる。


  (エ)
被告は,個々の国会議員の責任を否定して立法不作為の違法性を否定するが,日本は議院内閣制を採用し,内閣に法案提出権を認めているから,内閣にも,被害救済に関する法案を作成して,国会に対して立法を求める義務があったことは明らかである。

  イ 責任者不処罰の違法性

  (ア) アと同様に,被告には,国家責任解除義務に基づき,軍関係者に対する処罰及び被害者救済の義務が生じているが,被告は何らの措置もとっていない。


  (イ)
被告は,「慰安婦」制度が違法であり,責任者の処罰が必要であることを知りながら,処罰はおろか,その前提となる事実調査も行わなかった。一般犯罪捜査に関する後記の平成2年最高裁判決は,本件のように,国際法上の国家の義務が認められ,かつ全く捜査及び調査が行われなかった場合を対象としたものではない。

(被告の主張)

  ア 立法不作為の違法性について

  (ア)
原告らの主張は,最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決(民集39巻7号1512頁)の趣旨に明らかに反するものである。
 立法不作為が国家賠償法上違法と評価される場合について,上記最高裁判決のいう「憲法の一義的文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき容易に想定しがたい例外的な場合」という要件に即して想定すると,それは,憲法上,具体的な法律を立法すべき作為義務が,その内容のみならず立法の時期を含めて明文をもって定められているか,又は憲法解釈上,前記作為義務の存在が一義的に明白な場合でなければならないというべきである。
 しかし,憲法上,そのような作為義務を定めた規定は存在しないし,憲法解釈上もそのような作為義務を肯定することは困難であることからすれば,上記最高裁判決は,立法不作為が国家賠償法上違法となることは基本的に予定していないものといわなければならない。


  (イ)
また,いわゆる戦争損害に対する補償立法の要否及び内容については,「戦争犠牲ないし戦争損害に対する補償は,憲法の予想しないところというべきであり,その要否及びあり方は,(中略)立法府の広範な裁量にゆだねられたものと解される」と判示した最高裁判所平成13年4月13日第三小法廷判決(平成12年(行ツ)第3号)の立場が,確立した判例というべきである。

  (ウ)
原告らは,立法不作為が国家賠償法上違法となる場合の違法性判断基準として,当該人権侵害の重大性とその救済の高度の必要性を挙げているが,このような場合に,立法不作為が国家賠償法上違法となる根拠が明らかでなく,いかなる場合を想定しているのかも明確ではない。前記のとおり,立法不作為が例外的に違法の評価を受けるのは,憲法で一義的に定められた具体的な立法義務に違反して立法しない場合又は憲法解釈上,立法義務が一義的に一見明白に定められているにもかかわらず立法しない場合に限られるのであり,原告らのような立場にある者を救済するための立法措置を国会議員に一義的ないしは一見明白に義務付けた憲法上の規定がないことはもちろん,憲法施行前の公権力の行使により生じた損害について救済のための立法措置をとるかどうかは,立法府の広範な裁量にゆだねられている。したがって,本件では,立法不作為につき国家賠償法1条1項にいう違法を問われる余地はないというほかはない。

  イ 責任者不処罰の違法性について

  (ア)
国家賠償法1条1項にいう「違法」とは,務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することであるが,原告らが主張する条約上の義務は,国際法上の義務であり,相手方である締約国に対する義務であって,被害者個人に対し負担する義務ではない。

  (イ)
捜査機関による捜査が適正を欠くことを理由として国家賠償法上の規定に基づく損害賠償を請求することはできない(最高裁判所平成2年2月20日第三小法廷判決・判例時報1380号94頁)ことからも,原告らの主張は失当である。

4 原告らの被った損害


(原告らの主張)

 (1)「慰安婦」あるいは「性奴隷」状態に置かれたことによる精神的損害
  ア PTSDあるいは抑うつ状態
 
原告らは,騙されて「慰安婦」あるいは「性奴隷」にされ,抵抗できない状況において,継続的に性的暴行を受け続けた。
 若かった原告らが,人問としての尊厳を踏みにじられる被害を受けたことで,その後の人生は苦渋に満ちたものとなった。
 上記の被害によって,原告らは,心的外傷体験による心の後遺症である,心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥った。
 心的外傷後ストレス障害とは,犯罪や災害による心理的外傷(トラウマ)によって,様々な精神的苦痛や適応障害を生じ,それが容易に克服されない状態となり,病的な症状が長期間継続して,専門的治療を必要とするような高度なものをいう。
 原告らには,騙されて性奴隷状態に置かれたにもかかわらず,自責の念にとらわれ,幸せな家庭生活を自ら避けるなどの傾向がみられる。原告らが被害事実を公表するまでに50年という長期間を必要としたことは,原告らの精神的被害が大きいことを示している。

  イ ニ次被害
 性犯罪による被害については,二次被害が起こりやすいことが知られているが,社会の無理解もあって,原告らの多くは,「慰安婦」あるいは「性奴隷」状態であったことを夫が知って離婚されたり,夫婦間の愛情が欠如するなどの経験をしている。
 原告らは,日本軍から組織的な性犯罪の被害を受けたにもかかわらず,被告が公式謝罪もせず,また,何らの損害回復措置を行わないために,二次被害が拡大した。

 (2)身体的・経済的損害
 原告らは,解放後に体調の悪化を訴えており,婦人科系の疾患も多い。また,原告黄及び同鄭は,連行中に重傷を負っている。また,原告らは,解放後も,安定した家庭生活を営むことができず,経済的にも困窮した生活を余儀なくされてきた。これらは,原告らが,被告に騙されて,継続的な性的暴行等の被害を受け続けたことが原因である。

 (3)まとめ
 
原告らが受けた被害は,筆舌に尽くし難く,損害額の算定は困難である。しかし,被告には,少なくとも,原告らに対し各1000万円の損害賠償の支払及び公式謝罪を行う義務がある。

5 公式謝罪請求


(原告らの主張)
 
国際法違反に対する国家責任解除のために必要な行為として第一になされるべきことが,公式の謝罪である。民法723条の趣旨をくみ,損害賠償と共に,原告らの名誉を回復するために公式の謝罪が命じられるべきである。

(被告の主張)
 
原告らの請求は,被告のいかなる機関がいかなる方法で謝罪するのか特定されておらず,執行することが不可能であるから,請求の特定としては不十分であるし,かつ法的根拠がないから,請求は失当である。


第3 当裁判所の判断



1 国際法に基づく請求について

  (1) 国際不法行為に基づく個人から国家に対する請求権について

  ア はじめに

 国際法は,元来,国家と国家の間の権利義務を規律する法であるから,国際法において,個人に対する義務・責任に関する規定がなされた場合も,それは,国家が他の国家に対して,その義務・責任を履行することを約束したものである。
 したがって,国際法上,個人の生命,身体及び財産などの権利・利益を保護する規定が定められた場合でも,国家による国際法に違反する行為に対しては,被害を受けた個人が属する国家が,外交保護権を行使して加害国に対して損害賠償等を求めるという方法によって問接的に被害の救済を実現することを予定しているにすぎず、被害を受けた個人が,加害国に対して,国際法に基づいて直接に損害賠償等を求める権利が付与されるものではなく,個人が国際法に基づき,加害国に対して被害回復のための措置を求めることができるためには,その旨の特別の国際法規範(条約の定め又は国際慣習法)が存在することが必要である。
 そこで,原告らの主張の当否を判断するには,原告らが適用すべきとして主張している各種の国際法が,国家に対する直接の請求権を個人に付与するものであるか否かを検討する必要があることになる。


  イ 奴隷禁止条約違反について
  (ア)
原告らは,原告らが「慰安婦」として,性行為を強制された状態が,奴隷状態であったとして,奴隷禁止条約及び同一内容の国際慣習法に違反すると主張している。

  (イ)
奴隷禁止条約は,締結国に奴隷取引の防止及び禁止の義務を課し,奴隷制度の廃止の実現を義務付け(2条),奴隷取引を禁止するための措置をとるべきことを約束し(3条),同条約の目的を達成するための国内法違反に対する処罰の義務を課す(6条)というものであるから,締約国に対する義務を定めたものと認められる。
 そして,同条約中には,被害者である個人に加害国に対する賠償請求権を取得させる旨の条項はないことからすれば,同条約に違反した国家に対しては,国際法上の国家責任が生じ得るとはいえ,同条約に基づいて,被害者である個人が,加害国に対して直接に損害賠償請求権を取得することを認めたものであると解することはできない。


  (ウ)
また,奴隷禁止条約と同一内容の国際慣習法の存在を前提として,原告らが主張する被害事実が国際慣習法上の奴隷に該当するとしても,奴隷禁止に係る国際慣習法上の義務に違反した国家に対して,被害者個人が直接に加害国の国内法の手続に従って損害賠償請求権を行使できるという国際慣習法が存在したとは認めることができない。

  (エ)
したがって,原告らが,奴隷禁止条約又は同一内容の国際慣習法に基づき,被告に対して,直接に賠償請求権を有していると解することはできない。

  ウ 強制労働条約違反について
  (ア)
強制労働条約は,14条において,強制労働に対しては「通常行ハルル率ヨリ低カラザル率ニ於テ現金ヲ以テ報酬ヲ与ヘラルベシ」と規定し,15条において労働災害についても任意労働者と同様の規律が適用されるべきことを規定しているものの,原告らが損害として主張するような,同条約に違反する行為によって生じる個人の賃金に属しない損害についてまで規律しているものであると解することはできない。

  (イ)
したがって,強制労働条約を根拠として原告らが賃金に属しない損害についての賠償請求権を行使することはできないし,同条約が違法な強制労働については損害賠償の趣旨での支払請求権を個人に付与するものであると解することもできない。

  エ 婦女売買禁止条約違反について
  (ア)
醜業条約は,強制手段であろうと,本人の承諾を得た場合であろうと,他人の欲情を満足させるために未成年の婦女を醜業に就かせる行為を刑事罰の対象とし(1条,2条),締約国は,国内法が不十分な場合には立法措置を講ずることを約束する(3条)内容となっている。

  (イ)
このように,醜業条約は,国家の処罰義務,立法義務にっいて定めたものであるが,他方で,被害者個人に同条約に違反した国家に対する損害賠償請求権を取得することを認めた規定はないことからすれば,同条約に違反した締約国が,国際法上の国家責任を負うことはあっても,同条約に基づいて,被害者個人に対する直接の損害賠償義務を負担するものではないと解される。そして,原告らの指摘する他の婦女売買禁止条約についても同様に,被害者個人に対する直接の損害賠償義務を負担させるものとはいえない。

  (ウ)
したがって,原告らが,婦女売買禁止条約に基づき,被告に対して直接に賠償請求権を有していると解することはできない。

オ 通常戦争犯罪について
  (ア)
原告らは,民間人に対する攻撃や,兵士による強姦,強制売春などが,戦争犯罪として禁止され,処罰されてきたことから(成文法として,ヘーグ陸戦規則46条があるとする。),それに係る国際慣習法又は「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」(以下「へ一グ陸戦条約」という。)を根拠として,被告に対する損害賠償等を求めるものと考えられる。

  (イ)
へ一グ陸戦条約3条は,「前記規則ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ,賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス」と規定しており,へ一グ陸戦規則46条は「家ノ名誉及権利,個人ノ生命,私有財産並ニ宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ之ヲ尊重スヘシ」と規定している。
 したがって,同条約に基づき,交戦の当事者である国家又は交戦団体は,個人に生じた損害についても損害賠償の責任を負うものと解することができる。


  (ウ)
しかしながら,@へ一グ陸戦条約3条は,交戦国の軍隊等に,へ一グ陸戦規則を遵守させる目的で,交戦国が同規則に違反したときに課せられる責任を定めたものと解されること,A同条約には,賠償の相手方については明示されていないこと,Bすでに述べたとおり,国際法が国家と国家の間を規律する法であり,個人が当然に国際法上の権利義務の主体となるものではないこと等を考慮すると,へ一グ陸戦条約3条の賠償責任は,へ一グ陸戦規則違反行為を行った軍隊又はその構成員が属する国家が,違反行為により被害を被った個人の属する国家に対して負担する国家問の賠償責任にとどまると解するほかはなく,被害者個人に対して,国際法上の損害賠償請求権を付与しているということはできない。

  (エ)
また,原告らの主張する戦争犯罪に関して,被害者個人に国家に対する直接の損害賠償請求権を付与する国際慣習法が存在しているとも認められない。

  (オ)
したがって,原告らが,戦争犯罪に係る国際法に基づき,被告に対して直接損害賠償を求める権利を有しているとは解することができない。

  力 「人道に対する罪」違反について
   (ア)
「人道に対する罪」は,極東国際軍事法廷条例第5条等によって国際法上の犯罪として認められたものであり,同軍事法廷に関する国際法規については,国際慣習法が成立していると解することができる。
 (イ)
しかし,これらの犯罪は,戦時の重大犯罪の処罰のために設けられたものであり,戦争犯罪者の処罰を目的とするものであるから,これに関する国際慣習法が成立しているとしても,加害者の属する国家が,個人を国際裁判所の処罰に服させる義務を負うという国家責任が成立するにすぎないと解される。
  (ウ)
したがって,上記の責任の内容として,「人道に対する罪」の被害者に,「人道に対する罪」に係る国際慣習法に基づいて,直接に加害者の属する国家に対する賠償請求権が付与されたと解することはできない。

  キ まとめ
 
そうすると,原告らが,その主張する国際法に違反する国際不法行為があったことを理由として,被告に対し,損害賠償等を求める請求は,理由がないというべきである。

 (2) 国家責任解除義務の効果としての請求権について

  ア 
すでに述べたとおり,国家が外国人の生命,身体及び財産等の権利・利益を,国際法に違反して不法に侵害した場合,国際法は,被害を受けた個人が属する国家が,外交保護権を行使して加害国に対して損害賠償等を求めるという方法によって間接的に被害の救済を実現することを予定していると解されるから,加害国は,被害を受けた個入の属する国家に対して侵害した利益を回復すべき義務を負い,それを履行することによって,国際法上の国家責任が解除されるものと解される。そして,加害国が国家責任を解除するためにどのような措置をとるべきであるか,その結果,個人がどのような権利,利益を取得するかは,各条約等の解釈や,外交交渉による国家間の合意又は当事国における国内法的措置等によって決まることであって,国家責任解除義務の効果として,当然に加害国の被害者個人に対する賠償義務等が発生することにはならないと解される。

  イ 
そうすると,国家責任解除義務の効果として,直ちに原告らの被告に対する損害賠償請求権等が発生するとは解されないから,これを根拠として,被告に対し,損害賠償等を求める請求も理由がない。

 (3)ユス・コーゲンス(強行法規)違反に基づく請求権について

  ア 
ユス・コーゲンスとは,いかなる逸脱も許されない規範として,また,後に成立する同一の性質を有する一般国際法の規範によってのみ変更することのできる規範として,国により構成されている国際社会全体が受け入れ,かつ,認める規範のことである(条約法に関するウィーン条約53条,64条)。
  イ 
原告らは,日本軍が原告らに行った侵害行為が,ユス・コーゲンスに違反する国際法上の違法行為であって,その効果として,加害国に被害者個人に対する被害回復義務としての損害賠償義務が発生する旨主張していると考えられる。
 しかし,原告らの主張するように,軍隊による組織的な強姦行為を禁止する国際法上の強行法規が存在するとしても,これを超えて,それに違反した国家に対し,被害者個人に対する直接の被害回復措置をとるべき国際法上の義務までを課している強行法規的な国際法規範が存在しているとは認めることができない。

  ウ 
したがって,原告らの被告に対するユス・コーゲンス違反に基づく請求は理由がない。

 (4)強制労働条約に基づく請求権について
  ア 
前記のとおり,強制労働条約は,その14条において,強制労働に対しては「通常行ハルル率ヨリ低カラザル率ニ於テ現金ヲ以テ報酬ヲ与ヘラルベシ」と規定し,15条において労働災害についても任意労働者と同様の規律が適用されるべきことを規定しているものの,原告らが損害として主張するような,同条約に違反する行為によって生じる個人の賃金に属しない損害についてまで規律しているものであると解することはできない。

 したがって,原告らが主張するような「慰安婦」に従事させられることが強制労働条約の禁止する強制労働に当たり,被告に国際法上の国家責任が成立する余地があるとしても,同条約を根拠として,賃金に属しない損害についての賠償請求をすることができることにはならない。


  イ 
また,原告らは,同条約が違法な強制労働については損害賠償の趣旨での支払請求権を個人に付与するものである旨主張するが,同条約がそのような請求権を認めたものと解することもできない。

  ウ 
したがって,同条約に基づく原告らの請求は理由がない。

 (5)結 論
 
以上によれば,国際法に基づく原告らの請求はいずれも理由がない。

2 民法の不法行為責任について

 (1) 国家無答責の法理について

  ア 
国家賠償法(昭和22年lO月27日施行)は,公権力の行使などによる損害の賠償についての国又は地方公共団体の責任を規定しているが,附則6項には「この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。」と規定されている。
 そして,同法施行前の公権力の行使等による損害については,旧行政裁判法16条が「行政裁判ハ損害要償ノ訴ヘヲ受理セス」と規定していたため,行政裁判手続ではその賠償請求は認められなかった。また,民法にも,国の公権力の行使により他人に損害を与えた場合の賠償責任を定めた明文の規定はないことから,公権力の行使(権力的作用)によって生じた損害については,国の賠償責任を認めた法律が存在しないとされて,一貫して民法の不法行為責任は否定されていた(いわゆる「国家無答責の法理」)。


  イ 
原告らは,原告らに対する加害行為が,国際慣習法上「重大な人権侵害」であって,被告には国家責任の解除義務があること、また,ユス・コーゲンス違反であることから,解釈法理である国家無答責の法理は適用されない旨主張している。
  (ア)
しかし,同法理は,大日本帝国憲法下においては,我が国には現行の国家賠償法のような公権力の行使(権力的作用)についての賠償責任を認める特別の根拠規定がなく,また,民法上も明文の規定がないという法制度上の理由に基づくものであるから,権力的作用である以上は,被害者の国籍,行為地,違法性の程度を問わず,それによって個人に生じた損害につき賠償請求をなしえなかったのであり,重大な人権侵害であることを理由に,同法理が適用されないという解釈をする余地はないというべきである。
  (イ)
また,すでに述べたとおり,国家責任解義務又はユス・コーゲンスとの関係についても,これらに対する違反の効果として,原告らの被告に対する損害賠償請求権が発生するものではない以上,国家無答責の法理や当時の法制度が,これらと矛盾・抵触するものではない。
 
したがって,この点についての原告らの主張は理由がない。

  ウ 
原告らは,基本的人権の保障を謳う現憲法下では,国家無答責の法理は適用されない旨主張するが,現憲法の各条項において,国家賠償法施行前における公権力の行使による損害に関して,遡って国の賠償責任を認めるものはみあたらないし,かえって,前記の国家賠償法附則6項は,同法施行前における公権力の行使による損害に関しては,同法を遡及的に適用しない趣旨であると解される。
 
したがって,この点についての原告らの主張は理由がない。

  エ 
原告らは,国の権力的作用として保護されるべき公務の外形を有しない本件については,公権力の行使に優越を認める国家無答責の法理を用いることは許されない旨主張する。
 しかし,すでに述べたとおり,同法理は,国家賠償法施行以前の公権力の行使については,国の賠償責任を認める明文の規定がないという法制度に基づく法理であるから,国の権力的作用に基づく行為であるならば,それが実質的にみて保護されるべき公務かどうかによって同法理の適用・不適用が決定されるわけではない。
 したがって,原告らの主張は理由がない。


  オ 
原告らは,原告らが受けた被害は,雇用契約関係から生じたものであり,いわゆる非権力的作用によって受けた損害であるから,民法によって救済されるべきである旨主張する。
 しかし,原告らが主張している原告らに対する加害行為は,その主張を前提とすれば,日本軍が戦争目的達成の手段として,制度的に拘束,強姦などの違法行為を行ったというものであるから,国家の権力的作用に属すると考えられる。
 また,仮に,非権力的作用であったとしても,後記(2)及び(3)で述べるとおり,原告らの請求権は消滅している。
 したがって,原告らの主張は理由がない。


  カ 
原告らは,ポツダム宣言の受諾によって,被告は,戦争被害に関しては,国家無答責の法理を放棄した旨主張する。
 しかし,同宣言は,敗戦国である日本の戦争被害に関する処理や被害者個人に対する損害賠償等の義務を規定したものであるとは解することはできないから,同宣言の受諾によって,被告が国家無答責の法理を放棄したとはいえない。
 したがって,原告らの主張は理由がない


 (2)除斥期間の経過について

  ア 
民法724条後段は,不法行為による損害賠償請求権は,不法行為の時から20年間を経過したときに消滅すると規定している。
 これは,被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるから,不法行為によって発生した損害賠償請求権についてのいわゆる除斥期間を定めたものと解するのが相当である(最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁)。
 したがって,本件提訴時である平成11年には,いずれも原告らが主張する加害行為が終了した時点から20年以上を経過していることは明らかであるから,仮に,原告らの主張する行為について被告の不法行為責任が成立する
としても,原告らの請求権は,民法724条後段の規定により消滅したものと解すべきである。

  イ 
原告らは,本件では,除斥期間を適用して原告らの請求を排斥することが許されない事情がある旨主張しているが,本件における原告ら主張の事実及び本件全証拠をもってしても,除斥期間の適用を妨げる事情があると認めることはできない。
 原告らが指摘する最高裁判所平成元年12月21日判決は,不法行為の被害者が,不法行為の時から20年を経過する前6か月内において当該不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において,その後当該被害者が禁治産宣告を受けたことにより後見人に就職した者が,その時から6か月内に当該不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したというきわめて限定された事実関係の下で,消滅時効の場合には民法158条の適用が可能であるにもかかわらず,除斥期間についてはそれが不可能であることによる不均衡なども考慮して,民法158条の定める期間の範囲内で権利行使をすることを例外的に認めたものである。
 したがって,被害の重大性や,政治及び社会情勢による権利主張の困難性など,不法行為の事案,権利者及び義務者に関する事情並びに除斥期問の経過に至る過程などの諸般の事情に基づいて除斥期間を適用しないとすることは,上記判決の趣旨を逸脱するものであるし,また,一定の時の経過によって法律関係を確定させるという除斥期間制度の趣旨に反するものであって,相当でないといわざるを得ない


 ウ 
また,原告らは、権利行使が可能となったのは,台湾において原告らの救済活動が開始された平成7年以降のことであるから,除斥期間の起算点も同年である旨主張するが,すでに述べたとおり,民法724条後段の趣旨は,被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解すべきであり,同条後段が除斥期間の起算点を「不法行為ノ時」としていることからすれば,事実上の権利行使が可能となった時点を起算点とする原告らの主張を採用することはできない。

  エ 
原告らは,国際法違反の行為に対する国家責任解除義務としての加害国の被害者個人に対する直接の被害回復義務があることを前提として,民法724条後段の適用が否定される旨主張しているが,すでに述べたとおり,国家責任解除義務として,直ちに加害国の被害者個人に対する直接の被害回復義務が発生するものではないから,本件について,民法の除斥期間の規定が適用されることによって,国際法上の国家責任の解除義務に影響を与えるものではない。したがって,この点に関する原告らの主張も採用することができない。

 (3)結 論

 
以上によれば,原告らの民法上の不法行為に基づく請求は理由がない。

3 国家賠償請求について

 (1)立法不作為の違法性について

  ア 
国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。
 国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのことから,国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。
そして,憲法の採用する議会制民主主義の下においては,国会議員は,多様な国民の意向をくみつつ,国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているから,議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも,国会議員の立法過程における行動で,立法行為の内容にわたる実体的側面に係るものは,これを議員各自の政治的判断に任せ,その当否は終局的に国民の自由な言論及び選挙による政治的評価に委ねることを相当とするものである。
 このように,国会議員の立法行為は,本質的に政治的なものであって,その性質上法的規制の対象になじまず,特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から,あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは,原則的には許されない。
 したがって,国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというような例外的な場合でないかぎり,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものではないと解される(最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁)。


  イ 
そして,憲法の前文及び各条項において,原告らの主張するような,被害者に対する救済立法をなすべき義務が憲法上一義的に定められていると解することはできない。
 また,国際法上の国家責任の解除の方法として,被害補償立法を行うことも一つの手段であるということはできるが,国家責任の解除の方法は多様であることからすれば,憲法の各条項の解釈によっても,一義的に被害救済に関する補償立法を行うべ作為義務があるともいえないし,そもそも,国際法上の国家責任解除の義務は,加害国が被害を受けた個人の属する国家に対して負う義務であることに照らせば,公務員が個人に対して負担する職務上の義務に違反する行為を前提とする国家賠償法が適用される余地はないとも考えられる。
 したがって,当該立法不作為をもって,国家賠償法上の違法があるとはいえない。


  ウ 
原告らは,議院内閣制の下で内閣に法案提出権が認められていることを根拠として,内閣に被害救済立法法案を提出して立法を求める義務があった旨主張するが,法案提出権を有するにすぎない内閣に対して,少なくとも,当該立法不作為につき,個々の国会議員に対する国家賠償法上の違法が認められない場合において,被害救済立法に係る法案提出義務を課する根拠はないから,原告らの主張は理由がない。

 (2)責任者不処罰の違法性について



   国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定している。


  イ 
ところが,原告らが国の公務員の義務違反の根拠として主張する国際法上の国家責任は,相手方である国家に対する国際法上の義務であって,被害者個人に対して負担する義務ではないから,仮に何らかの義務違反があったとしても,それが国家賠償法1条1項の違法に当たるとはいえない。
  ウ 
また,犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は,国家及び杜会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって,犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を直接の目的とするものではないから,被害者が捜査機関による捜査が適正を欠くことを理由として国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることは,原則として許されないと解され(最高裁判所平成2年2月20日第三小法廷判決・判例時報1380号94頁参照),この点からしても,原告らが,本件において,責任者処罰がなされていないことを理由として,被告に対し,国家賠償を求めることはできないというべきである。


 (3)結 論

 
以上によれば,原告らの国家賠償法に基づく請求は理由がない。

4 
公式謝罪請求について

 原告らは,被告に対し,「原告らに対し,公式に謝罪すること」を請求しているが,この請求の趣旨は抽象的であり,被告の作為義務の内容が具体的に明らかではないから,給付訴訟における請求の趣旨の特定を欠くものといわざるを得ない。
 したがって,原告らの謝罪請求に係る訴えは,請求の趣旨の特定を欠くものとして不適法である。



第4 結 論


 
以上によれば,原告らの請求のうち,公式謝罪請求に係る訴えは不適法であり,損害賠償請求については,わが国の国内法及び現行の国際法の下では,いずれも理由がないというべきである。
 よって,原告らの請求のうち,公式謝罪請求に係る訴えを却下し,その余の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。


 
東京地方裁判所民事第26部
            裁判長裁判官  寺尾 洋
               裁判官    平井直也 

   裁判官 花村良一は転任につき署名押印することができない。
               裁判長裁判官 寺尾 


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