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ナニボル村での調査
中央の帽子をかぶった男性がSVA市川斉スタッフ
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◆SVAスタッフが、現地調査から帰国◆
復興が大幅に遅れるなか、雨季を迎えた被災地の人びと
2001年6月18日
(社)シャンティ国際ボランティア会(SVA)は、1月26日にインド西部で発生した大地震の被災者支援活動を続けている。このほど、5月27日〜6月6日にかけて、阪神・淡路大震災の際の現地事務所責任者で北朝鮮食糧支援・台湾大地震での救援活動経験もある市川斉(地球市民事業課長)を被災地に派遣し、地震発生から4か月が経過した被災地の状況を調査し、現地のNGOとの復興事業の調整を行なった。
SVAの現地調査は、2月に続いて今回が2度め。
●SVAの被災者支援活動
SVAは、一時的な物資援助ではなく、現地の人びとが主体的に自立再建をする活動を支援している。今回のインド西部大地震では、地元のNGO、SEWA(女性日雇い労働者協会)とASAG(アーメダバード・スタディ・アクション・グループ)と協力して、被災者支援活動を続けている。
支援内容 @保育所の再建と運営の支援
A低所得者のための住宅再建
B手工芸品生産者の支援
事業総額 4200万円
支援期間 2002年5月まで
●被災地の子どもの支援 保育所の再建と運営の支援
SEWAの協力により、現在15か所(スレンドラナガル県−8か所、パタン県−7か所)の保育所の再建・修繕を進めている。
SEWAが運営するこれらの保育所は、低所得層の子どもたちの保育と給食による子どもの栄養状態の向上に寄与してきた。今回の地震でほとんどが全半壊の被害があったにもかかわらず、その翌日にはテントや保母の家の軒下でサービスを再開したといい、被災者のニーズも高い。
●耐震性のある低コスト住宅の再建 低所得者のための住宅再建
ASAGの協力により、ドルカ郡ナニボル村(アーメダバード市の南西)で、低コスト住宅62棟の建設、34棟の修繕を行なっている。最初に村の全戸(360戸)の住宅実態調査を行い、被害がひどい、低所得者の住宅から再建を開始した。
ナニボル村の人口は約1,600人で、「指定カースト」と呼ばれている人びとは、その1割に上る。ASAGは、これらの人びとが優先的に住宅を再建・修繕ができるよう調整している。
州政府の支援は、もっとも被害がひどかったカッチ県に集中していて、アーメダバード県にあるこの村は支援から取り残されていた。しかし、ASAGと村が州政府と交渉した結果、レンガや耐震性強化のために必要な鉄芯などの現物供与を勝ち取ることができた。
●被災女性の生活を再建するための刺しゅう募金 手工芸品生産者の支援
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仕上がってきた手工芸品のチェックをするSEWAラダンプル事務所の女性たち
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今回の現地調査で、ほとんどの被災者がいまだに避難生活を強いられていることが明らかになった。本格的な雨季を前に、住宅の再建はほとんど進んでいない。
SVAは、被災した人びとの生活再建の一環として、刺しゅう職人支援キャンペーンも行なっている。グジャラート州は、独特の美しい刺しゅうや手織物の職人として生計を立てている女性が多い。SVAは、SEWAを通して発注した手工芸品を買い取ることで、女性たちに必要な仕事を提供する。
雨季にテントで不自由な暮らしをする被災者の状況を考えると、手工芸品の完成までには相当な時間がかかることが予想される。そこで、買い取った手工芸品は販売するのではなく、募金をいただいた方(3000円以上)に記念品としてお送りする。
◆被災地の人びととともに復興に取り組む、SVAの支援活動にご協力ください◆
(募金は7月末まで)。
郵便振替口座 00170−8−0397994
加入者名 SVA緊急救援募金
* 通信欄に「刺しゅう募金」と記入のこと
阪神・淡路大震災、トルコ・台湾大地震などの救援活動の経験から、SVAは災害直後の物資配布だけではなく、被災者の一日も早い生活再建、復興のための支援が大切だと考えている。
日本では、日が経つにつれて被災地の様子は報道されなくなり、一般の関心も薄れていくようにみえるが、家族との死別や家の喪失など、大きな打撃を受けた被災地の人びとにとっては、これからが正念場といえる。
<現地調査報告から>
◎いまだにテント生活が続く被災者(バチャウ市)
バチャウ市(アーメダバード市から西に約350キロ)は全壊率90%以上で、ブージ市と並んでもっとも被害がひどかった町だ。人口6万人あまりのうち、約1万人が亡くなったといわれている。未だに道路には瓦礫撤去のためのトラックが何台も行き交っていた。両側に立ち並ぶ店舗はすべて仮設。
途中、屋台で飲み物を販売しているヴィルジさんに話を聞いた。子ども5人を含む9人の家族が全員無事だったことを「経営していた店も自宅も全壊なのに、奇跡的だ」と語ってくれた。家の再建の目途は立っていないという。この間、州政府からは2,600ルピー(約760円)が支給された。
州政府は全壊率70%以上だと町ごとの移転を勧めるのでこの町も移転の対象だが、具体的な青写真もない。ヴィルジさんは、やはりこの町に住みたいとう。
◎再建されたのはわずか2軒(アジツゥガド村)
スレンドラナガル県のアジツゥガド村(アーメダバード市から西に車で2時間)の人口は、1,200人。400軒のうち220軒が全壊したが、幸運にも死者はなかった。しかし、再建された家は2軒のみ。「政府との契約が思うように進んでいないからですよ」と現地で通訳を務めてくれたカラナさんは答えてくれた。被災した村の再建に必要な、村と州政府とNGOの連携が十分でないという。
日本では、被災者は避難所→仮設住宅→恒久住宅と住まいを変えるが、インドでは、テント→恒久住宅というのが一般的である。6月からは3か月続く雨季に入り、サイクロンも多発する。テント暮らしを強いられる被災者に雨季はどうするのかと尋ねると、「さあ、空しか知らないよ」と半ばあきらめ顔。サイクロンが来たときには、皆で抱き合って飛ばされないようにするという仕草を見せる女性たちもいた。