映画紹介
不条理、暴力とリンチ、過酷かつ残酷、そしてばかばかしくて滑稽
95歳の映画監督新藤兼人さんが自らの戦争体験を語る
陸に上った軍艦
オカニアガッタグンカン
◎原作・証言・脚本:新藤兼人
◎監督:山本保博
◎製作:平形則安

 あるひとりの兵が、前線に出発する前、妻からきた葉書を新藤さんに見せてくれた。今でも忘れることが出来ないと、新藤さんは言う。「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないでは、何の風情もありません」と書かれていた。「その人は、奥さんにとっては、もう最大の人なんですね。どんな偉い人よりも、どんな権力のある人よりも、うちの亭主が大事。そういう大事な人を待っている。しかし、その人は、マニラへ行って死んでしまったというような現実がある。」「残った妻の人生も破壊されるし、もう何もかも破壊されるような大きなことがその個人には、起きているんだけれども、つまり大局から見れば、何か戦略的にひとりの兵が死んだということなんですね。戦争とは、要するにそういうものなんだ。」妻にとって、子にとって、そして母にとってかけがえなのない「あなた」がたくさん死んでいった。

 映画には、妻に会いたくて会いたくて、どうしようもない兵が出てくる。妻への愛が、軍隊生活を貫いている。戦争のなかで、変わらない人間の姿がある。新藤さんとともに召集された兵は100名、うち90名を越える方が亡くなったという。新藤さんは、幸運にも生き残った。

 かつて、戦争の時代には、ムリヤリ軍隊に入れられ、不条理な暴力にさらされ、ばかばかしい訓練を強いられた一兵卒の1人として新藤さんの経験を映画にした実話である。多くの戦記読物があるが、弱兵の記録はない。なぜなら、彼らは穴を掘り、殴られ、雑役に追い回されただけだからだ。そんなみじめな戦記を誰が書くか。思い出したくないのだ、戦争そのものを。

 帝国海軍二等水兵として呉海兵団に入隊した新藤さん。彼には過酷な軍隊生活が待っていた。「お前達はクズだ。兵隊ではない。クズを兵隊にしてやるんだ。」それまで一人前の社会人として仕事をしてきた者たちが、 18歳の兵長にビンタをくらわされ、殴られる。
ある日、兵器庫から鉄兜が紛失する事件が起きた。犯人を探して果てしなく続く拷問。強要された兵士の自白で、事件はようやく、“解決”する。

 土のこぼれ落ちる粗末な防空壕で、ただひたすらB29の空襲を耐えた時のことを、新藤さんはこう語った。「しゅるしゅるという爆弾の空気を引き裂く音が拡大し、嗚呼、終わりかと思う瞬間、何を拠りどころとし、何にしがみついたらいいのかと思った。天皇陛下万歳もふさわしくなかった、お母さんと叫ぶのも作り事に思われた。・・・結局、あーっと息をつめるより他なかった。」

 天皇制軍隊に入ると絶対服従とリンチが日常生活となる。言論の自由はおろか、個人の尊厳は尊重されず、自由行動は許されない。男女の性愛も許可が必要となる。反抗を許さず、ひたすら殴る。不条理を無条件で受け入れさせる。こうして人格が変えられていく。上官の命令を絶対服従で受け入れることで、天皇制軍隊の兵隊となっていく。精神注入と称して、特大バットで尻が紫色になるまで殴られる。甲板掃除の訓練は、想像以上のつらさでゲロを吐いても許されない。上官に敬礼しなければ、何度も殴られる。飛行訓練は2人一組で行う最悪のリンチだが、映像を見なければ何のことか分からないだろう。

 ばかばかしい訓練。木造の戦車を人力で引き、戦車へ爆弾に見立てた木片を投げる。日本刀での切り込みの訓練では、靴を逆さまに履き、足跡を偽装しながら敵に接近する。
 歴史は同じことを繰り返さない。この映画で描かれていることの全てが将来の戦争で再現されることはないだろう。現代の戦争では、コンピュータゲームのように人を殺すことが出来る。コンピュータゲームで人を殺す訓練をしている。人を殺すのに抵抗が少なくなっている。軍隊内で発言や行動の自由は尊重されるだろうか。もちろん、それは否だろう。今日においても、戦争は基本的人権を尊重していては行うことは出来ない。上官の命令に逆らえるか、それも否。人を殺すことを拒否できるか。それも否。人を殺すのが軍隊だからだ。
 精密誘導兵器と物量を大規模に投入した今日のイラク戦争・占領の実態が、現代の戦争の残虐さ、過酷さを十二分に物語っている。

 今の自分が、戦争の時代を生きることになったら、どう感じるだろうか?不条理を強制され逆らうこともできない、とはどういうことか、映画を見て疑似体験して欲しい。

(2007.8.16 大阪 T)

※陸に上った軍艦 公式サイト
http://www.oka-gun.com/
※大阪では九条のシネ・ヌーヴォで9/21まで断続して上映中。
http://www.cinenouveau.com/cinemalib2007/shindou_kaneto/okagun.htm