駐韓米軍基地をめぐって その1 駐韓米軍基地をめぐって その2 駐韓米軍基地をめぐって その3 駐韓米軍基地をめぐって その4 戦争を止めよう!平和を運ぼう!全国リレー行動が韓国へ 「平和宣言文」 (統一連帯 女性委員会 全女農、反米女性会、自主女性会、民主労働党女性委員会、全女大協)
地雷で人が亡くなる。米軍車両が上から落ちてくる。ヘリの低空飛行で家が壊される。生活路が米軍戦車に占拠される。町の人々が殴られ殺される。・・・「これは今の事? 今起こっていることなのですか?」と、何度尋ねたことだろう。 今年2月、イ・ヨンナムさんと出会い、彼のホームページを見せてもらった。次々に出てくる写真に驚いた。ぶっきらぼうに説明をするイ・ヨンナムさんだったが、彼の話に衝撃を受けた。「こんなことが起こっていいのだろうか。」「基地問題に携わる私たちが知らなくていいのだろうか。」是非とも現場を観たいと思い続けてきた。 8月14日に念願がかなった。イヨンナムさんが坡州を案内してくださった。4つの米軍基地と1つの演習場と、そして2人の少女が米軍装甲車によってひき殺された現場に行った。案内をしていただいて坡州全体が米軍演習場になっていることがよくわかった。米軍による被害は日常茶飯事であり、轢殺事件も偶発的なものではなく、米軍が演習を繰り返す中で起こるべくして起こった事件であったことも実感できた。
第二歩兵師団の14000人という数は、米正規師団の戦時基準人員12000を大きく上回っている。米第一歩兵師団がドイツに配備されていたことも合わせて考えると、この歩兵師団は冷戦の遺物といえるかもしれない。なくてもいい“遺物”が朝鮮半島に居座り続けているのは「世界で唯一分断され続けている国」だからなのかもしれない。 この米第二歩兵師団キャンプ・ハウズ所属の米軍装甲車が2人の女子中学生を轢殺した。キャンプ・ハウズでは凄惨な事故を相次いで起こしている。01年7月19日高圧電線によってチョン・トンノクさんが両手両足を切断するという事件が起こった。キャンプ・ハウズから他の基地に向けて「日本では考えられないような危険な」2万2800ボルトの高圧電線が安全対策をまったくとらずにむき出しのまま住民の頭上を走っているためだ。チョン・トンノクさんは女子中学生が亡くなる2週間前に亡くなった。他にも米軍車両との交通事故が数多くある。「米軍の上官が来るまで現状維持」によって被害者を1時間、2時間と放置し、見殺しにしてしまったこともある。「こうなるとこれは事故ではなく殺人事件だ。」
キャンプ・ジャイアントの前には川がある。この川はよく氾濫するそうだ。土手を改修したいのだが米軍の往来に支障があるということで改修許可がでない。そのため街がひどい洪水に襲われる。全てが米軍優先。韓国の人々の命や生活を守ることよりも米軍の都合が押し通される。 一般道をバスで走っていただけなのに私たちは演習のど真ん中に入り込んでしまった。武建里演習場だ。道路の両側で砂煙をもうもうとあげて戦車が走っている。どの戦車も黄色か青の旗をかかげていたので、敵・味方に分かれての演習なのだろう。目の前で戦車が勢いよく走っている事態にとにかく驚いた。「本格的な演習」が始まると道路は封鎖されるそうだ。子どもたちは5分で行ける学校にも1時間かけて行くようになるという。生活に大きな支障が出る。しかし、今目の前で戦車が走り回っているのがまだ「本格的な演習」でないとするのなら、道路を封鎖しての「本格的な演習」とは一体どのようなものなのだろうか。それはまさに戦争そのものなのではないだろうか。この武建里演習場は1000万坪もある。かつては学校や家屋があった村だったが、強制接収されてしまった。米軍は今この武建里演習場をさらに500万坪拡張しようとしている。住民たちは今必死に抵抗している。
「米軍にとっては移動も演習なのだ」とイヨンナムさんは強調されていた。坡州には10カ所も演習場(基地も含めてのことだろうか?)があるそうだ。基地−演習場、演習場−演習場、基地−基地、これらを結ぶ全ての道路と地域が、ようするに坡州全体が演習地になっているのだ。2人の少女が亡くなった時もそうだが、米軍の移動はただ単なる場所移動だけではない。「南進」「北進」に分かれて戦争を想定して動く。「戦車なんかトラックに積んで演習地に持っていけばいいのにそれをしない」とイヨンナムさんは怒る。米軍は坡州を戦場にしてしまっている。 坡州、特にイムジン川の近くには、北朝鮮を古里にもつ人々が多く住むという。朝鮮戦争で故郷に帰りたくて帰れなかった人々が、イムジン川のほとりで田や畑をつくりながらいつか帰れることを信じて生活していたという。そんな人々が必死になって耕した田畑も米軍はとりあげ基地や演習場にしてしまった。さらに拡張しようというのだから許せない。 沖縄では黙認耕作地というが、韓国では容認耕作地とでもいうのだろうか。基地や演習場で取り上げられた自分の田畑を耕すために、韓国では米軍に耕作料を払うのだそうだ。地主に対して韓米政府は土地の借地料を払っていない。土地を取り上げて、借地料を一切払わず、でも耕作料はとる。ひどい話だ。 ひどい話はまだある。休戦ライン付近に米軍は地雷を埋めている。民間地にも地雷を埋めている。自分たちは地雷を埋めた場所を知っているが、そのことを韓国政府には教えない。もちろん普段往来している人々にも教えない。そのため地雷で亡くなる人がいる。2年前にも山に入った人が亡くなった。13人も地雷の犠牲になった村もあるそうだ。休戦地帯を通るとドクロのマークがいくつもある。地雷が埋められている地域を示す。恐ろしいマークだ。 米軍基地と演習さえなければ、坡州は、緑と水の豊かな美しいところだ。滝があり、渡り鳥が飛び交い、心和むところだ。そのような所が、日米両政府がつくりだす「朝鮮半島の危機」によって、「戦場」にされ数々の被害を被っている。「日本が軍国主義を歩み、朝鮮半島の危機を煽れば、僕のまち坡州はすぐに影響を受ける」というイヨンナムさんの言葉がいつまでも心に残る。韓国・坡州で起こっていることは日本と無関係のことではなく、実は日本に起因することだった。(キャンプ・ハウズの後、キャンプ・エドワード、ジャイアント、キャリーオーエンを回った。それぞれの基地についての報告は別途したい。) 基地のゲート前には、小さいが「基地村」がある。買春も横行し、米兵による事件も後を絶たないという。 今、基地周辺のフェンスはビニールシートで覆いをされていて、基地内が観られないようになっている。また、登れないようにされているフェンスの上にさらに螺旋状のに巻いた有刺鉄線を張り巡らしている。基地進入を防ぐためのものなのだというが、基地がいかに韓国の人々から嫌われている存在であるのかを米軍自ら示しているように思えた。
今回の駐韓米軍基地めぐりでの収穫の一つは、地図と現場で場所確認をできたことである。韓国では、米軍基地を地図上に記してはいない。軍事機密にかかわるという理由からだ。だからこれまで日本でどんなに資料を探しても、沖縄のような詳細な図というものは見つからなかった。今回は韓国の道路地図を持ち込んで、基地巡りをした。93カ所はあるという駐韓米軍基地のほんのわずかではあるが、地図上に基地を示すことができた。 梅香里。ここもこれまではなんとなくこの辺にあるのだろうということしかわからなかったが、今回地図上にはっきり「梅香里」を見つけ、そして現地で位置関係を確認できた。長年知りたかったことなのでとてもうれしかった。 昨年は、小高い丘からノン島をみた。米戦闘機が獲物をねらう鷲のようにノン島を爆撃していた。不気味な光景だった。 今年は土曜日に訪れたので、爆撃はなく(米軍は土日はきちんと休みをとる)浜辺からノン島をみることができた。はじめはノン島と足下にある砲弾ばかり見ていたのだが、ふとノン島の後ろを航行する船に目がむき、さらにその背後に見える町を注視した。近い。湾をはさんで梅香里の対岸にあたる町は近いように思えた。そして梅香里と対岸の間を輸送船や艦船が往来しているのに驚いた。平日もきっと船は湾を航行しているだろう。そのすぐ横で米軍機は爆撃をしているのだ。梅香里はもちろん危険だが、その周辺地域も日常的に危険にさらされていることに気がついた。 地図でノン島と周辺の位置を確認する。ノン島を中心に同心円を描いてみる。梅香里は、ノン島から1〜1.5km。3kmではノン島の北東に位置する雨汀(ujeong)面の海岸と牙山(asnman)湾の真ん中に至る。6kmではノン島の南西にある唐津(dangjin)郡の海岸になる。そして9kmでは、梅香里の対岸にあたる西新(seosin)面の海岸に当たる。 戦闘機からみるとどのように見えるのだろうか。ノン島が中心となった同心円の「的」ができあがるのではないだろうか。当然であるが陸地や湾の真ん中に砲撃すれば「ハズレ」、ノン島に砲撃できれば「アタリ」のような感覚ではないのだろうか。もっともこのような大きな同心円を「的」にするような砲撃はしないはずだ。駐韓米軍はノン島から半径2.4kmの沿岸海域とさらにその周辺を徴発し約22,8?をクーニー海上爆撃場にしている。だから実際はノン島にもっと近づいて射爆場内で爆撃するのだろう。しかし、「万が一」ということはいくらでもありうる。そんな危険な状態に梅香里だけではなく、周辺地域すべてがおかれているのである。 沖縄の空軍訓練水域と比較してみる。伊江島では半径2海里(1海里=1852m≒約2km)の円弧と陸岸に囲まれた中が、劣化ウラン弾投下で問題になった鳥島射爆撃場は半径3海里(約6km)の円内が訓練水域とされている。それぞれ空対地射爆訓練が行われている。一応この訓練水域内に人々が住む町はない。 訓練水域を定めてあっても沖縄の人々は常に危険にさらされている。伊江島では、パラシュート降下訓練中、訓練域をはずれた兵士や物資が民間地域に落下する事故が繰り返し起こっている。海でも船の50m先に物資が空からふってきて水柱が3〜5mあがるというような事件が起こっている。また、米軍の「秘密主義」のため、訓練通告が前日や直前であることも多々ある。具体的な訓練内容を県民が知ることはほとんどない。沖縄周辺には29カ所も訓練水域があり、民間漁船や輸送船は常に危険海域を航行していることになる。だから、訓練水域を定めているといっても、沖縄の人々の安全にとっては何の役にも立ってはいない。ただ単に米軍の訓練を保障しているだけである。 そのような訓練水域の中に梅香里はもちろん多くの町がすっぽり入っているというのが韓国の現状だ。深刻な事態だ。ここでやはり一つの言葉を思い出す。「クーニー射撃場を米軍が手放さないのは住民がいてより実戦的だからだ。」−−このことは梅香里のことだけだと思ってきたが、実際は、周辺地域も含めて言えることなのではないだろうか。梅香里の問題は梅香里だけの問題ではなく、もっと広い地域の問題になることだと思った。 今回は浜辺を歩いた。子どもたちが貝をとってはうれしそうにしていた。ノン島の方まで貝を取りに行く大人たちの姿が遠くに見えた。浜辺から海に向かう足跡が一列に続いていた。ゆったりとしたのどかな風景である。しばらく浜辺を歩くと、すぐ目の前に砲弾がごろごろころがっていた。大人一人分ぐらいありそうな砲弾から、小さな弾頭まで様々なものがたくさんあった。今は静かな海だが、月曜日がくると、再び地面が揺れるぐらい砲弾が降り注ぐのであろう。
アメリカは、世界に駐留する米軍の整理統合・再配置を進めている。韓国では、平澤(ピョンテック)〜烏山(オサン)にエア・ハブ、大邱〜釜山にシー・ハブ、坡州〜議政府〜東豆川に訓練センターに統合していくつもりだ。平澤では、烏山空軍基地(烏山という名の基地だが烏山市にはなく平澤市にある)周辺の田畑100万坪を接収し駐韓米軍司令部の関連施設を移設する。現在200万坪の烏山空軍基地は1.5倍にも拡張されることになる。さらに平澤市南部のキャンプ・ハンフリーでは、周辺400万坪を接収し米8軍司令部と第2師団を移設・配置する予定だ。平澤市は既存の空軍に加え、陸軍と司令部も駐屯することになり、駐韓米軍基地と兵士が集中する「軍事都市」に大きく変わってしまいそうだ。 もちろん平澤市民は黙っていない。「米軍基地拡張反対対策委員会」を結成し反対運動を広げている。沖縄の一坪反戦地主運動に学んで、接収予定の田を605人で共同所有した。また米軍基地に移転に対する賛成・反対投票の実施を要求する条例制定運動も立ち上げようとしている。これは名護の市民投票からヒントを得たものなのではないだろうか。10/31は平澤市内で大規模な集会を予定している。龍山基地を送り出す側になってしまったソウル市民も、「龍山基地のために他の地域を犠牲を強要してはならない」と「移設ではなく返還」「駐韓米軍の大幅削減」を主張し運動を進めている。 駐韓米軍は、99年末に立案した「連合土地管理計画(LPP)」をもとに基地の統廃合計画を進めてきた。当初は、朝鮮戦争直後に作られ40〜50年経っている老朽化した基地と使用頻度の少ない演習場を統廃合し、維持管理負担の軽減と周辺住民の反発軽減を目的として4000万坪を「返還」して、新たに75万坪を接収予定だった。(4000万坪といっても100万坪が15カ所の基地、3900万坪は演習場でこの演習場も「返還」後韓国軍の管理となるが米軍も共同使用するというまやかし。)2002年3月に韓米でこのLPPに合意・調印し、2011年までの「返還」を目指した。 ところが、2003年2月、イラク戦争直前のラムズフェルドの演説でがらっと変わった。龍山基地の移設は急ピッチで進められている。年末までに移設計画の確定、04年に土地の収用、3〜4年以内に移設というスピードである。報道の中には「9、10月日程確定」「早ければ10月から移転開始」「06年までに移転(終了)」というものもある。この移設日程に、アメリカの強い意志を感じる。 アメリカは、駐韓米軍の役割を朝鮮半島に限らず東アジア全域での米軍戦略に役立つものへと変えようとしている。基地を新増設するための新たな土地接収は平澤だけで500万坪と大幅に増やし機能的な基地を造ろうとしている。アフガニスタン、イラク戦争の経験から、駐韓米軍の戦略を中長期的に強化するためだ。龍山基地の移設はその端緒である。 現在の駐韓米軍は、冷戦の遺物ともいえるもので、ラムズフェルド国防長官に言わせると「柔軟性のない、あるいは他の方面に使えない存在」であり「時代遅れの兵力配置」となっている。また「小さな基地があちこちに分散し、効率的でもない」そうだ。その駐韓米軍が迅速に自由に行動できるように基地の再配置を行う。まず、米軍司令部が集中している龍山基地をソウルから南に移す。休戦ラインから48kmのソウルにいれば攻撃されやすく「危険」なので、一歩引いたところから指揮をとりやすくする。次に、空軍拠点、海軍拠点(兵站拠点)をつくる。平澤・烏山をエア・ハブに、大邱・釜山をシー・ハブにする。漢江以北(現在の坡州・議政府・東豆川)に連合訓練センターをおき米兵を6ヶ月交代で演習させる。他に群山空軍基地と国連司令部などを龍山基地に残す。このようにして駐韓米軍を2つの中心軸と3地域基地体制にまとめていく。 また米軍は、今後4年間で150億ドルを投入し戦力増強も行う。最新迅速機動旅団(ストライカー部隊)の一部部隊を配置。1個重武装旅団装備の海上配置。AH64Aヘリ部隊をAH64D“アパッチ・ロングボウ”に性能改良。精密誘導爆弾の大量配置。最新のパトリオットミサイルの配置(9月に終了)。偵察や攻撃用の無人航空機の配置。「戦力増強の規模は極めて大きいだけでなく、一気に(計画を)公開するのも異例のことから注目されている」という。アメリカは戦力増強も本気らしい。 韓国軍に対しては、国防費の増額を催促している。独立国家の予算編成までに口を出すとは、アメリカは一体韓国をなんだと思っているのだろうか。アメリカは移設費用を韓国に負担させる。すでに平澤の土地接収のために3400億Wが国防予算の中に計上されている。国防予算は前年比34%も増加している。さらにアメリカは韓国軍に駐韓米軍の一部役割を肩代わりさせる。非武装地帯の境界での任務を04〜05年に完全委譲。有事時の後方地域化学兵器汚染の除去と地雷散布作戦、海上進入部隊の阻止、捜索と救助など10ある米軍の特定任務のうち9つの任務を韓国軍に委譲する。平時の指揮権が韓国に返還されたとはいえ、韓国軍はますます米軍指揮下に入ってしまうことになる。 龍山基地移設について、米軍の主張を聞いていると、「軍隊は住民を守らない」「基地あるところに戦争がやってくる」という沖縄戦の教訓を思い出す。ソウルは危険だから南方に下がるという発想自体、「韓国国民を守るためにやってきた」という米軍のこれまでの主張が方便だったということがよくわかる。平澤の人々も「ソウルから南下しても米軍基地が攻撃されることはあるだろう。そうしたら平澤は火の海だ」と言われていた。米軍基地が戦禍を招く。駐韓米軍基地の再編は、韓国の人々にとっても危険なものである。 「龍山基地の移転は韓国国民の要求を米国が受け入れた」「未来にむけた韓米同盟発展のために」と、反基地闘争の象徴的存在である龍山基地を「返還」し、それを口実に基地の再編成を行い新たな基地を手に入れる。移設費用は韓国負担(米軍の子どもたちの課外費が増加した場合や基地内営業所に損失が発生した時も韓国政府が負担するというから驚く)。新基地建設も韓国負担。韓米首脳の共同宣言により同盟関係強化が確認され、韓国軍の役割が一気に増える。などなど、龍山基地を普天間基地に、韓国を日本・沖縄に置き換えたらSACOと全く同じ話である。アメリカは、韓国の人々、沖縄の人々の切実な願い、血のにじむような闘いを全て逆手にとって、自国軍に都合のいいように、戦争のための基地を再編成していく。全く許し難いことだ。 駐韓米軍基地の再編成が実行されれば、在沖米軍基地、在日米軍基地にも即影響があるだろう。在沖・在日米軍基地も断片的ではあるが部隊の移動、戦闘機の移駐など動きがある。今後もしっかりと監視していきたい。 米軍基地拡張反対平澤対策委員会代表が言われるように「駐韓米軍の再配置計画は朝鮮半島の戦争と直結する計画である。」再配置と共に行われる全てのことが朝鮮民主主義人民共和国への挑発行為、戦争行為につながっている。朝鮮半島の危機へとつながっている。基地の再配置に移設・新増設に対する運動はこれからとても重要になる。特に平澤は、韓国での基地の再配置に対抗する最前線になる。 日本では、沖縄・名護だ。今、私たちが沖縄のSACOを批判し、私たちの税金で新たな基地を造らせない運動を広げることが大切である。それは、名護の新基地建設をやめさせることはもちろん、韓国の基地再編に歯止めをかけることにつながるはずだ。平澤、韓国の運動と共に、基地の新増設に反対していきたい。
平澤市にある烏山(オサン)基地(米軍HPより)−写真上方と右側に拡張するようになる。
ソウル特別市を見渡せる南山展望台に登った。展望台から北を眺めると、大統領府青瓦台がみえる。南側を向くと漢江と高層マンションと「緑地帯」が見える。「緑地帯」の周辺は民家がひしめいている。高層マンションは川と「緑地帯」の隙間に窮屈そうに建っている。周辺の住宅地に比べるとこの「緑地帯」の中はとてもゆったりとしている。よく観察すると、木々の間に同じような茶色い建物がいくつもある。ちょっと広いところに緑色の車両がずらっと並んでいる。他の地域と比べても緑多い所が龍山基地だ。ここが基地と思わずにぼんやり眺めているとたぶんわからないだろう。 この龍山基地は、韓国民に対して睨みをきかすかのうように青瓦台の真っ正面を陣取っている。龍山基地の北側“メイン・ポスト”には駐韓米軍司令部、第8軍司令部、韓米連合司令部など駐韓米軍の中枢が集中している。南側の“サウス・ポスト”には宿舎、学校、病院、スポーツクラブ、娯楽施設などがある。龍山基地はおよそ100万坪あり、ソウルの中心街を占拠し、都市の発展を阻害していて、80年代から問題にされ続けてきた。今、アメリカはこの基地を平澤に移転しようとしている。 ![]() 1980年代、光州事件が起こり反米の声が韓国全土に広がった時、龍山基地の移転交渉も韓米間で行われた。しかし、「返還」ではなく移設であったこと、移設費用は韓国政府の負担でその額も交渉のたびに膨れあがっていったこと、移設先であった平澤で反対運動が起こったことなどもあって、龍山基地の移設問題は白紙となった。たぶんこの時、米軍は真剣に移設させるつもりはなかったのだろう。 しかし、今は違う。人口密度の高いソウルでは基地と住宅地は密着せざるをえなくなり、都市の発展を阻害するもの、環境に悪影響を与えるものとして多くの人に認識されるようになった。基地周辺の高さ制限(現在45m、02年まで12mだった)も、道路の迂回も「仕方がないこと」ではなく、「改善しなければならない課題」であり社会問題として幅広く取り組まれるようになってきた。そして、昨年の6・13事件以降、反米意識は高まり、目の前にある巨大な龍山基地は韓国とアメリカの関係を象徴するものとして、韓国の人々に意識され、批判されるようになった。そして、米軍にとって常に住民に監視され苦情を言われる居心地の悪い場所となった。 龍山基地返還運動は90年代にも繰り返し行われたが、「散発的なもの」であり「契機性と一時性を克服できなかった」という。「基地返還運動は地域住民の共感と支持を受けなければ難しい」からだ。しかし、今は運動のあり方も違う。昨年の6・13以降『龍山を愛する市民の会』が結成され、龍山地区を6つに分けて支部をつくり、250名もの会員が組織されている。基地の問題と共に地域の問題にも取り組み、生活全般から基地を見直そうと地道な活動を行っている。基地の移設ではなく返還を平澤市民と共に闘いとうろうと活動している。 ソウル中心地を陣取る龍山基地がどのように返還されていくか。これは今後の反 基地闘争、反米闘争に大きな影響を与えるものになる。注目していきたい。
今年2月2日からスタートした“戦争を止めよう!平和を運ぼう!全国リレー”行動を韓国で行うことができた。 8月13〜17日で韓国ツアーを実施したのだが、その時に、「集会などに使えるから」というアドバイスがあって、全国リレー行動の横幕を持参した。それを8月16日朝9時からの「女性集会」で広げることができた。 8月15日は光復節で祝日。15日は4時から解放を記念し、反戦平和と統一を願う集会が行われた。集会はいつものことだが延々9時すぎまで続いた。この日は、アメリカ大使館前での機動隊とデモ隊のにらみ合いを早々に打ち切って、集会参加者は慶熙(キョンヒ)大学に向かった。慶熙大学では夜を徹して集会が行われた。その徹夜組が大学で朝から再び(三度)集会を行っているのだからたいしたもんだ。女性集会が一番最初に行われたが、すぐそばで労働者や学生たちがそれぞれまとまって座りこんでいたのだから続けて集会をするのだろう。 土曜日の朝ということもあり仕事に行く人も多く「集会参加者は少なくて」と韓国の方が申し訳なさそうに言われていたが、徹夜明けで、土曜日の朝に100人近く集まっているのだから、驚きである。 この集会で日本から来たということでアピールさせていただいた。有事法制に反対してきたこと、日本で朝鮮バッシングがひどくそれに何とか抵抗したいこと、沖縄や日本の基地と同様に駐韓米軍基地についても韓国の人々と共に反対していきたいことなどを話すと、要所要所で拍手をくださった。アピールの最後に、全国リレー行動の横幕にメッセージを書いてくださいとお願いした。 ![]() 全国リレーの横幕に30以上のメッセージを書いてもらった。私たちも彼女らの統一旗にメッセージを書いた。 横幕を集会の後ろに置いていたら、韓国の女性たちが次々にやってきてメッセージを書いてくださった。身振り手振りと漢字、片言の英語等々使えるものは全て使って交流?した。“戦争を止めよう!平和を運ぼう!”という気持はどうにか伝わったと思う。一人の女性は、朝鮮でとってきた写真だと言って、美しい白頭山の写真をくださった。いつか自由に行き来したい、戦争を阻止しこの美しい自然も守りたいという思いを抱いていらっしゃるのだろう。ここに集ったみなさんと共に朝鮮半島の戦争を止め平和を造るために努力していきたいと思う。全国リレーの横幕を韓国の女性集会に持って来ることができてよかった。 さて、たくさん書いていただいたメッセージだが、困ったことに読めない。必ず訳してもらって、リレー行動のHPに載せていきたい。集会に参加された女性たちの考えは、平和宣言文によく表れている。この宣言文は韓国に一緒に行った在日の方に訳していただいた。日本のみなさんに是非とも読んで頂きたい宣言文だ。
韓国の女性たちにメッセージをたくさん書いてもらった横幕を持って、11時からは龍山基地前の集会に参加した。ここは集会参加者よりも機動隊の方が多いのではないかと思うぐらい、基地周辺を機動隊が何列にもなって立っていた。機動隊車両(バスみたいな車)も龍山基地の壁に沿って、隙間をあけないように縦列で止めていた。ずらっと並んだ機動隊員に横幕をみせながら集会に参加した。横幕を目立つところに置きたくて機動隊車両に結びつけた(これが誰にもとがめられないから、驚きである)。集会は、はじめ歩道と道路1車線を占拠していたが、人数が多くなるにつれて、道路をどんどん人がふさぎ、最後には4車線ある道路を3車線まで占拠したのではないだろうか。 次の予定のため集会はほんのわずかしか参加できなかった。ツアー参加者で横幕を持って歩いて、小さなデモを行った。反対方向から集会に参加するためにやってきた隊列と互いに手を振り、拍手で挨拶した。この小さなデモにテレビカメラが追ってくるからおもしろかった。そしてこの小さなデモ隊が陸橋から集会を見ている米兵たちに対して小さなシュプレキコールをした。
“戦争を止めよう!平和を運ぼう全国リレー”を韓国でも行うことは開始当初からの願いであった。2月から始め、25カ所で行われたリレー行動を韓国の地で締めくくることができたので、とてもうれしかった。次は、基地の新増設反対に向けて、取り組んでいきたいものだ。
「やんばる・ヤマトだより」(基地と戦争のない社会を目指して 中條佐和子)より
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