[投稿]韓国:新自由主義から民衆の命を守る闘い
米国産牛肉輸入反対闘争、米韓大統領合意を覆す


市庁前広場から世宗路にかけて、いつ果てるとも知れない大群集の蝋燭デモが続く。10日午後9時ごろ(写真:『民主労総』HP)
 韓国では、2カ月以上に渡って民衆の示威行動が続いている。「BSEの疑念が晴れない米国産牛肉の輸入再開」に反対する闘いである。それは6月10日に頂点に達し、首都で70万、全国で百数十万の民衆が、街頭行動を展開した。文字通り、韓国全土を揺り動かす空前絶後の闘いであった。リベラル派新聞『ハンギョレ』が、「48年前の4・19を思い出させる」と形容した(6月1日付同紙社説[注1])ように、圧倒的民衆の怒りが、李明博大統領に集中し、人々は「青瓦台(大統領府)へ行こう!」と叫んだ。48年前、時の独裁者であった李承晩大統領の打倒を叫んで学生たちが青瓦台を目指したときの雰囲気と似たものを『ハンギョレ』は感じ取ったのだ。
[注1] http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/290970.html

6月2日、政府は急遽、既に印刷を終えていた輸入牛肉再開に関する官報を回収し、米国産牛肉の輸入再開の一時延期を発表した。米国産牛肉の輸入再開は、さる4月の李明博大統領訪米の手土産として急ぎ韓米間で取りまとめられたもので、首脳会談によって最終的に合意されたものであった。首脳間の合意が、一時的にせよ実施延期に追い込まれたのは、韓米間の歴史にほとんど例がない。それほどに、闘いのマグニチュードが巨大であったのだ。

中高生の署名運動から始まった闘い

 今回の闘いは、中高生のまったく自発的な署名運動から始まった。4月19日の韓米首脳会談で、米国産牛肉の輸入解禁が合意されたことが発表されると、中高生の間で「食」に対する不安感が急拡大していった。韓米首脳会談以後、米国産牛肉に対する恐怖感がこのネット社会を覆い始め、中高生たちが、「米牛肉拙速交渉無効化特別法制定要求」の署名運動を開始した。そして自分たちの訴えを大人たちにも伝えようということで、「蝋燭を持って○○に集まろう」というメッセージがネット上に登場し、実際それが全国各地での中高生の様々な規模の蝋燭集会を実現していく。ソウル清渓(Chonge)広場で行われた5月2日の最初の集会には、5千名近い中高生が参加した。彼らの行動に最初に反応したのは、小中学生を持つ若い母親たちであった。彼女たちは、「給食が危ない」と感じ取ったのである。家庭で食べる分には、少し高くても国産牛を買えばよい。しかし給食は真っ先に米国産牛肉を使用するだろう・・・。彼女たちも蝋燭を持って集会に参加するようになった。彼女たちは夫にも働きかけ、休日には家族揃って集会に参加するようになる。

労働組合や大学生は後追い

 韓国ではこれまで、大学生の運動が先陣をきり、労働者の闘いが続き、幾多の市民団体がこれに合流するという形で大衆運動は発展してきた。そして、大衆運動の中心を担っている人々を、韓国では『運動圏』の人々と呼ぶ。しかし今回の運動では、『運動圏』は完全に立ち遅れた。あるアナーキスト系と思われる人物は、「いわゆる『運動圏』の方々は、こういう大衆の反乱にかなり驚かれたようです。はじめはどうしてよいかわからずに傍観していた」(『チャムセサン』[注2])と評している。確かに、ソウル大の学生会(自治会)の最初のストライキは6月5日であり、労組のこの問題に対する姿勢は鈍い。街頭に市民が溢れているのに、主要な産別労組はストライキを組めないでいた。「大衆の思考と行動に追いつくのが難しい。あれほど自発的にインターネットでコミュニケートして道路で行動する姿を見て、労働組合は本当にとても惰性に陥っていると思う。課題が労働運動と距離がある」(『チャムセサン』[注3])と語る組合幹部もいる。
[注2] http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2008060716298
[注3] http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&id=43369

 民主労総や市民団体で構成される「BSE危険米国産牛肉全面輸入に反対する国民対策会議」(『ことぃ対策委』)が結成され、それが本格的に運動に加わり始めたのは五月下旬であったが、このときから運動は10万単位のものとなり、そこで掲げられる要求も、「米国産牛肉」の問題以外に、「韓米FTA」問題、「医療・福祉切捨て」問題、「教育問題」などと、李明博大統領が進める新自由主義的構造改革全般に反対するスローガンが掲げられるようになった。
 これを深刻に受け止めた『ハンギョレ』は、先の社説でこう述べている。「4・19や6月抗争[注4]とは異なり、今は若いママと10代など『汎国民』が先に立った。その後を大学生たちと労組、政界が従う様相であり、日増しに爆発力が大きくなっている。・・・ここに両極化と自営業没落、失業、質の低い働き口などに失望した多くの人々のため息が行動に変われば、さらに手のほどこしようもなくなる。今、蝋燭集会を強硬鎮圧によって追い出すなら、この多くの人々の抗議と叫びはまた何によって防ぐのか。その時は祭りのような集会でなく、また涙と血がまかれる抗争になる」と。広範な市民主義的反政府感情に非正規労働者の怒りが合流すれば、もはや青瓦台へ向かう群集を押しとどめるには軍隊の出動しかないというのは事実であろう。そうなれば、「民主主義」政体が終焉するかも知れないというリベラル派の恐怖が、この社説によく表されている。
[注4] 盧泰愚政権下での反独裁闘争。独裁制の廃止と現行憲法体制を勝ち取った。

今回の闘いが持つ新しい質


今回の闘争のシンボル・キャラクターとなっている『蝋燭少女』
 運動はその発端の「米国産牛肉の輸入禁止」から、「李明博退陣」へと進展した。そしてこの運動に如何なる方向性を与えるのか、ということが労働者階級とその政党に問われた。そもそも今回の運動は、過去の韓国のいずれの運動とも異なる性格をもって出発した。「食の安全」という課題で、広範な市民が街頭にでて政府を揺るがす運動を展開している。従来も、「食の安全」を求める運動がなかったわけではないが、明らかに違った深さと広がりを持って今回の運動は展開されている。ここには、新自由主義がもたらした露骨な市場原理主義が、「食の安全」を従来とは比べものにならないレベルで脅かしており、その被害は、労働者階級に止まらず、「安全な食」を手に入れることのできる一部の富裕層以外のすべての階級・階層に及ぶ。従って「食の安全」を求める闘いは、かつてなく巨大な闘争エネルギーを内包している。他方で、この闘いは、必ずしも労働者階級がイニシアチブを取るとは限らない。現実は、労働者階級は闘争の進展に立ち遅れた。しかもその中で、運動は極めて統率が取れており、かつ政治的にリアルな判断を持っていることを示した。
 しかしこのことは、「この運動は市民主義的なものでしかない」とか、反対に「市民主義的なものであるべきだ」ということにはならない。米国産牛肉の輸入は韓米FTAの一部を構成しており、「韓米FTA」と「牛肉輸入」は別問題とする統合民主党の立場は絶対不可能とは言えないまでも、長期の試練に耐えられるものではない。「食の安全」を確立するには、「食の安全」自主権とでもいうようなものを確立する必要があり、それは新自由主義と両立しないし、FTAとも対立する。問題を少しでも持続性をもった形で解決しようとするなら、新自由主義に反対の立場に到達する必要がある。このような点からも私たちはこの運動に注目したい。

『運動圏』の焦りと苦悩・・・労働運動は新しい闘いと交わることができるか

 当初、この運動に大きく立ち後れた左派や『運動圏』は、この運動をどう持続させ発展させるかに関心を集中させた。民主労働党より左に位置していることを自負している『労働者の力』は、「国民対策会議結成により、青少年中心の運動から大学、労働、農民、貧民など各界各層に広がっている」「(輸入再開の)『大臣告示撤回』を越えて、『独裁打倒』へと発展している」(『チャムセサン』[注5])と情勢を把握し、「再協議ではなく、米国産牛肉を源泉で防がなければならない」「『BSE闘争』を『韓米FTA反対』『公共部門私有化反対』闘争へと発展させなければならない」と主張している。
[注5] http://www.pwc.or.kr/webbs/view.php?board=special&id=10&page=1

 闘争の発展方向としては、彼らの主張はおおむね誤ってはいない。しかし実際の運動に即して考えた場合どうか。まず情勢の評価が自分たちに有利に過大評価されていないか。実際の運動のかなりの部分は、『BSE問題』に留まっており、『韓米FTA』や新自由主義についての理解が進み、『韓米FTA』反対のスローガンで団結できる状態にない。そのような状況で、恣意的に(良く言えば「指導性を発揮して」)運動を『韓米FTA』反対闘争に向けることが可能であろうか。実際、『運動圏』はこの運動に乗り遅れたばかりでなく、民主労総傘下の労働組合ですら、今なおこの問題に対する取り組みが極めて不十分であり、その点の克服なくして、現実の運動を「あるべき方向へ」振り向けようとするなら、運動自体によって手厳しい批判を受けることになるのではないか。
 結局、市民主義的な運動に、より持続的で積極的な方向性を与えるためには、労働運動と労働者政党が、市民運動に敏感になり、その運動が掲げる要求を自らの要求として掲げ、時には対立する要素を消化しつつ、市民運動と並んで運動を組織すること、その中で対資本・対権力闘争における労働者階級の優位性を示せてこそ、市民運動参加者の信頼と尊敬を勝ち得ることができ、運動の方向性に対する自らのイニシアチブを発揮できるようになる。今起こっている新しい市民運動は、労働者階級と労働者政党に自己変革を鋭く迫っている。労働運動が新しい闘いと交わることができるかどうか、それが問われている。そしてその答えは、実践の中でのみ見つけることができ、実践そのものによって検証される以外にない。

ごまかしと首のすげ替えで乗りきりを図る李明博政権

 6月10日、民衆が文字通りソウル中心部全体を占拠した。しかも流血の惨事を危惧する(一部には挑発する)声を吹き飛ばし、この想像を絶する民衆の大行動は、極めて整然と敢行されたのであった。民主労総は翌日声明を発表し、この闘いを、「六月抗争の偉大な歴史を継承した百万蝋燭抗争の勝利」[注6]と表した。リベラル紙『ハンギョレ』は、「李明博政府は、集会に備えてソウル世宗路にコンテナを連結した巨大な障壁を積んだが、・・・市民たちはこれを背景とみなして即席討論を繰り広げ・・・この障壁を『明博山城』と名づけることによって、すでに胸中では政権が積んだ不疎通の壁を押し倒した。成熟した市民たちの勝利だ」[注7]と書いた。同紙は続けて生ぬるい対応ではだめで、「直ちに大統領が前に出て、国民の意思に従うという『降参宣言』をしなければならない。」と主張した。
[注6] http://www.nodong.org/metabbs/metabbs.php/post/32536?page=1
[注7] http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/292740.html

 この情勢を受けて、かたくなに牛肉再交渉を拒否してきた李明博政権も、12日には「追加交渉」を行うことを発表せざるをなくなった。併せて、大統領府と内閣の改造を行うことを発表した。即ち、ごまかし解決策と首のすげ替えによって事態の乗り切りを図ろうとしたのであった。しかし「追加交渉」は、「再交渉」とは根本的に異なる。「追加交渉」は、先に妥結した交渉を前提に、その実施の細部をつめる形で交渉するものであり、米国産牛肉の全面的輸入解禁を前提に、その解禁スピードや解禁方法の手直しなど、民衆の不満を一時的に逸らせる彌縫策に過ぎない。
 米国で行われた「追加交渉」は、19日に妥結した。韓国政府は、21日に閣議を開いて交渉結果を受け入れ、その内容を公表した。韓国政府は、「30ヵ月以上の米国産牛肉の輸入を阻止する実質的な措置とともに、30カ月未満牛肉のBSE危険特定物質(SRM)の追加輸入禁止も担保された」とするが、その具体的根拠は示さなかった。政府発表が行われたその日のうちに、「BSE国民対策会議」は声明を発表し、「30カ月未満、BSE特定危険物質(SRM)および内臓と骨の輸入問題、30カ月以上の牛肉輸入禁止問題、検疫主権問題、どれも解決できなかったという点で、また国民を欺瞞した」(『チャムセサン』[注8])と批判し、闘争の続行を宣言した。
[注8] http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&id=43541

 しかしその後の展開は、デモの規模がかなり縮小し、ソウルでも蝋燭集会は10万人を下回るようになった。『朝鮮日報』、『東亜日報』、『中央日報』の三大保守新聞は、李明博政権と連携して盛んに「幕引き」を煽っている。中央日報は、「皆、元に戻ろう」という6月11日付の社説で、「集会を主導した在野・市民団体も、もう自分の位置に戻るべきだ。彼らの声は青瓦台の垣根を越えて大統領に伝わったのだから、大統領も変わるだろう」[注9]と書いている。『東亜日報』は6月12日の特集で、"『日常に戻るべき時』と市民の声"という見出しで、「そろそろ蝋燭集会を切り上げて日常に戻る時だ」[注10]と言う市民やネチズン(ネット市民)の声を並べ立てている。
[注9] http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=101175&servcode=100&sectcode=110
[注10] http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2008061281358


反転攻勢に出た李明博、保守再結集と統合民主党の動揺、運動分断と強権発動


破壊されて床に散らばる進歩新党の看板
写真は、『進歩新党』のHPより[注14]。
 李明博陣営の動きは素早かった。まず保守勢力の再統合に動いた。ハンナラ党内の朴槿恵(Pak Kune)グループには、朴槿恵派議員の復党を進めると同時に「朴槿恵首相説」を流しながら取り込みを図る一方で、体制的危機に焦燥する超保守的な李會昌(I Huechang)の自由先進党には、みずから保守色を強めることによって和解を模索した。保守再結集を第一課題としつつ、統合民主党の顔を立てつつ収拾を模索して、FTA賛成が多数である統合民主党の動揺を誘った。このような変化が生じる中でも、民主労働党は、12日の記者会見で、「国民的要求である再協議実現のために、野党三党(統合民主党、自由先進党、民主労働党)がより一層協調して国民と共に行動しなければならない」[注11]と述べ、一時的なものに過ぎない三野党共闘に未練を見せた。
[注11] http://news.kdlp.org/index.html?main_act=board&ltype=news&board_no=2374&page=3&art_no=606059&jact=art_read&seq=17&num=20

 19日の「追加交渉」妥結後、このような体制建て直しを図った上で、李明博政権は反転攻勢に打って出た。6月29日、李明博大統領は、「蝋燭の灯り集会の性格が変質した」と述べ、法と秩序の回復を訴え、不法集会には断固として対処する旨の談話を発表した。実際、「追加交渉」妥結後の集会とデモに対する政府の対応は、はっきりと強行策に転じた。6月27日には、大統領府へのデモ隊の進出を扇動したとして、「BSE国民対策会議」関係者2名に逮捕状を発令し、12人に任意出頭要請を行った。また、「BSE国民対策会議」の事務所をはじめ、全国数個所の一斉家宅捜索を敢行した。
 集会・デモ警備も強圧一辺倒となり、6月27日のデモでは、統合民主党の2名の国会議員が警官に連行されて暴行を受け、負傷するまでに至っている。公権力が不法な暴力を恣に行使し始める中で、私的暴力装置である黒百人組がうごめき出した。「特殊任務修行会」がそれである。自称北朝鮮派遣工作員と特殊部隊出身者の集まりである同会は、ソウル市庁前広場を度々暴力的に占拠して蝋燭集会参加者に暴力を振ったり威圧を加えることを通じてその姿を公然化させてきたが、7月1日の夜、進歩新党[注12]の事務所に乱入し、「『赤はみな殺す』と大声を張り上げながら事務所にいた女性党員らを手当たり次第殴打し、事務所の器物を損壊した。この中の一人は、李明博大統領の候補時代、保安特別委共同委員長を勤めたりもしたという」(『ハンギョレ』[注13])。警察はこの日まで、彼らの不法と蛮行を放置してきただけでなく、今回の捜査についても消極的である。
[注12]今年はじめに、民主労働党から分党した政党で、?會燦(No Huechang)前議員と沈相ジョン(Shim Sangjong)前議員が共同代表。
[注13] http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/296675.html
[注14] http://www.newjinbo.org/board/view.php?id=news&no=193

 『ハンギョレ』新聞は、このような李明博の反転攻勢について、「『痛切な反省』10日ばかりで『宣戦布告』に急変」と形容し、「去る19日、李明博大統領は特別記者会見で、蝋燭の灯り行列を見ながら『痛切に反省をした』と語った。ところでわずか10日ばかり過ぎた29日、李明博政府は、対国民談話を通して強硬鎮圧に言及しながら、蝋燭の灯り集会参席者たちに向かって宣戦布告をするような姿に急変した。政府は、『蝋燭の灯り集会の性格が変質した』という点を強調するが、大統領が国民を相手にわずか10日ばかりで言葉を変えるこういう形態は、結局大統領に対する『信頼の危機』に繋がりうる」[注15]と論評した。今一つのリベラル系新聞である『京郷新聞』も、大統領の豹変を批判し、「このような与党の『保守化』疾走は、表面的には『政権退陣』の危機感が原因だ。」と指摘する。そして、「『保守結集』を通した国政主導権回復の計算が作動している。まさに『まず保守結集→支持動力確保→大統領選挙公約推進→国政主導権回復』のシナリオだ」と評価する。すなわち、国民を蝋燭集会と切り離し、さらには対立させる手法によってリーダシップの奪回を図ろうとしていると見ている。その上で、「こういう二項対立的対応が、短期的な支持率反騰には効果があるかもしれないが、・・・むしろ政治的対立が激化し、李大統領のリーダーシップ危機を固定化し、偏向的イメージだけを大きくする」と警告した[注16]。
[注15] http://www.hani.co.kr/arti/politics/bluehouse/296362.html
[注16] http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=200807022235425&code=940707

 この2紙とは対照的に、『朝』、『東』、『中』の三大保守新聞は、揃って「蝋燭集会の変質」と「治安の回復」を訴えるキャンペーンを展開し、李明博政権の広報紙の役割を買って出ている。さらに露骨なことは、これらの新聞の米国産牛肉購入キャンペーンである。『中央日報』は7月5日付社説で、「消費者には買いたいものを買う権利がある」という題で、「精肉店の前に列を作る購買者の、買いたいものを買う権利が尊重されなければならない。消費者が危険だと判断して顔を背ければ、米国産牛肉の輸入は自ずと減るはずだ。それが市場秩序であり、われわれの社会を支えている資本主義の作動原理だ。」[注17]と言い、『朝鮮日報』は、7月3日の記事で、「この日朝9時以降、米国産牛肉を買い求める人々も相次いで訪れた。6000ウォン(約610円)を払い、タクシーで来たというキム某さん(76)は、ヒレ肉2.2キロ(5万ウォン=約5100円分)を買い求め、『普段、肉は高くて食べられない。冷蔵庫に入れて保存して、口からにおいが出るほど食べたい』と語った。この精肉店では前日、牛肉200キロを売り上げ、この日も800キロほどが売れた。」[注18]と書き、『東亜日報』は7月5日、輸入牛肉直販店の前にできた行列の写真(一列に並ぶ12人が写っている。若い人は一人もいない。)と併せて、「米国産牛肉が市販され始めてから、米国産牛肉を購入する市民が増えている。4日午前、ソウル衿川(Kumchon)区始興(Shihung)洞の輸入牛肉小売店で米国産牛肉を買うために市民らが並んでいる。」[注19]との記事を載せた。
[注17] http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=102111&servcode=100&sectcode=110
[注18] http://www.chosunonline.com/article/20080703000054
[注19] http://japanese.donga.com/srv/service.php3?bicode=040000&biid=2008070561148

 7月1日、ハンナラ党は、自由先進党が国会登院の条件として示した5条件を基本的に受け入れることを院内対策会議で決定した。また統合民主党が提案している十数項目についても、できる限り応じる意向を表明した。第18期国会(4年任期)は、5月30日にその任期が始まったが、野党3党の反対で1カ月以上開会できないままできたが、この流れの中でハンナラ党は、7月4日に国会開会を強行した。しかし統合民主党と民主労働党は登院を拒否しており、結局議長選出すらできずに閉会した。ハンナラ党は、ただちに1カ月程度の予定で臨時国会を召集するとしているが、当分の間、国会正常化は困難な見通しだ。


6・10に次ぐ規模の7・5蝋燭集会、反対運動の持続性を証明











 「BSE対策委員会」や4大宗教団体が主催した「7・5国民勝利宣言蝋燭大行進」は、首都50万人、全国百万以上の民衆が参加し、李明博政権の期待に反して、反対運動の根強さと持続性を証明した。
 連日、「蝋燭デモは一部過激派の少数暴力行動に変質」とのキャンペーンを張ってきた保守系新聞の『朝』『東』『中』は、5日から6日朝まで続いた民衆の行動に、沈黙でもって応えた。他方、リベラル派の『ハンギョレ』と『京郷新聞』は、一面ぶち抜きでこの闘いを報じた。
 『ハンギョレ』新聞は、「雨も、2カ月の疲労感も、市民らの足を防ぐことができなかった。蝋燭の灯りは、ソウル市庁の前広場から世宗路の東亜日報社屋の前までびっしりと一杯になった。過去「6・10蝋燭の灯り大行進(主催側70万人、警察8万人)」に次ぐ途方もない規模だ。家族、恋人、インターネット同好会、労働組合、大学同窓会など、参加単位も多様だった。修道女、神父、僧侶など4大宗教所属宗教人らが大挙参加して、労働組合など各種労働・社会団体に統合民主党・民主労働党・進歩新党など野3党も公式参加した挙国的様態だ」[注20]と報じた。
 『京郷新聞』は、「宗教界参加後、『7・5蝋燭の灯り』は、先月の『6・10大行進』に次ぐ威容を回復した」と評価しつつ、「問題はその次だ」として、今後のゆくえについて分析を行っている。「大規模蝋燭の灯り集会後、訪れてくる'疲労'をどのように解いて熱気を継続するかがカギだ。6・10以後にも集会参加者が減り、政府の全方向逆攻勢と暴力デモ論議に包まれて、一度危機を迎えた経験があるためだ。対策会議内部では、△蝋燭の灯り集会の毎日開催の有無、△不買運動など日常闘争方式との連係、△政界との連係方案などが争点として点火された状態だ」[注21]と。
[注20] http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/297312.html
[注21] http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=200807061910155&code=940707







 「7・5国民勝利の日」行動は、李明博政権の反転攻勢を一旦押し止めることに成功した。しかし『京郷新聞』の指摘を持つまでもなく、今後の運動の展開と政局の行方は多くの未知数に依存している。政権側にも問題が多い。李明博の主導権奪還戦略の第一段である保守再結集からして、朴槿恵派との関係修復や李會昌の自由先進党の抱き込みも、いつ壊れるかもしれない脆弱性を内包している。というのも、李明博その人が、状況が自分に不利になると握手を求めながら、状況が改善するとたちまち握手など無かったことにする式の行動をとることで有名な人であり、李會昌派や朴槿恵派も、李明博をそのような人物としてみているからである。また、超保守勢力への接近は、変化した世界の力関係、特に東北アジアの力関係を無視ないし軽視することになり、グローバル資本に成長した韓国の真の支配者である韓国独占資本の利害と一致しない。従って超保守への接近は、外交面ではリップサービスの域を出ないため、超保守派との同盟は不安定でしかない。次に統合民主党(6日に開いた党大会で、党名を『民主党』に改名)であるが、国会正常化の前提条件でかなりの揺さぶりを受けてはいるものの、この間自党国会議員が警官に拘束・暴行を受けたりしたため、急速に公然たる妥協には移れない。
 他方、運動側の変数も少なくない。7・4行動で重要な一翼を担った4大宗教界では、「一旦、政府の対応を見守る」としてその一部に行動を停止する動きがあり、輸入牛肉の販売が再開されたという新しい状況を踏まえて、「BSE対策委員会」も戦術の再検討を迫られている。


労働組合と左翼政党はイニシアシブを発揮できるか

 この「米国産牛肉輸入再開」反対闘争が始まって2カ月以上経つが、労働組合や学生自治会、左翼政党が十分なイニシアチブを発揮できてこなかったことについては既に述べた。今後の闘いを展望するとき、労働者階級と左翼政党がイニシアチブを発揮できるようになるかどうかが一つの鍵となることはほぼ疑いない。この点で、労働運動が今なお十分に起ち上がれていない中で、民主労総傘下の貨物連帯が、「運送料引き上げ、軽油価格引き下げ、標準料率制施行、BSE牛肉輸入阻止」の要求を掲げた13日から19日までの7日間のストライキを打ち抜き、運送料引き上げ(19%)と標準料率制施行(2009年から試行)の二点を闘いとったことは特筆されるべきことである。
 ここ数年、民主労総のストライキの批准投票は、5割ぎりぎりの批准率に低迷し、そのため実際のストライキ参加は積極組合員中心のものになりつつあった。しかし貨物連帯は、90.8%と言う圧倒的賛成でスト権を確立し、一時、全国港湾の運送率を平時の10%までに低下させた。運輸労総貨物連帯の組合員数は1万3千人(貨物トラック運転手は全国で35万人)だが、コンテナなど大型トラックの運転手が多く、港湾での作業に大きな影響を与え、一日のストで128億円の損失が企業側に発生すると試算されている。この闘いが、貨物連帯の組合員だけのものでなく、35万トラック運転手の積極支持があったからこそ成功したのであった。しかも、今回の闘争で特筆すべきは、この闘いが広範な民衆の支持を受けて敢行されたことである。

スト突入を目前に集会をする貨物連帯の組合員たち。
手に持つ布には、高い意識を示す「物流を止めて世の中を変えよう」のスローガン。組合員の顔が明るい。『民主労総』のHPから[注22]
 この貨物連帯のスト実施が報じられるや、従来と著しく異なった反応が市民やネチズンから沸き起こっている。主要ポータルサイトや貨物連帯のホームページに、続々と支持メッセージが書き込まれ始めたのである。「全面ストを積極的に支持します。・・・私たちも蝋燭の灯りを持って頑張ります」「貨物連帯の全面ストは、国民の生存権と家族の生命を守る闘争です」「貨物連帯労働者たちのストライキが、暴力政権・公権力によって無残に踏みにじられないように最後まで連帯して支援しましょう」「運輸労組のみなさんの背中の後ろには、蝋燭の灯り祭に参加した私たちがいます。・・・ストライキによって生活必需品が上がっても、オイル価格が上がっても、皆さんを愛します」[注23]等々。誰もが予想すらしなかった現象が起きたのであった。
[注22] http://www.nodong.org/img/main_ap1_o.gif
[注23] http://www.nodong.org/nodong/?pcode=C00&serial=3836


 確かに、貨物連帯の要求は、オイル価格をはじめとする諸物価の高騰や、独占資本の下請け単価切り下げに苦しむ勤労諸階層の心情を代弁するものであり、それがBSE牛肉輸入阻止を同時に掲げてストに突入するのだから、広範な支持を得る要素はもっていた。しかし現実にこれほどの支持、いや熱狂的とも言える支持を獲得したのは、この間の民衆自身の闘いの経験が生み出したものに違いない。ここに、今回の闘いの新たな可能性と展望を見ることができるのではなかろうか。
 これに比べて民主労総全体の闘いは、未だ多くの難問を克服できずにおり、7月2日に「米国産牛肉輸入再交渉要求」と「公共部門民営化阻止」を掲げて全面ストに突入する予定であったが、スト投票率が低く(一次投票では53%)、賛成票は投票者の6割強に留まった。このため、民主労総でも主力組合の一つである現代自動車労組でスト権確立に失敗したほか、かなりの単位労組でスト権が確立できなかった。このため全体としての戦術ダウンを余儀なくされ、2日の全面ストは部分ストや幹部ストに縮小される産別組織が多数に上った。民主労総の右傾化が組織内外から指摘されて数年が経つ。現代自動車労総と貨物連帯。この二つの対照的な労働組合の現状を、韓国の労働者階級と左翼政党はどう克服していくのか、またそれは非正規職を労働運動の中心に据える課題と密接に結び付いている。


インフレが引き金となって深刻な経済危機が韓国社会を襲いつつあり、
居直り李明博政権の前途は、これまでより何倍も厳しくなるだろう


 米国のサブプライム問題を引き金に生じている経済異変は、原油・鉱物・食料の世界的暴騰という形で世界各国に伝播し、景気後退の中でのインフレーションが、各国経済を揺り動かしている。そしてそれは民衆の抗議を呼び起こしており、政治危機を発生させつつある。97年のアジア通貨危機を脱して著しい成長を進めてきたアジア諸国も、この経済異変に襲われつつある。ベトナムでは5月の対前年度インフレ率が26.2%(前年数値7.5%)にまで急上昇している。韓国もまた、6月の消費者物価上昇率が5.5%を記録した。これは通貨危機直後の98年11月(6.8%)以来9年7カ月ぶりの水準である。今韓国では、「97年のアジア金融危機」の再来がささやかれ始めている。
 歴史的社会変動の真の原動力は、当該社会の経済危機である。今、韓国社会を襲い始めている経済危機が爆発したなら、李明博政権は瓦解するに違いない。そのとき、どのような政治的代案が用意されているのか。最大野党の『民主党』が政権に復帰するだけなら廬武鉉政権の再現に過ぎず、問題を半歩も前に進めることができないのは明白だ。新自由主義を大幅に制限するような代案を形成することができるかどうか。現下の闘争を継続発展させる中で、労働者階級と左翼政党がイニシアチブを発揮してこの課題を成就することができるかどうか。すなわち、新しい質を持った広範な民衆の運動と労働運動が交わって歴史的闘争の新しい扉をひらくことができるかどうか、闘う韓国の労働者と民衆に熱い連帯の挨拶を送りつつ、今後の展開を見守り続けたい。

2008年7月8日
[ R.K.]