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韓国の若い方々と交流して、日本の異常さを知る。
12月14日、反米集会のあと、韓国の若い方々と交流した。駐韓米軍犯罪根絶運動本部の方5,6人と写真家のみなさん3人とそのお友達2人と一緒に飲みながらいろいろなお話をした。
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まず一番聞きたかったことは、“反北朝鮮キャンペーン”についてだ。大統領選まであと10日という時に、アメリカ発北朝鮮情報が次々の流されたはじめた。明らかに韓国の反基地・反米闘争を意識してのことだ。95年沖縄「島ぐるみ闘争」、96年アメリカは中台緊張を煽り、日米共同宣言後、日本政府はガイドライン見直し、そして97年特措法改悪という強行手段に出て運動をつぶしにかかった。今回のアメリカ発“反北朝鮮キャンペーン”も大統領選への露骨な介入と、反米闘争つぶしが意図されてのことではないかと思えてならなかった。さて、韓国のみなさんはどう考えていらっしゃるのか。返ってきた答えが「問題ではありませんよ」の一言。「私たちは、だからこそ太陽政策が必要だと考えています。対立ではありません。対話こそが今の事態を変えるものなのです。」2000年6月15日の南北宣言以降、南北間の交流は進み、統一への気運が高まっているそうだ。誰もが統一を意識し始めた時に、れき殺事件が起こった。そして統一を邪魔しているのは「韓国のため」と言って居座っている米軍であり、アメリカであると多くの人が考えるようになったという。“北朝鮮キャンペーン”に「惑わされてはなりません」ときっぱり言われたのがとても印象的だった。北朝鮮を目の前にしている韓国の若い人々の考えは上述の通りである。それに比べて日本は・・・と考えると、いかに日本の“反北朝鮮キャンペーン”が異常であるか。毎日毎日繰り返される拉致と核疑惑の報道がいかに異様であるか。韓国に行って、韓国の若い人々と話をして日本の異常さを知った。
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地下道で署名活動を展開中。
18歳という女の子2人も交流会に入ってこられたので、なぜ運動に参加しているのか尋ねた。彼女らはしばらく考えてから「運動に参加するのは特別なことではない」と言った。無罪判決が出るまでは、ワールドカップで騒ぎ、事件にはあまり関心をもっていなかったそうだ。でも、無罪判決が出て、自分たちより年下の子が2人も殺されているのに、どうして無罪判決なのかと疑問を持ったという。そして、韓国政府がそのことについて何もできなかったことに対し「普通の国だと思っていたのに、自分たちには主権もなかったのかと思うようになった。」無罪判決は「常識で考えたら絶対に受けいれられない判決だ。」だから自然と蝋燭を持って集会に参加するようになったそうだ。自分たちの意志を何らかの形で表したいと思ったそうだ。
写真家のみなさんとは、大統領選の話もした。どこを応援しますか。「労働民主党の権候補!」「う〜ん、今はハンナラでないことが大切。反ハンナラで民主党の盧候補かなあ。もしもハンナラの李候補が大統領になったら、僕らみんなここには居られませんよ。」大統領選は、反米闘争を担うみなさんにとって重大な課題であった。19日の大統領選で新千年民主党の盧候補が当選したことで、みなさん喜ばれ、ほっとされていることと思う。
12/1410万国民平和大行進。SOFA全面改定、ブッシュの直接公開謝罪、無罪判決の無効などが裏面に書かれている。
韓国のみなさんと有意義なひとときを過ごすことができた。最後にちょっとショックだったこと。10数人集まった中でなんと私が一番年上だった。一緒にいった夫は40代でもはや論外。比べる対象ではない。日本ではいつでもどこでも年下の私だが、ここではなんと一番上。しっかりお話をされる写真家のみなさんも、私と同じ年か、1つ2つ下だった。運動本部のみなさんは、たぶんみんな20代。29歳の事務局長が一番年上だったのではないだろうか。本来だったら、こんな風に話せて行動できる30代でなければならないのだなあと、つくづく思った。もっとしっかりがんばらなければ・・・。韓国の若いみなさんに叱咤激励された2日間だった。
「やんばる・ヤマトだより」バックナンバー
2002年12月21日 NO.78 12・14 韓国史上最大の反米集会に参加して
2002年9月21日 NO.73 高まる反米の声−−韓国の反基地闘争に接して
2002年9月 8日 NO.72 拡張工事が進む岩国基地を訪れて その2
2002年9月 1日 NO.71 拡張工事が進む岩国基地を訪れて その1
2002年8月27日 NO.70 米軍は演習をやめろ!/沖縄をめぐる動き(2002年8月24日〜8月29日)
2002年8月21日 NO.69 梅香里を初めて訪れた。そして初めて実弾演習を見た。
2002年7月31日 NO.66 新海兵隊航空基地、リーフ上埋め立て決定糾弾!
2002年6月29日 NO.65 紹介 沖縄の声 〜有事法制に関する市町村決議〜
2002年6月15日 NO.64 沖縄・復帰30周年を迎えて
2002年5月25日 NO.63 元気に怒る! 沖縄の女性たち
2002年5月21日 NO.62 沖縄からみた有事法制 その2
2002年5月10日 NO.61 沖縄からみた有事法制 その1
2002年5月 6日 NO.60
事故・事故・事故。米軍による事故が連続して起こっている。・・・
2002年4月28日 NO.59 日米安保・サンフランシスコ講和条約発効50周年を迎えて
2002年4月27日 NO.58
米によるフィリピンへの軍事介入反対!アメリカは沖縄を支援基地にするな。
2002年3月28日 NO.56
阿波根昌鴻さんが亡くなられた。・・・・
「生活が第一で、闘いが二番目。同時に生活を守るためにも闘いが一番目。」
−−−伊江島闘争のあしあと−−−
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