やんばる・ヤマトだより
2002年7月31日 NO.66
敗戦50周年を問う教職員の会
 中條佐和子

 埋め立て方式、2500m級、了承、決定・・・あ〜あ〜と悶々としていた中で、一文に注目しました。「環境アセスメントに3年必要。」
 そうか!まだ私たちには3年あるんだ。3年間闘い続けたら何かが変わるかもしれない。これまで5年間もがんばってきたのだから、あと3年もきっとがんばれる。諦めたら負け。政府は私たちが諦めるのをじっと待っているのだから。と、思い直しました。
 アメリカは、韓国、フィリピン、中央アジアでも基地の新増設を狙っています。名護での海兵隊航空基地新設はアジアでの米軍基地強化の先駆けとなります。韓国やフィリピンから反基地闘争、新設反対闘争のエネルギーをもらい、沖縄・名護新基地阻止の闘いがアジアの人々を活気づかせ、共に米軍基地新設反対闘争を担っていけたらいいなあと、せめて気持ちだけは大きく持ちたいと思っています。
 名護のみなさん、自分を信じて、この5年間の蓄積を信じてください。アリがゾウに立ち向かい一度はゾウをひっくり返したご自身の力を信じてください。名護市民1万人を味方につけたことに自信をもってください。全国に名護の闘いを知らしめたことに自信をもってください。本当に少人数で仕事や家庭を抱えながら孤軍奮闘されてきていることにいつもいつも敬服しています。そして勇気と元気をいただいています。まだまだ時間はあります。これからも一緒に、基地の新設に反対し、美ら海と緑多き山に囲まれた豊かな生活を守っていきましょうね。


新海兵隊航空基地、リーフ上埋め立て決定糾弾!
日本政府による新たな米軍基地建設反対!!

 7月29日、政府は第9回代替協を開催し、名護東海岸のリーフ(環礁)上を埋め立てて新航空基地を建設することを決定した。全長2500m、建設費用3300億円、維持費8000万円。人々の穏やかな生活を破壊してでも、沖縄にしかない美しい海を死の海にしてでも、米軍基地を造るという。日本政府が米軍基地を新しく造るのは初めてのことだ。日本政府による新たな米軍基地建設に断固反対する。

 新海兵隊航空基地の規模は、全長2500m、横幅約740m、面積約184ha。普天間飛行場のメイン滑走路と同じ長さ、横幅は普天間の飛行場機能部分とほぼ同じ。つまり、普天間飛行場がそのまま名護東海岸に移ることになる。現在の普天間飛行場は、45年に米軍が接収、60年から海兵隊航空基地として使用している古い飛行場で、滑走路は波打ち、施設もオンボロだ。弾薬はいちいち嘉手納弾薬庫にとりに行かなければならず、燃料も天願桟橋(具志川市)もしくはホワイトビーチ(勝連町)から嘉手納基地、キャンプ桑江をパイプラインで経由してようやく確保できる状態である。それが、名護東海岸に移設すれば、施設も滑走路も当然最新のものになり、弾薬は辺野古弾薬庫から、燃料は海から直接補給することができるようになる。もう一つ海兵隊にとって好都合なのは、陸上部隊が駐留するキャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブに近くなることだ。そして北部訓練場が間近になる。航空部隊、陸上部隊、訓練場の3つが1カ所に集中するようになれば、海兵隊は効率よく動けるようになる。「返還合意の重要なポイントは普天間基地の機能維持にある。キャンプ・シュワブ沖は陸上部隊と近くなるので我々にとっては最適の場所だ(普天間飛行場司令官)。」日本政府は、アメリカ海兵隊の要求をすべて受け入れた新品の基地を、「殴り込み部隊」にただでプレゼントしてやるのである。

 埋め立て案は日本政府にとっても米軍にとっても都合のいいものである。日本政府にとっては、安い、技術的問題が少ない、すぐにできる。米軍にとっては、浮体式に比べれば台風の影響が少ない頑丈な基地が手に入る。さらに、「撤去可能」ではない埋め立て式は、海兵隊の駐留をさらに半世紀以上、ほぼ永久に保障してもらったこと
になる。政府は、「地元の意向を尊重しています」と繰り返しながら、自らが描いたシナリオ通りに知事、市長を操り、結局、一番都合のいい埋め立てによる基地建設を決めてしまった。

 代替協は、2年かけて協議してきた。この間、名護市民は政府に振り回されてきた。「地元の意向」「地元の意志」を論議しなければならなくなり、隣近所、親戚縁者で仲違いが起こった。金がばらまかれ、でも反対派には金が流れず、互いに苦々しい思いをしてきた。この2年間は「これだけ時間をかけたのだから拙速だったとは言われまい(内閣府)」ためのものであった。政府の保身につき合わされた住民はたまったものではない。

 埋め立て案が決まったその日から、「地元」からも不満が噴出している。「こんなはずではなかった。」「リーフは生活の一部、埋め立ては認められない。」「集落から近すぎる。」などなど市長と歩調を合わせてきた人々も憤慨している。土建にかかわっている人々からは賛成の声も聞かれる。今後埋め立てをめぐって、名護東海岸地域で、名護市内で、市長と住民で、せめぎ合いが続くだろう。
 11月には知事選がある。ぜひ、航空基地新設の是非を争点にし、反対派知事に勝利してもらいたい。

 復帰30年目に、日本政府が米軍基地を造るために動き出すとは。沖縄の人々は、米軍占領下で土地を強奪され、基地を好き放題造られてきた。全てが軍事優先、米軍優先の生活を強いられた。沖縄の人々は、平和憲法下で基地のない平和な沖縄を目指し復帰した。復帰してからは基地の統廃合で、既存基地内に新たな施設を「思いやり予算」建てることはあったが、一から新しい基地を造るのは復帰後初めてのことである。日本政府自らが造るのは、沖縄戦以来のことである。「基地のない平和な島に」という沖縄の人々の願いを踏みにじることは断じて許せない。95年の原点に立ち返って、普天間飛行場は無条件返還すべきである。




「やんばる・ヤマトだより」バックナンバー

2002年6月29日 NO.65 紹介 沖縄の声  〜有事法制に関する市町村決議〜

2002年6月15日 NO.64 沖縄・復帰30周年を迎えて

2002年5月25日 NO.63 元気に怒る! 沖縄の女性たち

2002年5月21日 NO.62 沖縄からみた有事法制 その2

2002年5月10日 NO.61 沖縄からみた有事法制 その1

2002年5月 6日 NO.60
 事故・事故・事故。米軍による事故が連続して起こっている。・・・


2002年4月28日 NO.59 日米安保・サンフランシスコ講和条約発効50周年を迎えて

2002年4月27日 NO.58
 米によるフィリピンへの軍事介入反対!アメリカは沖縄を支援基地にするな。


2002年3月28日 NO.56
 阿波根昌鴻さんが亡くなられた。・・・・


 「生活が第一で、闘いが二番目。同時に生活を守るためにも闘いが一番目。」
 −−−伊江島闘争のあしあと−−−