6月23日、沖縄は57年目の「慰霊の日」を迎えました。6月23日を「慰霊の日」としているのがいいのかどうか議論はありますが、多くの人々が、亡くなった家族を思い、沖縄戦の悲惨さを思い起こしている1日であるのは確かです。
昨年、初めて「慰霊の日」の沖縄を訪れ、初めて「慰霊の日」の南部を歩き回りました。その時の光景はいつまでも忘れられません。「県民全てが沖縄戦の遺族」ということを実感した1日でした。朝早くから、あちらこちらで線香の煙がたなびいていました。魂魄の塔など有名な塔、碑の前はもちろん、小さな碑、海岸の片隅でも線香がたかれていました。幼い子も含めて家族3世代で、供え物を広げ、手を合わせている姿にたくさん出会いました。平和の礎でこんなに人に出会ったのは初めてというほど、あちらこちらで多くの人が拝んでいました。あるおばあさんは、一人で長い間座り込み、涙を拭きながら、礎の名前に語りかけていました。小さな孫に名前を触らせながら、語っているおじいさんの姿もありました。たくさんの人がいるにもかかわらず、とても静かであったことが印象に残っています。
その静寂を破って、黒いスーツの人間に囲まれながら小泉首相がやってきました。首相は、知事と副知事の説明を簡単に聞いて、さっと礎の中を通って、さっさと帰っていきました。首相の「おっかけ」をしたのは、報道陣と、子どもと、私ぐらい。平和の礎の中では、首相らの黒い集団は歓迎されず、さっさと出ていくしかなかったようです。首相らが来ても、出ていっても、礎の中では、静かな祈りが続いていました。
今年、小泉首相は、静かに帰してはもらえませんでした。首相は、戦没者追悼式典会場の入り口で「小泉首相は帰れ」という横断幕で迎えられ、首相が献花するときには「有事法制絶対反対」「小泉は帰れ」という罵声を浴びせかけられました。有事法制をひっさげてやってきた首相への反発は強く大きいものでした。「首相は有事法案を国会に上程しながら沖縄で献花するのはおかしい。」「戦争は一番不幸なこと。その準備に備える法律が再び出てくるとは。悲惨さを味わった私たちが何としてでも阻止しないといけない。」「あの体験をまた繰り返させる有事法案は絶対に絶対に許してはならない。」「沖縄戦を生き残った者の使命として絶対に成立させてはならない。」などなど、首相と有事法制に対する批判が噴出しました。沖縄戦の犠牲者を追悼し、“沖縄戦”を再び繰り返さないことを誓う場に、再び“沖縄戦”を住民に強いる有事法制をつくろうという首相がいること自体、我慢ならないことです。
沖縄の市町村議会では、有事法制に反対する決議や、慎重審議を求める決議が次々と可決されています。52市町村中、5町村が反対決議を、27市町村が慎重審議決議を可決しています(6月25日現在)。他に6町村が可決予定ですので、7割以上の自治体が有事法制に異議を唱えることになります。5月24日に那覇市議会が初めて決議を挙げてから1ヶ月という短期間に沖縄県全域で決議があがるようになりました。保守首長が多数を占めるようになった11市全てが慎重審議を求める決議を挙げていることにも注目したいと思います。
これだけの自治体がまとまって決議をあげるのは、やはり沖縄戦の体験と基地の重圧からです。「有事という名の下に総動員される事態がいかに住民を巻き込み、悲しい結末を迎えるか(西原町)」有事法制は沖縄の人々に57年前の悲惨な体験を思い起こさせます。そして「有事法制は日本を戦争しない国から戦争する国に変えようとする憲法違反の法案(竹富町)」と強い危機感をもたらしています。また、巨大な米軍基地をかかえているがために、有事法制によって「県民が新たな犠牲を強いられる」と不安を抱いています。
在日米軍の75%が集中する沖縄で、次々と反対決議、慎重審議決議があがっていることを、日本政府も米軍も無視することはできないはずです。政府は沖縄の声を聞くべきです。
有事法制の慎重審議を求める意見書
政府は、今国会に有事法制関連三法案を提出し、国会で議論されているところであるが、地方自治体や住民の生活にかかわる内容を多く含んでいるだけに、その扱いについては、地方自治体の意見や国民の意見を十分に聞き、慎重を期さなければならないものである。
この法案では、日本が武力攻撃された場合のみならず、「武力攻撃の恐れのある場合」や「武力攻撃の予測される事態」も「武力攻撃事態」と認定されるというものである。また、今回の法案では、地方自治体、電力・ガス会社など指定公共機関に協力が義務付けられ、物資の保管命令を受けた者が、その命令に対して違反を犯した場合は罰せられるという内容になっているが、憲法上保障された国民の権利は最大限に尊重されなければならない。
沖縄県は、去る大戦で20数万人の尊い命が奪われ、県土は焦土と化した。県民は戦後この方、平和な島を建設せねばと願い続けてきたが、戦後60年近くなっても今なお、全国の米軍専用施設の75%が集中させられ、基地による重圧のもとに生活することを強いられ、相次ぐ米軍や米兵による事件・事故による被害を被り続けている。
私たち県民の願いは、一刻も早い米軍基地の整理縮小であり、日米地位協定の抜本的な見直しである。当市議会としてもこのことを度々国に要請してきたところであるが、今回の有事法制は、この願いに反し新たな犠牲を沖縄県民に強いるものとなるのではとの強い危惧の念を禁じ得ない。よって当市議会は、有事法制については、慎重審議を強く求めるものである。
有事法制反対に関する意見書
開会中の第154回通常国会で審議されている有事関連法案は、地方公共団体や住民の生活に深くかかわる内容を含んでいます。しかし、武力攻撃事態法案における「緊急事態」「有事」の定義が極めて広く、「武力攻撃事態」については、日本に対する武力攻撃の「恐れ」や「予測される場合」を含めて極めて広い範囲を設定していますが、それぞれの定義が曖昧にされたままとなっています。また、地方自治体に具体的説明のないまま、首相が地方自治体の長の権原を越えて代執行できる権限が盛り込まれていることなど、地方自治拡充と地域住民の安全確保を直接付託されている本義会として、十分な説明を求めないわけにはいきません。
地方自治体に対し、内閣総理大臣が代執行権を行使する場合には、具体的にどのような状況のもとに、どのような事例において、どのような手続きにより執行されるのか、また、地方自治体の長による住民の安全確保のための「意見の申し出」についてはどの程度尊重されるのかなど、具体的な点について明らかにされるよう要請いたします。
また、これらの重要事項について、国会での十分な議論を尽くしていただくことを要請するとともに、地方自治体への具体的説明がないまま、今国会でこれらの法案の成立を強行することには強く反対します。
「やんばる・ヤマトだより」バックナンバー
2002年6月15日 NO.64 沖縄・復帰30周年を迎えて
2002年5月25日 NO.63 元気に怒る! 沖縄の女性たち
2002年5月21日 NO.62 沖縄からみた有事法制 その2
2002年5月10日 NO.61 沖縄からみた有事法制 その1
2002年5月 6日 NO.60
事故・事故・事故。米軍による事故が連続して起こっている。・・・
2002年4月28日 NO.59 日米安保・サンフランシスコ講和条約発効50周年を迎えて
2002年4月27日 NO.58
米によるフィリピンへの軍事介入反対!アメリカは沖縄を支援基地にするな。
2002年3月28日 NO.56
阿波根昌鴻さんが亡くなられた。・・・・
「生活が第一で、闘いが二番目。同時に生活を守るためにも闘いが一番目。」
−−−伊江島闘争のあしあと−−−
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