紹介 石川真生さんがHPをつくりました。
http://w1.nirai.ne.jp/mao-i/
みなさん観てください。広げてください。


 真生さんのパワーとバイタリティーにはいつも驚かされる。2度目の「ガン」。どれだけ悲しい思いをしたのか、しているのか、そのことについて直接話を聞くことは私にはできない。でも、真生さんのHPからは、「ガン」を乗り越えよう、やっつけようという思いが伝わってくる。「こんなことでくよくよしていられないのよ!」という声が聞こえてくる。私の方が「しっかり、がんばってよ」と言われているように思えてくる。
 名護市長選を前にして、岸本名護市長、政府が慌ただしく動き出した。ちょうど真生さんの入院生活中であった。なんと真生さん、手術後25日目で名護まで取材にでかけている。そして退院1週間後から名護へ取材にでかける。真生さんの取材につきあったことがあるが、1時間ぐらいで終わらない。2、3時間は当然。8時間以上(もっとだっただろうか)取材を続けていたこともあった。まだまだ自宅療養中の身であるはずなのに、誰もが心配をしているのに、「私が撮らなくてどうする」とめまぐるしく動く名護の取材に奮闘されている。「プロ意識」という言葉だけでは説明できない。一つの対象をとことん見つめる。追いかける。厳しくそして優しい眼差しで。真生さんの生き方そのものが取材する姿ににじみ出ている、と思う。
 普天間代替施設の移設先に名護市の名前が浮上してすぐ、1996年末から真生さんは名護市に入り込んで、時には名護・東海岸に住んで取材を続けている。地元の人に密着した真生さんから、私はたくさんのことを学んできた。新基地建設反対の立場である私からすれば「賛成派の人なんて・・・」という思いになりがちだ。でも真生さんにくっついて賛成派の人の話を聞いたときの「本当のところ基地が来て欲しいなど思っていない。でもすでにいらないとは言いにくい」というつぶやきがとても印象に残った。静かに暮らしていた人々に突然政府が海上ヘリ基地、今は新航空基地を名護に押しつけた。そして名護市、特に東海岸の人々は「反対派」「賛成派」に分かれてしまった。真生さんは「沖縄の人間を真っ二つに割った日本政府が、ヤマトが憎い」と、政府とヤマトンチューの責任を鋭く追及する。
 "ヘリ基地建設に揺れる町"はウチナンチューであり6年間地元に密着し続けた真生さんでしか撮れない写真である。新航空基地建設に向けて、名護市長と政府が大きく動き出そうとしている今、是非多くのみなさんに観ていただきたいと思っている。
(大阪では1月中旬に写真展を予定している。)真生さんのHPを通じて全国の人に写真展を開催してほしいと思っている。

(2001年12月16日 事務局 中條佐和子)



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