【シリーズ 教育基本法が危ない!】
小泉内閣は有事法案の成立と教育基本法改悪をワンセットで一挙に進めようとしている
−−有事法制反対と教育基本法改悪反対との結合を−−

2002年7月3日
「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン
事務局(大阪)井前弘幸


(1)はじめに−−「5月末の間一髪の事態」。有事法制強行採決策動の裏で、これに呼応して進んでいた教育基本法改悪の加速化。

 文部科学省は、昨年11月に「教育基本法のあり方及び教育振興基本計画策定」に関する諮問を中教審に対して行いました。これは、教育基本法の早期改悪を要求する自民党内の強硬姿勢に後押しされたものでした。「5月24日にも、有事関連三法案の衆院強行採決か?」と報道され、政府与党の強行突破で今国会における有事法案成立の可能性が現実になったのと同じ頃、中教審も大きく動きつつありました。わずか一ヶ月のことです。中教審は、審議の進行を早めるために「基本問題部会」(座長:鳥居泰彦中教審会長)を設置し、月2回〜3回(総会を含めると毎週近く)の頻度で会合を重ねていました。鳥居会長は、5月28日の総会で、反対意見の存在を無視して、6月21日の総会には「基本法見直しの骨子」(=見直すという結論と見直し内容の骨子)を提出するとの強硬姿勢を明らかにしました。
 有事法制による憲法の全面的な否定に加えて、有事法制審議の陰で、「新しい教育基本法」の早期法案化を狙う「教育勅語」復活論者たちが、教育基本法の全面的改悪に向けた動きを同時に加速させていたのです。「教育勅語」復活論者とは、在野の右翼勢力のことではありません。政権の中枢や政財官界の「有力者」の立場にあって、有事法制を最先頭に立って推進してきた張本人たちのことです。彼らは、今国会で有事法制を成立させ、その勢いで次期通常国会には教育基本法改悪案を国会に上程し、さらに改憲に向けた勢いもつけようと構想していました。小泉内閣支持率の異様な高さと「テロ」を口実とした「戦争のできる国家体制」づくりの勢いに乗って、一気に行動を起こそうと考えていたのです。
 しかし、6月に入ることから国会情勢は大きく転換しました。小泉政権は、今国会での有事法制の採決を断念せざるをえない状況に追い込まれました。有事法制の廃案を要求する運動と慎重審議を求める国内世論が追い詰めたのです。「今国会での有事法制成立断念」が、自民党の強硬姿勢を全てにわたって押し戻す結果になったことは言うまでもありません。中教審・鳥居会長は、反対意見に配慮して6月21日総会での「骨子案」提出を断念せざるを得ませんでした。有事法制強行の流れに乗じて教育基本法改悪を推進するという一挙的な反動化の流れに間一髪のところでストップをかけることができたわけです。
 今から思い返せば、まさに「有事法制」と教育基本法の改悪が、実質的な改憲策動として、ワンセットのもの、一体のものとして、今国会に突きつけられていたのです。私たちは、不覚にもこの両者の一体性を、有事法制強行を断念させた結果として、事後的に理解することが出来たのです。有事法制が、「5月中の衆院可決、今国会中の成立見通し」という事態になっていた場合、中教審総会に「骨子案」が提出され、年内答申・早期「新教育基本法」原案作成の方向に動いていた可能性が非常に大きかったと思われます。
 もしそうだとすれば、今度は意識的に、この両者の廃案・廃棄に向けて次なる闘いに備えなければなりません。教育基本法「改正」推進派が「骨子案」の性急な提出に失敗したとはいえ、小泉政権はあくまでも衆院継続審議を経て、有事関連法案を成立させようとしています。有事法案が息を吹き返せば、「骨子案」提出の圧力がワンセットで強まることは必至です。民主的教職員と教職員運動は、警戒と批判の声を大きくしていかなければなりません。有事法制と教育基本法改悪の一体性をもっと強くアピールして行かねばなりません。政府・文科省の動きを注視し、危険な動きに対してすぐに反撃できる即応体制を構築しましょう。


(2)「つくる会」教科書での後退から「テロ特措法」をテコとした巻き返し−−次期通常国会への「新教育基本法案」上程を目指す自民・特命委員会

 「5月末の間一髪の事態」に至る過程を、もう少し振り返ってみましょう。結論から言えば、そこには教育反動と軍国主義化が同じ一つの過程の2つの現れに過ぎないこと、従って教育反動に反対する闘いと反軍国主義の闘いもまた同じ一つの過程の2つの現れに過ぎないことを見て取ることが出来ます。
 昨年4月の「つくる会」教科書の検定合格は、政府・文科省の歴史歪曲と教育反動政策に対する韓国を初めとするアジア各国での国際的な反対運動を巻き起こしました。「あぶない教科書を子どもたちに渡すな」をスローガンとする採択阻止運動は、全国各地で広範な人々を動かす大運動となり、政府・文科省を窮地に追い込んだのです。扶桑社版教科書の採択率は、0.04%を割り込み、「つくる会」は大打撃を受けました。その後も、小泉首相の靖国参拝強行など現内閣に対する内外の批判が高まっていました。文科省は、「教育改革国民会議」答申(2000年12月)以降急速に準備してきた「教育基本法改正」に向けた中教審への諮問を躊躇せざるを得ませんでした。
 しかし、いわゆる「9・11テロ」とその後のアメリカによる対アフガニスタン戦争とその拡大によって、情勢が大きく変化したのです。「テロ対策特措法」の強行可決とそれに続く有事法制論議です。小泉内閣は、「何もしないでテロを撲滅できるのか」「備えあれば憂いなし」のあいまいで情緒的な議論だけで、永田町内の与党の「数の力」で押し切ろうとする強硬姿勢をとり続けました。昨年秋以降、政府・与党は有事立法の法案化を急ぐ一方、文科省に対する「教育基本法改正」圧力を一気に強化しました。「文科省がやらないならこちらで法案を準備する」として、自民党内に「教育基本法検討特命委員会」を組織して、「改訂教育基本法」の早期法案化に向けた強硬な動きを開始しました。
 また、自民党は今年1月、教育基本法検討特命委員会(委員長・麻生太郎政調会長)を党内に設置し、教育基本法の全面的な改悪を前提にした法案作りを急ぎました。同委は、麻生太郎政調会長の直属機関であり、メンバーは森喜朗前首相、町村信孝幹事長代理ら小泉政権を支える自民党幹部たちによって構成されています。今国会中にも中間報告を行い、秋には最終報告をまとめて、次期通常国会への法案提出を目指すと明らかにしています。そのために、教育基本法の改悪を以前から主張してきた財界人や右翼団体・学者らから次々と意見聴取を行い、「新教育基本法案」の具体化を急速に進めててきました。意見聴取を行ったのは、西澤潤一(新しい教育基本法を求める会会長)、石井公一郎(同代表委員)や鈴木勘次郎(全国教育問題協議会理事長)、山本豊(同常任理事)など教育基本法改悪の急先鋒を担う人物です。「新しい教育基本法を求める会」の事務局長は高橋史朗・明星大学教授です。さらに代表委員として西尾幹二・坂本多加雄・三浦朱門・長谷川美千子などの名前が続々と出てきます。「つくる会」の中心メンバーです。つまりこの会は、「つくる会」の別動隊と言っても過言ではありません。自民・特命委は、「憲法の精神を踏まえて制定された基本法の改正によって、憲法改正への弾みにもしたい」(特命委幹部)と露骨にその本音を語っています。


(3)教育基本法の外堀を次々と埋めてきた政府・文科省・教育委員会−−学校現場に次々襲いかかる教育基本法の先取り攻撃。

 政府は「教育改革国民会議」報告を受けて、昨年6月、「教育改革関連6法案」を可決成立させました。その内容は、以下の通りです。
@教育危機の責任を家庭に転嫁し「教育の原点は家庭」にあるとして国家が家庭教育に介入すること。
A道徳教育を強化し「奉仕活動」を強制すること。
B問題を起こす子どもの出席停止を容易にし彼らを学校から排除すること。
Cエリート教育の推進のために、習熟度別少人数学級の編成、大学入学年齢制限の撤廃と大学三年からの大学院進学、高校通学区の弾力化を行うこと。
D「教員評価制度」を導入し、「指導力不足」を口実に「日の丸・君が代」の強制や奉仕活動に反対する教員を排除すること
E校長権限の強化と教頭複数制など管理体制を強化すること、等です。
 この6法案の成立強行によって、すでに以前にも紹介された「指導力不足」等を口実とした民主的教員の排除が始まり、「教員評価制度」に基づく「物言わぬ」教員づくりが進められています。「つくる会」の公民教科書と見紛うような文科省作成の「心のノート」が全小中学校に配布され、国家主義的な道徳教育の推進も始まっています。
 彼らが教育基本法に盛り込もうとしているのは、国家主義的愛国心=国家への忠誠であり、「個」を捨てた「公」への奉仕の義務であり、「教育勅語」の精神そのものです。また、そのような「教育」を教員に強制し、従わない教員を学校から排除することです。有事法制論議の陰で、しかし一体のものとして行われているこの危険な動きにストップをかけなければなりません。子どもたちを戦場に送り込むための一切の準備を許さないために、私たちは教育基本法を改悪しようとするいかなる動きや主張にも反対します。
 何回かのシリーズでこの問題を取り上げ、「教育勅語」復活論者たちの動きや主張を批判し、教育基本法そのもの意義について検討していきたいと思います。




資料1:教育基本法改悪と教育制度改悪の文科省シナリオ

 これらの教育反動化政策は、教育基本改悪までの道筋を示す“基本計画”(「21世紀教育新生プラン」(2001年1月25日 町村文相・当時)に基づいて、計画的に進められています。
 以下は「新生プラン」の項目です。最後のOとPが、「最後の仕上げ」として中教審に諮問されている項目です。
@教育の原点は家庭であることを自覚する(「家庭教育手帳」の配布や地域的社会的教育への国家的介入等)。
A学校は道徳を教えることをためらわない(「心のノート」配布、「心の先生(道徳専門の教員配置)」等)。
B奉仕活動を全員が行うようにする(全員への「奉仕」活動の義務づけ等)。
C問題を起こす子どもへの教育をあいまいにしない(「問題行動」を起こす子どもの出席停止等)。
D有害情報から子どもを守る。
E一律主義を改め個性を伸ばす教育システムを導入(習熟度別学習、スーパーサイエンスハイスクールなどエリート教育の推進等)。
F記憶力偏重を改め大学入試を多様化する。
Gリーダー養成のための大学・大学院の教育・研究機能を強化する(大学の競争的環境の整備、国立大学の再編・統合等)。
H大学にふさわしい学習を促すシステムを導入する(各大学の自己点検・評価制度等)。
I職業観・勤労観ををはぐくむ教育を推進する。
J教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる(「指導力不足教員」の排除、「教員評価制度」の導入、官製研修の強制と強化等)。
K地域の信頼に応える学校づくり(学校自己評価システムの導入、学校評議会制度導入、教員免許取り上げ事由の強化、小中学校通学区の弾力化等)。
L学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れる(教職員人事における校長権限の強化等)。
M授業をわかりやすく効率的なものにする。
N新しいタイプの学校(コミュニティー・スクール等)の設置を促進する。
O教育政策の総合的推進のための教育振興基本計画の策定。
P新しい時代にふさわしい教育基本法を。




資料2:教育基本法「改正」論者たちの主な主張の概要

 「教育基本法の改正」を主張する者たちは、この2〜3年、以下のような「改正」を主張してきました。すべて「つくる会」教科書の執筆者・会員やその協力者であり、それを支える議員たちです。今後、これらの主張を具体的に取り上げ、その批判を行っていきたいと思います。

@96年に教科書から「慰安婦」記述を削除するよう地方議会への請願運動を呼びかけた「社団法人全国教育問題協議会」は、99年8月29日、第19回全教協教育研究全国大会・教育シンポジウム99を開催。テーマは「教育荒廃の根源を衝くーいまのままでよいのか現行教育基本法」。コーディネーターは今井久夫(日本評論家協会理事長)、助言者は杉原誠四郎(武蔵野女子大学教授・「自由主義史観」研究会会員)。パネラーは、自民党・民主党・公明党・自由党の国会議員。大会の協賛は、日本会議・日本弘道会・日本評論家協会・時代を刷新する会・日本教師会・東京教育研究協会・全国教育問題国民会議・日本童謡の会で、後援は、読売新聞社・産経新聞社・日本教育新聞社。「社団法人全国教育問題協議会」は全国の、PTA幹部の有志が政治活動を行うためにつくった組織。同会前副理事長梶山茂は89年3月に本島等長崎市長(当時)に実弾入りの脅迫状を送り有罪判決を受けた人物。
「全国教育問題協議会(社)」の「教育基本法改正案」(1999.8)の一部。
(前文)『真理と平和を希求する人間の育成を期する』→「真理と平和を希求し、日本の伝統と文化を尊び、国を愛し、国を守る国民の育成を期するとともに」
(教育の目的)第1条  『真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた』→「真理と正義を愛し、日本の伝統及び文化を尊重し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、感謝の念と奉仕の心を持ち、自主的精神に充ちた」
(教育の機会均等)第3条  『その能力に応ずる教育』を受ける機会 →「適性とその能力に応ずる教育」を受ける機会
(宗教教育)第9条  『宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。』→「宗教心の涵養、宗教に関する知識、寛容の態度の形成及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを重視しなければならない」

A自民党・教育改革実施本部(本部長:森山真弓元文相・当時)の教育基本法研究グループ(主査河村建夫衆院議員)(1999.8)
 教育基本法の本格的な見直し着手を決定。「平成の教育勅語を念頭に議論する。」(河村議員)その中身は「国を愛する心、日本の歴史・伝統の尊重、国民としての義務、道徳心」(自民党「教育改革推進の提言」97年10月)を強調したもの。

B新しい教育基本法を求める会「新しい教育基本法を求める要望書」(2000年9月18日)
◇6項目の要求 (1)伝統の尊重と愛国心の育成
           (2)家庭教育の重視
           (3)宗教的情操の涵養と道徳教育の強化
           (4)国家と地域社会への奉仕
           (5)文明の危機に対処するための国際協力
           (6)教育における行政責任の明確化
 (会長:西沢潤一 代表委員:石川忠雄、稲葉興作、石井公一郎、亀井正夫、川島廣守、坂本多加雄、西尾幹二、長谷川三千子、三浦宗門、渡部昇一ら 事務局長:高橋史郎)

C「教育改革国民会議」最終報告(2000年12月22日)
◇教育基本法を考える3つの観点
  (1)新しい時代を生きる日本人の育成
  (2)伝統、文化など次代に継承すべきものを尊重し、発展させていくこと
  (3)これからの時代にふさわしい教育を実現するために、教育基本法の内容に理念的事項だけでなく、具体的方策を規定すること

◇「国民会議」最終報告に基づく文部科学省「21世紀教育新生プラン」
                             (2001年1月25日)
  教育基本法改悪の先取り的なし崩し的具体化プラン

D新・教育基本法検討プロジェクト「新・教育基本法私案」(2001年2月19日)
◇教育の目的は、・・我が国の歴史・伝統・文化を正しく伝え立派な日本人をつくること。
◇基礎的なしつけ・人間としての教育の実践は主として家庭にゆだねられる。
◇(教育の機会均等)・・不当に差別されてはならない。 ・・バウチャー制度で。
◇(教育の義務)・・子女もまた努力し一定の教育水準に達しなければならない。・・・義務としての教育の目標は、国民として今後の社会に対応できる公徳心・・。
◇学校は、教育の一環として社会奉仕活動を推奨する。
◇宗教的情操の涵養・・は、これを尊重する。特定の宗派のための教育は、・・してはならない。
◇親権者及び子女から学校長に信託された教育権。教育行政は、国家から地方公共団体にゆだねられたもの。
 (主査:加藤寛、石井威望、渡部昇一、屋山太郎、和田秀樹、八木秀次、江口克彦、事務局長:秋山憲雄)