安倍政権:「主張する外交」と「血の同盟」
−−対北朝鮮恫喝・挑発外交と集団的自衛権の解釈変更−−


[1]はじめに−−政権成立と同時に集団的自衛権行使「再解釈」を戦略課題に設定。「主張する外交」とワンセットの集団的自衛権行使

(1) 9月26日、安倍新政権が誕生した。新政権は、安倍氏に近い右翼的な信条を持ち忠誠心を示した「盟友」を内閣と補佐官に集めた右翼反動内閣である。
 新内閣には「安倍晋三応援隊」で功績のあった議員たちを優遇し、歴史教科書の書き換え運動や朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)に対する強硬外交などで安倍氏に近い連中がずらりと顔を並べている。「拉致議員連盟」の麻生外相や佐田行革相、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の長勢法相、「対北朝鮮外交カードを考える会」の管総務相、「党拉致対策本部」の甘利経産相や若林環境相、若手右翼の高市沖北相、等々。そして自民党政調会長にはNHK「慰安婦」問題番組改竄を共に進めた盟友の中川昭一政調会長、首相補佐官には北朝鮮強硬路線で共闘した中川恭子氏や靖国問題で論陣を張る小池百合子氏が入っている。

 安倍首相が命名した「美しい国創り内閣」なるものは、改憲と教基法改悪、侵略戦争の美化・礼賛、歴史の歪曲と開き直り、日米同盟を基本としたアジア諸国への「力の外交」、特に北朝鮮への強権的な恫喝外交・軍事挑発、海外派兵とアメリカの侵略戦争への加担、弱者の切り捨てと格差社会の国造りをすすめる、正真正銘の反人民的な右翼反動内閣、「醜い国造り内閣」に他ならない。海外メディアは、早速「日本に超タカ派政権誕生」などと報じ、安倍の歪んだ歴史認識などを批判している。


(2) 安倍首相は、9月29日の「所信表明演説」において、歴代首相として初めて「集団的自衛権の解釈変更」に言及し、その個別的事例の研究を進めることを明言した。そして、教育基本法「改正」の早期成立に言及し、教員免許更新制度の導入や学校間の競争の促進などの教育格差拡大と教員締め付けの方針、そのための「教育再生会議」の発足などを提起し、教育問題が臨時国会と安倍政権の最大の課題になることを明らかにした。安倍首相は同時に「改憲論議の促進」を掲げ、「改正手続き」の法案の早期成立を打ち出した。
※安倍首相 所信表明演説の全文 (首相官邸) http://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2006/09/29syosin.html

 しかし、安倍首相は所信表明演説では、日本国憲法を中心に形成されてきた戦後民主主義の日本を否定する「戦後レジームからの脱却」や5年以内の憲法「改正」など、総裁選の過程で彼が執拗に主張してきた反動的な中身をぼやかし言及しなかった。これは、靖国問題での「あいまい戦術」同様、自らの右翼的・極右的な信条を政策として露骨に表明するやいなや政権が不安定化するという安倍政権が持っている根本的な弱点を示している。
 ただ同時に、私たちは、安倍新政権の姑息な「あいまい戦術」の下で、具体的諸政策については、筋金入りの右翼勢力で首相補佐官と首相・官邸権力を固め、着々と軍国主義的で反動的な政策を実施に移す策略を練っていることを警戒しなければならない。


(3) 私たちはすでに、臨時国会の最大の焦点になろうとしている教育基本法の改悪と教育反動の危険性については、総裁選の段階から特に警鐘を鳴らしてきた。本稿では特に「所信表明演説」で明らかにされたもう一つの危険な側面である、安倍政権の軍事外交政策、特に集団的自衛権の解釈改憲の危険性について批判したい。
安倍政権との闘いに備えよう!−−臨時国会最大の争点、教育基本法改悪の危険性−−(署名事務局)
※首相が所信表明演説、集団的自衛権の事例研究を表明 (読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060929it04.htm?from=top

 集団的自衛権の解釈変更の関心は、アメリカが行う侵略戦争に侵略軍として本格的に自衛隊を参加させるための条件整備である。安倍首相は、所信表明演説で言明したように、軍事外交政策の具体化として集団的自衛権に関する政府解釈変更への着手を宣言し、集団的自衛権行使に向かって突き進む考えである。安倍政権は、今臨時国会で問題となる海外派兵「恒久法」の制定、防衛省への昇格、さらには軍事外交面での首相・官邸権力の強化のための日本版NSC設置に続く課題として、集団的自衛権行使を明示したのである。
 もちろん、その最終目標は9条の武力不行使、交戦権禁止、軍隊不保持という基本的な枠組みの転覆と憲法全面改悪にある。「集団的自衛権の行使」の研究と解禁はその当面の最重要の課題に位置している。それは現行憲法の下で、憲法9条を完全に骨抜きにする究極の解釈改憲、平和憲法否定の最後の一線を越える解釈改憲による憲法の否定である。小泉前首相は、アメリカのアフガン戦争、イラク戦争に加担、参戦しながらも、集団的自衛権の解釈変更に踏み込むことはなかったが、安倍首相は、政権成立の冒頭からこれを公然と自らの最重要課題に掲げ、この危険な解釈改憲に突き進もうというのである。

 安倍首相は、外交政策については、「主張する外交への転換」として、自ずからが主導した国連での北朝鮮の経済制裁決議を自画自賛し、日米同盟を機軸とした強硬外交を展開することを明言している。「主張する外交」とは、日米軍事同盟を背景に武力攻撃をもちらつかせながら、言うことを聞かない国々を恫喝によって黙らせ従わせる、そのような危険極まりない“帝国主義外交”である。このような外交政策は絶えず戦争に行き着く危険性をはらんでいる。
 安倍氏のもつ右翼的・反動的・反共的性格が北朝鮮強硬策、対アジア強硬外交として展開され、それに集団的自衛権の解釈変更が結びつくとき、極めて危険な状況が生まれる。私たちは、絶対に集団的自衛権の解釈変更と対北朝鮮恫喝外交・軍事挑発を許してはならない。



[2]日米安保を「血の同盟」(安倍晋三)に−−“朝鮮半島有事”に備えた集団的自衛権の行使

(1) 安倍首相は、総裁選の過程から、集団的自衛権の行使に関する政府解釈の変更を争点の一つに浮上させ、「解釈改憲で集団的自衛権を認める」という主張を展開した。この問題は臨時国会の最大の焦点になるだろう。
※総裁選では、谷垣、麻生両氏がそれぞれ、「集団的自衛権の行使容認は憲法改正で対応すべきだ」、「集団的自衛権は条件をきちんとした上で使えるよう考えてしかるべきだ」と主張し、即刻の解釈改憲には否定的な態度を示していたのに対して、安倍氏の主張は極めて特異であった。しかしながら、3者とも、具体的事例の研究の必要性については一致していた。

 集団的自衛権問題は、「持っているが憲法によって行使を禁じられている」というのがこれまでの政府見解であり、解釈改憲のぎりぎりであった。1981年、「保有しているが行使できない」とする政府答弁書が閣議決定されている。小泉首相は2001年4月の就任時に「米軍が攻撃を受けた場合、日本が何もしないということが本当にできるのか」と述べ、集団的自衛権行使を問題にしたが、これそのものの変更には踏み込まなかった。04年1月の国会答弁で安倍氏は、「集団的自衛権行使の制約は、数量的な概念を示しているのであって、必要最小限を超える集団的自衛権の行使はできないとしているにすぎない」と主張し、「最低限の集団的自衛権の行使」を認めるよう要求した。しかし、内閣法制局は専守防衛の立場から、自衛隊の武力行使は「我が国への武力攻撃の発生」がない以上認められないという立場を貫いた。

 首相の座を手に入れた安倍氏は、持論である「持っているものは当然使える」との主張によって従来の政府見解を一蹴し、一挙に集団的自衛権の行使承認に道を開こうとしている。安倍氏とその取り巻きの右翼学者たちは、首相就任のはるか以前から集団的自衛権行使を認めない内閣法制局見解転覆を最重要の攻撃目標と定めており、「集団的自衛権に関する具体的事例の研究」とはその開始の宣言である。安倍就任と同時に、内閣法制局長官が辞任した。まるで従来の見解を守る当事者が残っているのが不都合なように。危険な動きの始まりである。
 安倍氏は一方では、昨年10月に自民党憲法調査会が策定した改憲案では曖昧にされている「集団的自衛権」を、憲法で明文化するよう主張している。彼は、「憲法改正」で集団的自衛権を明記することを主張しながら、今すぐ集団的自衛権行使承認に道を開くという2段階戦法をとっているのである。


(2) では安倍首相はなぜ解釈見直しによる集団的自衛権の行使解禁を目指しているのか。なぜそんなに急がねばならないのか。安倍首相は改憲が挫折する可能性を想定しているのだろうか。いや、そんなことはないだろう。おそらく、国民投票法などの周到な準備をし、万が一にでも「憲法改正」が否決されるような事態は想定していないだろう。「戦後レジームからの脱却」の最大の課題である「5年以内の改憲」を本気で考えているはずである。
 安倍氏は、「集団的自衛権の行使」が迫られる事態が憲法改悪をまたず、近い将来必ずやってくると考えているのではないだろうか。あるいはもうやってきていると考えているのではないか。彼が念頭においているのは明らかに北朝鮮である。アメリカが北朝鮮に軍事挑発を仕掛けること、あるいは、軍事的緊張が高まり偵察機の撃墜や武力衝突、あるいは海上封鎖に伴う武力衝突などで米と北朝鮮間に「交戦」があると考えているのではないか。そのときに日本の自衛隊がどういう態度をとるのかが問われると考えているのである。その時、攻撃された米軍機や米艦と一緒に反撃の軍事行動に参加しなければ、米から決定的に見放されると思っているのだ。
※安倍氏は「集団的自衛権を持っても必ずしも行使するとは限らない」「その時の政権の判断」「NATOは50年間行使しなかった」などとと語り、現実の情勢とは無関係のように装っている。しかし、その後でNATOは「50年経って、9.11、アフガンで初めて集団的自衛権を行使した」と付け加え、対テロ戦争が全面に出てきた状況で、意義が高まっていることを認めている。つまり戦争に直接参加する事態があると考えているのだ。彼が例に取り上げているのはPKOやPKFではない、軍事的小競り合いや「防衛のための武力行使」ですらない。正真正銘の戦争、それも侵略戦争があり得ると考えているのである。


(3) これは、安倍氏がもつ好戦性と日米安保観が反映されている。日本のために闘って血を流してくれる米兵と一緒に戦うべきだ、これが安倍氏の考えである。彼は、軍事同盟は「血の同盟」(『この国を守る決意』安倍晋三、岡崎久彦著)であるべきだと主張し、日本の自衛隊が「アメリカが攻撃されたときに血を流すことがない」状況を偏ったものと捉え、日米安保の「双務性を高めることは具体的には集団的自衛権の行使だ」と言い切る。要するに、米軍との軍事共同行動に自衛隊が武装して参加し、武器を使用できるようにすることが差し迫った課題だと考えているのである。
※「血の同盟」−−殺す同盟、死ぬ同盟ということ、非常に分かりやすい表現ではないか。安倍氏は、共著の形をとる『この国を守る決意』(安倍晋三、岡崎久彦著 p62−63)において、はっきり主張する。「われわれには新たな責任というのがあるわけです。新たな責任というのは、この日米安保条約を堂々たる双務性にしていくということです。・・・・いうまでもなく、軍事同盟というのは“血の同盟”です。日本がもし外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します。しかし、今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、少なくともアメリカが攻撃されたときに血を流すことはないわけです。実際にそういう事態になる可能性は極めて小さいのですが、しかし完全なイコールパートナーと言えるでしょうか。・・・双務性を高めるということは、具体的には集団的自衛権の行使だと思います。この問題から目をそむけていて、ただ、アメリカに文句を言っていても物事は前進しませんし、われわれの安全保障にとっても有益ではないと思います。」

 しかし、ごまかしにのせられてはいけない。日本に対する攻撃などあり得ない。まるで自衛のための武力行使がすぐにでも必要であるかのような言い方、国民を脅して軍事力増強を呑ませるやり方は、安倍氏ら右翼の常套手段にすぎない。現実には巨大な軍事大国であり、核安保でアメリカと同盟している日本に軍事的に立ち向かう国などありえない。安倍氏自身が著書の中でそのことは認めている。「金正日は支配の維持のために自滅的な戦争をするほど非合理ではない」と。実際にあり得るのは、アメリカと組んで北朝鮮に軍事的圧力をかけたり軍事的包囲を行う過程で小競り合いや衝突が起こったり、あるいはそれを口実にアメリカが一方的に攻撃を仕掛けることである。安倍氏の主張はこのような場合に、「血の同盟」でアメリカと肩を並べて戦えるようにするということに他ならない。「自衛」などとはほど遠い、血なまぐさい侵略戦争への参加に道を開こうとする動きである。
 さらに安倍氏の論理を徹底すれば、世界のどこであろうとアメリカの軍艦や航空機が攻撃されれば、日本は直ちに相手に対して宣戦布告をしなければならなくなる。「完全攻守同盟」の主張であり、世界的な侵略国家アメリカと一緒に戦争をやりまくろうというとんでもないエスカレーションを含む主張である。
※初めて朝鮮半島有事、台湾海峡有事を想定した1999年の「周辺事態法」にしても、政府は「戦闘地域」と「後方地域」、「戦闘」と「後方支援」をあえて人為的に区別し、自衛隊は「戦闘行動」には加わらず、もっぱら「後方支援」のみ行うと弁明した。2003年に成立した「武力攻撃事態法」では、「わが国に対する武力攻撃」だけではなく、「武力攻撃のおそれのある場合」や「武力攻撃が予測されるに至った事態」を加え、公海上の日本の自衛艦、船舶に対する「組織的、計画的攻撃は、日本に対する攻撃とみなす」としたが、米艦船や米兵への攻撃を日本への攻撃と見なし日米が一体となって戦闘作戦を遂行するような事態は想定されていない。「テロ特措法」や「イラク特措法」でも許されるのはあくまで米艦船への燃料補給や物資輸送などの後方支援、人道復興支援である。安倍氏の主張する「集団的自衛権の行使」はこれらの制約を一気に取り払い、米軍と共に武力攻撃作戦を遂行することを可能にする。


(4) もう一つの可能性は「多国籍軍」への参加である。これも国連を前に立てたPKO、PKFの枠をはるかに越える。「多国籍軍」(彼らはソマリアなど念頭に置いている)で、改憲以前に武力行使を行うこともあり得ると考えているのではないか。
 すでにレバノンでは自衛隊にUNIFILへの参加が打診された。13万人を越える米軍の投入の下で泥沼化し、部分撤退の見通しさえ立たないイラクの現状、NATO軍の駐留の下で、タリバンの抵抗闘争が活発化しているアフガニスタンの現状などで、西側帝国主義諸国の軍事力は限界に来ている。こうした西側諸国とともに、帝国主義的世界秩序、帝国主義的途上国支配を維持するために、軍事的貢献をするという狙いである。かかる米欧諸国の軍事的限界の中で、さらに何か起これば日本も直ちに出動する体制が必要であると考えているのは明らかである。そのために海外派兵恒久法が臨時国会に準備され、そこではイラクではできなかった武器使用の緩和、治安維持活動への従事が解禁されようとしている。
 しかし、安倍氏は治安維持活動などはるかに超える多国籍軍による公然たる武力行使の事態もあり得ると考え、集団的自衛権行使を主張しているのかもしれない。安倍氏と、戦争がやりたくて仕方がない戦争屋のようなブレーンたちは、日米軍事同盟こそが「国益」であると考えており、米国と米軍のためにはグローバルな規模で一緒に軍事行動をするのは当然と考えている。彼らは、集団的自衛権とは世界中のどこでも自衛隊が武力行使に参加できる権利と考えているのである。
※『安倍晋三対論集−−日本を語る』(PHP研究所)で、安倍氏は中西輝政氏と以下のような対談を行っている。「安倍;『国連』という冠がつくだけで、極めて美しい世界の話だと誤解する人たちがいますから。多国籍軍への参加ですが、集団安全保障の理論に基づいて参加するといっても、わが国は集団的自衛権を行使できません。やはりここは真剣に議論しなければいけません。」「中西;後方に活動を限定すると言っても、戦線の状況に左右されかねませんから、基本はやっぱり集団的自衛権の問題をしかりクリアすること」だ。
 つまり、国連のお墨付きがあるからといって、後方支援や人道援助で安全だというような幻想をもつな、ということである。いつ戦場の最前線にたたき込まれるかわからないという覚悟が必要だ、そのために集団的自衛権の問題を解決しておかなければならない、というのである。

 
(5) 安倍氏のブレーン達の中では「血の同盟」はさらにエスカレートし、とどまるところをしらない。中西輝政氏らは新著「核武装を考える」で、北朝鮮がアメリカまで届くミサイルと核兵器の開発に成功した場合には、アメリカは自国への攻撃と被害を恐れて日本が攻撃されても動かない、「日米安保は担保されない」と主張している。だから日本は自国防衛のために独自核武装の選択に突き進まなければならないというのだ。ここに見られるように安倍氏の「血の同盟」から核武装への主張へはほんの一歩でしかない。しかも何も敵の核ミサイルは北朝鮮でなくても良い。現に中国は大陸間弾道弾も中距離弾道弾も保有している。彼らの論によれば、対中国で安全保障を考える時には日米安保は担保されないから、独自の核武装ということになる。



[3]ミサイル防衛と直結した集団的自衛権の行使

(1) この夏、日米の対北朝鮮対応には重大な変化が起こっている。ブッシュ政権は、昨秋の金融制裁を皮切りに対北朝鮮政策を転換し、締め付けと孤立化の強硬策を前に出し始めた。アメリカは北朝鮮を締め上げることによってミサイル発射にまで追い込み、さらに追い打ちをかける形で7月15日には国連での北朝鮮非難決議を強行した。ここでイニシアチブを発揮したのは、当時官房長官であった安倍氏である。さらに日本政府は、総裁選の前日の9月19日に、外為法に基づく北朝鮮への金融制裁を発動し、さらに臨時国会では、より包括的な金融制裁法案の採決を目論んでいる。極めて挑発的で敵対的な強硬外交が、日米によって行われた。報道されないが、現在の金融制裁は北朝鮮に対する事実上の貿易禁止措置である。米銀が北朝鮮関連企業との取引を停止し、北朝鮮はドルによる貿易決済がまったくできなくなっている。韓国と中国を通じたルートが残っているだけである。
北朝鮮ミサイル発射問題と日本の反戦平和運動の諸課題==日米両政府による金融・経済制裁強化に反対する(署名事務局)

(2) このような北朝鮮への政治的経済的締め付けと並行して、米軍の空海合同軍事演習“ヴァリアント・シールド2006”、ベトナム戦争以来最大といわれる総計2万余の兵力を動員した環太平洋大軍事演習“リムパック2006”、「ならず者国家」などへの反撃態勢「グローバル・ストライク」構築のための爆撃演習など、今年に入って切れ目無く北朝鮮などを敵と想定した挑発的な軍事演習が米国を中心として立て続けに行われてきた。
 軍事演習だけではない。8月29日には、ミサイル防衛(MD)の一環として米イージス巡洋艦「シャイロー」が横須賀基地に配備された。このイージス艦は、北朝鮮の弾道ミサイルを海上から迎撃できるミサイルSM3を搭載している。年内に同様の弾道ミサイル迎撃能力をもつ米イージス艦6隻が太平洋で活動することになっている。北朝鮮のミサイル発射を口実に早期実現を表明したミサイル防衛が、米艦船の配備という点ではすでに始まっているのである。
 しかもこの「シャイロー」は、ハワイ沖で6月23日に、ミサイル迎撃実験を行い、成功させている。そしてこの訓練には、日本のイージス護衛艦「きりしま」がはじめて参加し、模擬弾道ミサイルの航跡を追尾、支援するということまで行っているのである。


(3) 実はこのイージス艦の配備が、「集団的自衛権」の問題に直結しているのだ。それを在日米海軍司令官ジェームズ・ケリー少将が明かしている。9月7日、ケリー少将は日米が進めるミサイル防衛の連携に関連して、「海自艦船が攻撃されたら米海軍は海自側を守るが、逆のケースで海自は米海軍を守れない問題がある」と語った。在日米軍制服組トップが、集団的自衛権問題を解決するよう要求する異例の発言である。
※ケリー少将は、「北朝鮮の弾道ミサイル発射への対応」での日米協力について、「日米が守り合うことができる仕組みが必要だと思う。集団的自衛権行使ができるよう憲法改正の議論が深まっていくことを期待したい」と述べ、日本海でMD任務に就く両国艦船が、北朝鮮戦闘機などに攻撃される可能性を例に挙げ、集団的自衛権行使の議論を促した。ケリー少将は「米第七艦隊、防衛庁など、どこが瞬時に対応を決断するかが決まっていない」などと指揮統制の問題にも触れている。
※安保の現場から・米軍再編を追う(141)(沖縄タイムズ)http://www.okinawatimes.co.jp/spe/anpo20060617.html
※憲法改正論議に期待感示す/在日米海軍司令官(神奈川新聞)http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/localu35/

 MD対応については、日米政府関係者の協議が9月6日に始まっている。北朝鮮に対するミサイル防衛をめぐって集団的自衛権問題がすでに日米の制服組によって俎上にあげられ、背広組が追随するという事態が生じているのだ。


(4) 所信表明演説での集団的自衛権の個別事例の研究に関して、読売新聞は以下のような事例を挙げている。「海上自衛隊と共同行動している米海軍の艦船がミサイル攻撃を受けた場合に、1キロ離れたところにいる海自艦が反撃する」。しかし安倍氏はもっと露骨である。「攻撃を受けて敵の基地を攻撃するために・・・米軍のF16が攻撃に向かう時、護衛に飛ぶ航空自衛隊F15はどこまでそのF16を守るべきなのか、・・・護衛として敵地の上空まで飛べるのか」(『この国を守る決意』安倍晋三 岡崎久彦著)。安倍氏の持論の対敵地攻撃にまで、集団的自衛権を適応させようとしているのである。
 このような事例は、「日本海を航行する米のイージス艦への攻撃」あるいは、「ミサイル発射」、「発射の兆候」などを口実に、日本の海自艦がミサイルで応戦するという事態を想定するものである。アメリカによる北朝鮮への軍事挑発・戦争に日本が参戦することを意味する。



[4]「主張する外交」、金融・経済制裁の裏付けとしての軍事力と集団的自衛権の行使−−危険な“帝国主義外交”

(1) 私たちは、安倍政権によって、戦後初めて“力の外交”“帝国主義外交”を本気で実施に移そうと考えていることに、厳しい批判を集中しなければならない。
 ここに、集団的自衛権の解釈変更のもう一つの重要な要素がある。それは、安倍氏の言う「主張する外交」、対北朝鮮強硬外交、金融・経済制裁−−これらを力あるものにするために「集団的自衛権」の解釈変更を不可欠と考えているのではないかという点である。すなわち、「日米が一体となって対北朝鮮武力攻撃を行う」−−このような脅しを北朝鮮に加えることによってはじめて、強硬外交を有利に展開できるという側面である。

 前述のように、すでにこの夏、安倍氏は当時の官房長官として「北朝鮮非難決議」で主導的役割を果たした。日本外交が初めて国連を舞台にして、北朝鮮を追い詰める封じ込め外交の主役を担ったのである。それと並行して彼は敵地攻撃能力の保有を公然と主張し、政府はMDの研究・配備の前倒し方針を表明した。
 彼は、所信表明演説の「主張する外交への転換」において、北朝鮮のミサイル発射が国際情勢全体を規定するかのような異常な情勢認識を披露し、「わが国の外交が、新たな思考に基づく、主張する外交へと転換するときがやってきたのです。」と仰々しく述べている。彼は後に続けて、「『世界とアジアのための日米同盟』をより明確にし、アジアの強固な連帯のために積極的に貢献する外交を進めてまいります。」という。要するにそれは、日米軍事同盟を強化して北朝鮮強硬政策をすすめていくという以外のことを言っていないのである。


(2) ここでも安倍氏の特異な認識が問題になる。安倍のあれこれの政治的行為ではなく、根底にある北朝鮮に対する蔑視、憎悪と敵意がある。
 安倍氏は、北朝鮮で金正日体制が続く限り相手にできないと考えているのではないか。結局倒してしまうしかないと考えているのではないか。彼は語る、「中国と韓国が援助を続ける限り、金正日政権の命脈が保たれることも確かである。北朝鮮を追い込むには、日米が強い絆を結ぶ」(『この国を守る決意』安倍晋三 岡崎久彦)ことが必要だ。つまり彼の基本的関心は、ブッシュの「悪の枢軸」さながら、金正日政権を対話や交渉の対象ではなく、命脈をいかに絶つかということに向けられている。

 このような古典的なアナクロニズムの「反共意識」を未だに信奉し、それが首相に就任し現実の権力を握ったことの、この上ない危険である。北朝鮮を滅ぼしたいと思っている首相は、話し合いや共存を追求する事などできない。
 小泉はポピュリストとして確たる定見はなく、自らの国民的人気を高めるためには何でもした。「平壌宣言」はその最たるものであった。このようなスタンスは、安倍氏の反共思想右翼のスタンスとは全く違う。安倍首相は、所信表明演説で「私を本部長として拉致問題対策本部を設置し専任の事務局を置く」ことを誇らしげに表明している。恒常的に北朝鮮の脅威を煽る政府機関を設置するつもりである。対北朝鮮政策だけが異様に具体的で自信に満ちている。


(3) 岡崎氏は、前出の対談書で、北朝鮮に対する経済制裁時の禁輸を持ち出し、日米の共同パトロールの必要性を主張し、「武力を使えないパトロールは意味はない」として、「言うことを聞かなければ攻撃するぞ」という恫喝の必要性を説く。
 つまり、集団的自衛権の行使解禁は、将来起こるべき事態に備えた見解整備というのではなく、まさに安倍の言う「主張する外交」=対北朝鮮強硬外交の重要な手段なのである。「日本はいざとなったらアメリカと一体となって武力行使をする事ができるんだぞ、憲法改正はまだだが、集団的自衛権は閣議で認めたんだぞ」−−このような強烈なメッセージを北朝鮮に送り、外交的屈服を強要する手段なのである。
 「北朝鮮によるテロ」を想定した国民保護訓練が福井、北海道、茨城と次々と行われていることと同様、北朝鮮に対する攻撃を想定した「集団的自衛権行使」の個別研究がすすむことそれ自体が脅威なのである。
※安倍氏は、中西輝政氏や岡崎久彦氏、西岡力氏など日本の核武装や対敵地攻撃能力の保有を公然と主張するような右翼的な連中をブレーンとして重用している。それはそのままストレートに安倍政権の政策となるはずはないものの、彼らの意図を反映し、根底において政権の性格を規定せざるを得ない。それは極めて危険なことである。
『「日本核武装」の論点―国家存立の危機を生き抜く道 』(中西輝政 PHP研究所)
※安倍人脈:次期政権像を探る/1〜5 ブレーン政治他(毎日新聞)http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/06sousaisen/jinmyaku/news/20060829ddm005010075000c.html



[5]集団的自衛権問題だけでは「戦争のできる国」は完結しない−−憲法改悪のもう一つの危険性:「国家総動員体制」

(1) 私たちは、ここまで、安倍氏が、憲法改悪に先行して、集団的自衛権の政府解釈の変更を行おうとする意図とその危険性について検討してきた。最後に、彼が解釈改憲だけでなく、憲法の改悪にあくまでも突き進もうとする意味を問題にしよう。それは、一言で言えば、集団的自衛権の行使の解釈改憲だけでは、本当の意味での戦争はできないということである。できるのはアメリカの軍事行動への自衛隊の直接的加担に過ぎない。

 日本を「戦争ができる国」にするためには、国家構造の根本的な転換が必要である。国民の権利の制限と剥奪、「公共の精神」の基本的人権に対する優越、「国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有する」意識(自民党案前文)、要するに日本が行う侵略戦争を全国民が積極的に協力し、喜んで支える体制が不可欠となるのである。9条を軸に構築された日本国憲法を全面的に改悪し、戦争放棄、基本的人権の尊重、国民主権の3原則を廃棄し、交戦権を前提とした全般的な法体系の構築が必要となるのである。−−いわば“総動員体制”である。そこでは、法的・暴力的な“強制”と洗脳による“自発性”の両方が絡んだものとなるだろう。


(2) 安倍首相が臨時国会の最大の目標にしている教育基本法全面改悪は、このような戦争のできる国家体制、憲法全面改悪の露払い、本格的第一歩をなすものである。自民党や政府の言いなりに戦争が必要と思い込む国策に従順な国民、最終的には自衛隊に入って喜んで戦争に参加しようとする国民、国家に忠誠を誓い国家のために命をかけようとする国民を作り出すためには、洗脳教育が不可欠である。国家が国民から教育権を奪い、国家が自由自在に洗脳教育ができる体制づくりが必要と考えているのである。その邪魔になるのが、教育基本法と憲法なのである。教育基本法改悪は安倍政権の下で、文字通り「戦争ができる国」づくりに直結し、子どもを「愛国心」と「公共心」で染め上げる手段として出されてきているのである。


(3) もちろん、事態は彼らが思うままに進むわけではない。集団的自衛権の解釈変更の問題は、言うまでもなくアメリカの侵略戦争への直接的加担に踏み出すのかどうかという問題であり、自衛隊が米軍と一緒になってイラクやアフガニスタンの無実の人々を殺戮するのかどうかという問題であり、米兵のように自衛隊員の犠牲者をどこまで出す覚悟があるのかという問題である。なし崩しと解釈改憲で海外派兵まで進んだとはいえ建前の上では「専守防衛」の自衛隊のあり方を根本的に変えることになる。

−−安倍首相がまず直面するのが、沖縄をはじめとする反基地闘争である。政府の辺野古基地建設の修正沿岸案に反対する闘いは大詰めを迎えている。
 現地の人々は座り込み行動を果敢に粘り強く続けている。県教育委員会による名護市辺野古のキャンプ・シュワブ内の文化財調査の着手への反対行動で、平良夏芽牧師に対する不当逮捕に抗議する激しい行動が連日連夜展開された。11月19日には沖縄県知事選がある。沖縄の稲嶺恵一知事はV字案を容認していない。移転反対を主張する野党候補の糸数慶子さんが当選すればさらに反対運動は力を得、辺野古基地建設は困難になる。
 政府・与党は2007年の通常国会で、「基地再編交付金」制度を導入し地元のへの介入を強めようとしている。しかし、「3兆円」という途方もない金額を米軍のグアム移転・新基地建設、国内の米軍基地再編に投入するという計画は、あまりにも巨額であり理不尽なため、まだ国会にも提出できず、全く見通しがついていない。政府は在沖米海兵隊のグアム移転経費を拠出する根拠法になる「駐留軍等再編円滑化特別措置法案」を提出しようとしているが、どうなるか分からない。
※逮捕された平良夏芽牧師を支援者が激励(janjan)http://www.janjan.jp/column/0609/0609281879/1.php

−−沖縄だけでなく、横須賀への原子力空母母港化、陸軍第1軍団司令部の座間移転反対等々、米軍再編、基地移転・強化に反対して岩国、横田、座間、鹿屋などの全国各地で粘り強く反対闘争が続けられている。

−−安倍首相は、「テロ特措法」の延長方針、すなわちアメリカの「対テロ戦争」へあくまで加担し続ける方針を早々と打ち出しているが、彼が全面支持するブッシュ大統領の「対テロ戦争」はここに来て大きな行き詰まりに陥っている。9.11からの5年間、アフガニスタン戦争からイラク戦争へと続いた戦争の5年間が根本的に問われている。
 最近では、米ワシントン・ポストの記者ボブ・ウッドワード氏が、イラクでの米軍などに対する攻撃が週800〜900件に達しているという情報機関の機密情報を明らかにした。そしてなによりも、「対テロ戦争」として遂行されているイラク戦争そのものが、世界でのテロを活性化・拡大しているという報告をCIAが出したのである。「イラクは大量破壊兵器を持っていなかった」とする報告、フセインはアルカイダとつながっていなかったとする9月8日の米上院委員会の報告に続き、11月の中間選挙にむけて、ブッシュ大統領は改めて痛打を被った恰好である。
 安倍首相は、まさにボロボロになり米国民からも世界からも支持を失っているこのブッシュ政権と「対テロ戦争」を支持し、それへの協力で自分の立場を強化しようとしているのである。ブッシュ政権の弱体化は、安倍政権を根底から揺るがさずには置かないであろう。
※Book Says Bush Ignored Urgent Warning on Iraq(commondreams)http://www.commondreams.org/headlines06/0929-03.htm
※在イラク米軍への攻撃は悪化…ウッドワード氏著書(読売新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060929-00000416-yom-int
※『イラク戦がテロ危険拡大』米機密文書公開 ブッシュ政権に打撃(東京新聞)http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20060927/eve_____kok_____001.shtml


(4) 安倍政権のもう一つの、そして最大の弱点は、おぞましい右翼的歴史認識である。彼は、歴代政府が受け入れてきた「東京裁判」や日本の植民地支配と侵略を不十分ながらも詫びた「村山談話」を公然と否定してきた。「東京裁判」を糾弾し、A級戦犯を擁護してきた。「従軍慰安婦問題」を憎悪し、この問題を取り扱ったNHK番組に介入し、番組ねつ造に関わり事前検閲を行った。要するにあのアジア・太平洋戦争と植民地支配を正当化してきたのである。
 確かに安倍首相は、臨時国会と国会論戦が始まるや否や、これまで持論としてきた自らの歴史認識を押し隠し封印し、「あいまい戦術」と政治的マヌーバーで逃げる方針を突っ走っている。財界が強く求めてきた対中・対韓外交の正常化を何としても実現するためである。しかし、随所に本音が出ている。靖国参拝を公然と否定できない。「靖国神社に行くか行かないかは言わない」と逃げを打つのがやっとである。「村山談話」を認めながら、「国策を誤り、戦争への道を歩んだ」の部分をわざと欠落させ、A級戦犯の戦争責任については「政府として具体的に断定することは適当ではない」と逃げまわっている。

 安倍政権は、首相が元来持っている極右的な思想信条と、新政権として直面する内外の諸課題との間で、深刻なジレンマに陥っているのである。彼は、このような右翼的見解にあくまでも固執し続けるのか、それともそれらを修正・封印することで彼の本来の右翼勢力の支持基盤との軋轢を生み出すのか。あるいは政権としては通常の「保守政権」の外見を呈しながら、ごまかしとあいまいをで国民を騙しながら、軍国主義的で反動的な諸政策をなし崩し的に通していくのか。現時点で予測することはできない。しかし、極めて脆弱な政権であることだけは確かである。
 重要なことは、徹底的な矛盾と弱点の暴露によって、「あいまい戦術」を追撃し追い詰め、突き崩すことである。反戦平和運動を強化すること、当面は最大の焦点である教基法改悪反対の運動を強めることである。その中で、安倍政権の本当の姿、醜悪な右翼的・好戦的内閣であることを人民大衆の前に明らかにしていくことである。それは、10月22日の衆院補選と11月19日の沖縄知事選、さらには来春の統一地方選と夏の参院選へと続く一連の国政選挙での自民党の敗北と安倍新政権の短命化へと導くであろう。

2006年10月2日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局