日朝首脳会談を前にして
−−小泉政権が会談の前になすべきこと−−

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 日本政府は8月30日、9月17日に小泉首相が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問し、金正日総書記と首脳会談することになったと正式に発表しました。日朝間に戦後長期にわたり国交がなく敵対的で不正常な状況が続いていること自体が異常です。一般的には日朝の首脳同士の対話は必要なことだと思います。むしろ遅きに失したくらいです。

 しかし私たちは、今回は素直に歓迎というわけにはいきません。首脳会談に臨む小泉首相の基本姿勢に大きな不信と懐疑を持つからです。首相は会談の前にヤマほどなすべきことがあるはずです。現段階では、小泉首相がなぜ、何のために今首脳会談を行うのか全く不透明なのです。

 大きく2つ考えられます。@真に平等互恵の友好・親善関係のため、平和と緊張緩和のために決断したのか、Aそれともアメリカと連携・同盟して苦境にある北朝鮮を屈服させるために決断したのか。このどちらかによって、会談の目的と性格、その後の進め方について全く異なった方向になります。

 言うまでもなく、これまでの小泉政権の北朝鮮政策の延長線上からは@は絶対出てきません。「拉致事件の解決が国交正常化交渉再開の前提だ」、「在朝被爆者援護は拉致疑惑の進展次第だ」、「北朝鮮にとって国際社会の責任ある一員になることが世界にとってもいいことなんだということを話し合うために行く」等々、明らかにAの姿勢を前面に出しています。

 あるテレビ番組で首脳会談決定の背景説明がありました。「北朝鮮の体制崩壊」が全ての根源だ、今相手は賠償金が欲しくてたまらない、米の「悪の枢軸」論に恐れをなしたのだ、今なら北朝鮮に強い立場で交渉できる、「拉致問題」を初め絶対譲歩してはならない、と大はしゃぎでした。もし小泉首相がこんな不誠実な態度で会談に臨んだとしたら失敗は不可避でしょう。

(2)

 今回の小泉首相による突然の決断に対する私たちの大いなる不信の背景には、これまでの彼自身と政権の言動があります。今回の決断を、小泉政権のこれまでの軍事外交政策の全体の連関の中で、あるいは全般的な流れの中で位置付けたらどうなるか、ということです。

 何よりも小泉政権は、誕生以来ブッシュべったりで対米軍事同盟を最優先させ、北朝鮮を仮想敵と位置付けるブッシュ政権の北朝鮮政策を事実上支持してきました。昨秋には「テロ特措法」を強行採決し米のアフガン侵略に全面的に加担しました。

 北朝鮮に対しては徹底した北朝鮮敵視政策をとってきました。今春国会に上程された有事法制は北朝鮮が最大の狙い目の一つです。不審船への先制攻撃と殺戮・撃沈、不審船対策という名の領海及び周辺公海(経済水域)警備体制=軍事力強化、朝銀問題をめぐる異常に敵対的な対応、その他ヒステリックな反北朝鮮キャンペーン等々です。

 それだけではありません。靖国公式参拝を繰り返し強行し、「つくる会」教科書採択を誘導し、瀋陽事件では徹底した反中国キャンペーンを展開し、中国や韓国に対するタカ派的で右翼的な外交的対決姿勢を前面に押し出してきました。ごく最近も靖国問題でけじめを求める中国に対して高飛車に出て訪中を中止しり、Wカップがあったにもかかわらず韓国との関係はぎくしゃくしたままです。その意味で、小泉政権のアジア外交は完全に行き詰まっていたのです。閉塞状況のアジア外交の「突破口」を、今回の会談に見出したのかも知れません。

(3)

 秋の臨時国会最大の目玉はやはり有事関連3法案です。政府は今度こそ有事法制を採決すると意気込んでいます。ブッシュ政権からの法案制定圧力が強まっているとの動きも聞きます。有事法制とは、ブッシュの対北朝鮮戦争を補完するものです。対北朝鮮戦争準備をちらつかせながらの「首脳会談」や「国交正常化交渉」は、偽善・欺瞞以外の何物でもありません。

 私たちが危機感を持つのは、首脳会談と国交正常化交渉が有事法制強行の手段に使われる可能性です。あの小泉首相なら平気で、この偽善・欺瞞を演じるでしょう。とりあえず「成果」は必要ありません。「こんな難しい問題を一挙に解決できるわけがない」と開き直ればそれでいいのですから。
 とにかく外交的パフォーマンスだけで世論の支持を取り付けマスコミを抱き込み、政局の主導権を取り返せば、有事法制の強行採決に打って出る危険が高まります。私たちは、有事法制を阻止し、最後的に廃案に追い込むためにも、今回の首脳会談を利用した欺瞞的偽善的な動きを警戒しなければなりません。

 内政の閉塞状況を外交で乗り切る−−これは為政者によるオーソドックスな政権浮揚の手段です。国内経済政策に行き詰まり、口先だけ国民負担増だけの「構造改革」の空疎な絶叫では政権失速しかあり得ないことが分かってきたのです。郵政事業と道路公団の民営化をめぐる政府与党内部の、もう飽き飽きした劇場型政治抗争だけでは、世論の支持があまり上がらないことが鮮明になってきました。そこでいつもの思い付きと場当たり的対応、マスコミと世論に衝撃を与え政局の主導権奪回の勝負に出たのです。実際、9月3日の朝日新聞を見ると、北朝鮮との関係改善を期待する世論が53%、政権支持率は51%に回復と出ました。

(4)

 戦前の35年にわたる過酷な植民地支配、戦後57年にわたる国交のない対立・敵対関係−−日朝関係は全く不正常な関係でした。その責任は日本とアメリカにあります。

 私たちは、日朝首脳会談が北朝鮮との善隣・友好関係、朝鮮半島とアジアそして世界の平和のための真の一歩となるためには、まず小泉首相がこれまでの軍事外交政策を根本的に転換すること、少なくとも以下のことを実行することが不可欠であると考えます。

○日本の戦争責任について、また戦後も57年放置し続けてきたことを公式文書で謝罪し、戦争被害・植民地被害の謝罪と補償をすること。自らの加害者としての立場をわきまえ国交正常化交渉を誠実に進めること。「経済援助」を「補償」にすりかえぬこと。
・靖国神社への公式参拝をしないこと。遺族の要求に従い勝手な靖国合祀を取り消すよう働きかけること。
・元「日本軍慰安婦」問題の事実を改めて公式に認め、謝罪し補償すること。
・過去の侵略戦争や植民地支配を美化する「日の丸」・「君が代」強制をやめること。「つくる会」教科書の検定合格を撤回させること。
・在北朝鮮被爆者に対する謝罪と補償をすること。

○有事関連3法案を断念すること。
・本当の意味で日朝外交関係の改善、朝鮮半島の平和・緊張緩和と安定を実現するために、有事関連法案の審議再開を断念し廃案にすること。

○これまでの北朝鮮敵視政策を根本的に転換すること。
・国境警備での北朝鮮に対する戦争挑発的対応、武力行使をやめること。「不審船」撃沈、乗組員殺戮が誤りであったことを認めること。
・朝鮮総連はじめ在日団体への弾圧・スパイ活動をやめること。

○ブッシュのイラク攻撃を批判し、参戦拒否を表明すること。先制攻撃戦略、核使用戦略、「悪の枢軸」戦略と手を切ること。
・対イラク戦争への反対を公式に表明すること。イラク攻撃への参戦、軍事協力、資金提供を明確に拒否すること。
・インド洋に展開中の自衛艦を撤収させること。テロ特措法を破棄すること。アフガニスタンへの侵略加担行為を即刻中止すること。
・北朝鮮と朝鮮半島全体を軍事的に包囲する在日・在沖米軍基地の強化をやめ、これを撤去すること。
・日米安保条約を破棄すること。

(5)

 幾多の民族的悲劇を経験してきた南北人民大衆の南北対話・統一への悲願を、ブッシュ政権が踏みにじり押しつぶす権利はありません。2000年6月、韓国と北朝鮮の首脳は歴史的な会談を行い、朝鮮半島の緊張緩和と平和と統一に向かって大きな一歩を踏み出しました。様々な揺れ戻しやぎくしゃくはありますが、この南北対話の流れをアメリカが邪魔だてすることは絶対許せないことです。

 私たちはブッシュ政権に対しても、対北朝鮮敵視政策を根本から転換するよう要求します。クリントン政権時代後半期の「対話と関与」政策を否定し「包括政策」と称して全面的敵対へ逆戻りさせた張本人がブッシュ大統領なのです。何の根拠もなく北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しし、まるで宣戦布告するような態度は今すぐ撤回すべきです。

 私たちは、対イラク戦争を断念するよう要求します。イラク攻撃と同時並行的な北朝鮮「対話」は、単なるイラク攻撃の条件整備に過ぎないからです。日朝首脳会談についてのブッシュ政権の反応は、特にブッシュ政権内部の「タカ派」と「現実派」との対立の中での反応の現れ方はまだ分かりません。

 私たちは、ブッシュの先制攻撃戦略、核使用戦略の撤回を要求します。最近の『国防報告』にあるような、東アジアから中東にかけての「不安定な孤」「悪の枢軸」というような捉え方をして世界中に戦争を仕掛けたり軍事介入をしたりする、つまり戦争政策を基本に据える「ブッシュ・ドクトリン」のもとでは、真の平和と安定の時代は訪れるはずもありません。まさにブッシュ政権は「戦争中毒」にかかっているとしか思えません。ここまで来るとブッシュ政権の孤立化と倒壊だけが、世界平和につながると、私たちは確信するものです。

2002年9月4日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局